正朝通信

2007年12月

cf5c8f5e.jpg 毎年仕事納めがこの会です。前身の「正朝右朝二朝会」を引き継いで、今年で第6回目になりました。今年も最後の落語会を行いました。

 12時開場、12時30分開演ですが、一番乗りは9時半から並んでくださったそうです。行列は、あれよあれよという間に伸びて「栄寿司」の角まで続いたとか。寒い中、長時間並んでいただいて、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 開場直後、すぐに満席になりました。あっという間に二階席も満杯、立ち見が出てしまいました。
                  
 お客様の中には苦情を言って来た方もあったようです。お気持ちはよく分かります。本当にごめんなさい。心からお詫びを申し上げます。
 また、わざわざ差し入れまで買って来てくださったのに、立ち見ということでそのままお土産だけ届けてお帰りになったお客様もありました。重ね重ね申し訳ございません。お詫びとお礼を申し上げます。

  
 ネタ帖はこちらです。
・初天神  正太郎
・やかん   市朗
・紙屑屋  こみち
・池田屋   勢朝
・馬のす   正朝
・三枚起請 扇遊
  仲 入 り
・ねずみ   扇遊
・紙切り   二楽
・芝浜    正朝

 年の瀬の芝浜。落語ファンにとっては「暮れになったら一度は聴きたい噺」です。
「『芝浜』を聴かないと年が越せない」なんて声もよく耳にします。噺家にとっても、それは同じです。やってて気持ちのいい噺です。

 今年はなんだか、そこら中で「芝浜」がかかりました。一種の流行りかもしれません。お客様もいささか食傷気味かしら

 私個人としては、今日の「芝浜」は「そこそこできたかな」という感じでした。噺家に決して「満足」はありませんが、少しだけ「できた」と思いました。
 終演後の打ち上げで、美味しいお酒を飲み、楽しい年忘れの夜となりました。

 皆様、良いお年をお迎えください。

 オマケ  親友 木村和司からのお花 「かずし、ありがとう」

61d5ec41.jpg 恒例「落語協会納めの寄合い」が、朝11時から東京會舘で行われました。
 先ずは馬風会長のあいさつから。その内容は
「今年は『落語ブーム』だった。しかし、守りに入るのではなく、来年からも攻めの姿勢でいこう。攻撃こそ最大の防御である。
それから前座は、どうも元気がないな。見てるとみんな一歩後ろに下がって目立たないようにしているみたいだ。しくじったっていいんだ。我々の頃もよくしくじったもんだ。しくじるということは、顔や名前を先輩に覚えてもらうチャンスなんだから。警察につかまるようなしくじりはダメだが、その一歩手前なら俺は許す。
二つ目の諸君も、年功序列ではなく、先輩を飛び越して『抜擢』で出世するぐらいの意気込みで頑張って欲しい」というものでした。

 続く来賓あいさつは、毎年お席亭の持ち回りです。今年は浅草演芸ホールの松倉社長がやりました。
              
 その後、新入会員の紹介(今年はカンジヤママイムさん)、新前座紹介、来年度二つ目昇進紹介、同じく来年の真打昇進紹介と続きました。
         

 それから協会表彰です。今年は「黒門亭委員会」(理由:1000回突破)、「ホンキートンク」(理由:漫才協団の表彰を受けて)とあり、
 最後に本年度「芸術祭新人賞」の柳家三三さんが金一封をもらいました。
                

 秘かに私がここに出るつもりでいたのですが、残念でした(笑)
 
 ここまでセレモニーがあって、いよいよ乾杯です。ご発声は鈴本の鈴木社長でした。
      
 
 普通のパーティーなら、ここから会食・歓談に入るのですが、落語界は違います。忙しい人が帰りやすいように、このタイミングで「中締め」をするのです。「中締め」さえしちゃえば、帰ったって失礼にはありません。芸人の知恵というやつです。
 中締めは金馬師匠でした。 


 「来年こそ、表彰してもらうぞ」と、一人心の中でつぶやきながら、昼間っからガンガン酒を飲みました。

ecf2e8cf.jpg 二泊三日で山形県の赤湯温泉に行ってきました。 いきかえりの宿瀧波さんで、落語会と宴会の余興という仕事です。

 今年の10月、都内のホテルで行われたある「講演と落語」の仕事で、「瀧波」さんの須藤社長と知り合いました。私の噺を喜んでくださり、名刺交換をしたところ「是非、うちでもやって欲しい」となったのです。話はとんとん拍子に進み、今日実現のはこびとなりました。
 社長さんのご好意で「奥さんもご一緒に」と言われたので、カミサンも連れて行きました。カミサンは温泉旅行に大喜びです。久しぶりに「女房孝行」ができました。

 赤湯温泉・瀧波というとご存知の方も多いと思います。名旅館です。私も偶然ですが、過去に2度ほど泊まったことがあります。
 最初に来たのは二つ目の頃ですから、昭和50年代の後半だったと思います。小朝さんと一緒に仕事で来て、マネージャーも含めて男ばかり4〜5人だったでしょうか。
 実はこの時、お風呂が混浴だったのです。脱衣場は男女別々ですが、浴場に入ると中が一緒になっているという構造です。
 あたしゃ、その晩何度も入りましたよ(笑)
 でも、女性はただの一人も入ってきませんでした。残念

 二度目にお世話になったのは、真打になって間もない頃だったと記憶しています。赤湯の近くの東置賜郡川西町というところで独演会を頼まれました。私が主催者に「是非、瀧波さんに泊まらせてください」とリクエストしたのです。
 なぜなら、混浴に入りたかったから(笑)   マジです
 私の図々しいリクエストに応えてもらって「瀧波」さんに泊めていただいたのはいいのですが、この時お風呂は混浴ではなくなっていました。きっちり男女は別れていたのです。残念
 それから十数年経って、社長さんと知り合えるなんて、なにか運命的なものを感じます(大袈裟ですか?)。

 落語会はこちらの会場で行われました。
   

 初日が約60人程度、二日目が80人ぐらいのお客様でした。中には外国人の方も混じって、国際色豊な雰囲気でした。そういえばダニエル・カールも山形でしたね(笑)

 「瀧波」さんの名物の一つが朝ご飯です。
          
 毎朝、つきたてのお餅なんです。写真が餅つきをする須藤社長です。お客様は広間に集まって、この餅つきから楽しみます。希望者は餅をつくこともできます。当然私もやりました。
         
 先ずはお雑煮(餅は二個)から始まります。続いてきな粉、ずんだ、小豆の三色。さらに大根おろしで二個、納豆で二個、全部で計9個が、とりあえず一人前のノルマです(笑)
             

 もちろん好きな人は何個でもおかわり自由です。現在までの最高記録は、つい先日自身の記録を更新したという男性の80個だそうです。私はお雑煮をおかわりして11個でした。最後には小さなおかゆもついて、大満足の朝食でした。

 二日目の昼間、散歩に出かけました。写真は赤湯出身の元日本銀行総裁「結城豊太郎記念館」です。入館料310円を払って、中に入り資料を見ましたが、実は私が興味を引かれたのは、この門でした。江戸薩摩藩邸の門だそうです。
    
 江戸の薩摩藩邸が取り壊される時、この門を結城豊太郎がそのままこの地に移築したものだそうです。
 幕末ファンならご存知、あの三田の薩摩藩邸です。勝海舟が西郷隆盛と江戸城無血開城、大政奉還の話し合いをしたという、そして司馬遼太郎「竜馬がゆく」などにも再三登場する、あの薩摩屋敷です。
 落語首提灯で江戸っ子の罵詈雑言に耐えかねて、ついには斬り捨ててしまうのが薩摩藩士だろうことは、容易に想像できます。もちろん落語の中では、そんな具体的な事はひと言も言ってませんけど・・・。
 芝の山内で「おい町人っ、麻布の方へ行くにはどうめぇったらよいか」と聞くのは、この薩摩藩邸に帰りたかったのでしょう。
 「薩摩藩邸の門」と聞いて、しばしの間そんな「歴史ロマン」に想いをはせました。思わぬ所で、思わぬものに対面できたのは大きな喜びでした。

 二日間楽しく過ごして三日目の朝、20日に東京に戻ってきました。赤湯の皆さんお世話になりました。また呼んでください。

aacb2613.jpg 東京會舘で行われたパーティーに出ました。圓楽師匠が勲章をいただいたお祝いです。このパーティーのお知らせが来たすぐ後に「圓楽師匠ガンで入院」というニュースが流れました。
大丈夫かなと思っていましたが、幸いなことに早期発見だったので簡単な手術ですんで、すぐに退院されました。

 ただ、圓楽師匠のスピーチを聞いていると、やはり喋りにくそうです。これでは落語はできないでしょう。

 いえいえ、漫談や軽い小噺程度ならできると思います。圓楽師匠のことですから、どんな所でしゃべっても、そこそこウケルでしょう。
 でも、落語は無理でしょう。ご自身が一番わかっていらっしゃるからこそ「引退宣言」をなさったのだと思います。

      


 そういう意味では噺家という職業は辛いなとしみじみ感じた夜でした。
 

a08c0953.jpg 私は現在、四つの草サッカーチームに所属しています。その内の一つのチームの関係で、中央大学サッカー同好会のOB会とお付き合いがあります。私自身は中大とはなんの関係もありません。
 市谷のアルカディアで行われた40周年記念パーティーの司会を頼まれました。

 そして本日のパーティーのゲストは、日本代表ゴールキーパーコーチの加藤好男さんでした。加藤好男さんも中央大学とは関係ありませんが、ゲストです。
 実は、私と加藤好男はもう随分前からお友達なんです。「正朝さん」「よしお」と呼び合う仲なんです。いえいえ、ホントです。
   
   スピーチをする加藤好男

 日本代表監督はイビツァ・オシムから岡田武史に代わりましたが、好男はそのままGKコーチとして残留するようです。ヨカッタヨカッタ
 岡田武史と加藤好男は、今のジェフ千葉の前身である古河電工の同期です。共に日本代表(でも、その頃は「全日本」という呼び方が一般的でした)になりました。しかし、別に「友達だから」という理由でコーチに残したわけではありません。その能力を評価しての決断だと思います。

 好男から、オシムジャパンの裏話を色々と聞きました。と言っても、本当に重要なことは、もちろん話してくれません。「一般に話してもいい程度の」裏話です
 一番印象に残った話は、川口能活はやっぱりすごいメンタリティの持ち主だ、という話でした。ヨシカツ・・・恐ろしい男です

 岡田武史と加藤好男、好漢二人にワールドカップ出場の夢をかなえて欲しいものです。

c3aec675.jpg 朝、松本のホテルをチェックアウトして「あずさ」で新宿に戻って来ました。そのまま家に帰って、昼食をとってから、浅草演芸ホールに向かいました。

 今日は出番を交替してもらって、夜の部のサラ口に早上がりしました。
 楽屋に入ると、久しぶりに圓蔵師匠と一緒になりました。写真を撮らせていただきました。圓蔵師匠はいつまでもお元気です。困ったもんです(笑)
  

 浅草を終わって、イイノホールの東京落語会に行きました。
 久しぶりに会ったきく姫をパチリ あい変らずバカっぽくて可愛い女性です。いえいえ、褒めています。
      

 トリの圓歌師匠も撮らせていただきました。
          

 さて・・・、
 イイノホールは、今月いっぱいでなくなります。イイノビル自体が取り壊しになるのだそうです。
 東京落語会は今日が最後になりました。来年からは、会場を虎ノ門のニッショーホールに移して行われます。イイノホール最後の東京落語会のプログラムはこちらです。

            

 私にとってイイノホールは数々の思い出があります。以下に時系列で列記します。
その1:昭和47(1972)年、大学に入ると同時に落語研究会に入部しました。4月、先輩に連れられて、生まれて初めて「生の落語」に接したのが、このイイノホールの東京落語会でした。
忘れもしません、トリは志ん朝師匠の「大工調べ」でした。志ん朝師匠が飛びぬけてカッコよかったのを、鮮やかに覚えています。
その2:昭和48(1973)年頃、志ん朝柳朝二朝会に通いました。
その3:昭和52(1977)年、その東京落語会のレギュラー前座になりました。二つ目になった小朝兄さんから譲ってもらったのです。そして日刊スポーツ主催「にっかん飛切落語会」のレギュラー前座にもなりました。
その4:昭和59(1984)年、NHK新人落語コンクールで最優秀賞を獲得しました。またレギュラーになった「にっかん飛切落語会」で若手落語家奨励賞(年間グランプリ)をいただきました。
その5:その後(シャレではありません)「東京落語会」「にっかん飛切落語会」などを中心に、何度となくこの舞台を踏みました。

以上、すべて「私とイイノホールの思い出」です。

 そのイイノホールがなくなってしまうなんて、一抹の・・・・どころではありません、大変な淋しさがあります。

 数々の思い出をくれたイイノホール、ありがとう。お疲れ様でした。

8176aeac.jpg 長野県松本市の「松本落語会」に行ってまいりました。今回は正朝・柳朝二人会です。
 「松本落語会」は毎月一回、瑞松寺というお寺さんの本堂で開催されています。

 日本全国にいろんな「地域寄席」がありますが、私の知っている限り「長崎寄席の会」と並ぶ、最も歴史の古い「地方の寄席」です。なにしろ私が前座の頃、師匠柳朝のお供で行った記憶があります。ですから、かれこれ30年以上の歴史があるのです。素晴らしい「地域寄席」です。

 今日のネタ帖は、以下のとおりです。
●尻餅  柳朝
●ふぐ鍋 正朝
  仲入り
●鹿政談 柳朝
●芝浜  正朝

 最初、トリは柳朝にまかせようと秘かに思っていたのですが、数日前に主催者から電話がありまして
「お客様から正朝さんに『芝浜』をやって欲しいというリクエストがあったんですけど、お願いします」と頼まれたのです。
頼まれて、イヤとは言えません。リクエストしていただけるなんて、嬉しいことです。「芝浜」をやるとなると、やっぱりトリでやるしかありません。一生懸命やりました。

 さすがに二日間のゴルフから直行した落語会は疲れました。しかし、実に「いいお客さん」で、大いに助けられました。思った以上にウケました。
 松本落語会のお客様、本当にありがとうございました。

 終わった後は、楽しい楽しい打ち上げです。
       
     打ち上げの総勢
          
          柳朝とその大学時代のお友達
                    
          世話人のすみちゃん(右)とその奥さん(中)をはさんで

 普段なら飲んで食べてしゃべって大騒ぎをして、その後すみちゃんと「二次会」から「三次会」に繰り出すのですが、今夜は本当に疲れてまして、一次会だけで終了しました。
 そのままホテルに帰って、展望大浴場に入って、バタンキューッです。

 明日は東京に帰って、浅草演芸ホールの夜席からイイノホールの東京落語会に出なくてはなりません。
 寝るのが一番の幸せです。(by 勝五郎)

c0ebe836.jpg 恒例の忘年ゴルフコンペドンファイブをやりました。これは、気の合う芸人仲間が毎年この時期に鬼怒川温泉に一泊して、二日間ゴルフを楽しむものです。
 参加者は、写真前列:左から、こいる、仙三郎、和楽、権太楼、馬楽、Kさん、中列:のいる、梅田池袋演芸場専務、圓太郎、玉の輔、うたじ、菊丸、金魚、志ん弥、〆治、志ん太、後列:正朝、右太楼、一九、我太楼、世津子、歌春、富田 前鈴本支配人。

 初日は鬼怒川カントリークラブでやりました。
 初日の優勝は、今年初参加の桂歌春師匠(芸術協会所属)、2位が右太楼さん、3位一九さんでした。
 このコンペはちょっと複雑なハンディキャップの制定をしいているので、詳しい説明は省きますが、私はハンデが8と恵まれず44・45=89の、ネット81で23人中22位に沈みました。下位5人のドンファイブに入ってしまいまいた。ドボンです。

 夜は、鬼怒川温泉の「駒草」というお店で大宴会です。毎年この店で打ち上げをやるのも恒例になっています。鉱泉豆腐の「湯豆腐」が絶品のお店です。
左から梅田専務、権太楼兄さん、のいる先生、〆治兄さん、
 
 菊丸さん(左)と歌春兄さん(右)
 
  仙三郎兄さん、富田さん、和楽親方、こいる先生
 
圓太郎さん、Kさん、一九さん、右太楼さん 
 
馬楽兄さん、世津子姉ちゃん、志ん太さん 
 
うたじ兄さん、我太楼さん、玉の輔のバカ、勝丸さん 
 
 
 玉の輔がなぜバカかというと・・・
 大会の規則で、初日の成績が悪かった者は店員として働かなくてはなりません。最下位となった玉の輔は料理を運んだり、お酒を造ったりして働いたのですが、ごらんのようにエプロンをして下はスッポンポンになったのです。
あっ、お店は私達だけの貸切りです。他にお客様はいませんから、どうぞご安心ください。このブログを見て、警察に通報したりしないでください。  
 
 完全なウケ狙いです。私に言わせりゃ大バカ野郎です。でも、みんなは大喜びでした。お店の人は「あきれ顔」ながら、笑って許してくれました。

 さて、二日目12日は杉の郷カントリークラブに会場を移して行いました。私は48・45=93で昨日より悪かったのですが、ハンデが24で、ネットが69の3位でした。優勝は〆治兄さん49・43=92、ネット68でした。

 余談
 この後、これまた恒例のラーメン屋さんで表彰式&パーティーをやりました。楽しい楽しい二日間の忘年コンペを終えて皆さん帰って行ったわけですが、私は家に帰らず、そのまま浅草演芸ホールに向かいました。
 ほとんどの参加者は、昨日今日と寄席を休んでいます。そりゃあそうです、昨日は「泊まり」、今日は「お疲れ」だもの。
 私も寄席を休みたかったのですが、今席はすでに13日、18日、19日、と休むことが決まっています。今日も休んじゃうと、十日間の出番が5勝5敗になってしまいます。これでは、いくらなんでも怒られます。
 従って、今日は無理をしても寄席を勤めなくてはならなかったのです。これでやっと6勝4敗です。

 先ほど帰宅しましたが、クタクタに疲れています。でも、心地よい疲れです。
 明日は、長野県松本に行って「松本落語会」で、正朝柳朝二人会です。浅草演芸ホールはお休みします。ゴメンナサイ
 寒い松本で、頑張ってきま〜す。 

5d330bdd.jpg 先日来募集しておりました東京落語会12月14日(金)イイノホールのご招待券の当選者を発表いたします。
多数のご応募の中から厳正な抽選の結果、当選なさったのは
yoda 様です。

 おめでとうございます。早速、写真のご招待券(ハガキです)をお送りします。恐縮ですがお名前とご住所をお知らせください。
13日までに到着しないと意味ありませんので(笑)
なるべくお早めに、そーっとご連絡ください。

 落選なさった皆様、ゴメンナサイ。本当に厳正な抽選 を行いました。その点は、ご了承ください。
 またのチャンスがあります、きっと。次回も大勢の皆様のご応募をお待ちしています。

800fc83c.jpg 千代田区麹町にあるNHKの千代田放送会館で「ふれあいの集い」という催しがあり、出演してきました。
 麹町の町内会の人達を中心に、文字通りふれあいの集いとして行われたのです。

 こんな所に・・・って、尊敬と憧れの意味を込めてですぞ・・・町内会があるんですね。花の東京のど真ん中の千代田区の、それも麹町ですよ。もう、皇居が目と鼻の先という地域です。
 住んでいらっしゃる方がいるんですね。思いっきりエグゼクティブな方たちばかりです、きっと。
              
 「千代田区とか麹町にちなんだ落語をやって欲しい」というリクエストでしたが、あいにく持ちネタにありません。しいて言えば「皿屋敷(別名:お菊の皿)」あたりが該当するかもしれませんが、いかんせん夏の噺(怪談噺)です。それに時間が短いです。
 主催者からのご要望は45分〜50分の高座ということですが、「皿屋敷」はせいぜい25分程度ですから・・・。

 結局、お隣の「港区」が舞台の「井戸の茶碗」をやりました。登場人物に千代田卜斎という浪人が出てきますので、かろうじて千代田つながりです(笑)

 約200人弱のお客様は、よく笑ってくださいました。今日もお客様に助けられて、気持ちよく高座を勤めることができました。
 その後、鈴本の自分の出番へ。

 このお客様が、またまた超のつくいいお客様でした。「金明竹」をやりましたが、今までやった「金明竹」の中でベストと言っていいくらいのウケでした。気持ちいい一日でした。

  
 写真は、司会とアテンドしてくれた美しいM嬢です。皆さん、本当にありがとうございました。

a8ab000f.jpg  私は落語協会ホームページ委員会の委員長を務めています。別に自慢しているわけではありません。
 たまたま、今から10年近く前になりすか?「落語協会ホームページを立ち上げましょう」と私が声をかけて始めたのがキッカケでしたから
「言いだしっぺのお前が委員長をやれ」と言われただけです。以来、ずーっと委員長です。

 落語協会の公式ホームページは、私達委員会が作っています。数々のコンテンツがありますが、私が書いた文章もた〜〜〜〜くさんあります(笑)

 今日は毎月一回の委員会(の集まり)の日でした。
 手前の空席が私の席です。議長席です。私の左から時計回りに小袁治師匠、歌る多ちゃん、初花さん、金也師匠、小駒さん、小権太さん、タイプRの高瀬さんというメンバーです。

 毎回々々、激論が戦わされるのですが、今回も最後に紛糾してしまいました。いえ、委員会の内部が、ということではありません。
 とある問題に関して、私達ホームページ委員会と理事会との間に見解の相違があるのです。

 この件では、なんとか私達の考えを通して欲しいのですが、かなり厳しい状況です。

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