正朝通信

1月12日(木)64回目の誕生日を迎えました。
この歳になりますと、誕生日などお目出度くもなんともないのですが、なんとなく特別な気持ちになるのもまた事実です。
お祝いのメッセージを頂戴した皆様、ありがとうございます。

ところが
この佳き日の朝、なんとインフルエンザにかかってしまいました。

前日の11日から体がだるく
「これは風邪のひき始めだ。今夜は早く帰って、早く寝よう」と思っていました。
おりしも正月二之席、池袋演芸場夜の部の初日を迎えたところです。
主任は毎年恒例の権太楼師匠です。
私も毎年、前方(まえかた)に使ってもらっています。
この十日間は大切な興行です。初日の打ち上げを失礼して、先に帰らせてもらいました。

という状況で迎えたハッピーバースデーでした(笑)

朝、目が覚めた時から、体調が変でした。
「本格的に風邪ひいちゃったか?」と思い、布団の中で体温を計ったら、39,3℃と出ました
この数字を見た瞬間、
「あ〜あ、体温計、壊れちゃったよ」と思いました。
だって、39℃を超えてるほどには不調ではないのです。それほど酷くは感じませんでした。
もう一度計ってみたら、今度は40,2℃です。

今度こそ
「ありゃ、こりゃインフルエンザだ!」と思うしかありません。
すぐに近所の病院に行って、診てもらいました。
見事にビンゴ!
「インフルエンザA型」でした。
薬を処方してもらい、今日12日から16日まで5日間「自宅で隔離」との診断を申しつけられました。

落語協会に電話し、その旨を伝えます。

それから五日間、さほど苦しくはありませんが、まあそこそこ立派に「病人」でした。
そうしてようやく本日17日、五日間の安静加療を終え、復活しました。

お客様を始め、楽屋内の仲間の皆様、多くの人にご迷惑をおかけしました。
まだ本調子とはいきませんが、やっと寄席に高座に復帰することができました。

これから、徐々に調子を上げてまいります。
なにとぞよろしくお願いいたします。

正月二日は
浅草演芸ホール初席・四部に出演しました。
お正月の浅草は大にぎわいで、仲見世をはじめとして主だった通りはまともには歩けません。
ようやく演芸ホールにたどり着きました。
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初席は四部興行です。
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プログラムはこちら
2017,1,2,浅草プロ1表紙

















私の出番は18時50分です。
馬の助兄哥さんと、吉窓さんと、三人の交互出演です。
2017,1,2,浅草プロ中


















ただし、いつも正確にこの時間に上がれるわけではありません。
前からの都合があるので、押してきたり、詰まってきたり、マチマチですが、降りる時間は19時00分です。
これは演者にとって、分かりやすくていいです(笑)
客席の時計を見ながらしゃべって、とにかく19時ちょうどに降りてくれば良いのですから。

お正月のお客様は暖かいです。
よく笑ってくださいます。

2日、3日、4日、の三日間の出演です。

明けましておめでとうございます
旧年中は大変お世話になりました。本年も相変わりませずご贔屓お引き立てのほどをよろしくお願い申し上げます。

正月恒例になりました元旦の師弟ツーショットを今年も撮りました。我が家の玄関です。
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この後、一朝兄哥さんの家にお年始にうかがい、鈴本演芸場初席二部に出かけました。
お正月らしい飾りつけの鈴本演芸場
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顔見世ですから、看板もこんなに盛沢山になっています。
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私の出番は二部の15時30分です。
扇遊兄哥さんと交互出演で、私は1日、3日、5日、7日、9日の五日間出演します。
プログラムの表紙はこんな感じです。
2017,1,1,鈴本プロ1表紙






















中身です
2017,1,1,鈴本プロ中3


























2017,1,1,鈴本プロ中4
























今年も一生懸命芸道に精進します。
より一層のご贔屓お引き立てをよろしくお願い申し上げます。

毎年恒例、一年納めの会
年忘れ余一会〜扇遊正朝二人会〜
2016,12,29,扇遊正朝二人会

















無事終了することができました。
掛け値なしに二階席まで超満員の入りでした
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末廣亭の看板は風情があります。
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プログラムはこちら
2016,12,29,扇遊正朝二人会プログラム表紙



















本日のネタ帖
・道  灌   あおもり
・もぐら泥    正太郎
・宗   論   正 朝
・猫の災難   扇 遊
   仲 入 り
・音楽漫談  のだゆき
・厩 火 事   扇 遊
・宿屋の仇討  正 朝
2016,12,29,扇遊正朝二人会プログラム中


















サービスショット
楽屋風景 下座の千葉しん師匠です。
奥で座っているのが扇遊さん
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今年も大変お世話になりました。
噺家としてなんとか生きていられるのも、偏にご贔屓のお客様のおかげです。
心から感謝申し上げます。

皆様良いお年をお迎えください。

                    平成28年師走大晦日  春風亭正朝九拝

私にとってサッカーのアイドルは、ヨハン・クライフと木村和司さんです。
クライフ















会ってお話する時は私の方が年上ですので「和司」と呼びつけにしていますが、本当は雲の上の人です。下の写真は10年以上前のモノです。
木村和司














ご存じない方のために説明しましょう。
木村和司は、日本サッカー界のレジェンドです。
プロ野球ならば王、長嶋ともいうべきスーパースターです。
1980年代、間違いなく日本サッカー界のカリスマでした。

そんな「カズシ」が現役を引退してから仲良くさせていただいています。
我が落語協会サッカー部「マンダラーズ」にも、助っ人として何度も参加してくれました。
今ではお互いに家族ぐるみでお付き合いをする間柄です。

その和司のマネジメント会社「シュート」の忘年会がありました。
今年は横浜馬車道のちょっとオシャレなお店の二階で、トークショウとライブがありました。
お世話になっている福島・郡山自動車学校の小川社長と一緒に出席しました。
和司・改















トークショウの相手は日産時代の盟友・金田喜稔(のぶとし)です。
この人も天才です。
金田















ここから、サッカーに興味ない人は飛ばしてください。
完全に私の趣味の世界ですから。
ここまで書いたら、もう止まりません(笑)

木村和司と金田喜稔は県工(けんこう・広島県立工業高校)の先輩後輩です。
和司が1年生の時、金田は2年生です。これはかなり有名な話ですからご存知の方も多いと思います。

金田のあだ名は「きんた」とか「きん坊」。
その同期があの石崎です。
えっ、知りませんか?
現役時代はDFで、引退後数々のJリーグの監督を歴任し、今年はモンテディオ山形の監督だった、あの石崎です。

さらに言うならば、金田が1年の時の3年が、今、落語協会に所属している漫才・ホームランの勘太郎です(笑)

その後、金田は中央大学に進学。和司は明治大学に進みました。
そこで二人とも大学生で日本代表に選ばれるというエリートでした。
卒業後、当時日本リーグ二部だった日産自動車に入ります。和司も一年遅れて日産に入りました。
これでまた和司とキンタの天才二人が同じチームで活躍することになるのです。

ここで私のことを少々。
私は山口県立防府高校時代、県工と戦ったことがあります。
いえ、正確にいうと2年生の時だったので、私はベンチでして、試合には出ていません。一応メンバーには入っていましたけど。
中国大会の一回戦でした。結果はボコボコにされました(笑)
全く勝ち目のないゲームでした。それぐら広島勢は強かったです。

さらに余談ですが、私が3年の時は中国大会で決勝まで行きました。これは完全な自慢話です。気を付けてください(笑)
決勝の相手は県工ではなく、市商(ししょう・広島市立商業高校)でしたけど、これもボコボコにされました。
80分のゲームでハーフウェイラインを超えて相手陣内に入ったのは、3回くらいしか無かったと記憶しています。
それぐらい実力差がありました。

そんな広島県工の「和司とキンタのトークショー」
私にとっては絶対にはずせない忘年会でした。なにがあっても出席します。
トークショー















司会は、日産から横浜マリノスで活躍した二人の後輩、鈴木正治です。
左サイドバックで、加茂周監督の時に一瞬だけ日本代表に入った選手です。
出身は静岡学園。今は現役を引退し、テレビ神奈川(TVK)でサッカー番組のMCをするなど、タレントとしても活躍しています。
トークショー












そんな三人のトークショウですが、ハチャメチャでした。
なにしろ和司も金坊も、始まる前から酔ってましたから(笑)
実名で悪口トークが炸裂。腹を抱えて笑いました。人の悪口、大好きです(大笑い)
内容はここでは書けません。そんなことをしたら怒られます。
でも、楽しかったです。

やっぱり私はサッカーが好きなんだと、実感した夜でした。
和司もキンタも正治も、みんな大好きです。

突然チケットが回ってきましたので、行ってきました。
チケット













横浜国際競技場(ネーミングライツは「日産スタジアム」)のFIFAクラブワールドカップ決勝戦
日産スタジアム













バックスタンドほぼ真ん中。1階の前から2列目という席です。
しかし、横国(よここく)のこの席は、低すぎます。
ピッチに立っている電光看板のせいで、タッチライン沿いが全く見えません。
ピッチ全体を見るのも少々見にくいです。

決勝に先立って16時から行われた3位決定戦
アトレティコナシオナル(コロンビア)対クラブアメリカ(メキシコ)から観戦しました。
同じ写真
























まさか鹿島に負けるとは夢にも思っていなかったであろう南米王者のナシオナルと、北中米カリブ海の王者クラブアメリカとの対戦。
両者とも本気で勝ちに行く良い勝負でした。
結果は90分戦って2−2のドロー。
すぐにPK戦の末、コロンビアのアトレティコが勝利。3位を死守しました。
ワンショット

























決勝はヨーロッパチャンピオンのレアルマドリ(スペイン)に、開催国枠でギリギリ出場したJリーグ王者の鹿島アントラーズが挑みます。

鹿島は一回戦から登場して、8日(木)オセアニア代表のオークランド(ニュージーランド)に2−1
続く二回戦は11日(日)アフリカ王者のマメロディ・サンダウンズ(南アフリカ)を2−0で撃破
続く準決勝は14日(水)なんと優勝候補の一角アトレティコ・ナシオナルを、まさかの3−0で下すという快進撃で、決勝に進出しました。

対するレアルは、ご存知その昔「銀河系軍団」とも呼ばれた、スーパースターばかりのビッグチームです。
中でもクリスチアーノ・ロナウドは今年、自身4度目となるバロンドール(世界最優秀選手)を獲得しています。
他にセルヒオ・ラモス、マルセロ、モドリッチ、コヴァチッチ、クロース、ベンゼマ、ハメス・ロドリゲス(この日はなぜか出場ナシ)等々、各国代表選手が揃う、まさにドリームチームです。

試合前の予想は圧倒的にレアル有利でした。観戦した多くの日本人もほとんどがレアルの勝利を予想していたでしょう。
ところが、サッカーはなにがあるか分かりません。
鹿島は、本気で勝ちに来ていました。
試合開始早々、モドリッチのシュートを鹿島GK曽ヶ端がはじいたところをベンゼマに決められました。
しかし、粘り強く守りながら逆襲のチャンスをうかがいます。
前半終了間際、柴崎がゴールを決め1−1の同点に追いつきました。
後半に入っても鹿島の積極性は止まりません。柴崎がドリブルで二人、三人と交わし、なんと勝ち越しゴールを決めたのです。2−1と逆転しました。
スタジアムの興奮は絶頂に達しました!

もしかしたら、もしかしたら・・・
鹿島がレアルに勝って、世界一のクラブになるかもしれない、
そんな空気が流れました。

ところが、ここでレアルにスィッチが入りました。
決してそれまで「なめていた」とか「油断していた」ということは無かったと信じますが、どこかに「普通にやれば勝てる相手」という思いはあったと思います。
逆転されて、選手の眼の色が変わりました、と試合後鹿島の選手がインタビューで言ってました。
PKを獲得すると、クリ・ロナが決めて同点。その後も猛攻を仕掛けます。
鹿島は防戦一方になりますが、そのままタイムアップ。延長に入りました。

残念ながら、鹿島の善戦もここまででした。
過密日程を戦ってきた彼らに余力は残っていませんでした。
一方のレアルは、一段ギアが上がりました。まだ余裕があったのです。
延長前半、クリ・ロナの二発ですべては終わりました。
世界のビッグクラブとアジアのローカルチャンピオンの差は歴然とありました。
120分戦った結果は4−2でレアルの勝利。
2016FIFAクラブ世界一に輝いたのです。

しかし、アントラーズはよくやったと思います。
最後までよくファイトしました。
次回は開催国枠ではなく、ACLのチャンピオンとして、アジアのクラブの代表として正々堂々と戦い、世界一を目指して欲しいです。

しかし、セルヒオ・ラモスの2枚目のイエロー、
レフェリーは胸ポケットに手をかけて、なぜ途中で出すのをやめたのでしょうか?
ナゾです。

2011年3月11日東日本大震災の直後から、関東在住のフランスの人たちが、福島県をはじめとして東北地方各地でボランティア活動を始めました。
有名なフランス料理店のシェフやパティシエが中心になって
「キャラバン・ボナペティ」と称してフランス料理の炊き出しで、美味しい食事を提供しました。
震災直後の4月から毎月一回、すべて無償で一回千人規模の料理を作っていました。
なんと全部ボランティアです。
無償です。
つまり、自分たちの「持ち出し」ということです。
そうやって被災した人たちの食事ばかりではなく、パフォーマンスや触れ合いで元気づけてきました。ある時には新入学児童のために大量のランドセルをプレゼントしたりもしました。
しつこいですが、無料です。

そんな活動を毎月やっていましたが、今は年に4回になりました。
でも、5年半が経った今でも続いているんです。素晴らしい活動です。本当に頭が下がります。

今回、そのことが評価されて「キャラバン・ボナペティ」の代表者であるパトリック・オステアさんとアーティストのスブリームさんが、フランス政府から
“レジオンドヌール勲章”
を授与されました。
ビートたけしさんが受賞したことでも知られるこの勲章は、フランス国内で最高の勲章です。
日本でいえば「勲一等」といったところでしょうか。

「キャラバン・ボナペティ」の福島県の受け入れの窓口になっているのが、私が日ごろからお世話になっている郡山自動車学校の小川社長です。
そんな関係で、小川社長が招待された授与式に、ついでに私までご招待の栄誉にあずかりました。

栄えあるフランス最高勲章の授与式に出席してまいりました。
会場はフランス大使館の同じ敷地の中にある大使公邸です。

式が始まる前に、親しくさせていただいている木村和司さんとツーショット。
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脳梗塞からすっかり元気になりました。


いよいよ勲章授与式が始まりました。
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写真向かって右側が今の駐日フランス大使、真ん中が前の大使、左が勲章をもらうパトリック・オステアさんです。
なお、フロアの右端で一際目立つ赤いハチマキ(?)をしているのは、フランソワーズ・モレシャンさんです。

ムッシュオステアとツーショット
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福島県からやってきた軍団。パトリックさんに感謝・感謝・の面々です。
24,授与式とその後の立食カクテルパーティーが終わった後、会場を代官山のフレンチレストラン“Le Petit Bedon(ル・プティ・ブドン)”
に移動して、食事会です。
人数はフランス人と日本人ほぼ半々で約80人くらいだったでしょうか。なんと始まったのは午後10時でした。
これから本格的なフレンチのフルコースです。フランス人の体力、恐るべしです。あたしゃ、もうすっかりくたびれていました。

最初に出たオードブルは写真を撮り忘れました。
二品目がこちら。サーモンです。ほぼナマでして、刺身の食感です。
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三品目 Le poisson(ル・ポワゾン=魚料理)は「真鯛のスフレ」
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メインのLa viande(肉料理)は「bifteck(ビーフステーキ)」
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スマホの写真で、ほとんど茶色い塊にしか見えませんが、ハンバーグではありません。
ステーキです。ソースが濃厚でした。私には濃厚過ぎて、ちょっとつらかったです。

ここまで来たところで、本日のサプライズ。
叙勲者二人のために特別に作ったケーキをカットする儀式です。
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期せずして起こった“La Marseillaise”の大合唱
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スブリームさんがマイクを通して、盛んにフランス語でしゃべっているのですが、何度もはっきりと“Cake cut”と英語で言っているのがちょっと可笑しかったです。
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このケーキとベリー系のアイスクリーム。もうお腹いっぱいでケーキは残してしまいました。

最後にパトリックの勲章を撮らせてもらいました。
これが本物のレジオン・ド・ヌールです。
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飛行機事故は常に悲惨だが、今回もまた、非常に悲しい事故になってしまった。

今朝(12月1日)の東京新聞に詳しく載っていたので、かいつまんで紹介する。
ついでに私の知ったかぶりも少々交えつつ。

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シャペコエンセというチーム、ブラジルサッカーに相当詳しい人でも、知らないのではないだろうか。私も初めて聞く名前で、全く知らなかった。

日本人に馴染みの深いブラジルの有名なクラブといえば、フラメンゴ、フルミネンセ、ヴァスコ・ダ・ガマ、ボタフォゴ、グレミオ、サンパウロ、
あとはペレがいたサントスとか、パルメイラス、クルゼイロ、アトレチコミネイロといったところか。

シャペコエンセは、わが国では無名のクラブと言っていいと思う。
ブラジル南部のシャペコ市という人口20万人の小さな町のクラブだ。
1973年創設というから、100年を超えるチームが多い中、さほど古いクラブではない。
長く下位リーグに低迷していたが、2009年にブラジル全国4部リーグに上がると徐々に成績を上げ、2014年に1部リーグに昇格した。
5年間で4カテゴリー昇格したことになる。これはかなり珍しいケースではないだろうか。2年前のことである。
不景気で給料の支払いが遅れるチームもある中で、しっかり運営して経営が安定したクラブという。
ブラジル代表クラスの選手はいない。
今回のコパ・スダメリカーナという国際大会では快進撃を続けて、とうとう決勝戦にまで勝ち上がった。
決勝はホームアンドアウエイ方式で、コロンビアのチームと戦うことになっていた。

大会についても触れておこう。
コパとは英語のCUPである。日本語では「杯」。
南米のクラブナンバーワンを決める大会は、「コパ・リベルタドーレス」である。これは有名な大会だ。
チャンピオンになると、南米代表として「クラブワールドカップ」に出場する。
以前は「トヨタカップ」と称して、ヨーロッパチャンピオンと東京の国立競技場で一発勝負を戦っていた。
今は、発展的に解消してFIFAの主催となり、各大陸王者が参加する大会になった。
しかし、現実には相変わらず決勝はヨーロッパ対南米である。
この「コパ・リベルタドーレス」よりはグレードが下の大会と推察できる。
ユーロの「UEFAチャンピオンズリーグ」の下位に位置する「ヨーロッパカップ」のような位置づけなのだろう。

私はこの「コパ・スダメリカーナ」という大会も、今回の事故で初めて知った。
優勝チームは、南米代表として日本で開催される「スルガ銀行チャンピオンシップ」の出場権を得る。

これは、「JリーグYBCルヴァンカップ(去年までヤマザキナビスコカップ)」の優勝者と対戦する大会である。
私は名前だけは聞いていたが、さほど興味はなかった。マスコミの扱いもさほど大きくはなかった。
しかし、新興のシャペコエンセにとっては、優勝して日本の「スルガ銀行チャンピオンシップ」に招待されることは、大変な名誉だったはずである。

今回亡くなった中でJリーグに関係していたのは、
カイオ・ジュニール(元ヴィッセル神戸監督)、
ケンペス(元ジェフ千葉・セレッソ大阪/FW)、
アルトゥール・マイア(元川崎フロンターレ/MF)、
ウィリアン・チエゴ・ジ・ジェズス(元京都サンガ/DF)、
クレーベル・サンタナ(元柏レイソル/MF)
以上5名。

亡くなったすべての方のご冥福をお祈りします。
今後、シャペコエンセがこの苦難を乗り越え、素晴らしいチームになることを祈っています。

2016,12,4,江戸エコ寄席





















第9回江戸エコ寄席
12月4日(日)皇居前広場(公園)にある「楠公(なんこう)レストハウス」で開催されます。
場所は有名な楠木正成公の銅像の真ん前です。
楠公銅像改














12時から特製会席弁当を召し上がっていただきます。
下の写真とは若干内容が異なります。参考のために掲載しました。ご了承ください。
江戸エコ行楽重2

















シェフが大学教授と共同で研究に研究を重ねて、試行錯誤の結果、
江戸時代のレシピを再現することに成功しました。
食材も東京産のモノを使用して作ったお弁当です。
「江戸時代の人たちはこういう食事をしていたんだ」と実感していただきます。

食事が終わったあと、
1時30分から隣の特設会場に移動して正朝の落語を二席、聴いていただきます。
トリネタは『芝浜』を申し上げます。もうそんな季節になったんですね。
一年経つのは早いです。
江戸エコ寄席1
写真は今年4月17日に開催された第8回の様子です。

木戸はお弁当付きで4000円。ドリンク類は別料金となります。
皆様のご予約をお待ちしています。
江戸エコ寄席地図
















地図は少々見にくいですが、左下にピンクで【スタート】と書いてある、さらにその下に示してあります。
日比谷通り「馬場先門」から入るのが一番わかりやすいです。

ご予約はこちらのコメントか、正朝に直接お申し込みください。

一年経つのが本当に早いです。
今年もお酉様の季節になりました。今日は「一の酉」です。
夕方からカミさんと二人で浅草の鷲神社に行きました。
「おおとりじんじゃ」と読みます。「ワシじんじゃ」ではありません(笑)
落語ファンならご存じ 「観音様の裏って」「吉原の裏っかわ」にある神社です。
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傘をさすべきか、ささざるべきか、微妙な雨がそぼふる中でしたが、
午後4時に来れば、さすがに空いてます。山門までスイスイときました。
ここから行列です。
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なんだか余裕です
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並ぶのも、また楽し、です。
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ここまで来たら、お詣りまでもうひと息。
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浅草界隈の有名店が競って提灯を奉納しています。

というワケで、毎年同じお店で熊手を買っています。
いつものおじいちゃんも、元気でした。
毎年「今年も生きてるかな?」と、ドキドキしながら来るんです。不謹慎ですが(笑)
元気な姿を見て、お話もできて、ホッとひと安心でした。

今年購入した熊手がこちら
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酉年の来年、大いに飛び立てるように、頑張ります。

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