俳優寺田農(みのり)さんが3月14日に亡くなりました。享年81




私は芸能人サッカーチーム「ザ・ミイラ」で初めて農さんと会いました。
農さんは三木のり平先生の芝居で古今亭志ん朝師匠と仲良くなったそうです。お二人はのり平門下の兄弟弟子といった塩梅です。
寄席の楽屋にもちょくちょくいらっしゃいました。
初めて会った時、農さんは私に「志ん朝さんとはよく会うの?」と聞いてきました。
「はい、同じ協会ですし、うちの師匠柳朝とは兄弟分ですから、可愛がっていただいています」と答えると、
「そうかい、朝様(ちょうさま)は大酒飲みだろう」と言って笑っていました。
その後、楽屋で志ん朝師匠と一緒になったときに
「こないだ寺田農さんと知り合いになりました」とお話したら
「そうかい、みのりは大酒飲みだろう」と、二人で同じことを言ってました。これにはウケました。
お二人とも大酒飲みです。間違いありません(笑)
ミイラのメンバーになって日も浅い、いわば新参者の私に農さんはやさしく接してくれました。
噺家ということで特に可愛がってもらいました。
すぐに「ぼくの草サッカーチームにも遊びにおいでよ」と言われ、IPD(インポッシブルドリーム)に入れてもらいました。
「インポッシブルドリーム」はミュージカル『ラマンチャの男』で歌われる名曲で「見果てぬ夢」という邦題がついています。
この歌が大好きだという農さんがご自身のサッカーチームに名付けられたのです。
ちなみにその頃の私は落語協会サッカー部「RFCマンダラーズ」を主宰していました。オーナー兼監督兼キャプテン兼エースストライカーで10番をつけていました(笑)
いろんな人に誘われるままに、草サッカーの6チームに所属していました。今では考えられません。
農さん自身は今のジェフ千葉の前身である古河電工が日本サッカーリーグの時代からのサポーターでした。
古河の選手と仲良しでした。前田秀樹、鬼塚忠久、吉田 暢、後藤義一などと一緒にサッカーができたのも農さんのおかげです。
農さんと最後に親しくお話をしたのは去年の4月28日でした。
その時のブログ『4月28日(金)寺田政明生誕111年展へ』
農さんのお父さん寺田政明画伯の個展を観に行った時の話です。サッカーの話は












































