正朝通信

2008年08月

eccc53ae.jpg9月30日(火)TBS落語研究会に出演します。会場は三宅坂・国立小劇場です。
私はトリで「中村仲蔵」を演ります。

「中村仲蔵」は、今、私が一番気合を入れているネタです。
昨年芸術祭参加公演でやりました。残念ながら賞をとることはできませんでした。石川さゆりに負けました(笑)

先月のビクター落語会〜蓄音機の犬〜でも、かけました。
これは、いつかDVDになると思います、多分(^^ゞ
自分としては、けっして満足のゆくデキではありません。ゴメンナサイ。

今回の落語研究会は、テレビで放映される予定です。
あくまでも予定ですが。

今度は、自分自身でも納得のできる「中村仲蔵」を演りたいと秘かに思っています。
ここで書いたんじゃ、「秘か」でもなんでもないけど(笑)
お時間の合うかたは、どうぞお出かけください。
ご来場をお待ちしています。

詳細はこちらです。

会 名:第483回落語研究会
日 時: 9月30日(火)18時開場 18時30分開演
会 場:半蔵門 国立劇場 小劇場  
番 組:「蔵前駕籠」三遊亭王楽
    「鬼の面」 柳家一琴
    「刀屋」  柳家花緑
    「盃の殿様」柳家小満ん
    「中村仲蔵」春風亭正朝

料 金:指定A席2700円 指定B席2500円(当日券のみ)
お問い合わせ
   :03−3746−6666 TBS 落語研究会事務局
落語研究会ホームページ
*トップのプログラムは昨年一月に出演した時のものです

ca4a0ea8.jpg更新が滞っていて、申し訳ないです。
末廣亭夜の部の主任も中日(なかび)を過ぎました。早くも後半戦です。
まだいらしてないお客様は、是非ご来場ください

写真は昨夜の楽屋風景です。
仲入り後、クイツキを降りてきた圓太郎さんが着替え終わったところ。次の出番の志ん輔さんがネタ帖を見ながら、ネタを決めています。
ソデから高座を覗き見る前座の歌るびさん。下座はえりちゃん。
 
高座は紋之助さん。楽屋の出入り口から見るとこんな風景です。
 

袴をつける権太楼師匠。高座とは違って厳しい表情です。
 

サービスショット。おどけた顔をしてくれた小円歌ちゃん。ラブリー
 

 皆様のご来場をお待ちしています。30日までです。あと4日ですよん。

214adf51.jpg7月31日に行なわれた(社)落語協会夏の寄合は、すでに日記で書いています。

この時の集合写真が出来上がり、会員全員に配られました。ほぼ一ヶ月遅れです
一応これが公式な写真です(笑)
(C)撮影横井洋司

さて、私はどこにいるでしょう?

それにしても会長はデカイです。隣の最高顧問の顔と体が半分に見えます。

2a04ce27.jpg 朝、6時に起きる。体中が痛い。布団から起き出そうとすると、関節という関節からバリバリバリという音がする(ウソです)。
この日のために用意した祭装束に身を固める。初めて白い地下足袋を履く。半纏を着て、さあ出発だ。

 富岡八幡の近辺は、7時には交通規制が始まっているので、タクシーで「行けるところまで行ってください」と頼んだ。とんだ「蔵前駕籠」である(笑)
清澄通りから南下していくと、ちゃんと門前仲町の交差点まで行けた。なんだ、行けるんじゃないか、と一安心。

 深川のお祭は「神輿(みこし)深川、山車(だし)神田、だだっぴろいが山王様」と言われているように、神輿自慢である。全部で56基のお神輿が出る。今年は三年に一度の例大祭なのだ。

 56基のお神輿はすべて(ゲストの奥州・平泉も含めて)町会のお神輿である。
ところが唯一、私が今回から仲間に入れていただいた「深濱」だけは、町会のお神輿ではない。
その昔、深川は漁師の町だった。昭和37年までは漁業協同組合があって、東京湾でちゃんと漁業をやっていたという。この組合が廃止になった時に、お神輿の保存会として残ったのが「深濱」である。「深川の浜」を略して「深濱」だ。
 メンバーには、昔漁師だった人が今もたくさんいる。私を仲間に入れてくれた総代のみっちゃんも、おとっつぁんが漁師だった。
みっちゃん、ありがとう。

 そんな関係で、56基の神輿は毎年順番が変わるのだが、「深濱」だけはしんがりと決まっている。56番目に出発して、56番目に戻ってくるのだ。
                                 
 8時半頃、ようやく神酒所を出る。一本締めでスタートだ。さあ、いよいよ全部で8�� の神輿渡御が始まった。

うんちく1.
一本締めというと、よく「関東一本締め」などと称して、「ヨーッオ、ポン!」と手を一つ叩くことを言うが、それは違う。
江戸前の一本締めは、シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン、を一回打つことである。
これを三回繰り返すのを「三本締め」という。一回だから「一本締め」。理屈に合っている。「三本締め」は最後の最後の大締めの時に打つ。

生まれて初めてのお神輿だ。ドキドキする。
神酒所を出て、まずは富岡八幡の本社前でお祓いを受ける。
永代通りを東へ、東陽町方面に進む。木場を過ぎて左に曲がる。大門通りを北へまっつぐ上がって、扇橋の手前を左に曲がる。白河から三好、清澄へと進む。深川江戸資料館の前へ出る。
この辺りで、最初の小休止。おにぎりが1個ずつ支給された。
清洲橋を渡って、箱崎のシティーエアーターミナルの所へ。

うんちく2.
深川の祭は別名「水掛け祭」とも呼ばれる。毎年夏の炎天下に行われるので、沿道の人たちはバケツの水を、お神輿めがけてぶっかける。
それどころではない、消防隊は消防用のホースから大放水する。担ぎ手はもちろんだが、見物の人たちもみんなずぶ濡れになる。
深川の祭を見物に行く時は、着替えとバスタオル持参が鉄則だ。
    (ガイドブックより)
新川で昼食休憩をした後、いよいよ永代通りに戻ってくる。最後の直線だ。
永代橋にかかったところで、ハナ棒に飛び込んだ。
というとカッコいいが、現実には友達の仁科さんが目で呼んでくれたので、ようやく入ることができたのだ。普通じゃ、気おくれしてなかなか入れるものじゃない。
深川の掛け声は、基本的に「ワッショイ」だ。あくまでも、江戸の伝統を受け継いでいる。
橋の真ん中に掛かったところで「揉むぞ」の声が上がる。
全員が肩を外して、担ぎ棒を下手に持つ。「揉〜め、揉〜め、揉〜め、揉〜め」の声に合わせて、お神輿を上下に揺する。これを「揉む」という。
そのまま掛け声が「差〜せ、差〜せ、差〜せ、差〜せ」と変わる。今度はみんなで担ぎ棒を頭の上まで一斉に持ち上げるのだ。これが「差す」。

沿道(この時は永代橋の欄干)から一斉に大きな歓声と拍手が起こった。完全にトランス状態に入っている。エクスタシーだ

でも、もういい(笑)
永代橋を渡りきったところで、早々に抜け出した。肩は、左も右も、ヒリヒリする。

雨が降ってきた。
本来なら30度を超える猛暑の中、熱中症になりそうなところを、沿道から水を掛けてもらって助かる・・・
らしいのだが、今日は別だ。
寒い!
みんなガタガタ震えている。水をかけられると本気で怒りそうになる(笑)
最後、富岡八幡に戻ってきたのは、5時半になっていた。
こうして、私の人生最初のお神輿体験は終わった。

江東区に引っ越してきて半年。いろんな友達ができて、今回お神輿の仲間に入れていただいた。
ようやく地元に仲間として認められた気がする。

ホテルに7時30分に迎えに来てもらった。さあ、ゴルフだが・・・
体中が痛い

一年半ぶりのサッカー(プレー時間70分)は、予想以上に、きいている。
特に大腿四頭筋と、股関節と、太ももの裏(なんていう筋肉だか知らない)と、ひらめ筋、、、、って全部じゃん。
あとは、腰も。
もうダメだ
これでゴルフできるのか?>自分

玉の輔も「体が痛いです」と言っているわりには、笑っている。もっともタマはいつもヘラヘラ笑っている。
「爽やかな笑顔」というワケではない。なんにも考えていない呆け面である。女性ファンは騙されてはいけない。単なるバカなのだから。

とにかく、郡山熱海カントリークラブに着いた。
詳しい内容は省略する。結果は、最悪だった。

今期ワースト3番目のスコアだ。
49・47=96

前半のアウトの乱れは、全部で3発のOBが原因だ。
6番HDCP1のロングホールの4打目、残り60ヤードのアプローチ。これを寄せればパーが拾える。悪くても2パットのボギーで抑えなくてはならない。
ところがSWで打ったショットが、距離感のミスで右奥にオーバーしてしまった。ウン悪く、そこにはカート道路があった。カ〜〜〜ンと快音を残すと、ボールは大きく弾んで奥の土手へ消えていった。
OBだ
気を取り直して、打ち直し(6打目)。今の一打は70ヤード打ってしまったのだから、バックスイングを少し小さくしよう・・・
ギャオッ トップした。
低い弾道で、勢いよく飛び出して行ったボールは、グリーン右で鋭くワンバウンドすると、またまた奥の土手下へ消えて行った。

オーマイごっど!
もう、完全にブチ切れた。どうでもいい(8打目)。ようやくオンして、ツーパット。10、打ってしまった。
焼け火箸を水の中に突っ込んだ音(ジューッ)聞きたくない。
4番のミドルでもドライバーでOBを打っている。3発のOBだ。

これは絶対に瀋陽のオリンピック観戦から帰国して、すぐに郡山でのサッカーと続いて、体が疲れているせいだ、
と思いたい。そうに違いない。いや、絶対そうなのだ。

そのさ中、永久スクラッチのOさんは、昨日一緒にサッカーをやり、条件は全く同じなのに、1バーディー・4ボギーの39だった。ハーフで10打差がついてしまった
昼、やけになって生ビールを飲む。

午後の出だしのロングホール、Oさんがひょうきんにも11叩いてくれた(OB3発)。私はボギー、あっという間に5打差になった。
Oさん、優しいじゃないですか。

ところが、今度はパットが決まらない。
午後は、スリーパットが5回。ワンパット無し!。結局、23パットも打ってしまった。これじゃ勝てるワケがない。
Oさんは、11を打った後は、な・な・な・なんと全部パーできちゃた。おまけに最終18番でバーディーときたもんだ。上がってみたら5オーバーの41だった。
もう勝負にもなんにもならない。

いつものように晩ご飯をご馳走になって、20時25分発の新幹線で帰った。玉の輔は、あい変らず酔っ払ってやがる。
東京駅から、タクシーで帰ってきた。風呂に入ってすぐに寝る。
明日は、深川のお祭だ。
さあ、切り替えよう

東京駅9時発のMaxやまびこで、玉の輔と二人郡山に来た。毎年招待されている福島県立安積高校サッカー部OB会の「お盆大会」である。

去年は、35周年の節目ということで、落語協会FCマンダラーズがチームとして、招待された。私はアキレス腱のケガが治ったばかりで、試合には出なかった。監督として若い者を引き連れて行って、采配を振るった。「采配」というほどエラそーなモノではないが(笑)
また、元日本代表の岩本輝雄と、元Jリーガーの波立がゲスト(助っ人ともいう)として参加した。楽しかった。

今年はそういう意味ではごく地味に、私と玉の輔の二人だけが招待された。私にとっては手術から一年半、初めてのサッカー復帰試合となった。
会場は、福島空港のそばのサッカー場。スタンドはないが、天然芝のグラウンドが二面とれる、立派なサッカー場だ。こんな芝生のピッチで、日常的に試合ができる高校生は幸せだ。

今年の招待校は、県立白河高校(ちなみに昨年は相馬高校)だった。
二面のピッチをフルに使って、安積高校対白河高校の、現役戦、OB戦、超OB戦と、スケジュールをこなしていく。

私と玉の輔は安積高校「超OBチーム」に入れてもらう。時間は20分ハーフだ。
正直言って、一年半ぶりのサッカーは、怖かった。
左のアキレス腱は、完全に治っている。それは間違いない。
でも、やっぱり怖い。なにが、というわけではない。ただ、なんとなく漠然とした恐怖感がある。

体力は、全く無い(笑)
二泊三日の瀋陽オリンピック観戦から、昨日帰ったばかりである。その疲れもあるだろう。
キックオフと同時に、走り始めてすぐに息が上がった。息は上がるが、腿(モモ)は上がらない(笑)
相手の白河高校超OBチームは、普段からサッカーをやっている人が多い感じだ。コンビネーションもいいし、ちゃんとサッカーになっている。

それに比べて、我がチームは、圧倒的に運動量が少ない。0−2とリードされて、前半終了。
後半が始まって、なんとなく心肺が楽になってきた。ようやく体が動き始めた感じだ。
すぐにまた1点取られて、0−3となった。
ここから反撃開始だ。まずは超OBの息子で、遊びに連れて来ていた小学校3〜4年(推定)のゆうすけをFWに起用する。ただし交替選手は無し。つまりうちは、12人だ(笑)
相手も子供には強く当たれない。当然フリーで持たせてくれる。そこがつけめだ。実に卑怯な作戦である。ところがこれが功を奏して、ゆうすけが1点取った。1−3だ。白河高校は偉い。

サッカーは恐ろしいものだ。これでリズムが変わった。俄然、うちに勢いが出てきた。2点目は私が決めた。
左サイドのOさんから、右に開いた私の前にスルーパスが出た。DFの裏へ抜け出る。
ワントラップして右足の前にボールを置いて、思いっきり振りぬいた。ややインに当たったものの、狙い通りキーパーのワキを抜いたボールは、左のサイドネットに吸い込まれていった。

「チョー気持ちいい!」(4年前の北島か)
やっぱりサッカーは楽しい。ゴールを決めたあと、右手を高々と突き上げるいつものポーズが自然に出た。
その後、Oさんもいきなりのミドルシュートを決めるなどして、結局は5−4で見事な逆転勝利を飾った。
いたいけな子供を使った頭脳的な作戦だった。

食事休憩をはさんで、もう一試合やることになった。
私としては、もう限界だった。すでに、体中の筋肉が悲鳴を上げている。
しかし、人数はギリギリだ。出ないわけにはいかない。
しかたなく、いやいや参加したが、笛が鳴ると走ってしまうから不思議だ。またまたリードを許して、前半終了。

後半は休ませてもらった。
が、しかし、途中でOさんがいっぱいいっぱいなのを見て、替って出場する。
ただし、もう完全に走れなくなっている。肉離れが怖いので、そーっとしている(笑)
試合は負けた。超OB戦は1勝1敗に終わった。
結局、私もOさんも20分×3本と10分=約70分の出場だった。

サッカー終了後、ホテルにチェックインして、夜は石川町の花火大会を観に行った。
一昨年に続いて二度目である。。
小さな町の小さな花火大会だが、それなりに風情のあるものだ。

スターマインに歓声を上げて、仕上げは寿司屋。かなり酩酊して、郡山のホテルに戻った。
明日は、ゴルフだ。

Oさんとは、全く同じ条件での戦いになった(笑)

93ca6833.jpg 朝5時、モーニングコールで起きた。ボンヤリした頭で、ノソノソと仕度をする。6時出発なので、5時50分にロビーに下りる。朝食の弁当をもらった。
 弁当箱を英語にすると、ランチボックスだが、この場合はランチではない。ブレックファストボックスという言葉はあるのか・・・なんてことをボンヤリ考えながら、バスに乗り込んだ。
 二泊三日といいながら実質的には、一泊二日みたいなもんだった。3万円両替した人民元は1万円も使っていない。2万円分以上残っている。

 瀋陽国際空港は、早朝からごったがえしていた。来る時の成田のすきようとは対照的だ。すべての手続きを終えて出発ロビーに進むと、なんと、反町ジャパンがやってきた。監督、コーチ、選手、スタッフ、全員同じ便だ。
 顔見知りを捜したら・・・、いたいたマッサーのNさん。声をかけるとニコヤカに近づいて来てくれた。とりあえず握手をしながら「お疲れ様」と声をかけた。
 気になっていたことを聞く「あれはPK?」
 真顔で「いやあ、あの時間帯だと、取られてもしょうがないでしょうね」という返事が返ってきた。それに続いた言葉は
「見苦しかったですね」だった。
 そうだ。今、冷静に考えたら、あの抗議は確かに見苦しかった。無駄なイエローも貰ったしな。「若い」だけでは、弁解できないだろう。

 出発ロビーで、エビアンを2本買おうとして、カウンターに持って行ったら、あんちゃんが電卓で「100」という数字を示した。最初意味が分からずに「1.00」だと思い、1元を出すと、大きく手を振る。じゃ、10元札をだすと、もう一度電卓を持って「100」と指差した。
 一瞬「えっ?」と思う。マジかよ、と聞くと間違いないようだ。
 ちょっと待ってよ。100元は1800円だよ。普通の(日本だと150円の)ボトルが、1本900円だって。
 断っておくが街中のいかがわしい、路地裏の屋台ではない。瀋陽国際空港の出発ロビーのキオスクである。免税ゾーンだ。今まさに飛行機に搭乗する直前の場所だ。アッタマにきた。「誰が買うか、そんなもの。日本人を舐めるなよ」
 あんちゃんは、呆れ顔になったが、こっちに文句は言ってこない。当たり前だ。
 よーく見ていたら、言われるままに買っている日本人が何人もいた。本当に瀋陽が嫌いになりそうだ。

 そうこうするうちに搭乗時間になった。ギリギリになって岡田武史が現れた。日本サッカー協会関係者、反町ジャパン、選手、スタッフたちは優先搭乗した。
 ようやく一般人の番になった。乗り込んだら、ビジネスクラスの1番の席に岡ちゃんが座っていた。
 「オレのこと、覚えているかな?」と思いつつ「お久しぶりです。落語家の春風亭正朝です」と声をかけたら、しっかり覚えていてくれた。ま、そりゃそうだな。一安心だ(笑)
 「観に来たんですか?」と聞くから「はい、昨日、サッカー観に来たんです」と、我ながら情けない日本語で答えてしまった。「それは、ありがとうございます」と、なんだかすまなそうにお礼を言ってくれた。あい変らず、岡ちゃんはいい人だ。握手をする。
 「ワールドカップ予選も観に行きますから」というと、嬉しそうにニコッと笑った。好漢、岡ちゃん、頑張って欲しい。

 予定どおり、8時過ぎに離陸。3時間のフライトで成田に到着した。日本時間で12時15分だった。すぐに残った1100元を円に両替したら、15000円だった。1元13円強だ。
出発前 30000円 → 1600元(1元 ≒18円)
到着後 1100元 → 15000円(1元 ≒13円)
 ま、こんなもんか
   荷物が出てくるのを待つU-23

 悲しい、悲しい、五輪初体験ツアーだった。

3ec7c9fe.jpg この喪失感は、なんだろう。全然デキのよくないオランダに、不運なPKで負けてしまった不甲斐ない若き戦士達の戦いぶりもあるが、実は今はサッカーの内容なんか、どうでもいい。
 この胸のモヤモヤの最大の理由は、中国人の日本に対する異常とも思えるオランダびいきである。
 否、オランダびいきではないな。
端的に言うと「反日」である。なんであそこまで、日本を毛嫌いするのか。日本のチャンスにはシーンとして、オランダにボールが渡ると大歓声になる。日本のコーナーキックにはブーイングが起こる。私たちが大声で応援していると、蔑んだような笑い声を上げる。後半、オランダがPKをもらうと、その興奮は絶頂に達した。1点取ってからは、ウェーブの連続で奇声を発する。もう、悲しくなった。完全に「オランダのホーム」状態だった。
 相手が中国ならこの応援も理解できる。だけどなぜ、お前達は3万人が揃ってオランダを応援するんだ。そんなに日本が嫌いか?
  セルフポートレート
  タイムアップ
  サポーターにあいさつにきたイレブン

 4年前のアジアカップは、もっとひどかったという。メディアから入ってくる情報で、そのことは、頭では理解していたつもりだ。今回はその時に比べたら「反日感情」もずい分少なくなったと聞いていた。
 ところが、いざ自分がこのスタジアムの、この場にやって来て味わったものは、情報とは全く違う現実だった。「まわりの人が、みんな自分達を嫌っている」
この不思議な感覚は、なんなんだろう。
「悔しい」「悲しい」「寂しい」という思い。そして「怒り」であり「憤り」である。さらにその後に襲ってくる「虚脱感」「喪失感」

 冷静に考えてみると、私はこれまでの人生の中で、ここまであからさまに他人から嫌われ、悪意をむき出しにされた経験がない。からかもしれない。

反町ジャパンが1勝もできずに五輪の舞台から去ることは、もちろん悔しいし、悲しいことだが、今の私には、自分達日本人がこれほどまでに中国人から嫌われていることが、一番の悲しみであり、ショックだった。

外に飯を食いに行く気にもなれない。昼間の飲茶のテイクアウトをつまんで寝る。

  



 
 

2385a877.jpg 7時にすっきり目覚めた。5階に下りて、朝食をとる。全部中華料理のバイキングだ。炒飯少々と、ビーフンのような焼きソバのような野菜の細切りのような、なんだか分からないもの少々。ゆで卵。ハム。コーヒーと牛乳。牛乳はホッとでハナっから砂糖が入っていて甘い。料理の味は、やや落ちる。最後にスイカを数切れ。とりあえず朝食はすませた。

 11時半トレーダーホテルに行く。出発前から、浜松の千賀さんと飲茶ランチをする約束をしていた。千賀さんは、94年アメリカW杯のツアーの時に知り合ったサッカーフリークである。その後のW杯はもちろん、ユーロや五輪にも出かけている「剛の者」だ

      
 トレーダーホテルは千賀さんが指定してきたのだが、偶然うちのホテルのワンブロック隣という至近距離だった。歩いて約一分。二階のレストランで飲茶をする。片 言の日本語ができる小姐(しゃおちぇ)がいて助かった。この子がまた、可愛くて愛想がいい。日本語が達者で嬉しくなった
 小姐  餃子
 餃子一人前が30個と聞いてびっくり。3種類の餃子を10個ずつ盛ってもらうことにした。シュウマイとショウロンポウを頼む。ここの飲茶は、 みんな美味しかった。北京、天津と旅して来た千賀さんが、ここの料理が一番美味しいと言ってくれて、少し嬉しくなる。
蒸しパンをオーダー
したつもりが、揚 げパンと両方きた。不味くはないが、とり過ぎだ。
  ショウロンポウ
  頼んでない揚げパン
  甘い味がついている蒸しパン
 料金は全部で240元だった。ほぼ4300円か。意外に高かった。残りはテイクアウトにしてもらってホテ ルに持ち帰った。

 14時ロビー集合。いよいよ瀋陽スタジアムに日本対オランダ戦を観に行く。

213c9274.jpg

私の部屋は907。ツインルームである。

今回は、一人でツアーに申し込んだのだが、ちょっと前まではサッカー観戦ツアーというと、見知らぬ人と同部屋というパターンが多かった。当然、今回もそうだと思っていた。

ところが、頼みもしないのに、ツインの部屋を一人で使うことになった。もちろん追加料金として、別に2万円を払わされる。

噂では、最近のツアーは、こういう感じのシングルユースが多いらしい。これも時代の流れなのか。ダメだぞ若者達!ワガママばかり言ってちゃ。

部屋は、まあまあだった。
なにより驚いたのが、LANケーブルが置いてあることだ。PCを持参したカイがあったというものだ。つないでみたら、これがバッチリ。

ただし、無料かどうかは分からない(笑)。明後日のチェックアウトが少し心配だ・・・(>_<)

ホテルの路地をはさんだ隣に小さな店があったので、すぐにミネラルウォーターを3本購入。コンビニのような店は無い。完全な個人商店である。

絵に描いたような中国人のオヤジが、上半身半裸で対応してくれたが、日本語も英語も全く通じない。指を四本出したので100元札を出したら(だって、それしか持ってないんだもの)、96元お釣をくれた。高額紙幣だったのか?

「おじさん、すまんのぉ」貨幣価値、物価の感覚が、全く分からない。情けない。

 部屋に戻って、テレビなどを見ているうちに8時になったので、外に出て晩飯を食うことにした。ホテルの前の通りは、まるで銀座だった。大きなデパートが何軒もある。伊勢丹もあった。高級ブランド店も軒を並べている。都会だ。ただし、車と人の流れは無茶苦茶だ。アメリカと同じで、車は赤信号でも「常時右折可」らしい。横断する人たちも完全に信号は無視している。クラクションは鳴りっぱなし。事故が起きないのが不思議なくらいだ。

 牛丼の吉野家を発見して、少し笑った。
         
 よっぽど入ろうかなと思ったが、中国に来て吉野家を食うこともないだろうと思い直す。一方で、中国に来たからこそ「ネタ」として吉野家なのかな?とも思うが、結局はやめた。
「美国加州牛肉面大王」(麺ではない)という看板にそそられた。直訳すれば“アメリカ・カリフォルニア・ビーフ・ヌードル”ということになる。パッと見は小ぎれいなファーストフード風である。どんなものが出るのだろう。ここに決めた。

小姐(しゃおちぇ)たちは全く言葉が通じない。身振り手振りで一番上に書いてある「加州牛肉面」の中(9元)を注文。盛んにサイドオーダーを勧めるので、任せた。あとはビールを注文。全部で27元を前払いする。

    
 はっきり言って、失敗だった。不味い。加州牛肉面は、香草の匂いが強すぎる。個人的にあまり好みではない。サイドオーダーは鶏肉に辛みそと野菜の二色のあんがかかったもの。こちらはまあまあだった。

 ところが、食べ初めて、思いのほかお腹がすいていないことに気づいた。昼間のカツカレーと機内食が効いているのだ。ビールは全部飲んだが、料理は半分残して帰った。ごめん。許せ。

 来た時と反対側の道を歩いてホテルに戻る。光景は完全に銀座だ。瀋陽の中心街であることは間違いない。ホテルの隣がアディダスショップだったので、フラッと入る。中国五輪チームのオフィシャルポロシャツを、かみさんのお土産用に購入。270元。
              
 ホテルに戻ってテレビをつけると、どのチャンネルもオリンピックである。当然中国の試合ばかりだ。たまたまソフトボール日本対オーストラリアを放映していた。これは奇跡だ!4−3で日本が快勝したのを見届けて「縁起がいいわい」とほくそ笑む。

どうやら男子体操団体は中国が金メダルを獲ったらしい。さかんに映している。2位以下の報道は全くない。どうなったんだ、我がニッポンは?

この辺にも今回の五輪が「国威発揚」のためということがよく分かる。

11時過ぎ、風呂に入って寝る。

7b3c0c1c.jpg 9時35分我が家を出発。一時間弱で成田空港に到着した。正太郎に車を任せる。帰ってよし。

 第2ターミナルCカウンター中国南方航空(CZ)に行くと、11時からチェックインだと言う。まだ30分以上もある。仕方がないので最前列で待つことにした。「青菜」のネタ帖を読んで時間をつぶす。下席の末廣亭のトリでかけようと思っていたが、ずい分忘れている。大丈夫か?>おれ。

 11時になってチェックイン開始。Eチケットを出すと「座席はどこがいいですか?」だって。その場で選べるんだ。もう決まっていると思っていたので、ちょっと驚き。すかさず窓側をリクエストすると15Aがもらえた。けっこう前じゃん。空いてるのか?無事に航空券をゲットして荷物をあずける。

 両替所に行き、二泊の小旅行なので3万円だけ替える。1600元(100元札が10枚)と、日本円で千なん百円だかのお釣りをもらった。

 ツアーガイドには、11時25分集合と書いてあったので、Cカウンターに戻ってみたら、誰もいない。旅行社に電話すると、別に集合はしないだと!勝手に飛行機に乗れということらしい。少し不安になる。

 しょうがないので、時間は早いが、セキュリティーに行き、出国手続きをして、搭乗口まで進むことにした。成田空港は、全体に空いている。夏休みだというのに、この人の少なさは、やはり世間は不景気ということなのだろうか。

 シャトルに乗って、93ゲートのあるビルに移動する。ここで飯を食うことにした。カフェカウンターのような店があったので、とりあえず生ビールと縁起物のカツカレーを食す。
待ってろオランダ。マカーイ、バベル、エマヌエルソンめ。カツぞ!

 生ビール一杯で、いい気持ちになる。12時過ぎ、93ゲートに着く。まだ1時間以上もある。パソコンを開けて、ここまでの日記を書くことにした(ここまで成田にて)。

 1時20分頃、ほぼ定刻に出発した。外は豪雨になっている。涙雨か?離陸して1時間もしたら機内食が出てきた。CAが滅茶苦茶な英語で聞いてきた。
"Fish and pork,which do you want?"だって(笑)ここは and じゃなくて or だろ!と突っ込みたくなるが、ニッコリ笑って"pork" と答えた。
さっき、カツカレーを食べたばっかりだけど(^^ゞ
 中身はソバと巻き寿司があって、完全な日本食だった。ま、いいか。量が多くて「絶対食べられないよ」と思いつつ、ほぼ完食してしまった。食べ過ぎだ(笑)

 ウトウトして目覚めたら、隣の席のおじさん(日本人)が、入国カードを記入している。「そんなもの、俺もらってないよ」と思う。トイレに行ってギャレーにいたCAに一枚もらう。席に戻って隣のおじさんにボールペンを借りて、書き込んだ。ツアーなのに、添乗員もいなくて、この仕打ちかよ?!と思う。
 私は旅慣れてるからいいけどさ(笑)、知らない人はイミグレの時にトラブルになるぞ、セリエ・ネット。不親切だな、ったく。

 あっという間に瀋陽に着いた。時計を見たら4時半だ。ほぼ3時間のフライトである。瀋陽って近いんだと実感する。現地の時間は3時半だ。時計を1時間戻す。
 飛行機を降りると、そこら中に武装警官と思われる人がいてちょっぴり緊張するが、わりとスムーズに出られた。
 現地ガイドがいて、ここで初めて今回のツアー客が13人であることが分かった。皆さんと初顔合せ。早速バスに乗って、ホテルへ直行する。約40分で市内の中心街にある金杯商務酒店という、正月競馬みたいなホテルに着いた。

8b8d49c8.jpg二年連続で実行委員長に祭り上げられた圓朝まつりの、本番がやってまいりました。今朝は、珍しく曇り空です。例年、殺人的な猛暑に襲われるのですが、今年は少しは楽になりそうです。
10時の開場前に、お客様の列が、早くも全生庵から千駄木の駅に向かって長く伸びました。
早速ここは、委員長権限で開場を5分早めました。偉いぞ、おれっ

開場直後ですが、いきなり・・・
本部で販売する「福扇」の売れ行きが異常です。あっという間に、昨年よりもっと長い列ができてしまいました。お墓にぶつかって、さらに左に曲がったところまで伸びています。嬉しいけれど、並んでくださるお客様に対して、申し訳ない気持ちにもなります。
なんと昨年より100本多く用意した「福扇」が、12時10分に完売になりました。御礼申し上げます。

さて、時間を戻します。
10時30分、まずは法要です。例年以上に芸人が参列してくれました。嬉しいです。
続いて扇子お焚き上げ。階段上から見る境内にはいっぱいのお客様。感激しました。
                  
11時開会式。
馬風会長、歌丸芸協会長のあいさつに続いて鈴本の社長の心温まる祝辞があって、私の開会宣言です。
「ただいまより、落語協会圓朝まつり2008の開会を宣言します」大きな拍手が起こりました。ちょっとだけ、泣きそうになりました。
  
ゴミ隊パフォーマンス、抽選会、奉納落語会第一部「女たちの圓朝まつり」と順調に、スケジュール通りに進んでいきます。

坐禅堂では、奉納落語会第一部が終わって、深海獣レイゴーの上映に移ります。実は、このお客様の入退場が一番の心配のタネでした。
第一部のお客様退場→深海獣レイゴーのお客様入場。これを20分以内で、完璧に終わらせなければなりません。
ところが、案ずるより産むが易し。意外にスムーズにできたようです。ああ、一安心。

その後も予定どおり、順調に流れます。
奉納落語会第二部「春風亭小朝一門会」も終了。
ゴミ隊パフォーマンス「あいとしげる」の「星降る街角」は、一部不適切なセリフが入りそうになっていたのですが、本部からの強い指導で、かろうじて回避できました。「しげる」にも最後の理性だけは残っていたようです(笑)
黒門亭クイズ王チャンピオン大会と進んで、最後のパフォーマンスは「玄人のど自慢」です。お約束の「鐘一つ」のギャグなどあって、トリは私、委員長の「噂の女」でした(笑)
                  
鐘三つは、まあ、シャレです。ハナッから決まっていたことですから、へへへ。
最後は「高座舞い」の総踊りでお開き。
  
短いようで長い、
長いようでホントに長い圓朝まつりも、いよいよ大団円を迎えます。
最後は参加した芸人が階段に上がり、三本締め。
ジーンときました。

ご来場いただいたお客様、
この日記で代体験してくださったお客様、
心からお礼を申し上げます。

【オマケ】
来年こそは、一協会員として参加します。ああ、疲れた

4ce9803c.jpg 無事終了しました。ご来場いただきましたお客様、ありがとうございます。
今回は写真を一枚も撮っていません。すっかり写真のことを忘れていました。それだけ余裕がなかったということの証明です。

一席目「天狗裁き」は昨日、高尾山の天狗サミットという催しで、演りました。この時が正真正銘・生まれて初めての「ネタ下ろし」でしたが、
いいお客様に助けられて、なんとかできました。ほぼネライどおりの笑いが返ってきてました。
それを受けての今日ですから、そこそこの自信はありました。

結果、よく笑っていただきました。まずまずのデキだったと思います。いえ、思った以上に爆笑の連続でした。やってても楽しかったです。

仲入り後は対談。
木村和司さんとのサッカートークでしたが・・・、
ウーム、成功とは言えないですね(苦笑)
前々から分かってはいたことですが、ごく一般的なお客様にサッカーの話は、やっぱり興味が薄いんですね。
これがプロ野球、例えば松井秀樹とか、松坂大輔、野茂英雄などの話だったら、多くのお客さんが分かってくれると思います。

「鹿島の興梠や清水の青山が外れたことが意外だ」「両サイドバックの内田、安田、長友は楽しみ」「カギを握るのは梶山か」「李忠成は点を取るだろう」
「結局最後は決定力の問題・・・」

といった話が、ほとんどノーリアクションで、悲しくなりました
すべては私の話の引き出し方がマズかったと思います。
コアなサッカーファンの前で行うトークショーとは、やり方を変えなければいけません。
和司さんにも申し訳ないことをしました。
反省材料です。

ヒザは小猫兄さん
安定しています。すっかり大物の風格がでてきました。猫八襲名もそろそろ現実化するようです。

そして、トリで「抜け雀」
この噺は、4月のふるさとツアーで何回かかけましたので、少し余裕をもっていたのですが、ややノリが悪かったかもしれません。
どうしても45分かかってしまいます。
もう少し刈り込んで、せめて35分程度にまとめられたらいいのですが。

「天狗裁き」より笑いの量は少なかったですが(「天狗裁き」がちょっと笑い過ぎだったんですけどね)、
お客様には楽しんでいただけたと思います。

終演後の打ち上げは、なんだか女性が多くて、いつもより華やいだ雰囲気でした。
充実した独演会を終えることができました。この場をお借りして、お礼を申し上げます。

さあ、あと一週間は圓朝まつり実行委員会の仕事に集中します。
ガンバロー!
これが終わったら、北京オリンピックだ

820cb7b2.jpg 毎年7月31日は、落語協会夏の寄合と決まっています。本来なら、成田山新勝寺に全員でお参りするのですが、ここ何年かは浅草寺に行っています。近場(ちかば)ですましているワケです
 午前11時、みんなで落語協会の揃いの浴衣を着て、浅草演芸ホール前を出発。ゾロゾロ練り歩きながら、雷門から仲見世へと進みます。かなり注目を浴びます(笑)
                          
 本堂前の階段で全員の記念写真を撮ります。
 その後、お祓いをしてもらって、浅草ビューホテルに移動。お待ちかねの宴会です。今年の余興は久しぶりに楽しかったです。

 ここのところ、前座の面白くもなんともない余興ばっかりだったのですが、今年は権太楼師匠が司会をして玄人のど自慢大会 がありました。ただのカラオケ大会ではありません。
 コント仕立て(というほど緻密ではありませんが)、ネタを仕込んで面白おかしく演出してあります。

1番・小権太「ホテル」
   
2番・朝太(歌は忘れました!)
   
3番・あいとしげる(こみちと扇遊)歌は和田アキコのあの頃は、ハッ、二人とも、ハッ、という曲です。タイトルは忘れました。(わかりました「古い日記」だそうです)
     
4番・わさび(若者の新しい歌を熱唱。当然客席はほとんどの人が知りません。しらけます。しかし、それも織り込みずみ。権太楼師匠が突っ込んでギャグを入れて笑いにします)
5番・落語協会事務員Fさん「温泉芸者」。初めて聴くFさんの歌、意外に上手でし
た。そしてお約束の踊り子が乱入。温泉風景ということで、裸踊りです。当然、Tの輔のバカヤロウです(笑)
               
 審査を待つ間、出場した人は舞台の上で、プロのゲスト歌手の歌を楽しみます。
          

 今日のゲスト歌手は、先月ついにメジャーレーベルからCDデビューを果たした柳亭市馬でした。歌は、ご存知「俵星玄播」。オリジナルの「山のあなあなねえあなた」を聞きたかったのですが、それはなく、残念でした。
 落語協会賛助会員(俗に言うおだん)の皆さんの厳正なる審査の結果、チャンピオンはあいとしげる に決定しました。

 なお、この玄人のど自慢は、来週の谷中全生庵・圓朝まつりでも開催されます。来週またお目にかかりましょう(笑)

 終了後、私たち玉蜀黍(バーボン)会のメンバーは、ゲスト数名と一緒に、大井競馬場のトゥィンクルへ行きました。
 これまた恒例ですが、とある方の口利きで、特別室(貴賓席)を借り切って、ワイワイ楽しむのです。
 毎年、だいたい、負けます(笑)
 勝つ人は少ないです。しかも勝っても、数百円から数千円のプラスといったところでした。負ける人は十万円近く負けます、マジです。

 ところが、今年はついに大勝ちが出ました。いえ、私ではありません。ここだけの話ですが、G太楼師匠が三連単で十ウン万円を取ったのです。1万2千円ぶっこんだうちの一点(100円)が見事的中。
しかもその後も、2レースで5万、3万と取って、総額で20万円以上の儲けになりました。\(^o^)/
いやあ、G太楼師匠、スゴイッ

       
      
 当然のごとく、終わった後はご馳走になりました。G太楼師匠、ごちそう様でした。
 独演会の稽古もしないで、飲んで遊んだ楽しい一日でした。
ダメじゃん>自分

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