岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

2013年10月

平凡な「よくある」爺ブログの典型例???

4061
旧聞になるが意地の張り合いであれほど揉めた米国議会でもことケネディ家のこととなると皆敬意をもってすんなりオバマの提案を受け入れるのである。アメリカの日本大使といえば伝統的に「大物」がなっていたがキャロライン嬢ともなればもう政治的手腕云々など全く関係なく賛同するというのが1964年以降のアメリカ合衆国のレジェンドとなっているらしい。

ケネディの遺児というだけで世界のセレブでありもはやダイアナ妃やキャサリン妃とも並ぶ有名人にして犯すべからずといった風情すらあるのだろう。

オバマの政治的宣伝ウーマンとしてかっての小泉の政治的恋女房であった真紀子を髣髴とさせるが世界的に言えば全くレベルが違うのはいうまでもない。

日米間には確かにTPPや普天間基地辺野移設問題など現実的な課題はあるし、根底には広島長崎への原爆投下という「棘」も刺さったままである。

しかしオバマ政権になってアメリカが送り込む駐日大使の基本的な役割が変わってきた。

ジョンルースは47都道府県すべてを訪問したほか広島長崎の平和式典に出席し件の大震災の際での「トモダチ作戦」は記憶に新しい。彼が任期を終え帰国する際Susie (彼の妻)and I will always be, in every sense of the word, Japan's tomodachi. Sayonara.と言ったことからも分かるようにオバマ政権での大使の役割は「政治外交」というより「親善友好」であったのだ。

そして、キャロライン、、、

「親善友好」大使としてこれほど適任なキャラは他にいない。

いうまでもなく彼女は名だたる人権派であり平和主義者で地球環境保護者であるからきっと広島長崎や沖縄ひょってして「フクシマ」にも行くだろう。口さがない連中は早くも彼女はベストの「懐柔」のための「新兵器」だという者までいる。

表面切って反対しづらいのだ。それは彼女が悪代官の形相をしたむくつけき男ではなく、むしろ上品なレディであるというだけではない。アメリカ人と同じくらいケネディ家の悲劇と運命を熟知している日本人は彼女に正面から逆らう気にはなれないと思われる。

ならば

むしろキャロラインのリベラルさやケネディ家のブランド力に便乗して右傾化に突き進む安倍政権のブレーキ役に利用するぐらいの「智慧」が必要なのかも知れない。


もちろん個人的には反帝反スタの旗を死んでもおろさない僕のような絶滅危惧種とっては「かんけいね〜」話だが、、、、。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(あとがき?いいわけ?)

たまさか昨日病院のロビーで(僕一人だった)でNHKの視点論点を見ていたら加藤節の女房が出ていたのパンピーとなってつい聞き入ってしまいました。なのでパンピーついでに手抜きブログのネタとした次第です。したがって今日はいつもよりさらに凡庸な記事となって済みませんでした。

速報:中国天安門に突っ込んだ車両爆発炎上

7144f384
実は10月28日の現地時間正午すぎに中国の新浪微博(シナウェイボー)に載せられた写真を貼り付けています。でも違法に転載してますからすぐ削除されるかもしれません。

全容は不明です。本家のウェイボーではただちに削除されていますから、これもダメでしょうが、、、、。

ロイターが約一時間後に取材したところでは、すべて事故が隠されておりすぐ事故車両は撤去されたようだが。正式にはその約三時間後ぐらいにようやく記事にし世界に発信しているところでは「、、、消防車や救急車、数多くのパトカーが黒煙が立ち上っている現場に向かっている。広場を抜ける道路は封鎖され、警察が広場からの退避措置をとっている。自動車が炎上したのは、毛沢東・元主席の巨大な肖像画が掲げられている故宮(紫禁城)正面入り口の近く。広場にいた外国人観光客は、爆発音がした後に炎上したと明らかにした」とだけ書いている。

さすがのロイターもこれ以上は検証できなかったようである。それか、共産政権側からの「なにか」があったのか。
 
とにかく現在入っている情報はどうも抑圧された人民の暴走というより「少数民族」が絡んでいるらしいという程度で隔靴掻痒の感がある。

この事件で今日いえることは現地取材をしていない僕がいえるのはこのぐらいしかない。情けない、どうもスミマセン。



で、仮に天安門に突っ込んだのが怨嗟であるとするならば他人事ではない。

中国の大半の人民に対する福祉は最悪となり、労働する場所が少なく在ったとしても信じられないぐらいの低賃金、住環境の劣悪に加えPM2・5のスモッグ、病気になったら死ぬ以外の選択肢はない。しかし富裕層は空気清浄器の完備した豪華マンションを投機のために何軒も持っている。今日も大型汚職の裁判のニュースでヘッドランを埋め中国国内ではもちろんこのニュースは報道されていない。これは放射能被害を報道しない日本と大して変わらないのだ。

PM2・5は日本にも来るが、我が国は放射能をたれ流し続けているからお互い迷惑度は50歩100歩、あとは日本の貧困層と状態はほとんど変わらないから怨嗟の土壌は日本にもある筈だろう。

しかしながらもし日本の官邸や国会の前でクルマが炎上しても事故か外国のテロリストのしわざとの憶測はできても、国内の怨嗟とは推則されにくい。

中国だから「ありがち」だと納得させる日本メディアだけれど実は我が国でも格差の拡大は年々酷くなっている。

かくいう自分だって大病したりボケたりしたら死ぬ以外に途はない。これまで快楽と贅沢と我儘の限りを尽くしてきたから僕は老後の天罰だと悟っていて悲惨な死こそふさわしいと諦めているが、そうでない方はなぜ社会に対する怨嗟が暴発しないのだろうかと不思議に思う。

天安門に車が突入との一報を聞いて、日本のパンピーとしてふとそう思った次第である。

まずそれを正しく認識することである。考えることを止めてはいけない。

JJT201305120004
最近、この男はいったい何を考えているのかとよくひとに問われることがある。そのときの僕の答えは極めてシンプルで驚かれることがある。

僕が「なにも考えていないのではないでしょうか」と即答するからである。だって安倍くんの言動を見ているとそうとしか思えないのだから。


考えるということは少なくとも思考する能力が必要だが、彼にはそれがもともとないのだから考えることもないのである。ゆえに側近(官僚・財界)の言うことを聞きそれを実行すればいいだけで連日「総理」という業務がこなされてく。

だから望外にたまたま戦車や戦闘機の乗せられると「何も考えずに」ただ「はしゃいで」しまうのである。たとえそれが中国人が思い出すだけでも忌まわしい731(部隊)の数字を連想させたとしても、じつは「なにも考えていないのだから」責任はないとおもっているに違いない。

そのようにして憲法解釈の変更(集団的自衛権行使)や日本版NSCの開設、特定秘密保護法などが次々と「なにも考えずに」進められていくだろう。また自由貿易という美名の下自国の食料自給率を下げることを国是としてTPPに参加して保険、医療、司法を瀕死のアメリカに譲渡し、規制を緩和して国民の食べ物に有害物質(毒)を盛る結果も「かんがえられない」のである。

またデフレの真っ最中だというのに消費税を増税して景気の腰折れを画策し、あげくは財政危機をあおりながら緊縮財政を容認し(けっか企業は内部留保に励む)ている。それなのにアメリカと歩調を合わせて際限ない金融緩和を行っている。なるほど、なにも考えずにお札の輪転機さえ回せば現金はたくさんできるから思考停止にはピッタリの作業であるなと感心するけれど。


ところがいくら輪転機でお金を刷り国債を乱発してもデフレ基調が改善される兆しは実は全くないのである。マスコミは大騒ぎするのが商売だから景気浮揚とかインフレターゲットとか言っているけれど「側近」はおそらく笑っているだけであろう。

デフレは今保有しているお金の価値が実質ふえるのだし、すでに巨万の富を蓄積している者にとってこれほど快適なものはない。ところが若年層は働き口がなく給与も下がるのだからインフレになっても経済が活発になって手取りが増えて欲しいと望むだろう。だから人気を得るためにインフレターゲットなどという紛い物を口先だけで宣伝しているが実態はお寒いのだ。

札束をいくら刷っても円安になって自動的に外人の日本株買いが一時的に増えただけで実体経済はデフレのまま停滞している。建前上はインフレを期待しているようにみえるが、、、

でもホントにインフレになったら今持っているお金の価値が下がるのだから富裕層が喜ぶはずはない。そんなことを「側近」が本気で助言するわけないだろう。また財務省は消費税が欲しいだけなんだしそもそも加税はインフレを抑制するのだから財界やお金持ちの老人たちは当然これを支持している。ゆえにデフレギャップは当分埋まりそうもないだろう。

安倍くんはだから側近の助言やアメリカの国益の言うとおりやる「おりこうさん」であるが、じつは「何も考えないから」それができるのだ。また国民も何にも考えないでいたいだろうし、マスコミがそれを助長している。

だって、、、、もし真面目に考えるなら、、、、、

今後30年以内に首都圏直下型地震の可能性70%東海地震の可能性87%東南海地震の可能性70%南海地震の可能性60%、、、、、もうやめてくれ!!とさけんでも福島原発の廃炉に40年以上各地の原発の事故発生可能性などなどがあり、、、先のことは考えてたくもないと言うのが本音だろう。

したがって何も考え「たくない」国民は何も考えない「られない?」安倍くんを総理にして高い支持率を保っているということができる。

せめて嘘だと分かっても「放射能は完全にコントロール」されていると思いたいし、2020年に東京でお祭り騒ぎをしたいという願望を持っているのは無理からぬことだ。しかしそれまで日本があればの話だが「それはだけは言わないで」、、ってことだろう。

荘子:渾沌、七竅に死す

soushi
僕はなんとなく真面目な感じの孔子より荘子が好きだった。とりわけ「胡蝶の夢」と「無用の用」などの悠々たる彼の無為自然とした「たたずまい」に憧れる。

胡蝶の夢とは自分が蝶になったなった夢からさめたけれど、はたして蝶が今の自分を夢見ているのかもしれない、、という僕の「人生観」そのものであるが、「無用の用」はたびたび現代の政治行政そして経済に遭遇するたびに思い起こさせるものである。また僕は不良であったけれど、学校が大好きであったから、いまでも教育について考えるたびにこの荘子の「無用の用」という思想を連想してしまうのだ。

それに前回の記事の際、昔の仲間からのコメントにあった「学校経営」という言語に触発され、また年甲斐もなく沸々と怒りがこみあげてきた。もちろんコメントには何の瑕疵もないが「経営」という言辞そのものが罷り通っていること自体に腹が立った。こんな短気で修業がたりない自分に荘子もへったくれもないけれど、いまこそ「無用の用」が政治とくに教育で尊重されるべきだと痛感している。

経営とはもちろん広義には組織の運営総体についての言辞であろうが、一般的には会社や企業の運営について語られることが多い。まして学校教育の場でしかも中学校長会であたかも金科玉条のように語られると「むかっ」と来るのである。やはり経営といって連想するのは効率であり、無駄を省くなどして成果(具体的には利益)を上げることである。もちろん金以外の利益もあろうが、資本主義下にあっての究極の利益とは「ゼニがいくら儲かったか」に他ならない。

もちろん経済においてはそれが正解であろうが、それを国家の運営まして教育にまで敷衍させるのには断固反対である。

いかに単純馬鹿と罵られようとも、「ならぬことはならん」のだ。

だいいち公共の福祉や教育に無駄はないのである!無駄と言うなら政治の要諦である国民の生命と財産を守ること自体が無駄であると言わざるを得ない。分かりやすく言うと防潮堤は津波や高潮から守れるように高い塀を建設することであるが前回の東北の震災のように百年いや千年に一度であっても創るしかない。防波堤を眺めて拝観料が取れる訳じゃなく経済効率は「無駄」であろう。しかも平時は「無用」の公共工事として非難されても仕方がない。しかし必要なのだ。

もちろん「ポートピア」などのハコモノは無駄であるが、すぐに効果がでない効率の悪いもの赤字しかでないものでも必要があれば作るのが政府でありそれを決めるのが政治であり、それを支えるのがほかならぬ国民である。

とくに教育については国家の基本であり、これに効率とかいう忌まわしいもの付加してはならないと思うのである。全国学力測定などによって学力向上を測って、効率的な教育がなされているかとか効果をあげているかなど気にするのは言語道断。教育の本筋から外れている。

そんなことを言うなら人生そのものが無駄であり、無駄を省くのがいいのなら役に立たない人類の大半を殺してしまえばいい。何を持って役に立つかが問題でありそれこそ荘子の諭すところであるが、仮に身長体重知能指数免疫抗体などが水準以下の者を全員虐殺すれば地球は背の高い優秀な人だけになるだろう。

しかし選ばれた人類だけが生存したとしても、生きることに価値があるかどうかは依然として不明であり、究極に無駄を省くならすくなくとも光合成できない動物の生存そのものが無駄かもしれないのだ。

だから生を一応肯定しているのなら、霊長類は自分の獲得した技術を教えるべきであろう。しかしそれには効率や無駄を省くなどという思想はいらない。冗長な一見何にもならないようなことが実は長い人生で役立つことだってあるのだ。

僕の自己流独断の荘子解釈ではあるが、今の教育に最も必要なものは「経営」ではなく「無用の用」なのではないだろうか。

セコイ理屈や御託を並べて教育なんかできる訳がない21世紀の今こそ紀元前の荘子に学べ!

文科省の属国化への陰謀をやめさせろ!

29104
文科省が小学校3,4年生ににまで英語のカリキュラムを与える方針だという。

馬鹿じゃなかろか?

僕みたいに職業上英語が必要だった日本人はそれほど多くない、にもかかわらず僕は英語が苦手である。でも困ったこともないし、今更英語に特化して勉強しようなどと思ったこともない。まして英語しかできないアタマの悪い外国人にドイツ語やフランス語で話しかけ「出来ないの?」といって一瞥すると、殆どの交渉が優位に立てた。

したがって英語が下手くそであるが英語コンプレックスは全くない。

まして普通の日本人で英語が必要な時はおそらく生涯を通して一回か二回であろう。それより漢字の習得や日本語の抽象概念の把握は幼い時から訓練されるべきである。なんでそんなに重要な小学生の低学年に英語の授業を強制する必要があるのか全く意味不明である。

前にも述べたが「何語で語るか」より「何を語るか」こそが重要であって、英語を喋れないから軽蔑されることは絶対にない!それよりも話す内容が貧弱だと大いに軽蔑されるだろう。

自分の経験上いろんな日本人に遭遇したが幼児期までに英語圏にいた人を除いて、子供のころから英語塾などのお稽古事をしたような人で成人になって英語が流暢になった奴に逢ったことがない。海外で欧米人に負けずに論理を通している日本人はほとんど大学か社会人になってから訓練した人たちである。だから彼らは早期英語教育にはきっと反対であろうと思う。

政治家で英語ができる人はほとんどいなかったけれど、例外的に一番流暢な英語を喋ってアメリカの高官にも一目置かれたのは宮沢喜一であった。その宮沢は海外赴任経験も在住経験もなく、旧制麻布中学からほかの数学などと同じように勉強し始めたというだけである。

また多くの商社マンなど外国語で「ネゴ」が必要なひとは大人になってから勉強した人が殆どであった。しかもロシアではロシア語、インドのベンガル地方ではベンガル語、ブラジルではブラジル風ポルトガル語などが熟達しているか利発な通訳を使うことでしか自分の主張は伝わらないことをよく知っている。生半可な英語で難しい交渉ができるわけないのだ。

昔、たまたまロンドンで英語の旨い日本人研究者にあったが、彼のカタカナ英語で立派に学術論文を英語で発表して英国人から称賛の拍手を得ていた。かとおもえばロンドン大学(平民しか行かない)に留学していた学生が何年たってもあいさつ程度しか喋れないのにロンドン訛りのみを習熟して悦に入ってる奴もいた。つまり英語での交渉は全くできないままで「英国留学」として日本に帰るのかと思うと暗澹たる気持ちなったことを思い出す。

役に立つ英語ができるためにはまずは日本語の抽象概念や漢字を小学生で覚えない限り、まともな話ができる人間にはならない。小学校でなんだかわからない英語を教わっても家に帰れば日本だし、第一小学校の教員で英語が教えられる人材はいる訳がない。本来の小学校教員の無駄な業務を増やすだけだ。そうすれば「24の瞳」のおなご先生など期待する方が無理になってくるであろう。

だからといって英語の授業のために、

欧米の兵役の遁れのヒッピー「ガイジン」を俄か教師にしたところで「NOVA]や「ジオス」の二の舞になるだけである。


だいたい知能が低く外国語が全くできない親ほど子供に早くから英語に「お稽古」に行かせる傾向がある。考えてほしい「そろばん塾」に通って数学者なった人もいなければ、お習字をならわされて一流の書道家になったひとも聞いたことがない。

まして親も分からない英語を不良「ガイジン」に教わった子供が成人になってインターナショナルに活躍するなどということは絶対にありえない。ちゃんと高校大学で数学や国語とともに英語をきちんと勉強した後で、アメリカやイギリスにいく必要があれば英語を、フランスやタヒチや北アフリカに行く用があればフランス語をしっかり勉強すればいいだけのことである。

成長期しかも小学校のとき知性が熟成される。それは母国語を通して抽象概念を把握するしかないのだ。

しかもそこに世界で最もいい加減で野蛮な言語「英語」を授業に取り入れるなんて誰が考えたのだろう。

意地わるい見方をすれば日本人を幼児期から何も考えられない奴隷に訓練させようとする欧米の企みをいち早く嗅ぎ取った文部官僚の浅知恵ではないかと疑ってしまう。

早期英語教育でこれ以上日本人を馬鹿に要請するのか!!!
記事検索
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
livedoor プロフィール

shunzo

「最新トラックバック」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ