1969年東大入試が無くなった年、、、僕は「やることもなく」ただ新宿の街を野良犬のようにあてもなくうろついていた。
そして、、、
たしかもう㋂だったのに「帝都に」に雪が降っていたのが印象的だったことを覚えている。
それは
まさに「春の雪」であってその約一か月前に出版された単行本
で読んだあるシーンが僕に突然髣髴と浮かび上がってきたのでその時の雪が忘れられないのだと思う。
とりわけ
ある意味のニヒリズムではありながらも清顕が月修寺の聡子を訪れる日に雪が降りそれが原因で彼が死んだという場面が逆に僕の中の浪漫を無限に拡大させたからだろうかとも思っている。
が、それとも
そのころ芽生えた「虚無感」のようなものがいまだに自分の中でつづいているからだろうか、半世紀前の個人的な感覚が齢70を超えてもなお僕の心に突き刺っている。
だから
というわけではないが、コロナウイルスが蔓延?しているかもしれない東京の繁華街も今日は閑散とし「春の雪」に見舞われていると聞き及び、日本の南端で蟄居している我が身にもなぜか寂寥感が一層増しているのである。
それは
今年の春に逢おうと約束していた人妻との逢瀬のチャンスがウイルスによる自粛要請で妨げられたというだけでなく、ほかにも個人的な理由(わけ)はあるのだが、この漠たる寂寥感も含めてなんとなく不思議な感覚はいったい何だろうか?
さはさりながら、、、
三島由紀夫ついでのエピソードで僕が特に印象に残っているのは、、、
すでに
公表されていることで別に目新しい話ではないが、全くの虚構の小説家である本人が某尼寺を取材中に高齢の門跡に会って「参考までに」小説「春の雪」の筋がどんなものかと問われた際、
「宮様のいいなずけになった聡子という女性が他の青年と恋仲になったため、女性は剃髪し尼寺に入り、青年は春の雪が基で肺炎となり死亡した」
というストーリイの構想を告げると件の門跡が・・・
「どこでそれをおききになりました?」
と真顔で聞き返したというエピソードである。
もとより
謎ではあるが三島本人は生前これは全くの絵空事の小説であって「そんな」情報などあったはずもないと答えている。
しかし
僕が思うに主人公松枝清顕の自宅の庭園は明らかに実在する前田侯爵の広大な鎌倉の別邸をモデルに描かれており三島の祖父も曽祖父もずっと前田家に仕えてきた家柄であるから「当時の貴族の一部しか知らない話」を当然聞いていてもおかしくないと考える。
また
父方の祖母である夏子が旧有栖川宮に仕えていたのは事実だから皇室関係の秘密の出来事も知らなったとは言えないと思われる。
さすれば
三島が自分の死を覚悟して書いた「小説」が「事実」である可能性も否定できない。。。
、、、なんて
家に閉じこもって一人妄想に耽る老人にとって東京の「春の雪」はチョットした刺激にはなった。
いずれにしても
今日はもと報道に携わった人間には許されない「妄想・推測」をたまにはしてみるのもいいのではないかと思った次第である。
つまり
頭以外はどこも悪いところはないがきっと「死期」がちかいのだろうと「推測」する。