昨日、土曜日は中学生の定期テスト対策の勉強会。練馬区の公立は小学校も中学校も2学期制。1学期の期末テストが近いんです。
そこで、いつもの生徒たちが集まって、一生懸命?勉強していました。やらせてました。

そのとき突然、ギャハハの大笑い。何だ?と思ったら…「塾長、塾長、ダチョウって知ってる?」と、ある生徒。
「何だ?その質問は…知ってるよ!そりゃ」
「S・H君、知らないんだって!ギャハハ」…大笑いの原因が判明しました。
「えっ!うそ!ギャハハ」…私も大笑い。「こりゃ、ブログ・ネタにいただき!」とS・H君にソッコー宣告してしまいました。
ごめん!S・H君。ほんとにブログっちゃった。
ダチョウってね、こんな鳥だよ。どうです?とぼけた顔が君にそっくりだと思うな!

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漢字だと「駝鳥」と書くよ。覚えなくていいよ、試験には絶対出ないから…。
飛べない鳥なんだ。もともとはアフリカから西アジアのサバンナ地帯からステップ地帯、ところによっては砂漠地帯にまで広く生息してたんだってさ。ステップやサバンナ(サバナ)の気候区分は覚えてるかな。地理の勉強でやったね。ステップは砂漠の周辺で少ないながらも雨季があるところ。サバナは熱帯雨林の周辺で雨季と乾季がはっきりしているところね。こちらのほうは試験に出るよ!

足は速い。本気だすと時速50~70キロは出るらしい。逃げ足の速いところも君に似てる?
人が乗ることもできるらしいですよ。乗り心地はよくなさそうだけどね。それに怒らせて、足で蹴られでもしたら大怪我は間違いなしだな。
おとなしくて、人になつきやすいのかどうかはわかりませんが、とにかく乱獲されて、今は、自然の生息地としてはアフリカの中央部と南部に限られているらしいです。

高タンパクで低脂肪な肉はヘルシーな食材として重宝され、皮は「オーストリッチ」と呼ばれ財布やカバンに、羽根は豪華な飾りに、大きな卵は化粧品の原料やマスクの抗菌体に。いやはやダチョウにとっては迷惑千万な人間のしわざです。
そんなわけで今は、家畜として日本でもあちこちで飼育されてます。
「ダチョウ・ランド」「ダチョウ王国」なんてのもあるようだから、今度一緒に見に行こうね!

お友達諸君、ダチョウ・ネタでS・H君をいじらないようにね。
えー、本日はただ一人、S・H君だけのためのブログ更新でした。ネタの提供、ありがとう!
で、お前ら!勉強しろ!

  ワクワクしながらその成長を見守っているのは西ノ島新島です。東京から南に約1000km、小笠原諸島父島から西に約130kmの海底から噴煙があがり、あれよあれよというまに島ができてしまったのが昨年11月20日のこと。
 
 もともとこの付近には西ノ島という、それはそれは、小さな小さな島がありました。東西200m(ウサイン・ボルトなら20秒かからない!)南北650m、面積0.07k㎡のこの島。1万年前に火山活動でできたらしいんです。

 約470年前…日本が戦国時代のころ、ヨーロッパでは大航海時代ですね…スペインの帆船がこのあたりで「噴火する岩」を見たという記録があるらしいです。
 213年前…江戸元禄年間…スペインの帆船が「ロザリオ島」と命名。それから53年後、今度はイギリスの軍艦が「ディスアポイントメント島」と命名。これを日本語にすると「失望島」となるらしいので、人の助けになるようなものは何もない「なんだこりゃ!」的な島だったんでしょうね。
 そして日本に開国を迫ったあのアメリカのペリーさんが1854年に測量をしたらしいです。日本では明治38年頃から「西ノ島」と呼ぶようになったようです。

 そもそも、この島は海底火山の火口縁の先端が海面にひょっこり顔をだしているもの。海の下には直径1kmの火口、海底からの高さ4000m、裾野の直径30kmの巨大な海底火山がそびえているのだそうです。なるほど地図をみると…竜の背のようなでっかい海嶺が伊豆諸島にむかって連なっているのがわかります。
 1973年5月…どうでもよいことですが、私が二十歳の時です…この島のすぐそばで海底火山が噴火。あっという間に島が現れ、やがて古い島とくっついてしまいました。有史以来のスペクタクルとして、このときも大騒ぎでした。噴火がおさまってからは、島は荒波に削られて小さくなるのですが、それでも元の3倍の大きさになって残りました。

 その時の上陸調査の映像を、BS放送の「NHKアーカイブス」で見たばかり…という昨年11月、43年ぶりにまたまた噴火が起こったわけです。今回は前回の規模を大きく上回って、新しい島が元の島を飲み込むようにくっついてしまいました。大きさはすでに6倍以上とか。ですから、もともとの大きさからは3倍×6倍=18倍だ!
 
 有史以来の噴火から43年でまた噴火。ということは…50年後か100年後…また噴火して島はさらに大きくなるのかしら? そしてどんどん大きくなり、やがて草が生え、川が流れ、森ができ、そこに人が町を作るくらい大きくなるのかしら? そのとき…私は確実に死んでいる。見届けられないのが残念だ。1000年くらい生きてやろうかしら!
 深い海の底で地球はどんなメカニズムで何をしているのだろうか。人間の存在などおかまいなしで…。そんな想像やら妄想やらに耽りながら、島の噴火と成長をウォッチしている私なのであります。
ちなみに、この島は東京都なんだそうです。小笠原町西ノ島。当然人は住んでません。

それにしても昨日の夕方の雨はすごかった。地球のメカニズムのなせるわざなのでしょうが、こちらのほうはどうやら人間にもいささかの責任疑惑があるようですな。

データはウィキペデイを参照してますので、間違いがあれば、責任はそちらに転嫁ということで…。
 
 
 


 
 
 

だって、10日も空けずにブログを更新しようとしているのですから…ここはともあれ自画自賛でしょ!

 夏期講習が昨日終了。毎年のことではありますが、朝9時出勤、夜10時半帰宅、という延べ24日間の過酷な日程を老骨に鞭打って何とか乗り切りました。
  私は、中学3年生の「社会]を一手に引き受けました。「塾長!話が長い!」というブーイングにもめげず、がんばりました。はたして8月24日の高校入試志望校判定模擬「Vもぎ」にはちゃんと教えたところが出題されてました。受験生諸君…首尾のほどはいかがでしたかな?

 そして、8月24日の「サンドブラスト工作教室」も無事終了しました。思惑と違って大人が中心のイベント会となりましたが、それもまたよし。「忙中閑あり」の楽しいひと時でした。
 実は、講師をお願いした北澤幸雄さんとはこの日が初対面。顔を合わすなり、「おや、思ったよりお若い方なんですね」と北澤さん。常日頃、何かと実年齢より若く見られることをひそかにほくそ笑んでいる私としていたしましては「我が意を得たり」と小鼻がプクプクするのでありました。なにしろ、普段着などは時々家族から「それはやりすぎ!」と駄目だしがでるような若づくり。教室では生徒を相手に流暢な若者言葉を操ってみせる今どきの62歳なもんですから。

 あ、話があらぬ方向にそれそうだ…!
 サンドブラスト講習の話でした。北澤さんがお持ちになられたサンドブラスト機はご自身のお手製。出前講習会に持ち歩くのに便利なように…だそうです。ご本職であった歯科技工の技術を応用したものとのこと。そのため砂の噴射力があまり強くないので凝ったことはできないのだとのことでしたが、いえいえ、初心者には十分すぎるほど楽しめました。特に大人の方が息をつめて絵柄を切り抜く作業に没頭される姿は、失礼ながら、まるで無邪気な子供のようでよろしゅうございました。

 さて、北澤さんにはもうひとつご紹介しなければならないプロフィールがあります。北澤さんは現在、「がん患者自立支援ネットワーク・とまり木」の代表もなさっておられるとのこと。ご自身が48歳のときにリンパ性の癌を発症。そのために歯科技工士の仕事を失い、生活の維持と高額な治療費のために難渋された日々、「死」の実感と向き合う心の葛藤。それらが綴られた5ページのプリントを拝読しました。具体的な自殺の方法も考えたとのこと。同じがん患者の方々に向けてのメッセージだと思うのですが、そのわずか5ページに綴られた淡々とした筆致から、何かひしひしと伝わってくるものがあるのです。その葛藤を乗り越えた今は、がん患者が社会復帰できる手だてを、がん患者が無理なく働けるような仕事を…例えば、時給ではなく「分給」でできる仕事を考えませんかと、呼びかけておられる北澤さん。それを紹介した新聞記事のコピーも拝読しました。
 北澤さんにとって、こうした思索過程の延長線上に「サンドブラスト」があるのだということがわかると、なにやら今回のイベントにちょっと奥行きが加わったような気がしたのであります。
 ノーテンキな性分以外どこといって問題のない「今どきの62歳」とはいえ、かすかな衰えに気づく我が身としては、他人事とは思えないところもあるのでしょう。

 会が終了して、一緒にあと片づけをしながら、私が「このご経験も紹介したかったのですが」と申し上げると、「以前はね、機会があれば一生懸命それを語っていたのですが、最近は少し控えているんですよ」というお返事でした。そのふくっとした笑顔が私とは違うタイプの、ちょっと大人な若々しさを漂わせておられるのであります。ちなみに私よりひとつ年上の北澤さんでした。
 北澤さん。ご紹介に誤りがありましたら、「ほんとのことはわからないくせに軽率な奴め!」とお叱りください。

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