imp0801021058000-p5皇室にかんするデリケートな問題については、あの豪腕・小沢一郎ですら、一応「国事行為」に関する用語の使い方の、修正を行った。しかし全体の論調は変わらず、相変わらず「憲法の理念では、天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって行われ、責任を負うのは内閣だ。内閣が判断したことについて、天皇陛下がその意を受けて行動なさるのは当然だ」と強調した。がゆえに「天皇の政治利用」との批判は当たらないと重ねて主張したのだ。また、これとは別に、特例会見に懸念を示した宮内庁の羽毛田信吾長官について「決まった後で会見まで開いて悪態をつく。官僚主義の最たるものだ。頭にきた」とも言った。

これについて、小沢は憲法をよく知らないというのは、間違いであって、狭い法律の規定を云々して、本質を見失っている。マスコミの悪い癖である。小沢の悪口をいえば、金になるという発想であろう。憲法の条文の詳細を持ち出して、小沢が言わんとすることの真意をわざと外して、本当は記者に向かっていた彼の怒りを、「国事行為」の規定に属していないとかいう言葉尻の間違いを見つけて攻め立ててた。これを重箱の底をつつくという。木を見て森を見ずともいう。しかもそこにいた記者達は、その場では反論できず、社に帰ってデスクに聞いてから、記事にしている。小沢とすれば、現場の若い記者に指摘されなくても、そんなことは学生時代から知っている。しかし憲法を見たこともないような若い記者に、口下手な小沢がついカッとなって「天皇の国事行為」といってしまったと想像される。

小沢(写真右下)を弁護しているのではない。彼とはなんども会ったが、単に生理的に嫌いなだけである。ただそれだけだ。stt0903041118010-p4

でも今回の彼のくやしさには、同情する。ちなみに、この件は、若い記者には責任がない。なにも知らないからだ。しかし小沢は、師田中角栄が強固な記者クラブ制度を嫌い解散させたかったのに、出来なかったことを、よく知っている。官僚と記者クラブの保守性こそが、諸悪の根源だと思い、これを打破したいとつねづね思っている。そう10年前にオフレコで聞いた。多分今も同じだと思う。今回の件で羽毛田長官も憎いが、記者クラブの歴史をしらない若い記者のあけすけな質問をも憎んだんだろう。だから、憲法の基礎から言って、この馬鹿息子どもをへこましてやろうと気色ばんだんだと思える。それで「国事行為」と言ってしまったのが、容易に想像できる。

片言そうくをとらえて、評論するマスコミの癖は馬鹿馬鹿しい。しかしこれにいちいち対応する政治家は、さぞや悔しいだろう。馬鹿と阿呆と狐と狸の修羅場を「政治」と呼ぶ。さもありなん。