岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

写真を2017年版に変更

将棋って可愛い。

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藤井くんというチュウボウが天才だとか提灯だとか騒いでいるけれど、だからどうしたと思うのが隠遁老人の感想でしかない。

ただ

皆が騒いでる時自分も興奮出来たらさぞ楽しい一生であったのだろうと今頃になって後悔しているのだが「既に秋声」いまさらどうあがいても人生の納期がもうそれほど残ってはいないのだからもう遅いのであろう。

それでも

世間の評判に素直に喜び素直に楽しめばいいのだが、逆に皆が恐れていることに一緒になって不安を感じることがどうしてもできないのである。

それは

一つはテレビCM政府広報でせっかくONAIRまでして「飛翔体?」の恐怖感を煽っていただいているにも関わらず、一向に切迫感を感じないことである。

もちろん

税金の無駄遣いは他にもたくさんあるだろうから一種の国民向けのジョークだってあっても不思議はない。

しかるに

それはマァ許せるとしても、「もう一つ」冗談では済ませないモノがある。

それは

最近AIがヒトの脳にとってかわるかのような広宣活動が「巧みに」行われていることの方が僕にとってはもっと許せないということなのだ。

というのは

未来に対する「畏怖」はあってしかるべきだろうが未来に対しての「恐怖」は在ってはならないと考えるからである。

おもえば

SF的な発想は昔からあってそれはそれとして「エンタメ」で楽しめばいいだけだが、最近の電子機器(器機?)の急速な「発達?」は恰も人工知能(AI)がヒトの能力を超えて「無限に」広がっていくような幻想を与えておりそれが人類の終末をも予期されかねない暗喩を含んでいることに疑義を覚えるのである。

もちろん

僕自身がIT不倶者であるからだけでなく、それらが「無限に」に進歩すればという発想自体があまりにも幼稚であることに驚いているからである。

だからといって

AIがダメだと言うつもりもないし、「有限に」ますます発達すればヒトの暮らしはより便利になるだろうからむしろ歓迎すべきことだと思ってもいる。

ただ

「無限に」発達して人も含めた生物の「存在」そのものを凌駕するなんてこと絶対にないのである。

というのは

たかが数千年の間に「手」を自由に使え「脳」が少々使えるようになったため便利な道具や機能の向上が見られるようになっただけで「存在」そのものが脅かされるにはあと何万年必要か分からないからである。

つまり

猿だってこうすればああなるという学習は出来るのだからF(x)=yは霊長類なら誰だってでき、今の社会だってその延長なんだから膨大なビッグデータと演算速度を上げればほとんどのことが「可能」であるに決まっている。

だけど

それはあくまで「機能」の強化向上であって「脳」ですらファンクションの向上によってヒトの脳以上の働きをするのは当然であろう。

だから

自動運転や自動殺戮兵士は明日にでも(いまでも?)可能だろうしいくら藤井君でも絶対にドワンゴ(PONANZA)には勝てない(勝てなくなる)のは明らかなのだ。

だって

いくら力持ちの稀勢の里だってブルドーザーより重いものは持ち上げられないのと同じで、自足的に演算能力とデータが増大するコンピューター棋士に生命体である棋士が今後勝てるわけがないのである。

つまり

将棋ですら「人間とコンピュータが同じルールで真剣勝負をするという歴史的役割は終わった」とされているのだから「脳の機能」で人間と比較すること自体が馬鹿げているというしかないのである。

また

論文だって小説だって音楽ですらいずれ「ヒト」の能力を超えると考えられるがそれが一体どうしたというのだ。

一昔前

スーパーマンという架空のヒーローが列車より速く走れるというので有名になったがその時代から「普通の人」が器機(機器)機械以上のパワーを持つことが不可能であることは納得済みだったのである。

ことほどさように

機能なんてほとんどの分野でヒトの脳を超えているのだから脳の機能のテストなどやろうとする方が間が抜けているというものである。

でも

ヒトが掘り出してはいけないモノを掘り出して使って、自ら手に負えなくなっているモノを忘れるためにコンピュータの進歩を恐怖感を煽る道具して使われ、真の恐怖を誤魔化しているとしたらどうだろう。

つまり

いくら発達してもエネルギーを新たに「創造・再生」することは現代の幼稚な科学ではできない筈なのにたまさかF( )になんかを(x)入れたところ物凄いエネルギが放出された(y)ものだから猿でもできる「学習」で途方もない半減期のモノを平気で使用するようになっただけなのだ。

だって

中味も構造も解明できずましてエネルギーや微小な生命体すら生み出すことが出来ない人類が「こうすればこうなった」という学習をいくら延長しても機械にいくらビッグデータを与えても「無から有を生み出す」なんて絶対出来ないであろう。

そもそも

やはり永久機関などあるはずもなく、またセックス(交尾・受粉等)によって新たな生命体を生み出す「以外」に
「生命」が誕生しないのだから。

ゆえに

データや演算が新しい生物や無限無補給のエネルギーを生み出さない限りAIなんぞただの積み木遊びの延長でしかないと思うのだ。

ところで

それはそれとして、孫のような藤井君が大人に交じって一生懸命闘っている姿は可愛いくて仕方がない(笑)。

大姐御の博奕は、、、?

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選挙はミズモノまして政治は一寸先は「常に」闇であり、だたでさえ刹那的なトピックに影響される「都民?(果たして純粋な”都民”がいかほどか)」の票ほど当てにならないモノはない。

しかるに

普通、主義主張の違うメディアごとの「世論調査」など当てにはならないけれど、今回は少なくとも毎日新聞、共同通信、産経新聞、日経新聞、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京、東京MXテレビの9社で合同で実施しており高島易断程度の八卦占いにはなるかもしれない。

ゆえに

当てにはならないが「指針」となるであろう調査結果も「やはり」一向に衰えを見せない小池の「つかみ芸」がどこまで「都民ファースト」の各候補者の票に直結するかがポイントとなる筈である。

また

先日の我がブログにも書いたように「良くも悪くも」エンタメをいかにうまく飽きさせずに操るかという意味では完璧な「玄人芸」が一歩リードしていることは間違いあるまい。

たとえば

新郎・アモーレ長友の結婚式に現れた小池百合子の「つかみ」は選挙戦真っ只中の日曜日をものともせずにスポーツ界芸能界につながる票田をも席巻している模様なのだ。

もちろん

都民ファーストの板橋区議の候補者が新婦の弟であることから小池がアッピールすることはまったく不自然と言うわけではないが短期決戦あらゆる露出機会を瞬時も逃さない元テレビ屋の動きは同業者としてさすがと言う他はない。

こうした

選挙戦のうまさは大方の票につながらない評論家諸氏の辛口の論評の核である市場移転問題など「争点」にさせていないことからもうかがえる。

なぜなら

彼女の「ウナギをつかむような話」で問題点が胡散霧消し、五年後なんてどうなっているかわからないし、、、今回の調査でも新都議に最も取り組んでほしい政策はという問いに対し「医療・福祉」が31%で最多で、「雇用・景気」が18%で続いており、「豊洲市場移転問題」は7%、「東京五輪・パラリンピックの準備」は6%であり都民有権者は実生活しか関心がないことが浮き彫りになっているからである。

それゆえ

「小池を支持する」と答えた人はまだ67%もあり、「支持しない」22%、「分からない・無回答」12%となっており常にテレビの画面に露出しているタヌキ顔の人気は少しも衰えていない。

だから

流石の一強に陰りが見えた固い地盤の自民ですらせいぜい26%しか確保できず、一方すでにそれ以上(27%?)を確保している「都民ファースト」が都議会第一党に躍り出るという「八卦」も今回だけは信用出来る。

とまれ

大姐御の博奕は予想を超えてうまくいっているとみるしかないだろう。

ところで

同じことを言うのが痴呆老人の特徴であるからその例にもれず僕も何度もいう。

それでも

僕は個人的に小池百合子が好きではない!(理由は言えないが、、、)

調子悪りぃ〜政界よもやま噺〜

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僕がブログを休んでちょっと体の調子がイマイチかなと思っているあいだに(頭の調子は元から悪いけど、、、)下らないうわさが永田町で再び飛び交っているらしいと耳にした。

どうでもいいけど、

「潮目が変わったという説」と「どうせしばらくすればすぐほとぼりが冷める説」とが錯そうしているというのである。

もともと

野田豚が樹立させた安倍政権の俄作りの「落し子」いわゆる安倍チルドレンなんかに政治家の資質などあるはずもないし、お仲間内閣の最側近のたとえば萩生田なんかも太っている以外の才覚などあるとは思えないから醜聞の絶え間がなかった。

しかし

なんとか野田豚が「民進党への失望感増幅」に貢献しているおかげと貧相な菅官房長官の早期火消策の双方が功を奏し、ミゾウユウの長期政権となってはいるが現実はほとんどの政策は失敗しおまけに相次ぐ強行採決とスキャンダル逃げ切りで相当体力は毀損されているはずである。

しかも

その頼りのスガが「怪文書」発言でスカでしかなかったことが露呈し、そのスカの天敵かつ身内?のミゾウユウ氏が財務、文科の手下を動かし森友、加計問題を一気に点火させたので安倍一強に胡坐をかいていた自民党議員は「このまま」安倍についていくか、新たなキングメーカ・ギャングモドキ氏の配下になるか、迷っているらしいのだ。

つまり

そのように「コップの中の嵐(自民内権力闘争)」でハムレットの心境になっているところに、また新たな「保守連合」(自民公明維新こころ都民ファースト+α)の動きが天下の大姐御によって「大博奕」として打たれたものだから単に下村・内田都連切り捨で凌ぐというだけでは済まない右往左往の大騒ぎになっているらしい。

もとより

次の総選挙は区割りも変更され党の公認がなければ不安だし、だからといって安倍一強がしぶとく続くという確証もないし誰の翼下に入るかによって議員生命の生殺与奪が左右されかねないというのである。

ところで

風のうわさ(実際聞いた話)では「安保法制」の強行採決が良かったと「宗主国?」に褒められたものの事実上解釈改憲がなされたのだから、もう「憲法改正」用員としての安倍晋三は不要となったと晋三本人が認めているというのである。

ゆえに

神道系の思想は宗主国からすれば「危険」な香りもするけれどそれまでは容認してきた(つまり集団的自衛権が行使できるまで)のがなくなり安倍晋三でなくてもいいと言うことになったのである。(という?)

だから

晋三自身が心身ともに弱気になって「反省」の弁を口にするようになったというが、そこはゾンビたる晋三のしぶとさがあり、何度死んでも生き返る恐れもあるから古参議員ですらすぐに彼を見限ることが出来ないでいるので(あろう)。

ただし

これは根も葉もないよもやま話ではあるが、僕は「想像」たくましい他のブロガーとは違いONで聞き及んだことを基にしか語れないことだけは言っておきたい。
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