Shunp's日記

大阪府茨木市在住の40代。「読書(吉村昭や「無縁社会対策」にまつわる様々な分野の本)」、「サッカー(ガンバ大阪)」を中心に日々の出来事を書いています。

無縁社会について考える(4) 無縁社会化の要因・背景

まずは、無縁社会を「社会的に孤立する人・家族が多くなる社会」と定義したうえで、それはどのようなものなのか、そして、その要因・背景を、藤森氏(『単身急増社会の衝撃』)や橘木氏(『無縁社会の正体』)等の著作を参考に整理してみよう。

●日本社会の変化(トレンド)
○高齢者人口・世帯の増加
 団塊世代の高齢化や長寿化による。
○単身世帯の増加
 未婚率上昇、離婚増、高齢化、3世代同居の減少による。
○生活基盤の弱い人達の増加
 非正規労働者・ひきこもり・ニート・高齢単身者が増える。
○介護をめぐる課題増
 認知症の人や老老介護・シングル介護世帯の増加。高齢者虐待も増加。
○少子化による労働力・担い手人口の減少
○財政難
 巨額の債務、社会保障費の増大傾向、人口減少による税収確保の困難さが要因。

●上記トレンドの背景
○人々の意識・志向の変化(個人化、プライバシー重視)
○血縁・地縁・社縁の希薄化/家族・企業の福祉機能低下

●社会的に孤立しやすい人達
○高齢単身者 ○生活基盤の弱い単身者 ○単身男性 ○貧困世帯

今後の日本社会の変化(都市部においてより顕著になるとの指摘あり)に伴って、社会的に孤立する人・世帯がさらに多くなることは避けがたい。そして、上記トレンドを食い止めることは、大枠としては困難だと言わざるを得ない。そこに、この問題への対応の難しさがある。

「うまく泳げるようになる」という目標

日曜日、3週間ぶりに市民プールに行った。腰の痛みのために2週間あいてしまったのだが、日曜日は仕事が順調に進み、身体を動かしたい気分が高まったので、腰の痛みはあるものの、泳ぎに行くことにしたのである。
プールに行くのは今年になってから4回目。日曜午後のプールは空いていて、1つのコースを独占できる状態。歩いたり泳いだり、1時間近く楽しんだ。有難いことに、泳いでも腰の痛みがひどくなることはない。

泳ぐときはクロールなのだが、かなりゆっくり泳いでいるにもかかわらず、100mも泳ぐとかなり疲れて休みたくなる。こんな具合なので、なかなか水泳で体力を取り戻すという訳にはいかない。この現実に直面し、遅ればせながら、泳ぎ方に問題があるのではと思うようになった。確かに、左側で息継ぎをするのは苦手だし、いろいろと改善すべき点があるのだろう。(小学生のとき水泳教室に2年も通っていたので、正しいフォームで泳げていると思っていたのだ・・)

漫然と歩いたり泳いだりするだけでは、プールに行く張り合いも乏しい。しかし、「うまく泳げるようになろう」という目標を持てば、泳ぎへの意欲が高まるかもしれない。ネットでは、良い泳ぎ方を見せてくれる動画もたくさんあるようだ。泳ぎ方を良くしていけば、楽に泳げるようになり、泳ぐ距離・時間も延ばせるようになるだろう。そうなると、体力・持久力もどんどん回復してくるはず、と早くも期待を高めている。

ようやく見えてきたゴール

この土日に頑張ったおかげで、半年近くに及んだ「無縁社会対策」の検討作業のゴールが、漸く見えてきた。当初の予定より時間がかかったが、いろいろな本を読み、NHKの無縁社会関連番組をチェックし、現場で働いている人達の話を聞くには、これくらいの時間は必要だった、という感じがする。
内容についても、当初考えていたものより小ぢんまりとなったが、具体策につなげるための「たたき台」という意味では、それなりのものになるだろうという感触がある。

そのことに加え、一連の作業を通して、これまであまり知らなかった高齢者福祉や地域福祉分野についての知識・関心が深まったことと、新たに何人もの人と知り合いになれたことは、大きな収穫だった。


ゴールするまでには、まだそれなりのボリュームの作業が残っているし、その後は、次のステップに進まなければならないが、ゴールが全く見えないと感じた時期もあっただけに、ここまで来たことは一安心である。

読書録63 『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一/講談社現代新書/2007年5月)

本書が話題になってからだいぶ遅れて買ったのだが、DNA・タンパク質・細胞といった単語が目次に並んでいるのを見て怖気づいてしまい、後回しになっていた。先日、著者がテレビで語っている様子を見て、ようやく読んでみる気になった。

内容をどこまで理解できたのか、はなはだ心もとないが、読み終わって、「結局、私たちが明らかにできたのは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だった」(最終章)、「私たちは、自然の流れの前にひざまずく以外に、そして生命のありようをただ記述する以外に、なすすべはないのである。」(エピローグ)という一文には、共感することができた。

素人にとって、DNAや細胞やタンパク質についての記述は難しいが、著者が繰り出す巧みな比喩によって、かなり理解が助けられる。また、著者のアメリカでの研究生活という大きなストーリーの中で専門的な話が語られるという構成になっており、かつ生物学の歴史や微細な研究・分析テクニック、この分野の著名な科学者達のエピソード、研究者達の熾烈な競争など、読み物としても楽しめる話がうまく織り込んである。

内容の当否は分からないが、著者の「一般読者に科学ものを読ませる巧みな技術」が強く印象に残った。

サッカーいろいろ

アジアカップが終わり、その余韻にひたる間もなく、長友のインテル移籍が報じられた。早くも明朝のローマ戦に出場しようか、という勢いだ。

日本人の海外での成功と言えばまず中田英寿が思い浮かぶが、長友は移籍半年でそれを上回るレベルに到達しようとしている。ドイツやオランダでは、日本人選手が移籍直後から試合に出場することが珍しくなくなった。(年明けにガンバからオランダ・フィテッセに移籍した安田理大は3試合連続フル出場。)つい1年ほど前とは全く違う様相になっているのは驚くばかりだが、楽しみが増えたことは間違いがない。

U-22代表は中東遠征中。ガンバの宇佐美ももちろんメンバー入りしている。これを機に五輪代表チームに入り、予選突破に貢献してほしいところ。

そうこうするうちに、3月に入ると、ACL、続いてJリーグが開幕する。例年なら天皇杯を終えて一休みとなるのだが、今年は途切れることなくサッカーが続いている
感じがする。



読書録62 『味を訪ねて』(吉村昭/河出書房新社/2010年10月)

吉村昭のエッセイには、少なからず食べ物や酒の話が出てくる。本書はそれらを集めたものだ。

氏は無趣味であることを公言している。かろうじて、うまい酒を飲みうまい物を食べるのが大きな楽しみで、旅が好きなのも、旅先で出会う食べ物・酒が楽しみであるからだと言う。

氏は自分のことを「酒好きだが食通ではない」という。食べ物にはそれ相応の代金があるべきで、いくらおいしくても代金が凄く高ければ、それはもはや食べ物ではないとまで言い切る。適度な値段でおいしく食べられるものこそが、氏の言う「うまい物」なのである。食糧難であった時代の記憶が、抜きがたく氏をとらえているのだろう。

このエッセイ集には、氏の故郷である東京の下町をはじめ、氏が好んで旅した長崎、宇和島、札幌ほか、全国各地の酒や食べ物、それらを出す店が描かれる。氏の楽しそうな様子が目に浮かんでくる。

読書録61 『その人の想い出』(吉村昭/河出書房新社/2011年1月)

吉村昭の未収録エッセイを集めた最新刊。すでに多くのエッセイ集が出ているが、まだまだ未収録のものがあるのだろうか。

本書は、タイトルにあるとおり、人をテーマとしたエッセイばかりを集めたもの。著者のエッセイ集としては初めての切り口ではないだろうか。それに加えて、これまで読んだことのない話が多いという感じがして、それが本書に新鮮な印象を与えている。著者の死後に新しく出たエッセイ集は、多かれ少なかれ、「どこかで読んだ話」が多かったのだが、本書は、少々色合いが違うのである。

本書に登場する人物は、家族、友人、調査の過程で出会った人、恩師、なじみの床屋さんから街中で見かける人まで幅広い。もちろん、著名人も出てくる。文壇では、吉行淳之介、新田次郎、伊藤整、大岡昇平、宮尾登美子、城山三郎、池波正太郎・・。スポーツでは、王貞治、北の湖、輪島巧一・・。

本書で描かれる人達の言葉、行動、生き様を通じて、著者の姿がくっきりと浮かび上がってくる。

梅田発の深夜急行バスに乗って茨木へ

初めて、梅田発の深夜急行バス・高槻行きに乗った。

金曜日の飲み会では話がはずみ、終わったのは12時を過ぎていた。もちろん地下鉄の終電は行ったあとだが、このバスがあるのであせりはない。梅田までタクシーに乗ると、バス待ち時間が長くなりすぎるので、京阪の終電で淀屋橋へ。そこからぶらぶらと歩くと、ちょどよい時間になった。

1時少し前にバスに乗り込んだときの乗客は6,7人だったが、その後、次々と客が乗ってきて、発車時には30人ほどになった。スーツ姿の男が大半だが、女性の客もチラホラいる。

乗るときの料金支払いに時間がかかり、発車は定刻から6分遅れ。ほとんどの客は寝ていて車内は静かそのものだ。高速バスに使うような車両で、乗り心地も良好。バスは新御堂から中環を通って茨木へ。阪急茨木で降りると、乗客は半分ほどに減っていた。料金は茨木まで1500円。妥当なところだろう。


読書録60 『人はひとりで死ぬ 「無縁社会」を生きるために』(島田裕己/NHK出版新書/2011年1月)

「無縁社会」関連の本だが、ここでの焦点は「個人の意識・考え方」である。著者は宗教学者として、主に死という観点から無縁社会を論じている。

著者は、「無縁社会」を全否定されるべきものではないと主張する。我々はかつての村社会を抜け出して、制約の少ない自由な社会を求め、その結果として今の「自由」な社会がある。「無縁社会」の自由さを評価すべき、というのである。

無縁死や孤独死は増えているが、そもそも人は必ず死ぬのであり、死は本質的に孤独なもので、一人で死んでいくことは避けられない。その覚悟を決めれば、死への恐れは消え、無縁社会も、自由で豊かな可能性を帯びたものにも見えてくる。

「無縁社会」で生じる様々な問題に、個人の意識というレベルだけで対応することはもちろん不可能だし、その観点から本書を批判することも可能ではある。しかし、今の社会は、(全てとは言わないものの)著者が言うとおり、我々の志向がかなりの程度反映されたものであることも確かだろう。我々が望んだとも言える「地縁や血縁の希薄化」という現象に、いかに個人個人が向き合い対応していくかということも、重要論点であることは間違いがない。

構想 吉村昭作品の読書ガイド

吉村昭の著作の多くを読み終え、残りがだんだんと少なくなってきた。

氏の著作は様々な分野に及ぶ。作品に関するキーワードを思いつくままに挙げてみても、「戦争」「幕末・維新」「漂流」「北海道」「逃亡」「海」「刑務所」「ボクシング」「医学」など、いろいろと思い浮かぶ。また、主要な小説については、執筆のきっかけやプロセス、著作には描けなかった話などが、氏のエッセイに書かれており、小説とあわせて読むと、面白さが増す。

どういうきっかけかは忘れたが、しばらく前から、友人のリクエストに応じて、吉村昭作品を推薦している。推薦してしばらくすると、「他にないか?」と新たなリクエストが来る。推薦した本はいずれも面白い、というのである。


ネットで検索すると、吉村昭作品についてのHPやブログがいろいろと見つかる。作品リストやテーマ別分類もある。私も、このブログに散発的に読書録を載せているものの、吉村作品はもっと広く知られて然るべきだろうという思いが強まってきた。

ということで、氏のエッセイ集を全て読み終わった段階で、「吉村作品についての読書ガイド」を作ってみようという気になっているのである。どのようなスタイルにするか、現在構想中。新たな「趣味」になりそうだ。

アジアカップがおもしろい

アジアカップを毎試合TV観戦している。

昨夜の準々決勝は、パスミス⇒ファウル⇒イエローカード(2枚目)⇒退場⇒そのFKで失点しリードを許す、という非常に悪い展開に陥りながらも、そこから流れの中で2点を奪っての逆転勝利。

初戦は先行されてロスタイムに辛うじて同点に。2戦目は、昨夜と同様、自らのミスをきっかけに退場・失点となったものの、その後に決勝点を挙げての勝利。3戦目を除いて苦しい試合が続いているが、あきらめずに戦う姿勢が伝わってきて、見応えがある。

格下相手に苦戦しているという意味で、チームの強さはまだまだ足りないのだろうが、若手選手が毎試合ファイトし、チームの一体感も高まっている様子が見て取れるので、見ていて面白い。ザッケローニ監督の選手起用も、交代のタイミングを含めて、理にかなっており、チームの成長や勝利につながっていると思える。


昨夜の勝利によって、このチームの試合を、さらにあと2つ見ることができる。大いに楽しみだ。

無縁社会について考える(6) 首相官邸に設置された特命チーム

首相官邸に「一人ひとりを包摂する社会」特命チームが設置された。

同チーム第1回会合の議事次第(資料3)を見ると、チームの設置目的や今後のスケジュールが記載されている。

このチームの目的は以下の2つ。

●最小不幸社会の実現に向けて、地域や民間の多様な知見を借りつつ、「孤立化」の実態を明らかにする。
●セーフティネットの強化を含めた社会的包摂を推進するための戦略(「社会的包摂戦略」)を策定する。

今後のスケジュールは、以下のとおり。

●2011年4月頃 「社会的包摂戦略」策定の基本方針
●同 夏    「緊急政策提言」
●同 年末~  孤立のリスク実態調査(予備調査)全体報告、
        対策実態調査とりまとめ
        「社会的包摂戦略」の概要
●2012年度   実態調査(本調査)、「社会的包摂戦略」とりまとめ
  

チームのメンバーには、座長代理として、湯浅誠氏と清水康之氏が参画している。

なお、配布された資料には、社会的孤立に関する状況のほか、「現状における主な取組」(資料2)も整理されている。ここには、相談支援・給付(サービス)・給付等(現金)という分類で個別施策が紹介されるにとどまり、共通的な取組みとしての「地域福祉」にかかわる記載は見当たらない。今後の検討の中で、当然、取り上げられてくることにはなるだろうが・・。

無縁社会について、国が正面から取り組むということで、その動き・議論に注目していきたい。






読書録59 『日本はスウェーデンになるべきか』(高岡望/PHP新書/2011年1月)

外交官として2008年9月からスウェーデン公使を務める著者が、仕事やプライベートを通じて見たスウェーデンについて、その「本質」を探り、それをベースに「スウェーデン的生き方」を描く。スウェーデン人の具体的な生活場面が多く記されているため、学者の手による著作と比べ、スウェーデン社会の特徴をより理解しやすくなっていると思う。

著者が考える「スウェーデンの本質」とは、①自立した強い個人、②規則に基づく組織力、③透明性、④連帯、の4つである。それぞれについて、著者が見聞きしたスウェーデンの人々の具体的な場面を挙げながら説明していく。そして、スウェーデンにおける「男女平等」「社会保障政策」「経済・科学技術」「外交」を紹介し、それらが上記「4つの本質」と深い関係を有していると論じる。

人口1000万人に満たないスウェーデンという国が、国民の幸福度合いの高い豊かな社会を築き、それを維持できているのは、国民が社会の構成員として自覚と責任を持ち、自立して暮らす心構えを有しているという背景があるのだろう。スウェーデンと日本とでは、社会を作っていくという点で、国民一人一人の意識や覚悟にかなりの違いがあることを、著者は現地で強く感じているのではなかろうか。

読書録58 『わたしの取材余話』(吉村昭/河出書房新社/2010年4月)

吉村昭の単行本未収録エッセイを集めた本。タイトルにあるとおり、本書のエッセイの多くが氏の作品について書かれたもの。

エッセイのテーマとなっている作品は、『赤い人』(北海道開拓期の明治14年、月形村に開設された樺戸集治監(刑務所)が舞台)、『北天の星』(江戸時代、漂流先のロシアから帰還し、日本で初めて種痘術を行った中川五郎治が主人公)、『破獄』(刑務所からの脱獄を繰り返した囚人と看守達を描く)、『桜田門外ノ変』、『戦艦武蔵』など。また、「心臓移植取材ノートから」というエッセイ(昭和45年・週刊文春に連載)は、初期の心臓移植の取材記録『消えた鼓動』(昭和46年刊行)のベースになったと思われるもので、75ページに及ぶ。

本書の最後に収められている「私と歴史小説」からは、氏の歴史小説についての考え方が見てとれる。関係のある土地を歩いて埋もれた史実を見つける喜びや地方の郷土史家への敬意、小説執筆に没入することにより起こるエピソードなどが書かれており、これを読めば、吉村昭という小説家の姿がくっきりと見えてくるだろう。

無縁社会について考える(5) 無縁社会対策についての諸提言

国では、無縁社会対策に関連する提言をいくつかとりまとめている。

○「平成19年 国民生活白書」(内閣府・2007年6月) 
 家族、地域、職場のつながりを再構築するための方策。つながりを持てるような環境整備として、ワークライフバランス、情報提供、意識啓発を掲げる。

○「地域における『新たな支え合い』を求めて」(厚生労働省・2008年3月) 
 新しい地域の支え合いを進めるために、「地域福祉」をどう強化するかという政策提言。地域福祉推進の条件や整備方策を掲げる。

○「平成22年版 高齢社会白書」第1章(内閣府・2010年5月) 
 高齢者の社会的孤立から生ずる問題を示し、孤立の解消策を提言する。元気高齢者を支え手にすることやつながりの機会づくり、官民協働によるネットワークづくりを掲げる。


前回紹介した『単身急増社会の衝撃』『無縁社会の正体』にもいくつか言及がある。

このうち『単身急増社会の衝撃』では、「自助に向けての環境整備」(非正規社員の賃金改善、給付付き税額控除、職業訓練等)、「公的セーフティネット」(老後の所得保障、介護保険サービス充実、生活保護制度の再構築)、「互助」(地域コミュニティとのつながりづくり、自治体・NPOによるつながりづくりの支援、団塊世代への期待)が掲げられている。

無縁社会について考える(4) ;無縁社会を知るための本

国が「無縁社会」への対策について、検討を始めることとなった。ニュースによれば、本年夏頃に政策提言をまとめるという。注目したいところ。
NHKホームページ

さて「無縁社会」については、関連する本や論文・提言がいくつか出ている。このうち、本についてはこのブログの「読書録」にて散発的に紹介しているが、ここでざっと整理しておこう。

まずは、無縁社会の現状を明らかにする著作を紹介する。【】は、読書録の番号。

●単行本
『単身急増社会の衝撃』(藤森克彦・日経新聞・2010年6月)【10】
 単身者の増加とそれにより生じる問題を分析し、政策提言も行う。これまで出た本の中では、無縁社会問題への対策について最も包括的に扱ったものと言えよう。

『無縁社会の正体』(橘木俊詔・PHP研究所・2011年1月)【55】
 著名な経済学者の著作。タイトルどおり、無縁社会の要因分析がメインとなっている。

『無縁社会』(NHK取材班・文芸春秋社・2010年11月)【44】
 NHKスペシャルの取材班による著作。テレビで紹介された事案を含め、社会で起きている事態をリアルに伝えることに成功している。

『ひとり誰にも看取られず』(NHK取材班&佐々木とく子・阪急コミュニケーションズ・2007年8月)【12】
 孤独死の実態を明らかにした本。孤独死防止のための取組み事例も紹介しており、充実した内容。

『助けてと言えない』(NHK取材班・文芸春秋社・2010年10月)【40】
 就職氷河期にあたったばかりに厳しい状況にある30代の姿や心理に迫る。無縁社会の一つの側面を浮き彫りにする本。

『変わる家族と介護』(春日キスヨ・講談社現代新書・2010年12月)【55】
 高齢者介護の現場に見られる様々な問題を明らかにする。今後、確実に大きくなる介護問題は、無縁社会問題の重要論点の一つである。

『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』(河合克義・法律文化社・2009年11月)
 都内や横浜市に住む高齢者の社会的孤立に焦点を当てた実証研究。400ページ近い大部の著作。







足踏み状態

この3連休のうちに一仕事せねばならないのだが、いまだ着手できず。

昨年秋からずっと抱えている無縁社会対策についてのレポート。関係する本や報告書などを読んできて、ネタは相当集まっていると思うのだが、いざそれを整理していくとなると、これがなかなか難しく、足踏み状態。

昨日は休養日と称し、読書と水泳。今日こそは着手しようと思っていたものの、どうも意欲が湧かず、吉村昭のエッセイ集を2冊読むうちに夕方が来た。夜は、アジアカップと韓ドラ「イ・サン」を見ることになっているので、とうとう明日に先送りである。

今日読んだ吉村昭のエッセイの中に「小説の書き出しの1行をどうするかで苦しむのを常にしている」との一文があった。寝ころんだり掃除をしたり、それでもうまく行かないときは酒をのみに街へ出るのだという。今の自分の状況と、少しばかり似ているように感じられて、気が楽になった。

明後日には素案ペーパーを使う場面が来る。よって、明日は、是が非でも机に向かわねばならない。

読書録57 『首相公選を考える』(大石眞・久保文明・佐々木毅・山口二郎編著/中公新書/2002年)

ずっと前に買ったものの、読まずに放置していた本。

この本は、2002年8月に出された「首相公選制を考える懇談会」(小泉首相の私的懇談会)の報告書を収録するとともに、この報告書に関わる6本の論文が収められている。論文のうち4本は同懇談会メンバー(編著者)の執筆である。

首相公選制は、首相のリーダーシップを確立・強化することを主たる狙いとする。そこには、議員内閣制の下では、与党の影響力が大きく首相が政治を主導できないという前提がある。しかしながら、首相を国民の直接選挙で選んだからと言って、自動的に権限が強くなるわけではない。与党を基盤に持たない首相が選挙で当選した場合、「ねじれ国会」のような状況が起こりうる。(自治体の首長と議会が対立して物事が進まない、というのは少なからず見られる現象。)逆に議員内閣制であっても、首相が国民の大きな支持を得ている場合は、与党をコントロール下において、リーダーシップを発揮することも可能となる。(小泉首相がその一例だろう。)

本書では、日本政治の問題は議員内閣制そのものというより、政治構造(自民党長期政権、政官関係、政府と与党関係等)や参議院の権限の強さといった点に原因があるという指摘もなされる。首相公選について議論しようと思えば、これに留まらず、広く我が国の政治システムについて考える必要があるのだ。

政権交代が起こり、2002年の当時とは政治情勢も大きく変わった。最近では与党の選挙への意識が強まり、難しい政治課題の先送り傾向が鮮明となっている。首相公選に限らず、政治の質・機能をどう高めるかを考えるうえで、本書は有益な視点を与えてくれると思う。

読書録56 『変わる家族と介護』(春日キスヨ/講談社現代新書/2010年12月)

高齢者の介護を支えてきた家族の変容と、それによって危機的な状況に陥ってしまった家族の事例が紹介される。

著者は、家族の共同性を支えとしていた生活基盤の劣化や崩壊により、高齢者を守るセーフティネットとしての役割を家族が担うことが困難になっていると指摘する。そして「親に依存する中年シングル」「介護を担うシングル息子」「妻を介護する夫」「子ども家族と親の関係の変化」といった類型について、困難に直面する家族の様子を通じて問題の所在を明らかにする。長く現場を見てきたゆえの説得力ある内容となっている。

介護については、高齢者人口の増加及び人口減少による財源・担い手不足が大きな課題であるが、それに加えて、「質的な問題」も看過できない課題であることが本書を読めば理解できるだろう。高齢化と同時に家族・社会が変化していることが、問題を複雑にしているのである。

読書録55 『無縁社会の正体  血縁・地縁・社縁はいかに崩壊したか』(橘木俊詔/PHP研究所/2011年1月)

「無縁社会問題」についての最新刊。

著者は、高齢単身者・未婚者の急増、家族の絆(血縁)・地縁・(大企業を中心とする)社縁の崩壊という現象について、その要因分析や実態把握を丁寧に行うことで、「無縁社会の正体」を明らかにしていく。これも、格差・貧困・社会保障など幅広い分野をカバーする経済学者としての豊富な知見がなせる技だろう。これまでに出た「無縁社会」関係の本や論文の中では、最も体系だった分析がなされているのではないか。

その一方で、「無縁社会」の将来像やそこにおいて生じるであろう問題についての言及が乏しいことと、最終章で示される対応方策が、限定的なものに留まっていることは、少々残念である。
例えば、地縁には何ら期待できないというのが著者の主張であるが、地域住民のボランタリーな活動が、「無縁社会対策」においては重要な役割を果たすはずであり、実際、そうした取組みは各地で展開されつつある。「無縁社会対策」という以上、「地域福祉」や「地域の力」は欠かすことのできない論点だと思う。
(対応策という点では、『単身急増社会の衝撃』(藤森克彦)の方がバランス良く、充実した内容である。)


読書録54 『戦艦武蔵ノート(作家のノート1)』(吉村昭/文春文庫) 【900回目】

吉村昭の名が広く知られるようになったのは、『戦艦武蔵』(昭和41年9月刊行)によってである。

昭和15年11月に三菱重工長崎造船所で進水し、19年10月にレイテ沖海戦で撃沈された超大型戦艦「武蔵」(「大和」と同型艦)。この作品は、氏にとって最初の戦史ものであり、多くの関係者に会って証言をとり、一次資料に当たって事実をつかむというスタイルが生まれたという意味でも、吉村昭にとって非常に重要な作品であろう。(この『戦艦武蔵』をはじめとする一連のドキュメント作品により菊池寛賞を受賞(昭和48年)している。)

『戦艦武蔵ノート』には、なぜ「武蔵」についての調査を行うに至ったのか、そして、調査はどのように進められたのかが、描かれている。そこには、著者の戦争観が色濃く現れている。戦後、あっという間に戦争批判が一色となった社会。戦争の責任を軍部に押し付ける知識人。実際は、戦時中、国民が一体となって戦争を遂行したのではなかったか。そうした事実を明らかにすることが再び戦争を起こさないためには必要ではないのか、という強い思いが著者の執筆の原動力となる。


本書は、吉村昭の小説家としての「基本的な思想・スタンス」が明確に現れた作品であり、迫力に満ちた力作だ。

水泳を始める

年末から年始にかけて、腰の具合が芳しくない。というか、かなり調子が悪い。くしゃみ一つでかなりの痛みが走る。そういう状況で新年を迎え、今年の目標は何なのかと考えたとき、自然と「腰痛を治す」というテーマが浮かんでくる。
しかし、では具体的に何をするのか?「ウォーキング」は、治すという意味では大して成果がなかったことは、去年を振り返ってみれば、事実だろう。(歩くと気分がいいとか、そういう効果はあるのだが・・)

読書という趣味を得て、走るために腰痛を治すというモチベーションが低下していたのだが、こうやって日常生活に影響が及んでくると、やはり「治す」ことが目前の課題となってくる。

腹筋背筋を鍛えることしか解決策がないのが辛いが、筋力アップにつなげるためにも、まずは「水泳」に取り組んでみようと思っている。これまでも、腰痛対策として何度か水泳をしようと思ったことはあるが、プールに行くのが面倒臭いために、これまで単発で終わっていた。

水泳が直ちに効果を発揮するかよく分からないが、負担少なく運動ができるというメリットは大きい。体重増は何とか免れているが、体脂肪率の増加を食い止められない中、少しでも運動をしたいという思いが強くなってきたのだ。

要は自分の覚悟次第なのだが、今回は、こうやってブログに書くことで自らを追い込んでいくという作戦。手段を選んでいられない・・。

1年が終わる

振り返って見れば、今年は何と言っても「1年間フルに腰痛だった」ことが最大のトピックだ。これまでの人生で、1年間を通じて運動が出来なかったことはなかったのだ。

しかし、腰痛期間はすでに1年半を超え、先行きも全く不透明。当初は想像だにしなかった「丸2年腰痛」になっても、もはや驚く事ではない。それほどに、何か固着した感じがするのである。

再三書いているが、ランニングができない分、これまでになく本を多く読んだ1年となった。仕事関係の本が多いので、「ランニングに代わる趣味」と言いきれないのだが、それはそれで仕事の充実につながるので、悪い事ではない。

そういう意味では、かなり変化のある年だったと言えるのかもしれない。

読書録53 『社会的排除』(岩田正美/有斐閣insight/2008年12月)

著者は、「社会的排除論」によって、社会問題のとらえ方がより豊かになる可能性があると述べる。

著者は、「路上ホームレス」「ネットカフェ・ホームレス」に関する実証的な研究を踏まえ、社会的排除の2つのパターンとして“社会からのひきはがし”“社会への中途半端な接合“という概念を提示する。

前者は、しっかりと社会に組み込まれていた人が、いくつかの事情(失業、病気、離婚、借金等)が複合することで、一気に社会からひきはがされてしまう(社会における定点を失ってしまう)パターン。後者は、そもそも社会に中途半端にしか参加できておらず(例:途切れ途切れの不安的な就労で、定まった家を持たず、結婚もしていない)、長期にわたって排除されている状態を言う。

最終章の「社会的包摂」について論じる中で、著者は我が国における就労重視の傾向について懸念を示す。働いていたとしても社会参加ができているとは必ずしも言えない、との指摘は、非正規労働が広がる現状を見れば容易に理解できるだろう。

朝日新聞の新連載「孤族の国」

朝日新聞朝刊で、「孤族の国」という新しい連載が始まった。NHKがキャンペーンを張る「無縁社会」と、内容的には類するもの。

朝日新聞として、独自のネーミングで打って出ようという意図だろうが、この問題の広がりを的確にとらえているという点では、「無縁社会」という名称の方が優れていると感じる。急激な高齢化、未婚者の増加、労働形態の変化といった要因が、今後、大きな影響を社会に与えるという問題意識を、「無縁社会」という言葉はうまく表している。もともと「無縁」という言葉が使われていたことも、広く受け入れられた要因だろう。

一方、朝日の言う「孤族」では、個人の生き方・家族のありようが変わってしまったことに焦点が当たりすぎていないか。社会問題というよりは個人の問題にウェートが置かれてしまうし、「・・族」という言い方は何やら軽い感じもするのである。

もう一つ言えば、連載第4回(12月29日)に出てくる北九州市の男性の事例は、すでにNHKが「助けてと言えない~いま30代に何が~」(クローズアップ現代/文芸春秋社)として報道済みのもの。


と、ケチをつけた格好にはなったが、この問題を朝日がどう報道していくのか注目したいところ。

ETV特集 再放送「なぜ希望は消えた? あるコメ農家と霞が関の半世紀」

先日観た、農業に関するNHK番組が1月9日にアンコール再放送されるという。

「なぜ希望は消えた?~あるコメ農家と霞が関の半世紀」というETV特集のうちの1本。山形県のコメ農家を舞台に戦後の農政が進もうとした方向と現実との食い違いをたどっていく。
農地の集約による規模拡大をはかろうにも農地を手放す人がいなかった時代は遠く過ぎ去り、今や、後継者探しもあきらめて農地を手放す=農家を完全にやめてしまう人が増えてきたという。番組に登場する農家・佐藤氏は、これを「農業からの撤退作戦が完了した」と評する。

戦後農政(コメ分野)のごく基本を押さえたにすぎないのかもしれないが、定点観測スタイルにより、大きな流れがつかめるように思う。政策づくりに携わった官僚のインタビューも交えた1時間半の番組。見応えあり。

番組HP

読書録52 『人口減少時代の大都市経済』(松谷明彦/東洋経済新報社/2010年11月)

本書は、我が国において人口減少・高齢化が急激に進み、それによって日本経済が縮小する可能性が極めて高くなることや、大都市部においてより一層問題が深刻であることをデータで明らかにし、それを前提としたうえで、今後の対応策を示す。

著者が提示する方策とは、「国際化」「ビジネスモデルの転換」「財政政策の転換」「人生の再設計」の4つ。経済・企業経営・財政政策・都市政策から個人の価値観に至るまで幅広く論じている。

このうち、「財政政策の転換」については、働く年代の人口が減少していくことから、全国民一人あたりの税負担能力が低下するため、財政支出もそれに見合って減少させない限り、財政収支は均衡しない。高齢化による支出圧力も高まる中、増税をしてもとても追いつかず、増税はかえって国民を疲弊させるだけであり、めざすべきは「小さな財政」である。
また「人生の再設計」では、寿命が延び、各個人の人生において働ける期間が相対的に短くなる中、誰もが自分の人生にいま以上に責任を持たねばならなくなった。そして、お金のかからない生き方を探す、使えるお金が減ったとしても人生を楽しめる方策を見出すべきであり、そのためには発想を変えることが必要だと言う。


どの先進国も経験したことのない急激な人口減少・高齢化社会にあって、福祉・社会保障の必要性は高まるものの、今の仕組みを維持することはどう見ても困難だろう。人口変動という予測可能な将来像に基づく適切な制度設計が必要となることはもちろんだが、その前提として、一人一人の自覚や覚悟がますます問われていくことは疑いがない。

昨日、来年度の政府予算案が固まった。税収が40兆円であるにもかかわらず、来年度も歳出は92兆円を見込むという。この現状をどう受け止めればよいのか・・。

冬の高槻山ラン

先日、ランニング仲間と冬の「高槻ラン&ウォーク」を開催。

萩谷総合公園を拠点に走ったり、歩いたり。高槻の山を楽しんだあとは、定番コースの「摂津峡温泉(祥風苑)」から自宅での宴会へ。

参加者は6名。ランAコースには、高槻の深い山を体感してもらうべく「原桧尾谷林道」ルートをセット。終盤の長い登り坂が砂利のために走りにくかった、というのが残念だったが、帰路の「萩谷岡山林道」の快適尾根走りとあわせ、十分に楽しんでもらえたようだ。Bコースは、市後谷林道から岩井谷林道をつないで上萩谷に戻ってくる軽めのルート。コース終盤のビューポイントからは市街地が一望でき、気持ち良く走ってもらえた。

走ることができない私は、武士自然歩道を南から北へと歩いた。車作林道からの最初の急坂を過ぎれば、あとは尾根伝いに冬の森をサクサクと歩く。ところどころ展望が開けた場所があり、小ピークを次々に越える変化もあって、いつもながら、快適な小道だ。最後は中萩谷へと下った。

それぞれが高槻の山を楽しんで、萩谷公園に帰着。温泉を経て、家に到着したのが午後3時前。妻が料理を準備してくれていたので、到着、即宴会スタート。飲んで食って、終了は午後10時。我が家宴会での最長不倒となった。

次回は、上級ランナー向けに、よりパワフルなコースをセットすることとしよう。





「MARUZEN&ジュンク堂 梅田店」に行ってみた

梅田・茶屋町に「MARUZEN&ジュンク堂 梅田店」がオープンしたというので、仕事帰りに立ち寄った。場所はロフトのすぐ横。旧東急ホテルの跡地である。

日本最大級というだけあって、各フロアが相当広いうえに、それが8フロアもあるのだから、品揃えは充実。混み合っているという感じはなく、ゆったりと本を探せる。どのジャンルにも偏らず、「広く深く」という印象だ。例えば、「サッカー」というジャンルだけで、「こんなにたくさんあるのか」というほど多くの本が揃っていた。

特定の分野に狙いを定め、どんな本があるのかを探したいという時には最適だろう。小さな出版社の本や刊行されて時間がたっている本もしっかりと並べられており、選択肢は十分にある。逆に言えば、何か良さそうな本はないかぶらっと行ってみようというには、本が多すぎて疲れるかもしれない・・。






読書録51 『消えた鼓動』(吉村昭/ちくま文庫)

心臓移植をテーマにした小説『神々の沈黙』を書くため、著者は取材を積み重ねた。しかし、その過程で得た多くの情報が全て小説に書きこまれたわけではなかった。著者は本書の後書きで「(小説の)枠外の部分にかなり重要な事柄が多くあって、それを語りたい気持が抑えがたいものになった」と記している。本書の刊行は昭和46年4月。

本書のハイライトは、『神々の沈黙』ではそれほど強調されていなかった札幌医科大学での心臓移植を手掛けた和田寿郎教授への、明確な疑念の表明だろう。移植を受けた若い患者は、そもそも心臓移植の必要があったのか?周到に移植手術の準備を行いながら、対外的には「死に瀕した(心臓を提供した)患者を前にして、移植を思い立った」と教授が説明したのはなぜか?教授の発言や説明について、著者は取材の結果を踏まえ、重大な問題点を具体的に指摘するのである。そこからは、生死の問題や医療のあり方について真摯に考える著者の姿勢や自身の取材に対する著者の自信が読み取れる。


『神々の沈黙』とあわせて読むべき1冊。

読書録50 『神々の沈黙 心臓移植を追って』(吉村昭/文春文庫)

初期の心臓移植について、医療側のみならず患者や提供者も含めて、その展開を描く。全編を通じて緊迫感が満ち、読み応えのある作品だ。刊行は昭和44年12月。

昭和42年12月、南アフリカ共和国で世界初の人から人への心臓移植手術が行われた。そのニュースは世界を駆け巡り、それを契機として、世界各地で次々に心臓移植手術が実施された。しかしながら、そのいずれのケースでも、移植を受けた患者が長く生きることはなく、無謀な人体実験だという批判も高まる。日本では、昭和43年8月に札幌医大で和田寿郎教授が心臓移植を行った(世界で30例目)が、移植を受けた若い患者は死亡し、医学界からは批判が相次いだ。

心臓移植をめざして多くの研究者が犬を使って実験を重ね、人工心臓や薬の開発も進められていく。そうした積み重ねの結果、ついに心臓移植手術に踏み切る医師が現れるのだが、作者は、移植を受けた患者や心臓を提供する人、その家族にも焦点を当てる。医学の進歩には思い切った挑戦が不可欠だと承知しつつも、安全な手法が確立されぬままに次々に命が失われる心臓移植について、作者は疑念を拭えない。

作者は遠く南アフリカに飛んで取材を行い、徹底した人種隔離政策を実施する南アフリカ社会の様子も描いている。

読書録49 『雪の花』(吉村昭/新潮文庫)

幕末期の福井。種痘法(天然痘の予防接種)を広げるために奔走した町医者・笠原良策を主人公とする中編。

当時、効果的な治療法のないまま天然痘によって多くの人が命を落とす中、何とか方策はないかと考えていた笠原は、オランダ医学を学ぶために訪れた京で、牛痘による種痘法(天然痘にかかった牛のかさぶたを人間に接種する方法)の存在を知る。

笠原は、牛痘を唐から輸入するよう藩に上申し、数年かかってようやく許可を取り付ける。種痘は、子どもの腕に牛痘をつけ、7日目に腕に生じる赤い腫れから採取する膿を、別の子どもにつけていくという方法で広げていく。医師仲間の協力の下、京で種痘法を確実なものとした笠原は、種痘したばかりの子どもを連れ、雪道を踏んで福井を目指す。大雪の中、危うく遭難しそうになりながらも、辛うじて福井に到着。念願であった種痘法を藩内に広く展開しようとするのだが、そこには新たな難題が待ち構えていた。

私財を投げ打ち、藩の役人や地元医師達の冷たい対応に遭いながらも、種痘法の普及に大きく貢献した笠原の姿が、勢いのある筆致で描かれる。

読書録48 『暁の旅人』(吉村昭/講談社文庫)

幕末の長崎で、幕府から派遣されてオランダ人医師・ポンぺからオランダ医学を学び、やがて幕府の要職についた松本良順。

医師として14代将軍・家茂の最期を看取り、幕府への深い恩義を感じる松本は、薩長軍が江戸に進出してくる中、死を覚悟して、旧幕府勢力の拠点となっていた会津へと向かい、戦闘で負傷した武士達の治療にあたった。新政府軍が目前に迫ったとき、松本は会津藩主・松平容保から、人の命を救うという医師としての使命を果たすべく会津を離れるよう求められた。松本は会津を離れ、庄内へと向かう。

長崎での医師としての修業から幕府での活躍、そして戊辰戦争。世情が激変した明治維新期。時代が大きく変化していく中にあって、医師として国のために働くことを使命と考えた松本は、明治政府に入って、初代・陸軍軍医総監となった。

舞台は江戸、長崎、そして会津・鶴岡・仙台、横浜から東京へ。松本が接する人物も、徳川慶喜から新撰組の近藤・土方や山県有朋まで、幅広い。これが本作品のダイナミックな展開を生み出していると言えるだろう。

ガンバの安定ぶり+強い大阪勢

ガンバは最終戦に勝って、2位となった。先週、横浜にあっけなく負けて不安が高まったが、最後はきっちりとまとめた感じ。名古屋からは10ポイントも離され、優勝争いにも絡めなかったのが残念だったが、順位としては、2005年に優勝して以来の好成績。これにより、4シーズン連続・5度目のACL出場権を獲得した。

リーグが、1シーズン制・18チームになってからの6シーズンで、ガンバは5度目のトップ3入り(優勝1回、2位1回、3位3回。8位に終わった08年は、ACLと天皇杯を制覇)。これはJリーグで最多。ハイレベルでの安定ぶりが際立つ。また、ACL出場5度目はリーグ最多となる。

来季ACLは、ガンバ・セレッソの大阪2チームが揃い踏み!2チームともJ2で戦うことになる東京勢とは対照的な好成績だ。
同一府県に複数チームがあるのは、茨城・埼玉・千葉・東京・神奈川・静岡・大阪・福岡だが、2チームが同時にACLに出場するのは初めてのことだ。

読書録47 『社協の醍醐味 住民と行政とともに創る福祉のまち』(豊中市社会福祉協議会編/筒井書房/2010年6月)

活発な活動で知られる豊中市社協が、自らの取組みを1冊の本にまとめた。
組織の歴史、校区福祉委員会、小地域ネットワーク活動、コミュニティソーシャルワーカー、豊中市社協が始めた様々なプロジェクトが、資料や写真、地域で活動する人の声、研究者の評論などを織り交ぜて紹介されている。一見、雑多な構成であるかのようにも見えるが、本書からは、具体的な事業のイメージ、現場の様子というものが伝わってくる。

本書の監修者である牧里・関学大教授(地域福祉学)は本書の冒頭で、豊中市社協は福祉にかかわるすべての人を住民の目線でネットワークできることが特徴だ、と述べている。地域の取組みや当事者の活動を組織化するとともに、そうした活動をしっかりとサポートできるのが豊中市社協の強みなのだろう。地域住民や当事者の声を受け止めることで、新たな福祉的課題を発見し、それを地域住民とともに新たな事業へとつなげていく。

「無縁社会問題」にも、豊中市社協はすでに多様なアプローチで取組んでいることが、本書から見えてくる。

明治2年 大日本全図

「明治新政府発行(官許)第1号図 明治2年大日本全図」という地図を買った。本屋の古地図フェアで見つけたものだ。

横185cm×縦80cmというかなり大きなサイズで、多色刷り。地形図としての正確性は欠いているものの、図には、国名・藩名・宿駅名や主な山・川が記載されている。


北摂がどうなっているかを見ると、摂津国には、大坂・高槻・尼崎・三田・麻田という5つの藩名が載っている。このうち聞き慣れない「麻田」は、調べてみると、現在の蛍池駅前にあたりに藩邸があった小藩だという。(麻田藩についてのHP

宿駅として載っているのは、「広瀬(島本)」「芥川(高槻)」「郡山(茨木)」「瀬川(箕面)」「池田」「箕面」「勝尾寺」「富田」「吹田」。茨木はというと、ごく小さな字で吹田と富田の間に記されていた。


歴史小説などを読んでも、国内津々浦々に街道が張り巡らされていた様子がうかがえるのだが、この図を見ればまさに一目瞭然。これがあれば、江戸時代末期や明治時代の地名を十分にフォローできそうだ。

読書録46 『北摂歴史散歩 高槻・茨木・島本編』(横山高治/創元社/2006年6月)

継体天皇、藤原鎌足(阿武山)、高山右近、高槻藩主・永井家、隠れキリシタンの里など、北摂エリアの史跡や歴史を、主に人物を中心として紹介する本。高槻・茨木に合計20年ほど住んでいるが、ここに出てくる事のごく一部しか知らないことに、我ながら驚く。

キリシタン大名として有名な高山右近は、豊能町の高山集落に生まれ、幼少期に榛原(奈良)近くの沢城にて洗礼を受けた。その後、家臣として高槻の芥川城に入ったとある。全くの偶然だが、「高山」「沢城」「芥川城」は、私が学生時代にオリエンテーリング用地図作成のため、何日も何日も山の中で調査を行った懐かしい場所。さらに、帰宅途中の電車で本書を読み終え、家に帰ってからテレビをつけると、ちょうどNHK「歴史秘話ヒストリア」で高山右近が取り上げられていた。何やら不思議な感じがした。

自分の住む地域にこのような長く豊かな歴史があることをもう少し意識すれば、見慣れた風景も違って見えてくるのだろう。類書を読んでみたくなった。

NHK歴史秘話ヒストリア・高山右近HP

腰痛の現状

腰の具合は、大きく言えば「相変わらず」の状態だが、ワーストレベルから比べるとかなりマシにはなっている。

駅までは自転車から脱却して、往復とも徒歩。それもかなりの速足で歩いている。信号を渡るために、電車に乗るために、小走りをすることも可能になってきた。
土日は、安威川を歩いている。こちらも、以前に比べればかなり速いペースである。

春先は、この状態から徐々にスロージョグへと移行しようとして大きくつまずいたので、今回は、当分の間、ジョグは封印することにしている。そもそも歩けるようになったとは言うものの、断続的に痛みが出ている状態なので、それも当然のこと。

この状態を続けているうちにだんだんと筋力がついて、やがて痛みが消えるのを期待。ジョグの再開は、もちろんそれからである。福知山マラソンや奈良マラソンなど、周囲ではマラソンの話題が多くなっているが、読書という趣味のおかげで、ジョグ再開をあせることなく気長に待つことができる。


読書録45 『認知症と長寿社会 笑顔のままで』(信濃毎日新聞取材班/講談社現代新書/2010年11月)

長野県の信濃毎日新聞社が本年1月から6月に連載した記事が1冊の本になったもの。

認知症患者・家族・福祉関係者・介護施設・精神科病院等への幅広い取材によって、認知症をめぐる様々な課題を浮き彫りにするとともに、患者や家族・施設職員等の日々の生活や彼らの想いを臨場感豊かに描く秀逸なルポだ。

介護する家族・施設の職員・精神科の医師や看護師・地域福祉の現場で働く人・地域の住民といった認知症患者にかかわる多くの人が、それぞれ悩みを抱え、同時にちょっとした事に希望や光を見出す様子が数多く描かれる。また、介護力のアップに取組む施設、障害者・認知症患者など様々な人が利用する施設(いわゆる共生型施設)、有償ボランティアといった「現場の挑戦」も紹介している。

取材班は本書のエピローグで、長寿社会においては、他人を頼らず自立することをめざすのではなく、「誰かの世話になって生きていく」という価値観に転換していくことが必要だ、と述べる。実に的確な指摘だと思う。

ACLに王手

ガンバはいよいよあと1勝でACL出場権をゲット。優勝は逃したが、ACLに出場できるという結果になれば上々だ。セレッソも4位につけていて、うまく行けば大阪勢2チームでACLに臨むという快挙が見られるかも。

好調とは言えないながらも、天皇杯を含めて4連勝。次節の横浜戦に勝てば、3位以内が決まる。ホーム最終戦は大いに盛り上がるだろう。チケットもすでに購入済み。気合を入れて見に行こう。

最終節の相手は5位につける難敵・清水。ここは横浜に勝って、すっきりと決めてしまいたいところ。運のいいことに、2試合続けてのホームゲーム。中3日で移動のある横浜に比べ、コンディション調整は容易なはず。この好条件を追い風にして、チャンスを確実にものにしてほしい。


Jリーグはあと2節で終わるが、天皇杯でベスト8に進出しているので、もう1回万博で観戦する機会がある。ガンバのおかげで、12月もサッカーが楽しめる。(年明けはアジアカップがあるので、切れ目なくサッカーが続く・・)

読書録44 『無縁社会―“無縁死”三万二千人の衝撃』(NHK「無縁社会プロジェクト」取材班/文藝春秋/2010年11月)

本年1月放送のNHKスペシャルで放映された内容を中心に、その取材記録も加えて単行本化されたもの。本書で取り上げられたトピックは「行旅死亡人」「家族の絆」「単身化」「社縁」「おひとりさま女性」「若い世代の意識」など。序盤は、記者がどのように取材を進めたのかという裏話的な展開が目立ちすぎの感もあったが、半ば以降は番組に出てこなかった事も書かれていて、期待していた以上に読み応えがあった。

本書には、取材班が取材を通じて得た感想がいくつも出てくる。その中から印象に残ったものを3つほど挙げておこう。
○(高齢者の)ひとり暮らし急増の背景には、子ども世代の置かれている苦しい環境や自分のことは自分でせねばならないという風潮があると感じる。(取材陣は「子どもには迷惑をかけられない」と語る人に何人も出会った。)
○誰とも交わらず一人で生きていくことが簡単に出来るようになったことが、無縁社会の背景にあるが、それを心地いいと感じていることも事実。無縁社会の解決は容易ならざる厄介なものだと感じられた。
○制度や仕組みだけでは無縁社会と立ち向かうことはできない。ひとりひとりが“つながり”を作ろうとするささやかな勇気の積み重ねこそが必要なのかもしれない。

読書録43 『安心の社会保障改革−福祉思想史と経済学で考える』(橘木俊詔/東洋経済新報社/2010年9月)

格差問題や貧困問題をはじめ、幅広い分野の著書がある筆者。社会保障分野では、デンマーク式の福祉国家に共鳴する、と自らの立ち位置を明確にする。

著者の言うデンマーク式の特色は、福祉サービスを(職業ごと、年代ごとといった区別なく)全国民に普遍的に提供し、その財源を(保険料よりも)税金で調達するというもの。これを可能にしているのは、国民が高福祉・高負担(国民負担率は日本の1.8倍)を望んでおり、その背景には、政府に対する国民の信頼感の強さがあると指摘する。

本書は、イギリス(福祉の先進国)・ドイツ(政治主導で福祉を達成)・アメリカ(自立を重んじる非福祉国家)・スウェーデンとデンマーク(恵まれた福祉大国)・日本(家族と企業に頼ってきた非福祉国家)の社会保障制度を比較・分析したうえで、日本における社会保障制度改革について提言する、という構成になっている。
サブタイトルにあるとおり、現行制度の比較というよりは、各国の制度が出来上がってきた歴史的過程について、制度設計に影響を与えた政治家や学者も紹介しつつ、記述している。この点が目新しくもあり、(一般読者向けに書いてはあるものの)少々難しくもある。

急激な少子高齢化が進む局面にあっては、福祉や社会保障の重要性が増すことには疑いがない。他国とは条件が異なることは事実だが、やはり先進各国の経験を参考にする必要性は高い。

2010年上半期 面白かった本(2)−小説−

第2回は、小説編。

小説はごくわずかしか読んでいないが、印象に残ったものを2冊挙げる。

◎高村薫『太陽を曳く馬』(新潮社/2009年7月)
福澤家を描く3部作の完結編であり、『マークスの山』などで馴染みの刑事・合田雄一郎も中心人物として登場する。下巻は、宗教問答が続いて非常に難解だったが、福澤+合田というダブルの楽しみがあった。

◎池澤夏樹『静かな大地』
昨年出た『カデナ』が面白かったので、著者の他の作品を探して読んだのが本作。北海道を舞台にした大きなスケールの作品で、アイヌの人達への想いも伝わってきて、好感が持てた。
本書の読書録

◎吉村昭『白い航跡』
吉村昭については継続して読んでいるので、別枠対応。どれも面白いのだが、1つ挙げるとすれば『白い航跡』だ。明治時代、医学界で大きな業績を残した高木兼寛を描いた長編。刻苦勉励・立身出世の物語ではあるが、医学界の状況や日清・日露戦争も絡んで、スケールの大きな作品になっている。
本書の読書録

2010年上半期 面白かった本(1)

せっかく読書量が増えているので、半期ごとに、面白かった本・強く印象に残った本を挙げてみることにした。
2010年も終わりに近付いているが、まずは上半期について整理する。読んだ本はそれほど多くないが、それでもいくつか選ぶとなると、なかなか難しい。1回目は全般編として3冊。結果としては、いずれも2009年に出版された本になった。

◎『逝かない身体−ALS的日常を生きる』(川口有美子/医学書院/2009年12月)
ALS患者であった母親の介護体験を綴ったノンフィクション。重たい内容ではあったが、筆者の力強さに引っ張られるようにして読み進んだ。インパクト大。
去る4月、当時の鳩山首相と基地移転問題で会談したALS患者の徳田虎雄氏が、文字盤を使って会話する様子がニュースで流れていた。
本書の読書録

◎『教育の社会的意義−若者・学校・社会をつなぐ』(本田由紀/ちくま新書/2009年10月)
東大教授の著者は、若者について、教育や労働分野を中心に政策論も含めて積極的に発言している。現場に立脚した議論は説得力がある。
本書の読書録

◎『日本の殺人』(河合幹雄/ちくま新書/2009年6月)
治安対策・安全安心のまちづくりへの社会的関心が高いが、その前提として事実関係をしっかりと押さえるべきと主張する。データに基づく政策論議の重要性を認識させられる。(著者は故河合隼雄氏の子息)
本書の読書録

安威川ダム道路を歩く(1)〜桑原大橋〜

この前の日曜日、自転車で安威川遊歩道終点近くまで行って、そこを起点に安威川ダム付け替え道路を歩いてみた。

長ケ橋の少し先に新しい交差点が出来ていて、そこから真新しい道路が一直線に北へと延びている。ここから大門寺の近くまで、標高差90m近い登り坂が続く。阿武山を右に見ながら進むと、やがて長大な「桑原大橋」が谷を大きく越えて右岸へと架かる。
橋の上からは、本来なら茨木市街地方面への好展望が広がるはずだが、歩道(南側のみ)にはパネルが設置されていて目隠し状態。その代わり、北側には竜王山の三角形の山容が間近に見える。ここを走れば、さぞかし気持ち良いだろう。

◇桑原大橋全景
桑原大橋

◇桑原大橋手前からサニータウン方面展望
桑原大橋手前から

◇桑原大橋 北方面を見る(右端に竜王山)
桑原大橋から北方面

◇桑原大橋(上端部)から下流方面
桑原大橋西詰からの展望


橋の先にある交差点を右に行って大門寺に立ち寄った。今日の散歩はここまで。次は大門寺トンネルを抜けて車作方面まで行ってみよう。

立命館大学茨木キャンパス

立命館大学が茨木にキャンパスを開くことを正式に決めたとのこと。大学のプレスリリースを見ると、開校は2015年(平成27年)4月。設置される学部等はこれから検討するとのことだが、敷地面積12万?(うち3万?は茨木市が買い取って防災公園等にする)は衣笠キャンパスとほぼ同じ面積で、学生は1万人規模。かなりの規模になることは間違いない。

◆大学プレスリリース

◆新聞記事(京都新聞)

JR茨木駅の線路沿い・南側にあるキャンパス用地は、サッポロビール工場の施設も完全に撤去され、すでに空き地となっている。(写真はキャンパス予定地の現状。中央環状線側道より撮影)

立命館キャンパス用地1

立命館キャンパス用地2


なお、キャンパス付近では、道路整備も進みつつある。中央体育館前からキャンパス北側を通り、JRの反対側にあるマイカル北側を経て府道(産業道路)へとつながる道路は、平成29年3月までに全通するという計画。キャンパス東側の道路(JR茨木駅東側から中央環状線東奈良交差点)も拡張工事中である。

読書録42 『財政危機と社会保障』(鈴木亘/講談社現代新書/2010年9月)

本書の帯には「最近の社会保障制度の超入門書」と銘打たれている。同じ著者による『社会保障の「不都合な真実」』(読書録16参照)と、当然ながら被る部分が多いが、本書では、菅政権が掲げた「強い社会保障」の問題点を指摘し、財政危機が進行する中で今後の社会保障政策の進むべき道について、より現実的で当面の解決策を提示している点に違いがある。

著者は、現在の社会保障政策は高度成長モデルであり、低成長・人口高齢化(=生産年齢人口の急減)にあっては、現在投入している多額の公費は「身の丈に合わない贅沢」となっており、安易な公費負担の拡大が、社会保障分野の多くの問題の根源にあると論じる。そして、遅かれ早かれ我が国の財政は破綻することを免れないという立場から、「身の丈に合った社会保障」を提唱する。
現実的な方策として、増税ではなく支出の抑制、それも、社会保障費全体を直接抑制しようとするのではなく、公費の負担を抑えていこうと主張する。

本書の主張の当否を判断できるほどの知識・見識を持ち合わせていないが、様々な立場からの提案に素直に耳を傾け、常識的に見てどうなのか?という点から考えてみることが必要だろうと思う。少なくとも、おそろしいまでの借金依存状態が生じ、高齢者増加と現役世代の急減が確実に進む中、現行のやり方を維持できないことだけは間違いがない。

読書録41 『蚤と爆弾』(吉村昭/文春文庫/1989年(単行本は1970年))

細菌兵器開発や人体実験を行ったとされる関東軍防疫給水本部(「731部隊」として知られる)。この部隊の中心人物であった陸軍軍医を主人公にした作品。

森村誠一『悪魔の飽食』(1981年)は、731部隊が行った人体実験を描いて議論を巻き起こしたと記憶しているが、『蚤と爆弾』は主人公・曾根二郎(仮名)に焦点を当て、曾根がかかわった兵器開発や作戦、太平洋戦争の推移を淡々と綴り、終戦間際のソ連侵攻により日本に戻って、昭和34年に亡くなるまでを描いている。

戦争が進む中、東京帝大出身者が要職を占める医学界にあって、京都帝大出身の曾根は、軍人・医学者としての野心を原動力に、明晰な頭脳と独創的な発想力を使って、細菌兵器を開発し、医学の進歩のためと称して人体実験も行う。その到達点が、ペスト菌に汚染させた蚤を特殊な容器に詰めた「爆弾」である。第二次大戦中、各国が細菌兵器の開発を進める中、曾根が開発したこの「兵器」は他国のものを遥かに引き離すレベルにあった。

おぞましい人体実験を詳細に描く場面にあっても、著者の筆致は揺るぎない。戦争全体の動きをしっかりと記し、関連する事件へも広く言及しつつ(例えば、曾根が着想・開発した風船爆弾が軍の作戦に採用され、爆弾を積んでアメリカへと飛ばされる話など)、そこにいる個々の人間の行動にスポットライトを当てる。それによって静かに戦争否定のメッセージを伝えようとする著者の手法は、ショッキングな内容を持つこの作品でも何ら変わるところはない。

梅田・紀伊国屋書店

紀伊国屋書店の梅田本店に立ち寄った。改装してから行くのは初めてだ。話に聞いていた通り、入口は広くスペースがとってあり、すこし先から斜めに延びる「メーンストリート」が斬新だ。全体としてゆったりした感じとなり、落ち着いて本を探せるだろう。

フロア図

改装前は、とにかく入口付近で人混みが発生し、人をかきわけるように奥へ入っていかねばならないので、足も遠のきがちだったが、これなら梅田に行ったときには覗いてみようかという気にもなりそうだ。

ただし、ゆったりとなった分、蔵書は減ったような気もする。品揃えは、ジュンク堂の(梅田本店はもちろんのこと)天満橋店よりもかなり薄いという印象。もともとスペースが限られているので仕方ないのだが・・。


JR大阪駅も通ったが、ホームの上をまたぐ新しい連絡通路がオープンしていた。歩いてみると、外見的には出来上がったように見える北側の新ビルや大屋根も見えて、まるで別の駅にいるような感じがした。

読書録40 『助けてと言えない−いま30代に何が』(NHKクローズアップ現代取材班編/2010年10月)

昨年10月の放映後に大きな反響を呼んだという「クローズアップ現代」の取材班が、番組で取り上げた事例に加え、視聴者へのインタビューをはじめとするその後の取材をもとに書いた本。

取材班は、北九州市で孤独死した39歳の男性やホームレスとなっている30代男性達についての取材を通じて、彼らに「助けを求めることをしない・求めることができない」という特徴を見出した。その背景に、今の30代という「世代」は、大人になる過程で自己責任を強く意識させられてきたことがあると指摘する。30代人口(2010年)は1813万人。40代の1615万人や20代の1427万人に比べても格段に多いうえに、ちょうど就職氷河期にぶつかり(本書p70)、正規就労につけない人も多かったのだが、そういう全体として不利な状況にありながら、本書に登場する人達は、現在の境遇について、ひたすら「自分が悪い」と考えているのである。

若くしてホームレスになったり、非正規労働で不安定な生活を送らざるを得ない若者の存在は、これまでも多く取り上げられてきているが、その内面に踏み込んで、「助けてと言えない30代」の実像を示した本書は、私にとって、身近な年齢の人達の事だけに、ショッキングな内容だ。

本書の最終章では、「三十代の危機」と題する小論を作家の平野啓一郎が書いている。平野によれば、30代とは「社会の中で自己実現していくべきであり、努力次第でいいポジションが得られる」ことを10代に叩きこまれた世代で、経済情勢の悪化もあって、頑張ってもあまり良いことがなかった世代だと述べる。

ジャーナリストによる現場からのリアルな報告とこの最終章の組み合わせにより、本書に「30代論」としての厚みが出ているように思えた。
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