私は、一人っ子です。一人っ子はわがままだとか言われますが、自分で言うのもなんですが、それほどわがままではないと思います・・・(そうでもなければごめんなさい)。

わがままかどうかは別として、一人っ子ぽい特徴があるとすれば、あまり濃密な人間関係を好まない、ということはあるかもしれません。適度な距離感を保ちたいな、とは思います。実際には、高校生の時まで従姉妹のお姉さんと同居し、お姉さんがいる家庭と同じような生活をしてきました。

ある種、上の背中を見て育つようなことを経験してます。なので、完全な一人っ子ではないかもしれませんが、やっぱり、一人っ子ぽいところ、というのはあると思います。

一人っ子であることに加え、我が家には幼少期から父がいませんでした。

それにもかかわらず、父が欲しかったと思ったことも特にないので、恵まれた環境で育ったんだなと、今ではすごく母に感謝しています。が、実家に住んでいた18年間は、いろいろと気を使いながら生きてきました。(ごめんなさい、そんな気がしています、くらいにしておきましょう。笑)

一緒に住んでいればぶつかることもあります。

一人っ子で片親がいないことの(子ども目線での)デメリットの一つは、逃げ場がないことです。怒られたり、喧嘩したりして、気まずくなった時に、助け舟を出してくれる人が周りにいないんです。
(私の家庭の場合にはもうちょっと複雑な要素があったのでそんなに単純な話でもなかったのですが、そういう傾向はあったかなと思います)

なので、なるべくぶつからないように、出来る限り「いい子」にしてよう、と思っていました。もともとそんなに暗い方でもなかったので、努力をしてきたわけでは決してないのですが、明るく振る舞うようにも務めてきました。

小学生くらいの時にはすでに「家庭の雰囲気を作るのは自分だ」という意識をもっていた記憶があるので、自身の置かれた状況の中でサバイブする方法を、小学生の自分なりに見出していたのだろうと思います。

ちなみに、今日は、自分の境遇がかわいそうだとか、そういうことが言いたい訳じゃありません。なぜ、今日こんな話を書いたかというと、自分の育ってきた環境とその中で蓄えた知恵が、少なからず、いまの自分のパーソナリティに影響を与えているような気がしてるんです。

もちろん、これは、単なる私の体験談です。なので、実際には、いろんなケースがあって、それぞれの経験談があるのだと思います。ただ、私に関して言えば、私が育てってきた環境は、確実に、今の私のアイデンティティに影響をあたえています。

例えば、私は大人数が集まった時には、必ず、空気をよみます。なので、空気を気にせず、自分の言いたいことをズバッと言える人は今でも尊敬してるんですが、自分はとにかく、空気をよみます。

慎重に空気をよんで、冗談をいったほうがよさそうであれば冗談を言うし、黙ったほうがよさそうであれば黙りますし、盛大にとぼけたほうがよさそうであれば、おとぼけさんになります。

これはもう、くせみたいなものです。26年間、なるったけ頑張って、空気をよんで、どんなあわなそうな環境であってもサバイブしてきたので、役にはたったのかもしれません。(それでも、もちろん、あわない環境も中にはありますが…)

良かったのか、悪かったのかと言えば、よくわかりませんが、無意識に、空気を読んでしまうのは、自分が育ってきた環境からの影響が大きいのかなと思います。想像以上に、幼少期のラーニングは、自分の身体に染み付いて残っているものなのかもしれません。また、それをアンラーンするのもまた大変だなと思います。(ちなみに、当然ですが、これは社会の中で生きていくためには、必ずしもメリットばかりではないので、実際には意識的に自分の姿をデフォルメしててます。)

幼少期の体験・経験が、大人になってからの思考体系にどの程度影響をあたえるんでしょう?自分が26歳になっても、基本的な考え方は幼少期からほとんど変わらない(きがする)ので、自分だけがそうなのか、はたまたまわりのみんなもそうなのか、とても気になるところです。