2004年07月30日 7月28日(水)11.中華料理 今夜の料理は中華だ。ピータンとくらげの前菜、玉子入りコーンスープ、えびのチリソース、鮑の紹興酒蒸し、鶏肉の野菜炒めと出て、どれもみな美味しかったが、最後のあん掛け焼きそばが、抜群に美味しかった。 かかった餡も、具も、そばも、それぞれがしっかり己の味を主張して、それでいて調和がとれている。たかが焼きそばと侮れない、絶妙の味だった。 食事終了後、お三方に丁重にお礼を言ってお別れをした。フーッ、疲れた。堀内さんグループがいたので、そちらのテーブルに行く。堀内さん達も、私が竹村さんと食事をするのを知っているので、興味津々だ。 「緊張しました!」と報告すると「そうでしょう」と言って皆で大笑い。ふっと楽になった。 その後、6階のグランドホールでショーを観た。今夜はスタンダードジャズの歌と踊りのショー。 あすかの過ごし方に慣れたのか、それとも緊張が解けたせいか、耳慣れた楽曲のせいか、おそらくそれらが混ざり合ってだろう、気分がすっかりリラックスして楽しかった。 そのまま部屋へ戻って、録画していたアジアカップ「日本対イラン」のビデオを見ながら焼酎のウーロンハイを自分で作って飲む。0−0の引き分けだった。 プループリーグを1位抜けしたのだからよしとしよう。日記を少し書いて、寝る。就寝は1時半。
2004年07月30日 7月28日(水)10.テーブル 同席したのは竹村健一氏と奥様、そして先日の日記でお供の人と書いた女性。お名前は武田さん。東京とハワイとニューヨークにそれぞれ自宅を持っているそうだ(!) お供の人なんて書いて、とんだ失礼をしてしまった。大変なお金持ちである。時計もブレスレットも洋服も、すべて滅茶苦茶高そうな物ばかり。 お話を聞くと、元ヴェルディの武田や藤吉、永井らとハワイでよく遊ぶそうだ。武田修宏は、そう言えば同姓だ。 竹村氏から「この二人は、貴方の落語がとても面白かった、言うてましたよ」と、言われた。最高の誉め言葉だ。私も嬉しくなる。 三人から落語界の事などを聞かれるので、面白おかしく話をして座を盛り上げる。写真右が竹村氏の奥様、左が武田さん。 皆さん喜んでくださった、、、、、と信じる(^_^;)
2004年07月30日 7月28日(水)9.ディナー 7時過ぎに部屋に戻って、ディナーの支度をする。今夜のドレスコードはカジュアルである。ボタンダウンのワイシャツにジャケットにする。 7時半に5階のメインダイニング・フォーシーズンに行く。いよいよ竹村健一さんとディナーをご一緒するのだ。やはり少し緊張する。 続きを読む
2004年07月30日 7月28日(水)8.港では 5時頃、紋別港に戻ってきた。ああ、楽しかった。 岸壁では、歓迎セレモニーの真っ最中だ。どこでもお馴染み「おばさん達の踊り」をやっていた(笑)。出港の予定は7時である。それまで盛り沢山の趣向があるらしい。定番のバーベキューもある。 しかし、私は参加できない。二日分の日記を更新しなくてはならないのだ。経験上、この作業は約二時間ぐらいはかかる。港を離れるまでになんとか完了しなくてはならない。 大急ぎで部屋に戻ってパソコンのの「メモ帳」に書き溜めた26日網走の日記を推敲する。続いて27日コルサコフの日記を書く。大急ぎで書く。たくさん書く。ようやく全てを書き終わったら、すでに6時を回っていた。 続きを読む
2004年07月30日 7月28日(水)7.上野さん 今回の層雲峡・温泉ツアーに誘ってくださったツアコンの上野さん。同じ場所でパチリ!少し先の話だが、ホテルオークラで講演の仕事をいただいた。 上野さん、ありがとうございます(*^_^*)
2004年07月30日 7月28日(水)6.見つけた素敵な看板 展望台近くで見つけた看板。「森は海の恋人」と書いてある。いい文句だと思う。すぐ下を川が流れている。北海道の母なる川、石狩川の源流になるそうだ。 森の豊な恵みを受けた水がやがて海に流れ込む。この素晴らしい自然を汚すような事をしてはいけないと、しみじみ思う。
2004年07月30日 7月28日(水)5.ひぐまが出る? ロープウェイを降りて、少し山を登るとペアリフトがあった。冬場はスキー場になるのだそうだ。途中の山道でこんな看板を見つけた。 時々ニュース等でひぐまと遭遇した話を聞くが 「あなたは、今、ヒグマの生息する地域に、一歩を踏み出しました」なんて書いてあるとゾクッとする、嬉しくて(笑) 本当にバッタリ会ったら怖いだろうけど(^^ゞ
2004年07月30日 7月28日(水)4.大雪山系 風呂から上がって昼食だ。ビールを飲んで、美味しいお弁当を食べた後、皆でロープウェイに乗って、ようやく本当の5合目に到着。展望台から見る景色は雄大だ。これが北海道、大雪山系!
2004年07月30日 7月28日(水)3.入浴姿 素晴らしい眺めの温泉だった。お湯もホンモノで気持ちいい。どこかの温泉のように入浴剤は入っていない(笑)。山の緑が目に染みる。 記念にと思い、セルフヌードを撮る(笑)ヌードというほどのシロモノではないか!なにしろ左手にカメラを持って、勘でシャッターを切る。 数回トライした中では、これが一番マシな写真だった(>_<)
2004年07月30日 7月28日(水)2.エアーエッジ その後、朝食に出かけた。部屋に戻って、携帯メールをチェックする。何通か私信がきていた。嬉しい。パソコンのメールを開けると、こちらにも数通きていた。今日は26日網走と27日コルサコフの二日分の日記をアップしなくてはならない。 9時が近づいてきたので、あすかを降りてバスに乗る。いざ大雪山系黒岳の中腹にある層雲峡まで出発だ。途中コンビニでの買い物と、トイレ休憩をはさんで1時間40分のバスの旅だった。 車中で、恐れていた事が起こった。日記を更新しようとしてパソコンを開けたが、エアーエッジの接続ができないのだ。オーマイガッ!なんてこった! 港では電波が来ていたのに、ちょっと郊外に出たら、もう繋がらない。これがPHSの弱いところである。このバスに乗っている間に日記をアップしようと思っていたのに、不可能になってしまった(>_<) 続きを読む
2004年07月30日 7月28日(水)1.紋別 7時に気持ちよく起床。今日も元気だ。外を見ると小雨が降っている。昨夜、層雲峡温泉ツアーに参加させていただく約束をしたので、バスが出発する9時までに朝の支度を整えなくてはならない。 船内放送があり、入国審査があるので部屋で待機するようにとの事である。 サハリンでは両替もしていないし、税金がかかるような買い物をする機会すらなかった。ただし、あすかの中のショップ(『あすかコレクション』という)では免税で買えるのだ。 日本領海を出ると、外国である。煙草や酒、香水、そして高価な外国ブランド品が免税で買えるわけだ。昨日から今日にかけて、今回のツアーでは唯一の外国航路だった。 あとはサハリンでの植物や生鮮食品が持ち込み禁止になっている。そういう物の審査をするワケである。 昨夜のうちに部屋に書類が届いていた。必要事項を書き込んで待っていると、ほどなく入国審査官が来た。私は、勿論無税だし、ヘンな物を持ち帰ってもいない(笑) 書類を渡すと簡単に「はいOKです」と言われた。拍子抜けするくら簡単だった。
2004年07月30日 7月27日(火)14.ナイトライフ ディナーは二日ぶりに堀内さんグループと共にする。今日の料理は和食だった。 先付けの「雲丹豆腐」は不思議な味だった。うには明後日、利尻で食べるのが楽しみである。混ぜ物として使って欲しくなかった(笑) 焼き物の「かんぱち照り焼き」が抜群に美味かった。その後「豆乳鍋」が出た。ざる豆腐が入った面白い鍋である。これも美味。 食後恒例となった、ピアノラウンジへ皆で行き、堀内さんにご馳走になる。疲れているので早々に解散して、部屋に戻った。 「続きを読む」に続く。《どうぞクリックしてください(*^_^*)》 続きを読む
2004年07月30日 7月27日(火)13.コルサコフ民族音楽 歌と踊り その後、勝利の広場という戦車が飾ってある広場を見て、バスであすかまで帰る。帰りは列車は使わないのだ。朝、列車で1時間半かかったところが、バスだと50分で戻ってきた。 あすかのグランドホールでコルサコフの歌と踊りのローカルショーが行われた。MCが全く入らない、演奏と歌と踊りだけだが、なかなか楽しかった。 彼らが下船した後、あすかは出港した。
2004年07月30日 7月27日(火)12.新婚さん レーニン像の前で、新郎新婦が記念写真を撮っていた。珍しいなと思っていたら、また別のカップルが来て同じく記念撮影をして、すぐに車で走り去った。 ターニャに聞くと、ここの結婚式の恒例で、市内の名所を次々に回って、写真を取りまくるらしい(これは会話が成立した)。 ターニャもするのか?と聞くと、はにかみながら「したい」と答えた。笑顔が可愛い。 この広場の真向かいの市役所は、あたりの街並みに似つかわしくない真新しい立派なビルだった。かの国でも、お役所から先に立派なビルを建てるんだなと、妙に納得した。
2004年07月30日 7月27日(火)11.レーニン広場 食事が終わって、自由市場へ行く。なんだかフリーマーケットと戦後の闇市の中間のような場所だ。雨が降ってきた。 全員両替をしてないので、当然ながら買い物はできない。ただ、見て歩くだけだ。あまり面白くない。ただただ貧しいんだな、という印象だけ。 その後、レーニン広場へ行く。ソ連時代の英雄は、今でも市民から尊敬されているのだろうか。ターニャに聞くが笑って、答えない。 実はこの女、通訳とは名ばかりで、ほとんど役に立たない(笑)初歩的な日本語会話しかできないのだ。でも、きれいだから許す(>_<)
2004年07月30日 7月27日(火)10.通訳 こちらが通訳の女子大生さん達。ね、そうでしょう(*_*) いずれも韓国系である。ユジノサハリンスクの町には、一見してアジア系という人がたくさんいる。もっとも、圧倒的に多いのは金髪のスラブ系(違うか?)の人たちだ。
2004年07月30日 7月27日(火)9.美人通訳ターニャ 朝、あすかを降りて乗った列車の中から通訳として同乗してくれたのが、写真のターニャである。ロシア人だが、ルーツは韓国の三世だという。見た目は完全にアジア系である。 母国語は当然ロシア語で、韓国語もカタコトだそうだ。今、日本語の勉強をしている大学生である。何人かいた女子大生通訳の中では、飛びぬけて美人である。 7号車は、ますますラッキーだ(笑)
2004年07月30日 7月27日(火)8.ランチ 博物館を見た後、ランチになった。あすかのツアー客全員が揃って食事をする場所はないのだそうだ。グループごとに別れてランチをとることになった。 我々7号車(あと、数台も一緒)が連れて行かれたホテルは、なかなかのモンだった。出てきたのはロシア料理。左のパンはピロシキである。 ピロシキというと揚げパンを想像したが、そうではない。普通のパンのようだ。味はまあまあ。サラダはポテトサラダ。 この後ボルシチと、メインとして鮭のムニエルらしき(天ぷらに溶かしバターがかかったような)物が出てきた。はっきり言って、不味い(>_<) みんなで「あすかの料理を食べたい」と口々に話す。