岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

写真を2017年版に変更

ペンギン男しかない!

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しかるに今まで「寝ている」としか思えなかった期待薄のペンギンに何ゆえSNS上で空前の「 #枝野立て 」のムーブメントが澎湃としておきているのであろうか?

もとより

凝り固まった”いわゆる”「護憲左翼」が彼を最後のよりどころとしているから「だけ」でなく、旧日本社会党や55年体制の礎を作った旧態依然した共産「黨」などが彼に近づいているから「だけ」でもない。

また

相変わらず一部の熱狂的なファンが尊敬してやまないかって対立していた「豪腕氏」が、すべての野党は彼(枝野)に結集すべしと号令をかけているからでもない。

なぜなら

政治嫌いか現状維持の保守的な若者がこぞってSNSで #枝野起きろ とか #枝野立て とか騒いでこないだまではやっていたセクハラ反対の世界的アピール #Me too  の国内版(日本語版?)のような盛り上がりを見せているのである。

もっとも

ワールドカップが終われば直ちに熱が冷めて「西野Who?」なのだからコレが具体的な投票行動や議席につながるとはなかなか考えにくいが、今のような「うそつき反知性無責任内閣」が未来永劫続くとは考えたく「も」ない。

しかるに

「団塊」以前の世代にはなじみが薄いが枝野は相当長く政界にいて顔を知られている「割りには」まだ54と若く、かつSNSを使った政治に「親和性」が高いと思われる。

しかし

彼が立候補して当選した1993年から25年ほど経っておりもう十分に「ベテラン」議員といえるし、なんとなく「リベラルかつ保守」的な彼独の爺むささも醸している。

にもかかわらず

風貌からは想像しがたいが歌が結構うまく。(欅坂46の)『不協和音』なんかも「それなり」に聞けるらしい。

また

実際に彼は「今の」若者の嗜好にも詳しくネット上ではそれなりの愛されキャラで例の #edano_nero も今思うと懐かしい。

つまり

僕としてもなんとなく毛嫌いしているパラソニック「塾」出身者でないというだけで「今は」彼を支持したいと思っている。

なぜなら

今のまんまだと日本が滅亡してしまうのが目に見えているからである。

しかるに

読者諸氏の反応やいかに?

ヒトの命より大事な「博打」

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正直に何人死のうが「博打」しかわが国のいく伸びる途はないと正直にいえば、どうせ圧倒的議席多数だし可決成立することはたびたびの強行採決の結果それほどの国民の反発もないことだから、当然のことだ。

しかしながら

そういう本音を糊塗してまで美辞麗句にこだわるわけは明確であって、それは「嘘」をつかなければ息を吸うのと同様に自分が苦しくなるからであって、それはただの現内閣の「悪癖」といわざるを得ない。

したがって

カジノ法案も議員6増案も、自民党の意図通り何なく成立してしまうだろうし、万一民意を問うため総選挙に踏み切ったとしても与党多数になるのだから結果は同じことである。

だから

災害でどんなに国民が苦しんでも本人は三横綱も栃の心も平気で休んでも満員御礼は変わらないように、自分も安心して「足首がちと痛い」というだけで早くも夏休みに突入しているらしい。

まさに

天下泰平、野党だって蹴鞠を続けて実は「6増案」にわずかな生き残りをかけているから「反対」もほどほどに、、、ということであろう。

もう

一票の不平等も議員数削減も遠い昔の「夢物語」に過ぎないのである。

つまり

自民党の王としてのわずかな「お目こぼし」の餌に野党も食いつくという「例の」蹴鞠儀式国会であるということだ。

ところが

世の中には変な人もいるようで、己の愚や卑怯を正直に指摘すると、、、うがった見方というよりひねくれた指摘だと反発する馬鹿もいるらしい。

しかし

僕は馬鹿だから馬鹿といい、愚だから愚だとただ指摘している、だけで別に他意はなく、だからといって指摘している人の人格を否定しているわけではなくむしろ尊敬し愛してさえいるのだ。

しかるに

もっと正確に言えば100点満点として35点〜41点までの人を馬鹿といっているだけで本当の馬鹿や障害の或る方に「馬鹿」といった覚えはない。

つまり

「もっと努力しなはれ」と叱咤激励しているわけで、いくら具体的に学校の成績が悪かろうとそんなことはどうでもよくて「嘘」だけは止めてほしいと望んでいるのである。

ただ

日本の内閣もアメリカの政権も「反知性」を開き直って国内の35%〜41%の「反知性岩盤支持層」さえ固めれば選挙結果は勝利するのだから、自らの「暴論(ポピュリズムをあおる)」を言い続けるしかないのである。

しかるに

やはり「絶対的”愚”」」は国民というしかないのである。

つまり

「政治」にあきれて愛想を尽かせばそれこそ「彼ら」の思う壺、棄権が増えて頑固な支持だけが残るという結果になるのである。

だから

わが国ののみならず他の国も国民総愚民化が進んでいる。

果たして、

これが「民主主義」の成れの果てか?

嗚呼

大河ドラマじゃないつーの!

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はからずも、今日は誕生日であり、かつ七夕でもあったのだがほぼ日本中豪雨であったので一日中家に閉じこもって土砂崩れを心配(心待ち?)する日だけの日となってしまった。

そして

とうとう今日で僕は齢70となったのである。

やはり

、、、というか予期せぬ出来事というか、”必然”なのかは分からないが、子供のとき思った70歳とはほとんど棺桶に片足突っ込んだような翁をイメージしていただけに、「まさか」自分自身が「そう」なるとは想像だにしていなかった。

ゆえに

半世紀以上前の(自称)紅顔の美少年があられもなく枯れてしまった「今」現在の顔を、PC内臓のカメラに収め、これこそが生鮮食品でいう期限切れのヒトの顔であると確信し、改めて公開する気になったのである。

しかしながら

そうして老醜を晒しながら生きていくしか途はなく(夭折するほどの天才でなかったために)、こうなったら前世の因果応報と自分を慰めてあきらめるしかないと観念していくのであった。

また

どうじに披瀝するのは自分の老醜だけでなく、つたない文章をも「ブログ」の形で披瀝していかなければ「ならない」とも思っている。

なぜならば

それこそ、かって下劣な「業界」にいて、結果的に「フェイクニュース製造マシン」となりさがって行った「悪行」の罪滅ぼしとして、すこしでも真実に迫るのは自身に課せられた義務であるとおもっているからなのだ。

にもかかわらず

僕自身が怠惰をむさぼり、それをだらしない野党の「せい」にして、このところ我が舌鋒も湿りがちであり、おまけに誤解や誤読をこうむってしまうほどの拙文で読者に多大な迷惑をかけているようにおもえてしまう今日このごろである。

ゆえに

僕の人生の梅雨時であるから、各方面から批判されても「開き直って」いようとさえ思っている。

とはいえ

いささか韜晦にすぎる自虐ねたでブログを汚してはいても、内心、前向きに頑張ろうと「は」考えている。

、、、、と、

「きょうはこの辺でよかろかい」
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