正朝通信

2007年04月

c9c209f9.jpg 私のふるさと山口県防府市は、瀬戸内海に面しています。その瀬戸内海の沖合いに野島(のしま)という小さな島があります。人口は、十年前に260人と聞いていたのですが、現在は170人だそうです。
 この野島で私の落語会が始まったのは、平成9年のことです。以来、毎年欠かさず、年に一回の落語会を続けています。今回で、めでたく11回目になりました。
 昨年の野島での落語会も、このブログに詳しく書いています。おヒマがありましたら、月間アーカイブスから2006年4月27日の日記を見てください。
       今日のネタは今年初めての青菜と、ねずみの二席でした。
            

 そして恒例の宴会です。毎年のことですが島に唯一の学校「野島小中学校」の校長先生以下、先生方が大勢集まってくれました。離島に赴任して島に住み込んでいる若い教師達は、やる気にあふれた素晴らしい若者ばかりです(これくらいヨイショしておけば来年も歓迎してくれるだろう)。
 島で獲れた美味しいお刺身を肴に楽しい酒を飲みました。
    
    
 これはカメに入った焼酎です。昨日同級生の田中くんが、私の泊っているホテルに差し入れてくれました。
 甕雫(かめしずく)という宮崎の芋焼酎です。

 「東京にお土産で持って帰れ」と言ってくれました。でも、東京に持って帰るのはちょっと・・・正直言って困ります(苦笑)
 「そうだ、明日野島に持ってってみんなで飲もう」と思いつき、今日私が持参しました。ちょっと度数が低くて(20°です)すっきりした味の芋焼酎です。箱の中には本物の甕(カメ)があり、ちゃんと天然木で作ったヒシャクもついています。
 このヒシャクですくって生(き)で飲む味わいは格別でした。

 先生がたは明日も仕事(学校)がありますので、11時半ころにはお開きになりました。私にしてみればけっこう早い時間です(自爆)
 島でたった一軒の宿・松本旅館に、帰って寝ました。当然ながら泊り客は私しかいません。今まで11回も泊っていますが、私以外にお客さんがいたことは、一回だけです。松本旅館恐るべし、です。
 今年の野島も楽しい思い出をたくさん作ってくれました。また来年よろしくお願いします。

松本旅館の二階の部屋から見た桟橋のニュー野島号

11f671ea.jpg これも毎年恒例になっている国衙(こくが)という町の老人クラブで落語会をやりました。毎年図書館で開催される独演会のついでにと言ってはヘンな話ですが、平成12年から始まって今年でもう8回目を数えました。
 お年寄りと言ったら怒られそうな元気なおじいさんやおばあさん達が、自分達のために正朝を呼んで落語を聴こうという催し物です。会場は国衙会館という、小さな町内会館です。

 この落語会の特徴はなんと言っても、開演前に昼食会がセットされていることです。終演後の「打ち上げ」はどこでもやりますが、落語会の前に必ず食事会をするというのは非常に珍しいケースです。
 実はおじいちゃん・おばあちゃんにとっては、この食事会も大きな楽しみの一つなのです。もしかしたら、こちらの方がメイン・イベントかもしれません(笑)
 会館二階には大広間がありまして、ここが食事会場です。その隣には立派な厨房設備があります。料理教室などが開けるくらいの大きな台所です。ここで、女性陣が手作りでお料理の準備をするのです。
 朝9時頃から集まってワイワイ言いながら、料理をするそうです。男性陣は一階のホールで落語会の準備をします(写真)。

 私はお昼前ごろ、すっかり仕度が出来上がったところに会場入りします。これが毎年の恒例なんです。
 お酒はありません。当たり前です。お昼だし、落語会の前ですから。ここで、老人会の皆さんといろんなお話をしながら、手作りの料理をいただくわけです。今年8回目ですから、もうすっかり顔なじみになっています。

 食事が終って、2時から落語会が始まります。みんなが一階ホール<小さな体育館と思ってください。うーむ、卓球ができるくらいのスペースです。バレーやバスケットはできません>に、約30人くらいのお客様です。
 皆さん和気あいあいとした雰囲気で落語を楽しんでくださいます。中にはお昼ご飯を食べた後で、どうしても睡魔に襲われてウトウト船を漕ぐ人もいます。これも毎年恒例です(笑)

 今年も温かいもてなしを受けて、楽しい国衙老人会の落語会を終了することができました。メデタシメデタシ。

045189d8.jpg 山口市仁保(にほ)にある道の駅・仁保の郷で独演会をやらせてもらうようになって、7年になります。毎年開催しているわけではないので、今回が五回目です。
 日本全国に道の駅はありますが、落語会をやっている所は珍しいのではないでしょうか。建物の二階にホールがあって、ここが会場です。もちろん有料で、お客様からは木戸銭を頂戴します。
 主催者の皆さんが毎回一生懸命チケットを売りさばいてくれて、今回も120名のお客様がいらっしゃいました。有り難いことです。

 中には、遠く宇部市や周南市から来てくださったお客様もいました。今日のネタは、ここのところ集中的にかけている棒鱈とねずみの二席。
 あい変らず釈台にあぐらという形ですから、まずはアキレス腱のケガの話から入ります。正蔵のご祝儀の話などを織り込んで、二席たっぷり熱演しました。皆さん大いに笑ってくださいました。こういう小さな会を地道に続けていくことが大切だと、つくづく感じます。
    
  
 終演後は、これまた恒例となっている一階のレストランで打ち上げ。地元で採れた旬の新鮮な野菜の料理が並びました。中でも変わってて美味しかったのが焼いた筍(たけのこ)でした。普通は茹でるものだと思いますが、焼いてあるのです。これが柔らかくて、絶妙の味でした。採れたての新鮮な筍でないとできないそうです。ちょっと驚きの食感でした。
 お開きの後ホテルまで送ってもらって、本日の予定は終了です。これで20日に防府入りしてから三日間、飲みっぱなしです(笑)。明日は仕事の予定はありません。完全オフです。明日の夜は休肝日にしようっと。

 でも、絶対誰かが誘いに来るんだよな・・・って、それを待ってたりして。困ったものです(笑)

743921da.jpg  毎年恒例のふるさとツアーが始まりました。初日の今日は、H病院での落語会です。この病院は精神科です。認知症の患者さんなどもいらっしゃいます。
 「H病院家族会」という組織があるそうで、その40周年の記念行事に呼ばれたのです。仕事の依頼を受けた後で知ったのですが、なんと院長先生が高校時代の同期生でした。クラスは違いますが、同じ学年です。S君といいます。いや失礼、S先生です。と言っても、高校時代にはあまり話をしたこともないので、よく覚えていません。
 正直に話したら、彼も私のことを覚えていないそうです。おかしいな、、、、サッカー部の花形で、体育委員長をやってて、体育祭の時には実行委員長だったんだけどな(笑)
         
 さてさて、落語会のサブタイトルは笑いは心の健康体操でした。なかなかユニークでいいコピーだと思います。
 お客様は約150人ほど。その内の半分は家族、職員、近隣の住民の皆さんです。あとの半分が患者さんという割合でした。
 最初は反応を心配したのですが、よく笑ってくださいました。ほどよい「心の健康体操」になったことと思います。終わったあとで一安心でした。ホッ

 院長先生以下、スタッフの皆さん、家族会の皆さん、本当によくしていただきました。お礼を申し上げます。


 一旦ホテルに戻って、夜は別口の飲み会でした。
 九華会という防府高校の同窓会組織があります。毎年5月に、全ての年代の卒業生が集まって総会を開いています。今年卒業したばかりの若者から、人生の大ベテランのおじいちゃんおばあちゃんまで、卒業生が集う同窓会です。蛇足ながら我が防府高校は創立120年の伝統校です、エヘン。
 有名どころの卒業生は、高樹のぶ子(芥川賞作家)、伊集院静(直木賞作家)、前田吟(俳優)、山根基代(NHKアナウンサー室長)、澤地久枝(作家)、鈴木淳(作曲家)、高橋明(元巨人軍投手・故人)、春風亭正朝(アレッ?)など多士済々です。

 その九華会総会の幹事を毎年、36歳になる期の学年が務めることになっています。私達の学年も今から十数年前に幹事をしました。私はゲストとして、落語をやらせていただきました(笑)

 今年の幹事たちが、私を囲んで一杯飲みたいと言ってきたのです。その気持ちが嬉しいじゃありませんか。美しい女性二人を含めて7〜8人だったでしょうか(酔っ払って正確なことは覚えていません、ゴメンナサイ)。
 実に楽しい酒宴でした。
 三軒ハシゴをして、ホテルに戻った時には、かなり酩酊していました。こうして今年のふるさとツアーは、始まったのでした。以下、つづく・・・

b98816de.jpg 雨の降る中、不自由な左足を引きずりながら浅草演芸ホールに出かけました。六代目柳朝の襲名披露興行も、上野・鈴本、新宿・末広亭と無事終了し、三芝居目の公演です。私の出番はありません。出番はありませんが、楽屋に遊びに行くのです。それが一門のおじ貴の正しい行動です(笑)
 お客さんはいっぱいでした。立ち見の出る盛況です。新・柳朝はトリで「宗論」をやりましたが、よくウケていました。まずは、めでたしめでたしです。

 終演後、緞帳の内側で恒例の三本締めを行ないました。撮影は一左に頼みましたが、大失敗でした(笑)。暗くてよく見えません。とりあえず、写真をクリックして大きくしてみてください。一応画面中央にいるのが私です。向かって左に権太楼兄さん、柳朝、一朝兄さん。私の右が馬楽兄さん、ごん白、あとは分かりません(笑)

 そして、打ち上げです。打ち上げに出席して新真打にご馳走になるのも、これまたおじさんのとるべき正しい行動です。
 真打披露興行は「昼の部」ですから、ハネたのは4時半でした。5時前には、飲み始めます。お店は落語協会の芸人がのべつ利用している浅草の名店豚八(とんぱち)です。安くて美味しい、ボリュームのあるいいお店です。

 ここでも三本締め。なにかあれば三本締め。噺家は本当に三本締めが大好きです。真打は写真の四人だけでした。あとは、二つ目と前座ばかりで総勢15〜6人だったでしょうか。細かいことは、かなり酔っ払っていてよく覚えていません。
         


 打ち上げは、7時頃には終了しました。権太楼兄さんはここでスマートに消えました。残った連中はほとんど全員で、二次会に突入です。タクシーに分乗して銀座へ繰り込みました。二次会の店は、師匠である一朝兄さんの馴染みの店です。私も何度か行ったことがあるお店です。

 ここでかなり消耗してしまいました。いろんな話をしましたが、ほとんど内容は覚えていません。時間の感覚も消え去っています。多分10時頃にお開きになったのだろうと思います。

 さあ、これで素直に家に帰ればよかったのですが、ついつい場所が銀座ということもあり、もう一軒一人でハシゴしてしまいました。アキレス腱断裂以来、二ヶ月以上ご無沙汰している銀座ですからねえ・・・、寄らなきゃよかったのですが・・・・・。

 ここで完全に沈没しました。ギャオッ!!
 店を出たのは、日付の変わる少し前だったと思います。いつものように新橋まで歩いて、地下道を通って、大江戸線汐留駅まで歩きました。左足はビ〇〇をひいています。頭はグルグルまわります。幸いなことに電車では座ることができました。当然のごとく熟睡してしまいましたが、光が丘に着いた時には、気持ち悪くなってしまいました。お粗末様です。

 六代目柳朝襲名披露興行、実にめでたい一日でしたが、今猛省しているところです。

 上席は無事終了しました。皆さん応援してくださいまして、ありがとうございました。また鈴本にご来場くださいましたお客様、心から感謝申し上げます。
 足を引きずりながら歩き、釈台の前でアグラをかいて勤める高座は、少々疲れました。しかし、それ以上に寄席に復帰できた幸せが大きかったです。
 十日間のネタをアップしておきます。

1(日)へっつい幽霊
2(月)棒鱈
3(火)花見小僧
4(水)ちりとてちん
5(木)ねずみ
6(金)三方一両損
7(土)宮戸川
8(日)片棒
9(月)井戸の茶碗
10(火)明烏

 さて、上席が終わった翌日11日に病院に行きました。ようやく添え木が取れました。バンザーイ
 これからは両足に靴を履いて歩くことができます(笑)

 ただし、お医者さんの話によると、5月いっぱいは正座はできないそうです。オーマイガッ!
 さらに、走れるようになるのは半年後だそうです。オー、テリブル!
 そして、サッカーができるようになるには、一年かかるそうです。ナンテコッタイ!

 いえいえ、まだサッカーを続けると結論づけたわけではありません。悩んでいるところです。
 「歳を考えて、いいかげんにもうやめなさい」というご意見と、「まだできるよ。やめちゃダメ。また一緒にボール蹴ろう」という声と、両方が聞こえてきます。

 さて一年後、私はどうなっているでしょうか。私自身にも、その姿は見えていません。

120c34db.jpg 4月上席、寄席の高座に復帰しました。初日、二日目は、やはりかなり緊張しました。お客様との距離感と言いますか、間合いを計るとでも言うのでしょうか、微妙なバランス感覚がつかめませんでした。
 わずか一ヵ月半ですが、実戦を離れるというのは、こんなにもダメージを与えるのかということを痛切に感じました。

 もっとも、単純に45日間のブランクという時間的な問題はあると思いますが、しかしそれと共に、あるいはそれ以上に、釈台の前でアグラをかいて座るという異常事態も関係しているかもしれません。

 昨日四日目にして、ようやく少し余裕(のようなモノ)が出てきました。客席の空気を味わいながら、お客様とのキャッチボールが楽しめるようになりました。少しずつではありますが、ケガをする前の、普段の状態に戻りつつある気がします。

 そんなわけで、(復帰後)昨日初めて、鈴本さんの前で写真を撮りました。正直言って、初日から三日間はそんな余裕すらなかったのです。
 トップの写真は、鈴本演芸場のモギリのお姉さんに撮影してもらいました。


 看板の写真は私が撮りました。こうして一番最後に自分の名前が張り出されるのは、噺家として本当に嬉しいことです。改めて身の引き締まる思いです。
 これから、失われた45日分をなんとか取り戻したいです。

 まだまだ半分終わったところです。残りの公演に、皆様ご来場くださいますよう、心よりお願いもうしあげます。

300b8fc6.jpg 鈴本の昼席を終えて一旦自宅に戻りまして、夜は末広亭に出かけました。ええと・・・、鈴本の話は明日の日記で改めて詳しく書きます。

 朝之助改め六代目春風亭柳朝真打昇進襲名披露興行に行ったのです。私の出番はありません。出番はなくても、一門の後輩のお祝いに楽屋に遊びに行くのです。

 披露興行では、仲入りの後(クイツキと言います)に、口上があります。今日の顔ぶれは下手から、司会のさん喬師匠、小朝兄さん、本人、一朝兄さん、馬風会長です。

 楽屋のソデから、まさに幕が上がるところを撮って、急いで客席に回りました。口上はいつ見てもいいものです。
                     
      

 新・柳朝には、本当に心の底から頑張って欲しいと思います。なにしろ俺の師匠の名前を襲いだのですから。一門の直弟子の思いがこもっているのです。
 我が師「柳朝」の名を汚すことのないように、いえいえ、先代以上の大名跡にしてくれるように、精進して欲しいと思いました。
 終演後、恒例の打ち上げにも参加しました。柳朝さん、ごちそう様でした。ガンバッテね
終演直後に緞帳の降りた高座で三本締め

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 さて、そんな話題とは全然離れますが・・・
 下の日記の中の「このサイン色紙は誰のサインでしょう?」というクイズに、全く反応がありませんでした(大笑い)
 回答者はゼロでしたが、正解をお知らせしましょう。もうヤケクソです。
 日本代表監督のオシムさんです。どうやらOSIMと書いてあるようです。いえ、本当のところは分かりませんよ。おそらく「そうじゃねえかと思ってさ」(出典「井戸の茶碗」「強情灸」など多数の古典落語より)

 この次にもしクイズがあったら、誰か反応してね。お願いします。

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