岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

2011年09月

東京高裁に「も」失望した。もはや日本はド〜なるんだろう

0301西山太吉さんについては、年配の方にあっては「いまさらいっても」感が強いと思うが、彼の提起した問題こそが日本の病巣であるといわざるを得ないと思っている。

昨日東京高裁はまたしても「官僚的」な権力よりの判決をくだし、西山さんらの原告の訴えを棄却した。

実はこの原告団の殆どが僕の知己であり、なかには僕と一緒に番組を制作していた昔の仲間もいるから、とくにこの裁判は以前から注視してきた。ところが敗訴という形になり、非情に残念である。「やはり司法もお前もか」と思うのは政権党の急激な右旋回を鑑みるにつけ、もはやメディアも一体となったアメリカ支配が完成にいたったという感じがして、思わず身震いした。

詳細はこの件に対して山ほど情報が出回っているから、あえて述べないが要するに沖縄返還はお金で買いましたという「当たり前の事実」を明らかにしろといっている。これに対して裁判所はあくまで証拠の文書がなくなったので、文書を公開しろという要求をむりですよということである。こんな屁理屈が罷り通るまで司法は堕落したのかと思うと、過去に法律を学んだ僕の青春は一切無駄だったなーと改めて溜息がでる。

密約があったことの蓋然性は司法も認め、政府(外相岡田克也)も認め、官僚(担当本人吉野文六)も認めている。また密約相手国アメリカの公文書館でも確認されている。にも関わらず情報公開法の施行を前に当該文書を破棄しており、今は「ない」のであるから、出せというのは無理であるというので、公開要求が棄却され原告は敗訴と言うわけである。

こどもの喧嘩じゃあるまいし「見せろ」といっている者に「ないから仕方ないじゃん」と言って押し問答している。これが日本の司法の実態であり、野田内閣も無関心を装っている。こんな理不尽なことが罷り通っていいのだろうか。

先日もそう思ったが、問題は不実記載(書き間違えただけ)ということではない言っているのだから、これだって問題は廃棄(なくした)という問題ではないというべきであろう。法律とか裁判所は結論を決めて判決理由をアトでくっつけるという悪習は昔からあったが、自己矛盾してつじつまが合わないことまで平気でやる国家に成り下がるとは思わなかった。

ところが大朝日も糞読売も、あまつさえ事件の発端であった毎日までが外務省の文書の管理の杜撰さを問題にして、「国家が国民に大嘘をつきました」という事実を問題にしないのである。とくに西山記者の取材方法で馬鹿騒ぎとなったため新聞社の経営が破綻し、池田大作さまのお慈悲にすがり「今も」公明新聞を刷り続けている毎日がなぜ「うちの西山が嵌められた。国家は嘘つきである」といわないのだろう。不思議でしょうがない。

とりわけ岡田克也は許せない。このフランケンは徹底的に暴くといいながら、結局ここまで調べたけどありませんでしたから、もうおしまいにしましょうという猿芝居をやったのである。外務省の地下倉庫の奥の院から漏れ聞こえてくる
「自民党の過去の失策を責めるという目的は果せたんですから、、、」という悪魔の囁きに迎合し、いまでは裁判所の道具(調査員会)にまでされているのである。もとの通産官僚に里帰りしてそんなに嬉しいのだろうかイーオン岡田!

「アメリカに属国で進駐軍の管理下にあるのですから、婦女子も国土もお金も喜んで提供しましょう」と堂々と言えばいいではないか。それが是なら是だし、否なら否であるというだけのことである。嘘をいいつづけることが一番よくない。情報を与えられない国民は一生だまされ続けなければならないのであろうか。頽廃したマスコミに加えて司法の堕落が目に付く今日この頃である。

9月も終わりか。光陰矢のごとし、、、。

邪魔者を粛清して「増税」がうまくいった、よき豚よの〜

img_104737_33147125_0、、、といっている男が居る。

みんな知っているとおもうが念のため、、、。この男は幕末の動乱期に幕府のコンダクターとして活躍した勝海舟の子孫であるという風説の持ち主で、野田佳彦の事実上の後見人でもある現役の財務省事務次官さまである。名は栄二郎という。皆の者頭が高い、控えおろう!

彼は野田内閣発足当時から闇将軍といわれてきたが、それを公に宣言させたのが勝海舟の言葉「正心誠意」であった。そのことは言うまでもなく日本国の内閣総理大臣は勝家の召使となって奉公いたしますと高らかに宣言したことに他ならないのである。
 
手取り足取り手塩にかけて育ててきた泥鰌・野田佳彦は勝には逆らえない。しかも野田を支えているフランケンは勝サン勝さんといつもくっついて歩いている仲である。この阿吽の呼吸である勝の奮友岡田克也は76年に通産省に入省しており当初から大蔵省の一年先輩の勝を今でも崇めている。

また勝栄二郎は実は小沢排除の張本人でもあり、某記者によれば政権交代直後「官僚のなかの官僚である財務省の人事は、他の省庁と同じく入省年次で決まる年功序列型。 この慣例を崩すことで、民主党政権として脱官僚をアピールしようという話が持上がった のです。特に強硬だったのは小沢幹事長(当時)で、竹下内閣の官房副長官時代に秘書官を 務めた香川俊介総括審議官を次期事務次官にしようと推していました」という。つまり主計局の王道を歩いてきた勝は一度財務事務次官をはずされそうになったのだ。

それが菅直人という財務大臣から総理大臣になった馬鹿を手なずけて漸く財務事務次官になったのである。さらには野田佳彦を後継(財務→総理)にして、ついに省の悲願である「増税」に踏み切らせることになったのである。これはすべて勝が用意した周到なシナリオにそっているのは言うまでもない。

勝の小沢憎しの謀略は法務省の予算で運営されている東京地裁に及ばないはずもなく、すべて財務省の裁量下の法務省職員が慮らないと誰が言えよう。勝と小沢の確執を霞ヶ関で知らない奴がいたらお目にかかりたいものである。世の中には昨日の地裁判決を深読みする脳梗塞爺だっているのである。舐めたらあかんぜよ。


さらに勝の勝利の雄たけびは永田町をも睥睨しているようである。

門外漢の安住淳という若造を財務大臣に推薦してパペット化し、大蔵省の裏表を知り尽くしている大先輩藤井裕久に仕切らせて、同日深夜、紛糾していた復興税に関する民主党案はなぜか急にまとまったのである(何でだろう?)。もちろん復興増税なんか前段階であって本命の消費税大幅アップへの地ならしは着々と進んでいるのだけれど。

いずれにしても野田総理は格好の代理人であってこれほど都合のいい人物はいない。まず野田佳彦の果さねばならない勝への義理は何はさておき「増税」の二文字でしかないのだから。それに、、、

代理人といえばアメリカ国務省の代理人前原の鉄ちゃんもうまく脇を演じてくれたもんだと感心する。

東京地裁の裁判長よ、大岡忠助が泣いているぞ!

20110926k0000e040078000p_size5禁固刑であるがいずれも執行猶予がついていることは事実上拘束されることはない。ということは「実」をとったということだろう。もちろん実とは「有罪」という果実である。

この果実さえあれば、協力体制にあるマスコミが「有罪」という二文字だけをクローズアップしてくれるだろうし、法曹界の実権を握っている阿波狸からにらまれて(裁判官)「本人の将来を傷つける」ことにはならないだろう。むしろ引き立ててくれる筈である。判決当日現にそれに逆らった官僚がひとり見せしめになっている。

つまり当日の午後に登石郁朗君の高裁昇格が決定的となり、古賀茂明君が首になったのが同じ日の午前中であったことが大いに笑えるのである。あまりにもハッキリしていて分かり易い。琴将菊はガチンコで大関になり、官僚・司法・マスコミ共同体は八百長花盛り、なんと目出度いことであろうか。いや間違えた、なんと「お」目出度いことであろうか。(どうもITに弱くて、、、)

そういえば登石君には訴因変更をやった実績もあり、もともと同じ法務官僚として検察とはねんごろであった。だからそもそも検察調書など要らないのであって、あらかじめ検察が描いたストーリーを耳打ちさえすれば「有罪」判決なんか「あらかじめ」予定されているのである。しかし年齢的には高裁どまりなのが本人は残念でありましょうが、、、。

かくて恐怖政治は滞りなく行われ、司法、行政、立法そして無料で政府の建物内に棲みついている記者クラブメディアもさぞいまごろ祝杯を挙げていることだろう。邪魔者は粛清する、きわめて分かり易い権力は多くの物分りのいい国民を相手にし粛々と「目立たず」増税を敢行していればいいということである。

マスコミは陸山会事件より取調べの可視化に焦点をずらし、ことの詳細を外して有罪のみをアピールしているが、虚偽記載という形式犯そのものに言及せず、ひたすら10月6日の「検察審査会」強制起訴の裁判にたいする世論を一定方向に導こうと画策しているようである。かって検察審査会そのものもマスコミ手製「輿論」であったのだから当然といえば当然の帰結ではあるが、僕個人としてはこの歳になって日本国の大学で法学部だったことが悔やまれてならない。

「中途半端に宗主国に弓引くとこんな目にあうのだぞ」という見せしめは日本司令官の義務である。

予定調和の判決の日。日本が法治国家を辞したことを高らかに宣言した日として長く歴史にその名を刻されるであろう登石郁郎。

「そもそも」なんたるかを真剣に議論しないと、、、

全くの自論に過ぎないが僕の「そもそも論」について述べたい。諸賢の見解を聞きたい。

afb7bee6d1909b2169cf1b7e7eabe910日米首脳会談は「とどおりなく」終わったかに見える。しかし政治の顔見世興業は歌舞伎ではないのだから、野田総理の初舞台ではどうしても役不足の感は否めなかった。毎年恒例の京都・南座の顔見世興業じゃあるまいし、国連でいつも脇が新人をもりたててくれるとは限らないのである。まして同通イヤホーンをつけてまで豚の空虚な能書を聞くほど出席者は暇ではないのである。

石橋を叩いても渡らない慎重派の野田佳彦のキャラクターは、国際的にみると優柔不断を通り越して「決断力」のないただの無能なリーダーとしてしか映らないし、さらに日本国自体が極めて無責任であるとの印象さえ与えてしまうようになるのだ。

どう見ても可憐とは言い難いが「やはり野に置け蓮華草」であって、野豚・泥鰌の類ではやはり国際舞台は荷が重すぎたのだろう。永田町の微妙なバランスだけで「おもわず」転がりこんできた政権であることがはからずも国際舞台で顕著になったきた。「ひきこもり」はなにも若者だけの問題ではないようだ。

巧言令色美辞麗句を並べるだけでいいのは永田町という狭い範囲だけであって、国際「会議」においては決断を披瀝しなければ、たんなる豚夫婦の品評会になってしまうのだ。オバマの苛立ちは相当なものであったらしいが、野田総理は相変わらず慎重な腹芸で乗り切ろうとしていた。しかしそれが通用しない世界もあるのだ。

オバマの要求はハッキリしている。どっちつかずではこちらも何を協力していいか決められないから、決断を聞かせて欲しい、できれば結論を聞かせてほしいと言うものであった。

ひとは難題に立ち向かったとき、取る方法は問題を先送りするか、解決するかしかないのであるが、先送りするのには限界がある。ずっと先送りしつづけても相手がある場合は、逃げ続けることは出来ないのである。

「ドーするドーなる?日米関係」というのはテレビ番組の単なるキャッチであって、20年以上「ドーなる?」と言い続けているのは伝統芸として無形文化財にはなったとしても、現実の政治活動では通用しないのである。野田総理の見識を疑う。

実は見識がないことが野田豚の豚たる由縁であることは最初から分かってはいるが、連日、日本の恥を晒しているのを看過できない。

しかしこれはなにも民主党スターリン主義者集団だけの特徴ではなく、1955年から延々と続く自民党も含めた日本独自の体質であることは言うまでもない。

「沖縄の普天間基地をどうするの、TPPをどうするの」とシンプルに聞かれておるのだからYES,NOでこたえるしかないのである。日本語の文法の問題ではない。れっきとした日本人である戦前の山下奉文はかってそう詰問しているし、国民はその質問のありように現に喝采しているではないか。

もっとシンプルに言えばまず「お前は敵か味方か」と聞いているのであって、軍事基地の移転先だとか貿易協定をどうするというのは次に質問すべき事柄であるにすぎない。

もっといえば「お前はアメリカの味方か、中国の味方か」という二択であり、いつまでも両方にいい顔をしていては何も前に進めれないというのである。

答えられなければ「今は答えられない」というしかないが、それでも何時かは問われるのである。アメリカ人は拳銃を腰にぶら下げており、味方ならハグするが敵なら撃つ、極めて単純である。だからといって直ちに言えないというのなら、もうそろそろいままでタブーにしてきた「そもそも論」を具体的に始める時期に来ているのではないだろうか。

そもそも「抑止力」とはなんなのか。そもそも「原子力」とは制御可能か。そもそも「天、、」、、、などなど、議論すべきことは山ほどある。それをしなくて小手先で誤魔化し続けてきた「つけ」が廻ってきたのだ。

国際的に豚が飛ぶ。で、飛散してるものは?

1389857q気持ち悪いかどうかは、感性のちがいでしかないが、世界に顔見世するには余りにも恥かしいけれどもこれが日本人の総意であるから致し方ないというべきか。



世界が聞いているのは唯一つしかない。君の顔や国内の方針などなんの関心もない野田。どうせ毎年変わるのだから何を言っても、世界は全くアテにもしていないのである。

聞くことは唯一つ「原発をどうするの」。
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福島第一にしたって言ってることがよく分からない。「冷温停止」だと?そもそも核物質がメルトダウンして下に落ちているのだから、停止もへちまもないだろう。運転を止めるとき使うことばなのに、運転する物体=原子核が炉の中にないのになんで「冷温停止」なんだろう。

もっと分からないのが「脱原子力依存」である。いつかは原子炉「だけに」頼るわけにはいかないと言うけれど、具体的には当分「再稼動」するのでしょう、けっかし続けるのでしょう。それに何年先かわからないことを国際公約しても意味がないのだけれど。{いつか「は」依存しなくなる}。それってメッセージって言えないいんですが。

さらに分からないのが、破壊された原子炉建屋にカバーするのはいいが、そのカバーが「一万年」耐久性があるという東電をまだ本気で信じているのだろうか。いまだに漏れが完全に止まっていないというのに、それは何。一万年後に人類が生きているかどうか誰もわからないからといって単純な嘘(啖呵売)はやめて欲しい。

大きな顔を晒すだけでも国の恥なのに、さらに非科学的な言辞を用いて、日本国民の程度の低さを世界にアピールしようと言うことか。それならそれでいいだけど、こちとらアンタを選んだ覚えはないんですけどね。

いかに羊頭狗肉だといっても、豚の肉を買った覚えはありません!!

いつまでもあると思うなマスコミ製「世論」とMAID IN PIGS。

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