岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

写真を2016年版に変更

2016永田町秋の陣展望

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蓮舫の国籍問題も行政レベルでは「一応」解決し、安倍晋三の物見遊山もそろそろ終わりに近く、秋の国会に向けて政治は「本来なら」動き始めてしかるべきだが、国政とは直接関係ない都政「小池劇場」だけは盛り上がっているが国会は事実上「無風状態」である。

したがって

自民党はしばらくは安定しているが先の参院選によって得た「とされる」改憲勢力が「思ってたより」伸びなかったし、思わぬ小池の乱で参院選自体がすでに忘却のかなたにあり、安倍晋三の悲願?憲法改正機運が必ずしも盛り上がっているとは言い難い。

ただ

永田町雀たちの間に突然降ってわいたような「年内クリスマス解散」説が必ずしも「眉唾」とは断言できないかも知れない状況も「確かに」あるのだ。

いくら

安倍将軍さまと言えども北のような芸当(粛清)までは流石にできないからここで強引に憲法改正にもっていくのには無理があり、たとえやったにしても不確定要素が山のように(実は下駄の雪「だけ」がネックなんだけれど)あると「されており」総裁任期中の改憲はどう考えても難しい。

しかし

いくら消費税UPの時期を先送りしたとしても「アベノミックス」幻想をこれ以上引っ張ることも難儀だし、さすがの黒田バズーカ砲にも効果が限定的であることが露呈されてきた。

しかるに

「仕方がないから安倍内閣」の高支持率がピークを保てるのは、年内プーチン来日(二島返還?)の長州イベントが最後であることを安倍自身が承知している。

よって

遅くとも年内に解散総選挙に踏み切らない限り、今後何年も己の人気を保てる保証はなくこのチャンスで一気に不動の地位と(総裁任期延長)憲法改正機運を固めてしまおうという腹(下痢気味ではあるが)があってもおかしくはないとみられているのだ。

そもそも

想定外のこと(熊本地震)さえなければ夏にでも衆参同日が行われていても不思議ではなかったのだから、安倍がいきなり伝家の宝刀を抜くことだって十分考えられるのだ。

しかも

「なにかと」折り合いがよろしくないオバマがレームダックに陥り新大統領が正式に赴任する前に日本国内をしっかり「自分の色?」に染め上げ(気色悪い)ておかねばならないと考えてもおかしくはない。

また

いくら無風とはいえ石破だけが敵というわけではなく懐刀の菅だって岸田だって虎視眈々と「権力」を狙っている「空気感」がいくら愚鈍とはいえ安倍晋三が感じないわけがない。

それゆえ

完膚なきまでに自分の政権を確保しておきたいというのは金正恩と同じで今のうちにやるだけのことはやっておこうとしているのだ。

ために

わざわざ腹の読めない二階俊彦を幹事長にしたのは自民党総裁の地位を(かなり先まで)不動のものにしたいと言う彼なりの「欲望」である。

それに

権力者に普遍的な「この種の」欲望は限りない猜疑心を生み、歴史的にも多くの独裁者が陥った「やまい」でもある。

しかしながら

もし年内クリスマス解散の前提がなければだましだまし政権を維持していくしかないが、やがて足元はおぼつかなくなるだろう。

ゆえに

台風一過のあとに今度は解散風が吹き始めたのである。

もちろん

「その」前提の一つがプーチン地元長州訪問成功(返還の進捗)であることは疑う余地はないが、もう一つの前提が「小池知事」との連携であるというから驚くばかりだ。

なるほど

政界は一寸先は闇、昨日の敵は今日の友、この「同盟?」がオリンピックを「わが物」にできるかどうかというための「策」であることは言うまでもない。

はたして

あの小泉ですら手こずった対シンキロウのための「共闘」が上手くいくのだろうか?

小池百合子の喧嘩に付き合うマスコミ

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ぼくが昔からあらかじめ彼女が端倪すべからざる人物だと言っていたのにぃ、、、。

だから

ついに「パンドラの箱」をあけられてしまったじゃないか。


それに

出来ることなら豊洲新市場の問題に「いまさら」触れたくもなかったから、大騒ぎしているマスコミに背を向けてこの問題をテーマに掲げたくはなかった。

なぜなら

この件を自分が言い出すと必ず「そもそも論」になり面白くもなんともないばかりではなく、自分の敗北続きの人生まで思いだし不愉快にさえなってくるからである。

そうすると

権力があらかじめ用意した「利権絡み」の不条理な決定に「そもそも」反対し続け、常に敗北してきた己が情けなくなくなるばかりだ。

すなはち

成田空港しかり原発(もんじゅを含む)しかり、、言い出せばキリがないけど、ほとんどの日本の戦後史が「歪んだ欲望」によって経済発展してきたのも又事実なんだし、国民がそれを認めてきたのであるから、それらの不条理な「執行」に反対して負け続けた僕なんぞが今更「豊洲」云々などと言うのも馬鹿馬鹿しい。

もはや

日本国には「正義」などみじんもなく「欲望」しかないのであるがマスコミと大衆がそれを認めているのだからなぜ「盛り土」だけを問題にするのか理解できない。

だって

豊洲に移転先を特定する「正当な」理由など「はじめから」なかったし、在ったのは「はじめから」欲望だけであったのだ。

それゆえ

今更「盛り土」もへったくれもない。そもそもこの豊洲で平成3年(20世紀)この事業に都が着手する以前から移転の是非そのものや移転先の問題点は「明らか」であったにも関わらず意見調整と中断を繰り返し10年後の平成十三年(21世紀)ようやく「強引に」はじまった暴挙であるから、今でもつつけば埃が出るってのは日本の「公共事業」のフツーの「なりわい」というものである。

それに、、、

これは、、はっきり言って小池百合子の単なる「政争」にすぎず、それゆえ「メデャア」がただ無駄に大騒ぎしているのである。

というのは

建物の下に地下空間を設けることが何で悪なのか一向に分からないし、基準値を下回る毒素「しか」検出されていないということは初めから毒ガスの上に作ると言う前提で工事が奨めらたにしては「流石」技術大国「立派なもんだ」とむしろ褒めるべきことであろう。

もとより

情報公開がなされていないとこを問題にするというのなら、では、原発や防衛予算をはじめ多くのことが情報公開されているとでもいうのだろうか。

したがって

メデャアが意味もなく大騒ぎするときは、何かほかの力が加わっていると考えるが妥当であろう。

それからさきは

陰謀論の類となるから「あえて」言わないが(今は)、これは小池百合子の大きな戦略であり都知事選直後に安倍晋三と結んだ呉越同舟の「ある約束事」の行使なのであるとも「思われる」。

なぜなら

今発信力のある小池にしても安倍にしても、これを「政敵」打倒に利用しない手はなくお互い「君子豹変」しつつ手を組んだものと考えられる。

その証拠に

国政レベルでも都レベルでも小池陣営に付いた議員を切って捨てる処分ができないどころか若狭某に至っては補選の候補に自民党は推しているではないか。

だから

骨を切らせて肉を切る「いつもの」小池流からすると今まで「なあなあ」でやってきた自民党の金玉=公共事業に苦痛を与えればどんな屈強な相手(内田某?)でも容易に根を上げるだろうと考えた捨て身の作戦なのだろう。

どちらも

大嫌いであるから善悪を抜きにいえば、なんて小池百合子の喧嘩が上手いのだろうと驚くばかりだ。

だって

本職のやくざ(内田某?)と闘っているのだから。

閑話休題*近況

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あんな古びた鉄塔なんぞ、もう懐かしくもなければ見たいとも行きたいとも思わない。

ただひたすら

何もしたくないのだ。

まして

長時間かけて乾燥した居心地の悪い室内(機内)で苦しい思いまでして巴里に行きたいとは全然思わない。

それゆえ

若いときなぜあんな「下らない」文學なんぞに興味を持ったかが今となっては不思議でたまらない。

とくに

朔太郎の「ふらんすにいきたしと思えど〜」となぞとは、もう全然思えなくなったのであるから「新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん〜〜」等とも考えること「すら」煩わしい。

したがって

寒暖の差に不快で「さえ」なければ面倒くさい採寸、仮縫いなど背広を誂える工程に「いちいち」つきあって新しい背広など着たいなどとも思わなくなってしまったのである。

もちろん

これらが、

あからかに認知症になるための「言動」であることは今のところ辛うじて「認知」はしているが、早く「ぽっくり」しか望まない僕は、逆に健康で長生きするための努力など絶対にしてはならないのである。

それゆえ

僕の高齢での隠遁生活は西行のそれとはとは違い、なるべく私的な興奮などすることは控えておりまして「旅行」なぞもってのほかなのである。

したがって

運動とか社会的な関わりとかをなるべく最小限して、なるべく「ふしだらな」生活を心がけてはいるものの、ついつい気まぐれにプールで泳いだり、レストランやコンビニがあまりにも不味いため「仕方なく」自分で料理を作って食べている。

そうすると

意に反して68歳老人にも関わらず筋肉が盛り上がり、いくらドーナツと珈琲を散歩のついでにたしなんでも少しも太らないしお腹も出ない。

そのうえ

田舎だから街の健康診断を受けろとしつこく言われるのでいやいや受けて見たらどこにも問題がないらしくがっがりしている。

もちろん

頭の機能は測っていないからたぶん「超悪い」筈なのだが、そのようなことは健康診断の項目には含まれていないのである。

たまに

少し頭が痛かったり歯が痛かったりすると「しめた!」これで不治の病に罹り死んでいけると一瞬喚起するのだが、あにはからんや一晩寝ると翌朝はケロリとしてしまう。

かのごとく

世の中の「運」とは皮肉なモノで、自ら望んでいるモノとは真逆のことが行われるのがふつうである。

しかし

ただ一つ自分が望んだ状況とまったく同じ情況が与えられて、おもわず「ラッキ〜」と叫べるのは「貧乏」である。

これだけは

「運命」に感謝している。
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