岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

2010年08月

政治とカネとか、コロコロかわるのは、、、しか言えないマスコミ

fea40bcfe4b917e0昨日の夜鳩山、菅の2S会見のとき理科系の二人らしく鳩山は左手でフレミングの法則の形で合図した。この法則を文科系の人に解説するのは面倒だから「三すくみ」とでもいっておこう。つまり方向は違うけど密接な関係があるといいたいんだろう。鳩山は自分が加勢しないと小沢の票読みができないから、たぶん仲介は上手くいくだろうとノー天気に考えて菅の譲歩を引き出そうとしたが、3ヶ月前「後は頼む」と政権を押し付けた弱みがあり菅には弱い、菅は鳩山には強く出れるが、小沢の腕力に内心ビビっている。つまり三すくみである。結局昨日の夜すでに党内融和という曖昧な結論しか出来なかったことを示唆していたとも言えるのだ。フレミングの法則なんか通じるわけがないのに一夜明けるまで鳩山には分からなかった。

案の定、党内融和をお互いに確認するという二者会談という儀式が、夕方鳩山の顔をたてる形で行われた。しかし、ガチンコ勝負はすでに始まっていたのである。マスコミは妖しげな世論調査の数字で小沢がひるんだから、条件闘争で和解すると予想していた。しかしそんなマスコミにいちいち恐れる小沢ではない。独自の票読みと輿論調査で勝てると踏んだから出馬表明したのであって、マスコミの恫喝に屈するだろうという予想は甘い!


それでも根拠の薄い「政治と金」を流布して、国民との乖離を演出している。しかし法律の専門家=検察がよってたかっても起訴も出来ないし、得意の冤罪にもできない。検察の最後の頼みの綱が世論(マスコミが創った)であり検察調査会であったが、やはり法律の専門家の「補助」弁護士はこれ以上無理はできないから事実上の雲隠れ、次回開催の予定すら立たない。それでもまだマスコミは政策論争より金銭スキャンダルにしたいらしい。

鳩山は党分裂を回避できたと思っていたが菅をつめきれず、小沢側は人事ではなく詫びを入れろといってるだけなのに、周辺から人事だと斟酌し、結局分裂し、顔をたてるだけの会談になってしまった。

こういう現実に政策論争より「政治とカネ」を重視しているマスコミは、売国円高容認、辺野古移転を進める菅政権を「コロコロ変わるのみっともない」という理由で後押ししているように見える。編集したVIRで使うのは外交とは程遠い普通の主婦である。彼女がなぜ「みっともない」ことに遭遇できるのだろうか。外国語ができて首相が変わってみっともないと言えるVIPの相手に会う機会でもあるというのだろうか。

「政治とカネ」と「みっともない」という二点で、国を売ることも辞さない菅政権をどうしても維持したいらしい。政策の中身を検証しないマスコミもわるいけど、それに乗っている国民がもっとも悪い。しかもネットはアラシが横行し真実の声が無力化している。

蛇足だが小沢かたを持ちたくない。しかし菅がそのままやっていたら「日本が異国にのっとられるぜよ」。

武闘派・森ゆうこや忠臣・松木謙公の一途さに怯える菅

main_200普通のオバサンが国政にいても別に不思議ではない。でも森ゆうこは、小沢命といった風情でいえば松木謙公の女版として、やはり俄に注目されている。というより体育会系女子というべきであろうか。

彼女はいわゆる検察を敵にまわして、堂々と小沢冤罪を主張する女傑であるが、もとは新潟の片隅で英語塾をやっていた関係で知り合いの選挙の手伝いをしていただけのただの「世話好きのオバちゃん」であったが、その縁で参議院議員になって、もう10年?位経ったと思う。

彼女は、松木の青いスーツとともに白いスーツ(上の写真)がトレードマークとなっている自他共に認める過激な小沢信奉者として知られている。

e552387354423290でもなんといっても森ゆうこを一躍有名にしたのは、プロレスラーの大仁田厚を巻き込んだ国会内乱闘事件であろう。この乱闘で彼女は「武闘派」女性議員として(写真右)勇名を馳せたことが思い出される。2003年(今よりすこし若かった?)ふとももを露にして(見たくないが、、、)イラク特措法に反対し委員長席に駆け上る彼女を見て、当時党首だった小沢は彼女を「我々の闘士」と絶賛した。たぶんこれで自らも「小沢のガードマン」という自覚がうまれたのだろう。

いずれにしてもマスコミで集中砲火を浴びながら、小沢を擁護し、それでも反論しているのは「あっぱれ」である。いろんな欠点もありながら多勢に無勢でも引き下がらない彼女の「蛮勇?」は、卑怯なマスコミの「いじめ」の思惑を外しているところが痛快である。いまごろ「いじり」の対象として彼女をよんだ演出の、当初の目的が果たせず、担当ディレクターは臍をかんでいることだろう。

こうした松木や森などの強い意志の議員群は、巨大なプレッシャーでもある。

そしてついに、この小沢派の経世会仕込みの一致団結弁当箱の強固さに恐れをなし、菅直人が早くもギブアップ気味になり、鳩山をとおして、妥協人事を前提に白旗を挙げ代表戦回避に舵を切った。

さてどうなる。風雲急。

松木謙公が急に出まくっているが、、、ところで、あんた誰?

stt0808212106003-p1松木謙公を始めて見た人はヤクザのチンピラにしかみえないだろう。僕も大昔は藤波(元官房長官)のボディガードだと思っていた。故に21世紀にそいつが議員になっていることも知らなかった。そしたら最近山岡と共に小沢側近として露出しまくっているではないか。そのガラの悪さと品の悪さとは裏腹に、とにかくマイクをむけると喜んで喋るので、内心馬鹿にしていてもマスコミの若手は重宝しているようだ。そればかりか近頃はベテラン記者も、松木をとおして「小沢サイドの」情報を聞きたがっているらしい。

松木謙公はおつむは?だが小沢に対する忠誠度だけは異常に強く、ある意味小沢命といった体育会的な雰囲気がある。しかも若いだけに同じ側近の山岡とは違って裏がなさそうに見える。

しかし以前自民党には公認をはずされ、その後も度重なる挑戦もむなしくなんども落選の憂き目も経験している。しかし民主党に小沢について移った後で、ついに最後は北海道12区で自民党のあの武部勤を破って当選している。つまり小泉イエスマンを小沢イエスマンが凌駕したことになる。おまけにガラの悪さでは先輩格の鈴木宗男の後押しもあって、政治資金も豊富(事実民主党では親分小沢の次に献金額が多い)である。

ところで今回の代表戦だが、彼の言によると、どちらが勝っても党分裂は無いと言う。それでも万一小沢が党外にでても、自分はどこまでも附いていくと正直に答えている。なまじ賢い人間より小沢は、この単純な忠誠心を信用しているのだろう。いかにも小沢一家の子分然としていて、出馬宣言まえから親分の出馬を300パーセントと言っていた。こうした非科学的なところも一途な印象を与え、今日の友は明日の敵という政界で、小沢に覚えめでたくされている原因であろうと考える。

問題はこうした過剰な尊敬と「忖度」が、かえってリーダーを追い詰めることがある。願うらくは、西郷隆盛の側近が西南戦争に彼を駆り立てた歴史の悲劇を、もう一度松木にも勉強して欲しいと思う。

地元ではそれなりに人気があるようだが、中央では殆ど知られていなかった顔が俄に有名人となった。くれぐれも舞い上がってタレント化しないように希うばかりである。

テレビから時代劇が消えた。ついでにテレビの時代も終わったのだ!

d0559政界の黄門は世の中の害毒でしかないが、かっての東野英治郎はまだホントの黄門らしい味があった。最近のビデオ撮影のリアルな水戸黄門は見たくもないが、そのうえ「中興の祖」ともいえる由実かおるの引退は、テレビから時代劇が消えたに等しい。しかも理由はただひとつコストダウンである。民放はビデオ簡易版の「水戸黄門」を除き、すべて時代劇は姿をけした。これでテレビの時代も同時に終わったといっていい。

若手お笑い芸人や安易な現代劇ドラマは金がかからない。内容はどうであれフィルム仕立ての時代劇は、最低でも5000万位はかかる。だから広告収入が伸びない老人層の視聴率では、採算が取れないらしいのだ。

かってニュースがそうであった。放送免許のため義務としていやいややっていた。それがニュースステーションを契機に「稼げる」ことがわかり今に繋がっている。しかし時代劇は手間隙がかかり、大道具も照明も職人芸であり、髷物として成立させるには鬘や衣装も簡単には手を抜けない
。そのかわり映画でつかわれない役者でコストを下げていたが、かえってお茶の間で重宝されるようになった。そうして安定した高視聴率を稼いだ時代もあった。が今は草もはえない焼け野が原、時代劇は廃れた。

テレビの悲喜こもごもで作られた時代劇は、つまるところフイルムであり、本格派は映画と変わらないほど上質であった。藤田まことの「必殺シリーズ」や吉右衛門の「鬼平」は映像に携わる人間なら一度は撮ってみたい作品であった。その細部にわたる懲りようはすでに伝説化している。

しかしコストがかかるという理由で、髷物が民放から消えていくのは不条理だ。湯水のようにカネをつかえる国営放送はいいかもしれないが、青息と息の民放は時代劇を消去した。

でもそのわりに局員の報酬の高止まりには、納得いかない。これは一体なんなんだ。これも「やんちゃ」なの?

負け試合に藤川球児?小沢一郎ついに立候補表明

1248188215小沢一郎の出馬には「止むに止まれぬ」悲壮感があるようだ。できるだけ穏健に民主党融和を図るという意味では、かなりの葛藤もあっただろうが、周りの小沢一郎の意志の「忖度」が、彼を追い詰めた。この件は明治維新を維新政府となるべくなら妥協して進めていきたい西郷隆盛の真の意志に反して、周りの「忖度」に耐えられずついに、西南戦争を起こさざる得なかった「人望」故の悲劇に似ていると感じざるを得ない。引くに引けない状況は、えてして本人ではなく廻りが創るものであり、小沢にしても西郷にしても、もともと石橋を叩いても渡らない慎重な人間であるが、結局状況が決意せざるを得ないように本人を追い込んでいくのだろう。これは小沢個人の意図に反して、必然的に民主党分裂の危機も孕むことになる。

金銭的な意味でのオーナーとして、党に小沢を引き入れた者としての鳩山は、小沢を応援する責任という建前はあるにせよ、本音は親殺しつまりアメリカに対する意趣返しであると見た。

鳩山はもともとマザコン的であるが、それゆえ深層では「母なるもの」に一矢報いたいという欲望があるだろう。しかしギリギリで辺野古移転を呑まざるを得なかった「巨大なるもの」=アメリカという保護者には潜在的コンプレックスすなはち屈辱感と反発があるだろうと思われる。絶対的な保護者を殺すというのはドラマティックであり、よくある犯罪ストーリーでもある。そしてそれが出来なかった己の無力感で総理を辞し、菅に譲ったものの、相変わらず従属し続けアメリカの国益のために円高まで容認し「注意深く見守る」ことしか出来ない政権の在り様に、ついに見切りをつけたとも考えられるのだ。166075_c450

その怨念を自分で晴らすのではなく、小沢一郎に託すというのが、鳩山らしいといえば鳩山らしいが、政局は得意だが本来表にでることの嫌いな小沢本人からすると、たとえ党大会での援助の確約を取ったとしても、たまったものではないと思う。総理になりたいのならそのまま自民党にいれば20年前に、自動的に地位は転がってきていたのに、いまさら総理になりたいとは、本人も思っていない筈である。しかもいわれのない検察やマスコミの「意図的な」攻撃にされされ、折角豪腕をふるって保革逆転してやったのに、参院選で崩れた後を負かせるというのだから、立候補を回避できるものならしたかったんだろう。しかし情況はヒールのまま彼をリングに上がらせることになった。

周囲の忖度と鳩山の意趣返しによって、悪役を背負ったまま小沢は登板することになってしまった。もはや彼に退路はない。これも運命であろう。

九回表10対0で負けているのに、ここで藤川球児はないんじゃない(笑)たとえ「豪腕」でこの回をゼロにねじ伏せても、残りいちイニングでバックが10点返せる見込みもないし、、、。
記事検索
最新トラックバック
livedoor プロフィール

shunzo

最新トラックバック
  • ライブドアブログ