正朝通信

2006年01月

c0d08393.jpg 落語会が終わった翌日は、ごらんのとおりの暖かい良いお天気になりました。宿泊は毎回、萩市内でも一・二を争う高級旅館「常茂恵」さんに泊めていただいてます。なんでも昭和天皇がお泊りになったという、大変な名旅館です。立派な門の前で仙花さんとパチリ。後ろに見えているのが玄関です。

 この後、二時間かけて下関の近くの川棚という町に移動しました。コミュニティーホールで小さな落語会をこなして、最終便で東京に帰ってきました。今回も楽しい「初笑い寄席」でした。お世話になった皆さん、本当にありがとうございます。来年もまたよろしくお願いします。

8b875a8b.jpg 終演後には、ご来場のお客様に「お年玉プレゼント」の抽選会を行いました。これまた恒例で、皆さん楽しみにしていらっしゃいます。地元の協賛各位からも賞品を提供してもらいましたが、私も東京から噺家グッズをたくさん持って行きました。
 例えば・・・、ええと・・・、芸術協会で去年真打に昇進した人の「扇子・手拭・口上書き」の3点セットとか、落語協会のカレンダーとか、私の手拭いとか、去年監修して出した本とか、結構豪華なものです(笑)

 舞台のまん中に立って抽選しているのが、実行委員会会長の新谷和彦県会議員です。この先生にも大変にお世話になっています。面倒見のいい親分肌の先生です。奥さんがまた綺麗な人で・・・(^^ゞ
 新谷先生、また来年もヨロシクお願いしますよ


a4f9aa6d.jpg 一席目の後、太神楽の鏡味仙花さんの曲芸をはさんで、トリで「薮入り」を演りました。暮れの「扇遊正朝二人会」でかけて以来、ここのところ立て続けにやってます。
 ある時期、集中的に高座にかけることで、完成度を高めていくというのはよくやる手法です。だいぶ口慣れてきました。自分のモノにするまで「もうちょいッ!」というところでしょうか。

 2月18日の根岸・三平堂でも「薮入り」を出しました。関東地方在住の方は是非ご来場ください。お待ち申しております、はい。

02609db7.jpg いい笑顔ですね(自分で言うなって?)。この写真は私のセコデジカメではなく、山口在住の知人が撮ってくれたデータを転送してもらったものです。やっぱりいいカメラで撮るといい笑顔が撮れるんですかね。
 やっぱりデジカメ買い替えようかな・・・

0ee763fd.jpg  一席目は「たらちね」を演りました。まずは前座代わりということもあり、分かり易いネタを選びました。「たらちね」は前座噺で、私も前座時分に故・桂文朝 師匠に教わりました。寄席では普通15分程度にまとめて、途中で切ることが多いのですが、ハナから終いまでキチンと演ると35分くらいかかります。今日は みっちりフル・バージョンでやりました。

257bf275.jpg 落語会の始まる前に、実行委員会の世話人河野さんがご挨拶です。毎回のことですが、この河野さん無くしてこの寄席はできません。本当に感謝しています。
 ただ一つだけ言いたいのは、このあいさつがちょっと長かったかなというという事です(笑)

06e50bb7.jpg  毎年行なっている萩での独演会を、今年も盛大に開催しました。会場は萩市の「サンライフ萩」です。この落語会は、平成11年11月に始まりました。途中 12年だけは抜けましたが、13年のお正月以来毎年この時期に「初笑い寄席」として連続開催し、今回で7回目になりました。
 萩の人たちが「山口県出身の 春風亭正朝の落語をナマで聴こう。萩の地で本物の芸に触れよう。そして正朝を盛り立てていこう」という趣旨で始まったものです。つまり地元の有志によるボ ランティアの落語会という感じです。でも、誤解のないように言っておきますが、ギャラは過分に頂戴しています。念のため(笑)
 私にとっては大変に有り難い、また嬉しい落語会です。
 
 この後ろ幕は、母校・明治学院大学落語研究会OB会から贈られたものです。うち(彦六の一門)の紋である光琳蔦(こうりんつた)と明学のMGマークを合わせたデザインです。エンジ色は、スクールカラーです。
 ごらんのとおりの手作りの舞台ですが、3回目ともなると(この会場になってという意味です)、もう手馴れたもので見事に作り上げました。立派な高座です。

 悲しいニュースが飛び込んできました。
陸上競技の「カネボウ陸上部」が、カネボウ防府工場の閉鎖に伴ない、山口県防府市から東京に拠点を移す、というニュースです。
 ニュースソースである毎日新聞のウェブ版を一部転載します(本当はイケナイことかもしれませんけどお許しください)

 カネボウは経営不振から、防府工場を閉鎖するのに伴い、陸上部の存続も含め検討してきた。その結果、今後も部を運営していくことを決定。企業体力などからカネボウ化粧品を運営母体にすることになった。活動拠点を、山口県防府市の防府工場内から東京都内に移すと発表した。
 カネボウ陸上部は1950年創立。オリンピック代表(モスクワ含む)に5人を送り出したほか、全日本実業団駅伝でも4度頂点に立つなど男子長距離界の名門。

 「これのどこが悲しいニュースなんだ?」とお思いでしょう。
実に悲しいんです(T_T)

 私は、山口県防府市出身です。生まれてから高校卒業までの18年間防府で育ちました。親がカネボウの勤め人だったので、上記のカネボウ防府工場の広大な敷地の中にある小さな社宅で、ずーっと育ったのです(笑)
 私が大学3年の時に、両親は転勤で関東に引っ越してきました。それ以来彼らも関東(長く東京)に住んでいます。父親は、とっくの昔にカネボウを退職していますが、私にも子供心に「カネボウ」の愛社精神みたいなモノが刷り込まれているのです。

 防府工場にあった「カネボウ陸 上部」は名門です。若い人はご存知ないでしょうが、貞永信義という名ランナーがいました。ローマオリンピックのマラソン日本代表選手です。小学生の頃、貞 永選手が練習する姿を見て「カッコいいな」と思ったものです。引退後監督になり、伊藤国光や鎌田俊明、早田俊幸といった世界的な選手を育てました。その貞 永さんも数年前にお亡くなりになりました。
 今の現役では、2002年シカゴマラソンで日本最高記録を樹立した高岡寿成がエースとして君臨しています。西日本では宋兄弟で有名な旭化成、広島の中国電力などと並んで、実業団陸上競技の名門チームなのです。

 私は、このことを密かに誇りに思っていました(*^_^*)
今でも、父親が勤めていた鐘紡(当時は漢字表記でした)が好きです。今、カネボウが粉飾決算やらなにやらで(詳しい事はよく知りませんが、)あんな状態になっているのが悲しいです。いや、悲しいというのとも、ちょっと違いますね。
なんて言ったらいいんでしょうか、アイデンティティーというと意味が違うかもしれませんが、そんなような感情があるかもしれません。

 その私の故郷の原風景である防府工場が無くなってしまいます。私が住んでいた社宅は、ゴーストタウンのようになっています。壊すのもお金がかかるらしく、そのまま野ざらしになっているのが哀れです。
 そして今日、陸上部が東京へ移転というニュースを知ったのです。ふるさとが、どんどん壊れていくような気がします。 

 防府には毎年、落語の公演で帰ります。その時はホテル住まいです。親も親戚も実家もお寺も、そういう意味では私の故郷にはなーんにもありません。
 ただし生まれて育った町であることは、紛れもない事実です。私にとって防府は、唯一無二の故郷です。またひとつ、私の心のふるさとが消えてしまいました。

 都道府県対抗駅伝で山口県が強かったのは、カネボウ陸上部のおかげです。東京に移ってしまったら、山口県チームはおそらく下位に低迷してしまうでしょう。

 最後まで読んでくださってありがとうございます。今夜は私の愚痴に付き合ってくださって感謝します。
 明日、萩で独演会をやります。ちょっとセンチになりながら、一生懸命笑ってもらいます。

b2be50fb.jpg 新大関の今場所は、途中まで優勝争いをしながら、最後に息切れしてしまいましたが、10勝5敗は合格ラインでしょう。
 早く初優勝を飾って、横綱になって欲しいものです。なにしろ「いい男」ですから女で失敗するのが心配です。あたしが言うんですから間違いありません(>_<)
 パーティーの席上でもこのとおりのサイン攻めにあって、休まるヒマがありません。人気者はつらいです。ちなみにアタシも4人ほどサインをせがまれて書きました。誰だか分かってんのかしら(笑)

17607b4a.jpg 昨年11月の九州場所で前佐渡ヶ嶽親方(元横綱琴桜)が定年退職なさいました。その日に、娘婿である琴の若が引退し、即日新佐渡ヶ嶽を襲名しました。まことに見事な引継ぎでした。
 実は私は、そもそもこの琴桜の前佐渡ヶ嶽親方に、お世話になっていたのです。今でも可愛がっていただいています。
 今場所は、元琴の若関が、新佐渡ヶ嶽親方として初めての千秋楽祝賀会です。スーツにちょんまげという珍しい姿でご挨拶です。
 来る5月の夏場所後に国技館で引退相撲があります。もしかしたら私は断髪式の鋏を入れることになるかもしれません。その時にはまたこのブログで公表します。お楽しみに。

b902d451.jpg 大相撲初場所の千秋楽でした。池袋の寄席を終えて、今場所も佐渡ヶ嶽部屋のパーティーに行ってきました。なんと言っても新大関・琴欧州の人気はすごいです。
 今、相撲界全体でも人気ナンバー1ではないでしょうか。あい変らず自分の席から撮った写真ですので、ピントが甘いです。ごめんなさい。席を立って近くまで行くってえのが、どうも恥ずかしくて(^^ゞ
 お許しください。

2360477d.jpg 写真は、柳家さん助師匠です。落語協会のプロフィールによると1926年生まれですから、今年の誕生日がきたら80歳になる「落語界の重鎮」です。
 私が入門した昭和50年当時は、ちょんまげを結っていました。「ちょんまげの噺家」で売っていました。フラのある面白い師匠です。
 ここのところずーっと寄席(定席)は休んでいらっしゃいました。今年になって珍しく、初席、二之席と続けて寄席に出ています。今席も池袋演芸場に出演です。

 私の前の出番です。つまり、さん助〜正朝と、続けて高座に上がるわけです。久しぶりにお会いしたので、思わず楽屋で一枚撮らせていただきました。

 いつまでもお元気で、高座を勤めていただきたい師匠です。

 しかーーーーし、こんなことを言ってはナンですが(笑)
見たことのない人は、この寄席で見ておいた方がいいですよ。
 いえいえ、深い意味はありません(苦笑)

 さん助師匠ご本人にも、「写真を撮らせてください」とお願いしたら、すかさず
「今のうちに撮っておこう、ってんだね」と、ズバッと切り返されました。
いやあ、さん助師匠健在です(*^_^*)

22b461d3.jpg お正月興行もようやく終わりました。今日からは通常の興行に戻ります。1月下席の始まりです。
 天気予報がズバリと当たって、朝から大雪です。池袋演芸場の前の通りもごらんのとおりの雪景色になりました。

 こんな日はお客さんも来ないんじゃないかと心配していましたら、今日はほぼ満席の大入りでした。有り難いことです。

 今席の私の出番は、昼の部の「仲入り」です。普通「仲入り」というと、中間の休憩時間のことを言います。寄席とお相撲だけで使われる言葉だそうです。

じゃ、前述の
> 私の出番は、昼の部の「仲入り」です。
という表現はヘンだとお思いになることでしょう。
 実は「仲入り」にはもう一つの意味がありまして、休憩(仲入り)の直前の出番のことも「仲入り」と呼ぶのです。非常に紛らわしいです(笑)

 最近、この「仲入り直前の出番」を「中とり」などという言い方をする人が増えました。最後の演者・主任(とり)に対して、仲入りで一旦幕が閉まることから「中とり」という言葉ができたのでしょう。
 休憩の意味の「仲入り」と、その直前の出演の意味の「仲入り」を明確に区別するために「中とり」という言葉は、便利かも知れません。

 しかし、この「中とり」は、本来東京の寄席の世界には無かった言葉です。大阪(上方)の寄席の言葉だそうです。
 うちの師匠(五代目柳朝)は、この「中とり」という言葉を、非常に嫌っていました。
 生前「最近『中とり』なんて言うヤツがいるけどな、ありゃ上六(ぜえろく・江戸っ子が関西人を揶揄して言う言葉)の使う言葉だ。東京の噺家は『中とり』なんて、絶対に使うんじゃねえぞ」と、ことあるごとによく言っていました。
 従いまして私も「中とり」という言葉を聞くたびに、師匠のうんちくをそのままウケウリして、指摘・訂正しています(笑)
 このブログをご覧の落語ファンの皆様、ささやかな抵抗ですが、どうか「中とり」という言葉は使わないでください。お願いします。

6c3052bc.jpg ご存知「笑点」でお馴染みの、桂歌丸師匠です。「落語芸術協会」の会長であり、落語界の重鎮と言える師匠ですが、いつお会いしても人当たりの柔らかい、腰の低い、素晴らしいお人柄の師匠です。
 「笑点」で楽太郎兄さんや、木久蔵師匠に毒づいたりしているのは、あくまでも番組のキャラクターです。本当に紳士で優しい師匠です。
 楽屋で一枚撮らせていただきましたが、つい緊張して手ブレしてしまいました。ごめんなさい。

01e44543.jpg 上方落語の笑福亭鶴光師匠は現在、東京の「落語芸術協会」に所属しています。普段、あまりお会いする機会はありませんが、こういう特殊な落語会などで時々ご一緒します。
 いかにも松鶴師匠のお弟子さんらしい、上方の匂いがプンプンする師匠です。本当に面白い人で、わたしは大好きです。高座のそでから一枚押えました。
 ちなみに今夜の高座は「下ネタ」は、ありませんでした(笑)

b46782e3.jpg 横浜市野毛にある「にぎわい座」に出演しました。この寄席は横浜市が主催というか、経営というか、運営というか、なにしろ「市がやっている」寄席です。
 本当なら「お席亭」と呼ばれる責任者のことを、ここでは「館長」というそうです。その館長さんが、ご存知玉置宏さんです。
 今夜は「にぎわい座」が、毎月一回開催している「名作落語の夕べ」に出していただきました。写真はそのチラシです。
 プログラムは「権兵衛狸」福治、「薮入り」正朝、「紀州」鶴光、「井戸の茶碗」歌丸です。演題はすべて玉置館長のご指定です。それにしても、落語4本で3500円はちょっと高いですね(笑)
 緞帳が開いた直後の開口一番と、仲入り後のクイツキに玉置宏館長の「ご案内」という、早い話が解説とウンチクがつきます。
 前売り券はかなり早い段階で完売したそうで、今夜も雨降りの悪天候の中、超満員のお客様でした。これがまた、よく笑ってくださる「いいお客さん」でした。
なかなか面白い一夜でした。

 私は、暮れの29日の「扇遊正朝二人会」で演った「薮入り」をかけました。あの日以来まったくお稽古していなかったので、少し間違えたりしましたが、良いお客様に助けられました。

9b52902e.jpg ここだけの秘密にしていただきたいのですが・・・(笑)、オマケに大サービスのワンショットです。
 写真は、このお店で作っている「マッカリ」です。最近人気が出て来た韓国のどぶろくですが、これはここのお店の人が作っているものです。
 あのお、法律とか、警察とか、保健所とか、税務署とか、なんか難しいことは考えないでくださいね。いいんです(^_^)v

 一口飲むとヨーグルトか、カルピスのような味です。甘酸っぱくて、口当たりはソフトです。ところが案外アルコール度数は高いんです。調子に乗ってグイグイ飲むと、足にきます。

 よく見るとジョッキの中で、今なお発酵し続けています。美味しいどぶろくでした。
こうして平成18年の「初席」も無事に終わりました。明日からは「二之席」です。私は池袋と鈴本の二軒掛け持ちです。さあ、頑張ろう!

4d082866.jpg 我々の座敷の反対側にはテーブル席がありまして、こちらに若者が集まっています(笑)。左から金翔(金時門下・二つ目)、時松(金時門下・前座)、勢朝、金時の面々です。

 よく見ないと分かりませんが、店のママの影(手前・黒い服)に隠れているのが金兵衛(小金馬門下・二つ目)です。よーく見ると、向こう側の鏡に顔が写っているのが分かります(爆)
それにしても、ハネを伸ばして楽しそうにくつろいでいる若者たちです。
 毎度のことですが、おしゃべりの勢公が一人でパアパア盛り上げていました。

3e1483bd.jpg 毎年恒例になっている「打ち上げ」の焼肉屋さんに来ました。毎年々々、金馬師匠がご馳走してくださるんです。有り難いです。
 特筆すべきは、今日は火曜日で「定休日」だったのですが、わざわざ「金馬師匠の打ち上げ」ということで、お店を開けてくれたんです。いかに毎年お金を使っているかということがお分かりいただけると思います(*^_^*)

 もうひとつ注目して欲しいのは、みんなの服装です。本来「初席」の十日間は、着物で歩くのが「楽屋の仕来たり」です。最近は三が日を過ぎたあたりから、早々に洋服にする人も増えてきましたが、あたしは9日までずーっと着物で通しました。
 しかし、今日だけは特別です。なにしろ「打ち上げは焼肉」と決まっているんですから(笑)
去年まで、私はサッカーのジャージーで行きました(^^ゞ
 そんな中、さん吉師匠だけは着物ですが、これも「汚れてもいい着物」だそうです。あとはほとんどが、ジーンズです。
 金馬師匠のお隣はおかみさん。美人の誉れ高い節子夫人です。私の隣は焼肉係りの金八さん。一番手前は小金馬兄さんです。

1c1ad6c5.jpg 三本締めを終えて、同じく高座の上で記念撮影をしました。トリの金馬師匠が終わるまで楽屋に残っていた面々が、高座に集合します。
 ご紹介しましょう。左から、はる、あや(いずれも下座さん)、前列が漫才の昭和のいる(こいるさんは風邪ぎみということで帰りました)、こと(下座さん)、正朝、吉窓、金八、さん吉。
 後列(あやの隣から)勢朝、金時、金馬、小勝、アサダ二世(すべて敬称は略しました)

このページのトップヘ