d0123476_73215ただ日々を消費しているマスメディアは、当たり障りのない政府ないし権力者の発表なら、それだけである種のお墨付きを得て躊躇なく発表する。アメリカの権力(政府とは限らない)が兵器産業の振興とエネルギー(化石燃料)のコントロールの欲望を満たすため、オサマ・ビン・ラディンというモンスターを作り上げて、人々を恐怖に落としいれ、戦争遂行の大儀名分を捏造したように、属国日本で、意に染まない新政権を崩すため、「辺野古の海はきれいだ」などとほざく小沢一郎を、汚れた政治家にしたてあげるのには、唯々諾々たるマスコミを使うしかない。義憤だけで足りなければ、恐怖として北朝鮮の脅威や中国の軍拡という”杞憂”を煽れば十分だろう。マスコミは検証することの放棄はもちろん、何処かの権威(たとえば検察)の関係者の発表によれば、とすることで、自らの責任を免れようとしている。

たとえば戦場の200906050007o1現地は埃っぽく、危険で、いいようもなく暑い、生活の劣化はものすごいストレスだ。それでも現地でジャーナリストたらんと意気込んでも、死ぬか(実際に死んでいる)病気になっても、貧乏な取材を強いられる。先輩で友人でもあった橋田さんも、そんなフリーのジャーナリストであった。しかし、いまのマスコミ、とくに局員や新聞記者は、海外どころか、国内の地方赴任だって嫌がる。30歳ぐらいで大体給料は1000万を越すのだから、わざわざ汗水たらす必要がどこにあるということだ。

もともとコネがあり、裕福な家系に育ち、四谷大塚という塾で模範解答に早く答える訓練だけしてきた彼らは、ジャーナリストだとか考えたこともない。就職先として官僚か商社かマスコミかという選択があっただけで、東京を離れたり、海外で危険な目にあうような割のあわないことは、御免である。かばかりか、ビジネスでミスをしないためには、権威こそが正解だと思う習慣があり、検察やアメリカ当局の言い分に疑問をはさまない。たとえばimagesアメリカではだれもしらない、ただの筋肉マン・アミテージ(写真下)
をアメリカ当局筋によれば、としておけば、すくなくとも減
点はされない。異論や少数意見では四谷大塚で高得点をあげられず、名門中学、名門高校、名門大学には合格しないからだ。高い偏差値は高給の証であり、マスコミはその一角であるというだけである。もちろん各種の陰謀説も、沖縄の歴史も、大学の卒業旅行でいったアジアの貧困も、格差社会も「知識」としてしっている。ネットという「匿名」で暴れているのは実は、彼らが中心なのだ。しかし利口な彼らは、既得権益に甘んじ、自分のよいくらしを守るためには、いわゆるクレームのつかない、場合によっては偏向した報道をするしかないのだ。こうして検察のリークは生まれていく。

たまたまコンビニの時給より安いADや、金で雇った危険地域要員としての外注ディレクタ=(たとえば、僕や綿井くんのような)が本質を突き過ぎると、ブレーキをかけ、かけ忘れると事件や事故(たとえば永井君や橋田さんの死)になる。と思っているのが、いまのマスコミの現状だ。

総務省の規制がなければ、できればお笑いの若手芸人だけを安いコストで消化して、安泰を望む今のマスコミには絶望するしか打つ手はない。

だからできることは、政治にかける一票しかないのだ。マスコミに騙されないことが、今や国民の民度をはかるバロメータでもあるのだ。