このブログ読んでいろいろ考えたんですけど、どうしても納得いかないのでブログにまとめてみようと思いました。読んでいたのはこのブログ。
この記事は、4月13日に、和歌山大学の江利川春雄先生が書かれたものです。Twitterで流れてきたので読んでみて違和感を感じたのですが、結構、賛成コメントが多いんですよね。
この記事での主張は「高校の卒業要件にTOEFLを加えることは非現実的である」ということにつきますが、それをサポートする根拠として大きく以下の5つがあげられています。
この記事は、4月13日に、和歌山大学の江利川春雄先生が書かれたものです。Twitterで流れてきたので読んでみて違和感を感じたのですが、結構、賛成コメントが多いんですよね。
この記事での主張は「高校の卒業要件にTOEFLを加えることは非現実的である」ということにつきますが、それをサポートする根拠として大きく以下の5つがあげられています。
- TOEFL (Test of English as a Foreign Language) はアメリカなどの大学・大学院への留学という目的に特化した特殊な試験なので、一般の高校生の英語学力を測ること自体に無理がある
- そこで、留学用のTOEFLではなく、高校の教育課程に合致した試験を開発すべきである
- この「提言」が実施されれば、ごく数パーセントの英語のできる子だけは優遇されるかもしれないが、95%以上の子どもたちの外国語を学ぶ権利が破壊される
- グローバル企業などでの仕事で英語を必要とする人は、せいぜい1割であるが、学校教育は100%の子どもの学びを保障しなければならない
- 現状、英語の先生たちは、約7割が過労死線上という過酷な超過勤務をこなしながら奮闘している
文脈がわからない方がいると思いますので、最初に経緯を説明をしましょう。
4月8日に教育再生実行本部は「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」を安倍首相に提出しました。その中で、大学の入学試験を受ける基準として、英語運用能力テスト「TOEFL」を活用することが唄われています。そこで、江利川先生がこの「TOEFL」を活用するという点に対して反論のブログを書かれたという流れです。この「TOEFL」導入に対しては、荻上チキさんも遠藤議員と以前もめてましたね。
4月8日に教育再生実行本部は「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」を安倍首相に提出しました。その中で、大学の入学試験を受ける基準として、英語運用能力テスト「TOEFL」を活用することが唄われています。そこで、江利川先生がこの「TOEFL」を活用するという点に対して反論のブログを書かれたという流れです。この「TOEFL」導入に対しては、荻上チキさんも遠藤議員と以前もめてましたね。
で、何に違和感を感じたのかと言うと、江利川先生の英語教育改革に対する方針が見えないんです。「TOEFL」に反対している理由はよくわかるんですけども。
だって、今後、英語が重要になることは周知の事実です。現状、グローバル企業で英語を使う人が1割程度しかいないのも、
超ドメドメな教育研究の分野だってそうです。(これからは違うのかもしれないけれど)、別に、日本で業績稼いだだけでも大学の先生になれます。でも、英語ができれば海外で情報発信することだって可能になる。そこのボトルネックは"英語ができるかできないか"です。だから、できた方がいいに決まってる。
しかも、その前提条件だって変わるかもしれないんです。就職の条件が"英語で執筆した査読つき論文が3本以上"とかであれば、大学院生だって必死に英語勉強するでしょ?英語で業績稼ぐでしょ?社会の前提条件が変われば、これまで”ドメドメだった仕事”が”英語を使う仕事”になる可能性だってあるわけです。しかも、楽天が英語公用化をしたみたいにその動きは加速しつつある。
だから、その延長線として、英語教育をかえなければならないという視点は当然出てくるはずです。
新経団連の三木谷さんが「TOEFL」を、と主張するのも、その視点からものを言っているからであって、真意は知らないけれど、おそらく「TOEFL」に固執している訳でもないと思います。国として、目指すべき”基準”を作るべき、ということでしょ?
それを測る方法が、「TOEFL」なのか「新しいテスト」なのかはわかりませんが、とにもかくにも、現状は変えなければならないという意思表示なのでしょう。現在のセンター試験が”高校生の現時点での能力をはかるテスト”として最適なのかもしれないけれど、そういうことじゃなくて、そのレベル自体を見直したいということだと思います。
「学校教育は100%の子どもの学びを保障しなければならない」ってあるけれど、 子どもが将来社会にでて困らないような環境整備をすることこそ、大人の役割なんじゃないのかな?だとしたら、英語教育に対する改善策が練られることは良い流れだと思うし、私には「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」を撤回すべきだとはとても思えません。
議論されるべきは、どうやって変えるのか?、です。そのときに、国(リーダー)が明確な目標値を設定する以外の方法があるのでしょうか?もちろん、そのせいで先生方が御苦労されるのは容易に想像ができますが、目標に向かって先生たちを束ねて引っ張っていくことが、国の、リーダーとしての役割なんじゃないかと思います。
どんな世界であっても、変わるときは混乱するものです。そして、一番混乱するのは現場の先生方だとも思います。でも、混乱を恐れていたら、何も進まないんです。「TOEFL」なのかどうかという技術論に関しては十分に議論されるべきだとは思うけれど、現状の英語教育を変えていくという方向性は、大枠では間違っていないと思います。
あまりに「大学入試にTOEFLを」の愚への賛同コメントが多いので自分の意見を書いてみました。みなさんは、どう思われるてるのでしょうか?

