岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

写真を2017年版に変更

緑の狸の「演出力」

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本論に入る前にまず言っておきたいのは、そもそも僕は差別はおろか区別もしない人間であって人種、男、女だけでなく哺乳類ぐらいまでほとんど同じ扱いをしてきた。

したがって

ペット(犬猫等)だけでなくほとんどの動物にそうであるのでアフリカで猛獣に食べられそうになったり、日本では動物園でずっと動物と「会話」して何時間でもいることができるので恋人にいぶかしがられたこともあるぐらいだ。

したがって

ある政治家を忌憚なく批判するのもその逆の理由からで、その政治家の性別や種を差別する意図は全くないことを前提にして、、、、

もうせば、

まずは「緑のたぬき」の演出力には端倪すべからざるところがあり、とくに東京の夜空に浮かぶレインボーブリッジの不気味な赤のインパクトの発信力は正直「うまい!」とうならざるを得ない。

つまり

僕もテレビいたことがあるからよけいそうおもうけれど、そうなんだけど、、、、彼女はテレビのプロとしてまことに優れており、他の都知事候補たとえば実はすごい人だけど地味すぎる方や誇大妄想の方とかその他もろもろに比べてこのおばさんにはほとんど何の実績もないけれど抜群の「自己演出力」と「訴求力」では群を抜いている。

かばかりか

シンプルで却って派手な服装とだんだん巨大化するマスクのコーディネイトなどの「衣装合わせ」はやや過剰演出気味の嫌いはあるもののまさに記者会見室をテレビスタジオ化しておりこれも「プロ」というしかない。

しかも

一部の業界人(好みで分かれるが)をも唸らせる彼女の「テレビ使い(猛獣使いとかいうような)」は今まで鳴かず飛ばずというより悪い実績しかないこの都知事をこの突然のコロナ禍を契機に一気に露出度の高い「テレビ・タレント」に戻させたのである。

そもそも

「人たらし」としてテレビ業界を超えていたMCではあったが、その虚飾に満ちた経歴にかかわらず、政界の大物までをも次々と篭絡して一時は総理大臣にまでなるかに思えたその特殊な「才能」がまた発揮されている。

ゆえに

個人的に僕としては憂うべき現状であるが、そして自民党とて一枚板ではないけれど自民の「肝」(つまり現幹事長)をすでに篭絡しているのであるから彼女としては安心なのである。

なぜなんだろう。

まあ若い時は、、、
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、、、僕もテレ東の廊下ですれ違ったことが何度かあったけれど、それなりの魅力があったのかもしれない、、、?

でも

どこがいいのか僕には理解できない。

けれど、

名だたる政界の「剛腕」だろうが「殿様」だろうが「寝業師」だろうがすべからくその色香に迷ってしまったというから恐ろしい。

だから

緑の狸と言われるのだろうが、騙すのはできればエロじじいだけにしてほしいものでMCあがりの爽やかな口調と横文字の印象だけで多くの都民・大衆を騙さないでほしいとおもってしまう。

たしかに

ぽんぽこたぬきくんは可愛いし、騙すというのは民話の世界であって、ニックネームのだしに「狸」をつかって動物の「種」としてのNyctereutes procyonoides(狸)には申し訳ないと思うばかりである。

new normalってなんじゃらほい

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はたして

巷間で言われているだけでなくサル国の指導者も言及しているnew normalが、どうしても僕には「ピン」とこない。

もとより

言葉に対して具体的なイメージがすぐには構築できないというのは恐らく僕自身のdementiaによるものであると言ってしまえばそれまでではあるが、、、

また、それが

自覚できないからこそ病膏肓であるともいえるのだが、それでも「僕は」このことが理解できない。

それより

半世紀以上前の小学校の入学式で五感(6感?)に落とし込めないままで、なんとなく校長先生に「新生活」と言われてもどうすればいいのか分からず、それよりも校長先生の掛けている分厚い眼鏡のずれ加減にハラハラして気を取られた挙句、彼の「立派で理想的な?」新一年生の「良い子」像がどうしても浮かんでこなかったことを今更ながら思い出してしまった。

しかるに

どうしてもこの言葉に違和感があるのは、そもそもノーマルとはなんぞや?という疑問が先立つっていることであることは言うまでもない。

したがって

ノーマルの定義すら言っている本人が範を示し実行しているとは到底思えないのだから、それを踏み外した「あたらい日常」なんか僕には想像することすら難しいのである。

なんとなれば

では、あらゆる失態や意図的な愚策すらも嘘と力で強引に押し通してきて周囲もその権力に忖度してきた「事実が」normalであって、これからそれをまた新しくするという意味や概念そしてその「意図」が僕にはからなどうしても理解できないのである!

それをも

僕の老人ボケのせいであるというのなら、文字どおり日本人「総dementia化」といわざるを得ないということになる。

まさに

草葉の陰で「大宅壮一もビックリ」ということだ。(古い!)


さは、さりながら

それでは

自分もnew normalをなんとか実践しようと試みてみるのだが「♪〜奮闘努力の甲斐もなく 今日も涙の今日も涙の陽が落ちる」てな具合になってしまう。

というのは

どうもイメージができ難いだけでなく、やったとしてもまだその技能も習慣もキチンと身についていないからであって、「理想」に「現実」が追い付いていないままでそれを無理に早く実現させようとしているからであることにどうしても「あらあためて」気が付いたからである。

しかし

思えば日本の高度成長はそうした「無理な背伸び」が、実現ならしめたともいえるのであるから、さらに個人個人が「奮闘努力」すればわけわからんままでもそれが実現可能かもしれないという「論」も成り立つのであろう。

でも

僕にはその論拠に一種の「怪しさ」をかぎ取ってしまうのである。

というのは

世にゆう火事場泥棒のもつ「悪意」がどうも鼻についてならないからなのだ。

いうまでもなく

口先男と鬼婆の発案したスーパーシティ構想もそうであって部分的に「今」実現可能な「幼稚な」技術を集中させてそれを将来発展させるという発想は、一見進歩的に見えて実はある「幻想」を餌に、「無駄な銭」をかき集める香具師や詐欺師の「よくある」手口だともいえるのだ。

また

それをそう思わせるだけの彼らの「実績」と利権がそこにぶら下がっているから、やはり「怪しい」と疑わざるを得なくなってくるのである。

もとより

僕はテレワークとか自動運転とかAIなんじゃら自体を、否定したり敬遠したりするつもりはさらさらないから大いに研究がすすんでいくことを期待してやまない。

しかしながら

まだ「不十分で,幼稚な」段階でいきなり実現すると弊害しかないと言いたいというだけである。

ちなみに

僕は石橋を叩いて渡るか石橋をたたかないで渡るかといいうような神学論争にはまったく興味はなく勝手にやればいいと思うけれど、、、、

明らかに

別なしかも邪悪なる意図がそこにあり、日本の一般国民の善意とか信頼を利用して彼らに詐欺を仕掛けるのは絶対に許せないのである!

じつは

僕がいまど田舎に住んでいるせいもあろうが、荷物を置き忘れても大丈夫であったり玄関のカギをかけなかったりするのがnormalな環境だから、日本には急激なAI化が進まないのであって、けっして文化や教育が遅れているというわけではないことを忘れてはならない。

総じて

「大陸」系の国々では一歩外に出るとそこには魔物しか棲んでおらず、略奪が当たり前であり為に城壁都市が繁栄し鍵文化が発展したのであってその延長で都市封鎖とかという「発想」が直ちに生まれるのである。

また

彼らの間では(純金鋳造以外の)貨幣も大した信用がないから電子マネーが「金の(きん)」とともに信用されるのであって、日本のように曖昧でありながらも「和」と「信義」を尊ぶ国家においてはそれほどAIにゆだねる必要はないと思われるのである。

かばかりが

ふなれな事務作業のやり方に無理にITを導入すると例すぐの十万円給付のように作業に支障をきたし却って効率が悪くなることは改めて言うまでもないだろう。

これは

笑いごとではない。アベのマスクもそうだがたとえ結果的にギャグになったとしても、エンターテインメントじゃないのだからギャグのために国家予算を使うべきではないし、まして「詐欺」のために税金を使うなどもってのほかである。

やれ

AIだITだと鉦や太鼓で盛り上げても、物事は一歩ずつしかすすまない。

たとえば

今大騒ぎのワクチンだとか治療薬だとかにしても「急に」できるというものではあるまいて、、。

だから

急にnew normalとかいわれてもすぐなれるはずもない。

でも

「♪ああ 川の流れのようにゆるやかにいくつも時代は過ぎて〜」いくだけである。

だから

けっして急ぎ「過ぎて」はならんのだ!

(もと全共闘らしくもないが、、、)

何がスーパーシティじゃい!バカヤロー

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ただ反対すればいいというものでもないが、、、、

たしかに

社民のみずほちゃんの危惧は納得できるけれどそれは彼女が有能な弁護士であるからであって、有罪か無罪かは論理的にいくらでもいえるけど「現実」は、、、というか実際はそうは行かない。(ことが多い?)

それでも

白黒つけろと言えば僕もやはりNOと言わざるを得ない。

でも

理由は人権やプライバシーの危機であるとかいう彼女らの(蹴鞠野党?の)理由からではない。

いわゆる

コロナ禍のなかで火事場泥棒のように急速にこの法案を可決したいという政府・与党の「意図」も政治を停滞させないという意味では理解できないわけではないけれど、、、

ならば

例の10万円一律とかアベのマスクのようなせこい政策ですら「政治を停滞させない」という方針が貫かれる筈であろうから、こちらのほうは遅滞させることが真の意図ではないかと勘繰ってしまいそうな状態なのはどうも腑におちない。

それでも

いくら勘ぐっても香具師の啖呵よろしくまたもや自己の利益のためだけに「起死回生の政策決定版と銘打って」スーバシティ法案を政府はどうやら急いでいるらしい。

もちろん

これに大きく絡んでいる奴がいる。

それは

天下の詐欺師の元大臣が性懲りもなく打ち上げた「構想」にまたぞろAI真理教徒が追随しているという構図であり、どうせ途中でぽしゃって曖昧なままでいつの間にか消えるのであろうが、それを計算に入れたうえで「構想」準備のために予算獲得だけでなくあらたな詐欺による「実利を」得ようとしているのが見え見えなのだ。

けれど

大多数の馬鹿及びAI真理教の信者からの支持を受けてもっともらしい「夢」を語る千載一遇のチャンスと彼ら(詐欺師ら)は捉えているらしい。

、なかには

自国の通貨に信用がないために急速な電子マネーを普及させている某IT先進国のまねをすることが「文明人?」と思っているの馬鹿も多いから、紙の紙幣を一切使えなくするべきとかいう○○衛門とかも登場して「まぁにぎやかな」こととなっている。

これは

今はやりの「どうぶつの森」か?もしくは古い流行りのジュリーの歌か?と一瞬我が「耳目」を疑ったのであるが、そうではなくしかめっ面した役人どもが考えついた「大構想」であるという。

しかし

考えてみれば彼らの発想はもともと大学入試をクリアした「だけ」の頭脳でしかなく、その実態は限りなく幼稚であって「可愛ければすべてOK」というのが判断基準となっているらしい。

もちろん

ハンコで、男尊女卑、年功序列・縦の硬直した社会はただちに唾棄すべきであって、

僕も

「可愛い動物」が大好きであるけれども、

だからといって

すべてをAIで動かしていく「理想郷」を作ろうというのはあくまで「ゲーム」の世界のバーチャルな発想であって、「まだ」実現には程遠くむしろ弊害が大きいのが実態なのだ。

というのは

天才的なクリエイターでありおそらく世界でもNO1と思われるCG製作者であっても例えば「人の顔」ですらいまだに「不気味の壁」を超えることはできないからなのだ。(と彼ら自身が言っている)

つまり

ヒトの認識としてあらかじめアニメであるという潜在意識下であればディズニーのように限りなく豊かで繊細な表情が可能なのであるが、ヒトとして認識するしかないならば「よくできている」とか「本物みたい」という一般人の賛辞こそが、クリエイターに「まだ不気味の壁を越えられないのか」との落胆を感じさせるのだという。

もちろん

今回のコロナ禍を契機にチャレンジすることは大いにするべきであると思うけれど、頓挫を織り込み済みのチャレンジの「過程」で儲けようとする発想が「詐欺」であって、しかもそれに公金(我々の税金)を使うというのが許せないののである。

というのは

これに似たような発想や首都移転計画など、いままで何度も出現したけれどこれらは一切検証されないままでいつの間にか消えて今日に至っているからであって、、、

それを

曖昧なままで、またネーミングを変えて胡麻化そうというその「役所根性」が気に食わないのだ。

いずれも

蹴鞠野党と忖度宦官しかいない政治行政の貧困そのものであるだけでなく、完全に国民を馬鹿にしてなめ切っているのであるが、僕はむしろ、それを受け入れている選挙民の怠惰こそが国家を危うくする元凶であると言わざるを得ないと思う。

にもかかわらず

罰則もなく諄々と「要請」に従う国民をいいことに、自慢気に我が国の「成功?」を言いつのる厚顔無恥がまかり通っている!

ゆえに

この糞スーパーシティ構想も堂々とまかり通ってしまいそうな予感がする。

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