090403_01参院選の結果がでるや否や田原総一朗は「選挙民は賢いとはいえないが、馬鹿ではなかった」と意味深な発言をした。先述のように私は個人的に長く彼と一緒に仕事をしてきたが、彼の演出過剰な「電波芸者」振りに辟易していた。視聴者も最近とくにその古めかしいパフォーマンスが鼻につくらしく、レギュラー番組「サンプロ」も降されたぐらいだ。いずれにしても彼は「終わった」と見ていた。

しかしその田原の今回の発言を深読みすると頷ける部分もある。別に知己だから弁護するつもりは全くないが、ボケてる割には、たまには(本人が意識したかどうかは別として)いいことをいうこともあるのだなあと思った。

国民は基本的に戦争を放棄した変わりにアメリカの属国的なポジションを呑んでいる。が、国家の前提は「耐えがたきを耐え忍び難きを忍び」であるという最低限の認識を、最近の日本人は持っていない。つまり彼こそ、そのことを厭というほど認識させられた世代だから、「普天間問題」への幻想を持っている選挙民は基本的には「賢い」とはいえないのである。本当は全て分かった上で反対すべきなのに、反対すれば「撤去」できると思っている。在日米軍は日本を守るための軍隊ではなく、国土を制圧している進駐軍に過ぎないのに。反乱抵抗する気もないくせに「反対」しているポーズは醜い。賢いとは言いがたい。

その一方馬鹿ではないという意味は、個人の資産や既得権を離すつもりはこれっぽっちもないことだ。僅かな金でも税金はいやだ。綱渡りの平和でもこの状態を守りたい。取るに足らない地位や名誉でも守りたい。このためが政治家や学者がいくら弁を弄しても騙されなくなっている。馬鹿ではないのだ。

昔は押し売りや政治家の甘言に騙されていたかもしれないが、オリンピックや万博や紅白歌合戦に狂乱しても、高度成長時代じゃあるまいし、もう何の役にも立たないことを、国民は悟ってきたのだ。

民主党にばら色の夢をたくしてもその代償に増税させられることは厭だ。基本的に置かれている国際的な立場は省みないが、目先の損得には目利きである。つまり「賢くはないが、馬鹿ではない」のである。

だからといって「みんなの党」が素晴らしいとは誰も思っていない。ただ夢をばらまく民主党政権に「もうそんな馬鹿ではありませんよ」といいたかったのだろう。果たしてすえたお灸は熱かったか?

アメリカの委任統治地で自ら積み上げた預金が上納されていることは放置したまま、馬鹿でなくなっても無意味だと思うけれど、、、。

いずれにしても選挙の結果「ゆで蛙」が止まらないことが判明した。