岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

2009年08月

民主党勝利。宇宙人現る!

ma_075総選挙は民主大勝、鳩山内閣がついに誕生の運びであろう。民主党が自民党よりモアベターなんだろう。はたして有権者はベストでなくモアベターを選択したが、ついに政界にまで宇宙人が侵食することとなった。SFの大好きな「シュール岩下」君は喜んでいる。子供の頃に物心が着くかつかないうちに、鳩山一郎が首相として現れた。子供の頃それは夢と現実とないまぜになっていた。それからずいぶん時はながれた。政界もかわった。子供のころから政治家に遭遇し、長じても仕事でやもを得ずいろんな政治家と会ってきた。彼らはそれなりのオーラをもっていたし、ただの人間らしいなあと思うところもあった。岡田も小沢も、カメラを覗いても、直接ふれてもおんなじであった。あたりまえだ。でも鳩山由起夫は「宇宙人」だった、、、とおもう。

人間は好きでも嫌いでもない。しかし彼が人間である確証は僕にはない。かって(脳梗塞になるまえ)は仕事柄、いろんな人とインタビューした、が大体カメラをとうして知っているその人そのものであった。あたりまえである。しかし「宇宙人」鳩山由起夫は違った。どんな政治家もどんな狸であっても、本音でも建前でも、場合によっては嘘でも、目をみればわかる。雰囲気でわかる。空気でわかるもんだ。KYといわれた安倍普三だって「空気」でわかった。しかし鳩山由起夫は分からない。話はそつなくこなしているけど、目(心眼)は虚空をみたままだ。こんな奴はいない。とっさにやはり噂の「宇宙人」かも知れないと思った。これは顔の擬人化やおぼっちゃまの浮世離れではない、明らかに異文化をもった夢見がちの「宇宙人」である。根拠のない揶揄中傷ではない。政治的にはむしろ近い、しかし単なる事実として、彼は宇宙人だと感じた。脳梗塞になる前にそう思ったからボケて言ってるのではない。

年上の現婦人との若き日の恋愛もフツーではない。真実は本人達しかしらないけれど、元宝ジェンヌの奥さんも「金星に行ってきたことがある」と臆せずかたる異性人である。さすがに鳩山由起夫はそこまで言わないが、彼は宇宙から地球を見、地球から日本をみている。

でなければ「友愛」で政治ができるわけないだろう。シュールなことになってきた。くれぐれも地球人いや「永田町人」に落ちぶれないように。いや堕ちないように、、、。

秋である

yun_654高校生のとき、友人が「秋透きて 今に真珠も
おちむかな」と吟じた。それ以来逢ってもいなし、連絡も取れない。男女を問わず情らしきものが移ったことは数々あるが、結局いまは孤独の境遇にある。同窓会や昔の恋人や職場の友人などもろもろあるだろうが、人間一期一会、すべては時間とともに、思い出でしかない。あえて写真をとったり、居場所を探したりしても、思い出は脳のなか、印画紙や年食ったむかしの友とあっても、その瞬間は戻らない。漠々たる滝のように、時間は過ぎていくから、すべては一期一会。だから写真もきらいだし、年賀状も書かない。昔であった人の消息を知ってなんになる。印画紙にのこしてなんになる。ゆえに岩下俊三君はなにも残していない。しかし文章はのこる。日々の手慰みが記録される世界って、ほんとにいやだ。

すでに秋声とは漢詩の常套ではあるけど、本当に人生の晩年と季節がシンクロして、寂寥感がつよい。とくに今年は、いわゆる「盛夏」がなく、なんとなく梅雨しかなかったような気がする。少年に夏のめくるめき思い出がのっこったんだろうか。もっとも体験や出会いの生感覚より携帯で写真として残すバーチャルを選択する今の子供には、季節感など無用かもしれないが。老婆心というか老じじい心かもしれないが、エアコンがあり、電化された高層階に、生まれたときから住んでいる子供に、季節感や暗闇の恐怖や高所恐怖など、アナログオジサンの情感を説明するだけ無駄と言うものかもしれない。

「俳句」の衰退も、日本独特の風土と季節がうしなわれたら、さもありなんと思う。yun_4527「柿食えば」の一句だって、柿そのものが違うし、生活習慣が違うので、説明されてもデジタルなりにしか理解しない。法隆寺だって、歴史年表や世界遺産とは関係ない、秋の空を連想させるといっても、わかんねーだろうな。空の青、吹き渡るかぜ、夜の迫る予感、田あぜ道、人生の虚無感、焦り、などなど。きりがないほど浮かぶ情感とは無縁の時代なんだろう。時代は変わる。それは悪くない。問題は俺みたいなじじいが生きていることなんだろう。ハムレットの悩みは、哲理だ。

どう変わる、変わらない?

150-EU073Lフランスのオペラ座はお上りさんの巣窟である。だからなるべく付近に近寄らないようにしてるのだけど、どうしても用があると仕方なく、歩く。すると大抵日本人に声をかけられる。面倒くさいので、自分はタイからだとかベトナムから来たので何を言ってるか分からないと両手を挙げると、「あの人日本人じゃないらしいよ」と言って大体立ち去る。でもなんで自分は非国民になったんだろうと、考えることがある。日本人なのに日本が嫌いにいつからなったんだろうと、考える。

すると55年体制のなかで、ぜんぜんかわりばえのしない政治体制に、原因がありそうな気がする。たしかに高度成長をなしとげたけど、何年たっても生活保護は貧困で、老後を安定しておくれるひとはあまりいない。普通の暮らしをしていても、お一人様老後を悠々と暮らせる人が何人いるだろうか。大抵は不安をかかえながら今日をいきている。これは政治の貧困としか言いようがない。長い55年体制で、負担もすくないけど福祉も少ない国家で、国民のご機嫌取りに終始してきたから、先進国のなかで福祉レベルは極めて低い。老人を不安にさせ、子供をふやせない社会にした責任は大きい。幼児的に若いときは革命しようとしたが果たせず、だらだらと55年体制を許した結果が、今の現状だ。日本人だから日本は好きだが、この政治体制をもつ日本人では恥ずかしい気持ちが、ある。

フランスでは日本と違い出生率が増えている。老人が年金で暮らしていける。だから異国で会う日本人をなんとなくさけている。でもフランス人にはなれない。それを変えるチャンスが半世紀以上たって巡ってきた。オペラ座の前でも、歌舞伎座の前でも、堂々と日本人だといえるチャンスだ。

社民的なヨーロッパ型の福祉も、コミニティチェスト(ややキリスト教的な)のアメリカ型福祉もできないかった日本。こんどこそ文明国になれるかな。贅沢はいらない。安心して子供が生めて、安心して老後がくらせる社会を実現できればいいのだ。どの政党がそうできるか今問われている。

難しいことは言っていない。チェンジが必要なだけだ。現実的に変えないと大変なことになりますよ。もう愚民ではいたくない。でしょ?

ああ南武線

136以前南武線沿線に長く住んでいた。これは川崎に向かう南武線の尻手駅の風景で、何の変哲もない画像であるが昔の車両である。でもいとおしい。南武線といえば武蔵小杉や溝口、登戸が有名だが、小杉が駅舎改造するまえは、独特の雰囲気があった。また立川駅(終点)の三つ手前の谷保駅があり、ただの住宅街だが、有名な焼き鳥やが、ある。山口瞳さん(今は息子の庄助さん)が通っていた、「居酒屋兆次」のモデルとなったところである。

行ってみると、もと野球をやっていたこの店の主が、無骨な手で愛想悪く、黙々と焼き鳥をやき、串に刺す作業を、客に背を向けて、やっている。愛嬌のある奥さんに聞いたんだけど、ある日突然この店に、やはり無愛想な大男が現れて、「自分は高倉健といいます」とぼそっと言ったらしい。お互いの愛想なさと無骨さが妙に合い、ずっとだまって、ただの店の親父と客になっていたという。芸能人だろうが、小説家だろうが意に介せず、やはり客に背を向け黙々と肉をくしにさす。でも誰にでもやさしいし、腰が低く、余計なことはじゃべらない。威張ることもないし、卑屈にもならない。そして無骨。男のなかの男である。

南武線沿線にはこの手の人間が昔は多かった。いまは都心部のサラリーマンがおおくなったし、田園都市線や東横線につながっているためいわゆる「おしゃれ」な店がおおくなった。南武線独特の味わいが、なくなってきたけど、80年走っているこの電車の路線にはまだまだ、おもしろい豪傑が住んでいる。なつかしいにおいがある。南武線にのると、小学生とあらそって、一番前にのって、運転手と正面の風景をみている。

都心に近いのにまだ、武蔵野の面影を残している南武線。

消される覚悟で

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消される覚悟でこの2ショットを見てほしい。消されていれば、オバマとエドワード・ケネディの写真だ(った?)。その彼が死んだ。ケネディ一族の大統領とその候補が次々と不慮の死を遂げるなか、大統領になる見込みが完全にたたれた(女性秘書の死で)彼は天寿を全うし、病死した。享年77。彼の人生の大半はこのスキャンダルに覆われていた。幸せな人生?不幸な人生?

思うに、大昔の話だが、フランスのニースからTWAという(今はない)に乗ったら、ファーストクラス全部オキュパイドされて、なんだかスチュアデス(当時の呼称今はフライトアテンダント)が騒いでいる。どうしたんだときいても、なんでもないという。さらにしつこく取材したら、この飛行機にはエドワードケネディが乗っているらしいとのことだった。貧乏なエコノミー(当時はまだエクゼクティブクラスがなかった)の自分にくらべて、ファースト貸切のケネディ家の財力には驚いた。事件のあとだったのでもう大統領の目はなかったが、羨ましかった。

幸福だったか不幸だったか、エドワードの人生。合掌。Water lilies仏教徒じゃないから蓮ではないか。でも、ある時代の終焉を感じる。無名の岩下俊三は卑劣に生き残っている。人は悔しくても惨めでも、生きるほうを選ぶらしい。名誉より醜い生。究極の二択。
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