岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

2017年11月

下品で無教養こそが今の価値

03
いまだに株が上がれば景気がよくなり富が滴り落ちてくる筈だと信じている者もいるという。

それはそれで

安倍真理教なんだから大作ナンミョウとの連合で政権を保持するためにはそのような宗教的洗脳は国民に必要不可欠なものだからまあいいと思えなくもない。

しかし

その騙しのテクニックがいかにも下品で無教養でいかがわしくまさに地上波テレビて男性の汚い中年の裸で笑いをとっているやり方とまったく同一で無知無能こそが権力であることをこれでもかと見せつけているようでもある。

したがって

トリクルダウンというありえない論がいまだにまかり通っている社会に在っては馬鹿こそ権力であり繁栄するという現代を象徴している。

なんとなれば

ただの博奕場に国民の税金や虎の子の年金をつぎ込み株価の上昇こそが我が国の繁栄の証であると強弁しているから、多少知り合いに便宜を図ろうと文句を言うのは万年野党の「お仕事」でしかなく相も変わらず株価の上昇で「いつか豊かになるだろう」と信じている有権者も多く、念仏さえ唱えれば極楽浄土へ行けるという方がまだ同じ宗教的に納得がいくというものだ。

しかし

残念ながらこれは日本だけにかかわらず力とお金さえあれば何でもできると勘違いしているのが今の世の中でから仕方ないけれど・・・。

つまり

「現在の」花の都の巴里のシャンゼリゼを歩けばすぐ感じることだけど一昔前のノーキョーご一行よりっも酷い某国の観光客で埋め尽くされ有名ブランド店での大声と爆買いのすさまじさはやはりゼニと力さえあればどんなに理不尽で恥ずかしくてもねじ伏せられる現代の実態を象徴しているとも言えよう。

だから

下品でバカで無教養で慎みがないものこそ現代の王者であり征服者なのである。

したがって

我々は馬鹿にひれ伏すことで強者のお零れを頂くという「姿勢」を「とりあえず」していなければならないのである。(情けない)

もっとも

トリクルダウンなどというものは未来永劫ないのだけれど、、、。

というのは

博奕場にたむろしているガイジン投資家というならず者たちが虎視眈々と狙っている安倍真理教の大暴落、すなはち株の大暴落が迫っている感じるからである。


目下、

見せかけの上昇局面にある日本株がいつ大きく崩れてもおかしくないというのである。

なぜなら

暴騰よりもっと儲かるのが暴落であることを彼らがよ〜く知っているからであるのだ。

たとえば

来年九月には自民党総裁選がおこなわれるのだけれどこのたびの衆院選圧勝で絶対安泰と見られる安部晋三総裁再任劇がそのきっかけとなることもあろうということである。

だから

もし下痢で退陣ともなれば、アベノミクスからの転換を意味する「ABEXIT(アベグジット)」が現実味をまして相場の「心理」を操れるだろうし、そうならないけれどもしそうなれば東証の売買代金の約7割を占めている外国人投資家の一斉売りの局面もかんがえられる。

ゆえに

博奕であるから政治的に安倍一強の是非は全く関係なくガイジン投資家の「思惑」と「仕掛け」しだいでなんとでもなるのである。

そうした場合

いくら政府資金をつぎ込んでもタダの餌食になるだけであることを熟知しておくべきであろう。

いまのところ
.
外国人投資家が一番気にしているのは内閣の『不支持率』であって先の衆院選後は支持率が不支持率を上回ったが、選挙前に不支持率が上回っていた時は売り越しが続いていたことを覚えている方もいるだろう。

だから

安倍政権の失政が続き、来夏にも不支持率が上昇してくるようだと、外国人投資家は“総裁交代”を念頭に入れ(仕掛けとして)一斉に「売り」かけてくることが十分考えられるのだ。
.
それでも

上がり調子の相場に浮かれたふりをして国民の財産をつぎ込み続けている黒田東彦をはじめとする悪巧みの宦官どもと馬鹿の晋三の狂想曲は今年いっぱいはまだまだ続いていくことだろう。

やはり

「馬鹿は死ななきゃ治らない」

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ってのはほんとなんだなぁ。(つくづく)

支離滅裂なる決意表明

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今更三島由紀夫でもないだろうしほとんど白痴ちかい人物しかいない「ウヨク」の例外的思想家を再認識しようとも思わない。

それゆえ

かれが挑んだ仏教の神髄に関する「識」が正しいとも思わないけれど、豊饒なる語り口と華麗かつ流麗なる文章に誤魔化されて彼の常に対峙し、軽蔑していた虚構の人生を本物と誤解している人がいることも驚きだがその本質もなお「空」なることに今なお驚くしかない。

というか

一般的に理解してほしいために「空」なる世界に驚いて見せる方が何かと便利だ(過ごしやすい)と言う方が正しかろう。

では

三島の本質に触れなくても彼と直接遭遇した数少ない生き残り(僕)として発言を赦されるなら、普通彼の「死」を持って筆を折るのが当たり前なのにいまだに「小説」に幻想をもっている人間がいることが解せないし思わず笑ってしまうのである。

たぶん

彼らはとても頭が弱いか「小説」を紡ぐことに「意義」のようなものを「まだ」抱いている楽天家であろけれど、彼自身が諮らずも独白しているように「唯識の本当の意味は、われわれの現在の一刹那において、この世界なるものがすべてそこに現れている、ということに他ならない」ということがまだ理解できないのであろう。

つまり

「物語」を紡ぐことは余程頭の悪い人間しかできないことであり、彼が最も不得意としたところであったがなんせ古典の剽窃やモデル小説であればいくらでも想像の翼を広げられるから大衆を誤魔化す虚構の世界に読者(大衆)を引き込むなどいとも簡単にやってのけられたのだがちゃんと物語を自分で創ったの作品は希である。

というのは

なんらかの光源(たとえば太陽とか撮影用のライト)を直視できる人間は彼のほかにはアドルフ氏(写真でしか見てないが)しか見たことがないからである。(たぶん絵でしか見たことはないがベートーベンもそうだったと思われる)

じっさい

僕が見た三島は異常に小柄ではあったが遠くを見つめて逃がさない彼のまなざしは強烈で実生活ですら計算され尽くされた演技力で乗り切れると思っていた強い“意思”の「目指」であったような気がしてならない。

だから

小説としてオータナティブに成功しているのは「仮面の告白」以外にはないのだけれど一面職業小説家として振る舞わなければいけない彼の苦悩はなかなか大変であったろうと思われる。

ただ

さはさりなりながら僕は最も彼自身が楽しんで書いた「小説」がただ一つあるとも思っている。

それが

彼自身が本当に興味を持ったUFOを題材にした「美しい星」であると思う。

しかし

それを持って鼻白むのではなくさぞ「常識的な」日常生活が苦しかったのだろう偲ばれてしまう。

そして

己がじし虚構と偽の現実との間を綱渡りしてやっと掴んだ「彼の事実」が自刃の刃先の冷たさであったとは悲しい限りである。

せめて

嘘でもいいから彼の眼の前にUFOでも現れてくれたらなぁと思われてならない。

だから

ぼくも生きている限りは「何かかが起こせる」と信じて片田舎で細々とブログを紡いでいこうと決意するのであった(ってかお前だろう!)

上田吉二郎(役)の物まね口調で

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たとえばお決まりの用語でしか伝えないマスコミの言葉を僕なりに「勢いで(雰囲気で)」解釈すると、どこかのやくざの親分のいいそうなセリフにしか聞こえないが韓国の議会や日本での記者会見などで発した「彼の」言葉はまとも(堅気)とは到底思えない。

たとえば

"When I say to the North: Do not underestimate us, and do not try us, we will defend our common security, our shared prosperity, and our sacred liberty."
(北の奴にこう言ってやりてぇ:なめんなよ、俺につっかかるんじゃねえぞ、俺たちのシマやシノギに指一本触れさせるもんじゃねえからな。)
 
さらには

"North Korea is not the paradise your grandfather envisioned. It is a hell that no person deserves. Yet despite every crime you have committed against God and man, we will offer a path to a much better future〜〜”

(北朝鮮なんて、てめぇの爺さんが想ったような天国じゃなくて人もいられねぇような地獄なんだぜ。それでもおてんとうさまも恐れぬお前らの咎を受けさせめぇと、俺はおめぇたちが生き延びるようにしてやってもいいんだぜ。{チャカさえ捨てればな、、追加拙訳})

といっている。そして日本の安倍の前では

"The era of strategic patience is over. Some people said that my rhetoric is very strong, but look what has happened with weak rhetoric over the last 25 years. Look where we are right now. The United States of America stands in solidarity with the people of Japan against the North Korean menace."

(先代のぐっとこらえる我慢の時代は終わったんだ。俺の話が怖すぎるってやつもいるが先代の腰抜けたちの25年間をみてくれよ、なにもできなかったじゃないか。でもな、今の俺は違うんだ!!いまにみてろ。日本の手下たちとつるんで仁義に外れた極道どもをやっつけてやるからな)

と言い放っているように僕の耳には聞こえてしまう。

それを

唯々諾々と喜んで受け止めて攻撃も辞さずとしている安倍は馬鹿だから仕方ないが、それを聞いているマスコミが意識的誤訳?をして誤魔化しているのが頭にくる。

というわけで、

いきなり英語のお勉強をし始めた古稀直前の老人であった(笑)

勝者の奢り

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ブログはおろかこのPC自体も棄ててしまいたい。

まして

ネットワークなどもこの世から失くしてしまいたいのだが、そういいつつも、そのネットワークを使っていまだに怒りをぶつけているわが身が情けない。

というのは

若いころ「死者の奢り」というは読んでいて吐きそうになったことはあるが作者や作品をこの世から消し去ろうとまでは思わなかった。

まさか

実存主義への郷愁のようなものであったのかもしれない。

しかし

それからン十年の今日、、、

まさか

「勝者の奢り」ともいうべき存在自体の醜悪さに反吐が出るどころか己を含めて「すべて」潰えてしまいたいと思える日が来るとは思わなかった。

だからといって

けっして「鬱」というのではなく日本という国の選挙制度や政治システムそして「選挙民?」すなはち「国民」の度し難い愚劣さと己がじしの情けなさに出来ることならすべて消去したいものだと想えてならないのである。

おもえば

さいきん我が家に大量に発生している毛虫のような生物もあらゆる殺虫剤を使ってもなくならずいつも「この晋三めっ!」と念じながら潰しているのだがかえって多く湧いて出てきておりいずれこのしぶとく最大の醜悪さでわが身を間接的にさいなませる「いきもの」はわが国だけでなくわが国民をさいなませ滅亡させることになるであろうと思われてならないのだ。

それも

美しい滅びの美学などまったくなくただ悶え苦しんでなかなか死なない醜いだけの生き地獄状態を長く続ける悪魔のような存在としてである。

にもかかららず

「悪意はない」それどころか所信表明では「よくしたい」と言っているのだ。

だから

無知こそが罪であるとまだ分かっていないのであろう。

だから

無知であることの優越感、非知性こそが「勝者」であることが先の総選挙でも立証されたのだから堂々と短い演説で森友や加計に一顧だにせず「勝利宣言」をこれでもかと国民の前で示せるのであろう。

ゆえに

愚民は「自分で選んだんでしょう」と言われて押し黙るしかないのだ。

なぜなら

「革命」どころか「革新」すらただのお題目に過ぎにない愚民は徹底的に愚弄され続ける存在として生きながらえているからである。

つまり

非知性と卑怯さの絶妙のコラボレーションは世界の笑いものになっても村八分や町内会のはぐれ者になる方が怖いから永遠に続くものと思われる。

したがって

政治の真実やジャーナリズムの正義は萎えていくしかないである。

ゆえに

細々と断続的に続けるこのブログはいくら屈辱にまみえても「毛虫」とともにいきるしかないのだ。

だから

もはや私語となったこの言葉を叫ぶくらいしか今の僕にはできない。

「一寸の虫にも五分の魂」

もし

「愛」ですら徒労に終わるのなら僕に何が出来るのだろう?

遅まきながらトランプ訪日後記。

2013-10-07-senkaku
国際問題とは永久に解決しないことを前提にして理不尽なことを承知の上で何とか双方妥協するというのが暫定的結論であってこれを外交という人もいる。

だって

根本的な解決とはいまのところ外科手術しかないと「思われているのだから」。

しかしながら

それらの交渉には残念ながら「外交力」というより軍事力あるいは潜在的「抑止力」が大きく影響しており、闘わずして勝つのが最善であるが少しでもビビった方が負けということも多い。

だからといって

負け犬の遠吠えだけでなく具体的に軍事力を行使(実験)したように見せかけてもほとんど意味をなさない。

ただ

それを奇貨として様々な国家に利用されるだけである。

つまり

スッキリしたほうが損害が大きく何となく国内向けに「スッキリしない」強気を装わなないと政権が危ういのだ。

これで

北朝鮮だけでなく中国もアメリカも指導者は苦労しているのだが我が国に在ってはひたすらジャイアンのご機嫌さえ取っていれば安全だという「神話」がありそれが歴代の総理の「お仕事」となっている。

もちろん

矜持を棄てて朝見外交こそが小国が生き延びる途であるともいえなくもないが、だからと言って宗主国が守り抜くなんてことはありえないのだが少なくともそのような「幻想」こそが安倍政権の中核であり、国民がそれを承知で支え続けているという悲劇(喜劇?)は今後も続いていくことだろう。

だから

「幻想」のままでも株価は上昇し「幻想」のままでも日本は安全であると思い込むしかないのだ。

ゆえに

「やるならやってみろ」というだけで縮み上がり口先だけになってしまうモノもおれば、すべてを献上し幻想だけを拡大してみせているという輩も出る始末である。

いずれにしても

亜細亜を太平洋インド海域とコンチネンタルとで支配権を分けようという暗黙の「大国間?」の合意を指をくわえて見ているしかない卑屈なスネ夫君はそれでも相変わらず日米外交は大成功だと吹聴している。

だって

横田空域はすべてアメリカ本国なんだから件のトランプ夫妻は単に国内旅行をしているだけであって独立国としての当然の権利・パスポートコントロールなど金輪際関係ないということである。

したがって

僕も部分的に取材はしてはみたが、国内であるにもかかわらず完全なアメリカの進駐軍の統治下における許可認可であって日本政府や日本の国家権力の埒外であったことを痛感したのであった。

つまり

日本の自衛隊や警察は遠巻きにあらゆる事態を「想像」して何の情報も与えられず日本人記者だけに強気でアメリカのメデャアや特に軍関係の広報には平身低頭であったことが印象深い。

だから

全く関係なかったところでの日本側の厳戒態勢に遭遇するたびに、いまだにGHQ時代からの「日本の権力」の立場は変わっていないなと思わせた。

かばかりか

トランプの北への圧力強化の中国に対する要請のポイントは「日本に核を持つ口実を与えていいのか」ということだあったらしく、国連を中心とした「戦勝国」の共通のコンセンサスは日本を再び軍事大国にさえていいのかということでしかないのである。

ちなみに

いまさらいうまでもないが国連の敵国条項とは国際連合憲章中の第53条、第77条1項b、第107条のことである。

すなはち

旧敵国とは、第二次世界大戦中連合国の敵国であった日本などのことで、端的に言えば、、、

「旧敵国からの侵略に備える地域的取極に基づいてとられる強制行動は、安全保障理事会の許可を必要とせず、安全保障理事会への報告だけで足りる」

、、、、、、ということに他ならない。

しかし

トランプ本人だけでなく娘にも惜しげもなく税金を投入してご機嫌を取る総理大臣を「信仰」しているのであるから日本国民のおめでたさはあっぱれというしかないだろう。
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