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別に自分が爺になったから言うわけじゃないが、僕らの子供のころは、確かに多くの矛盾を抱えてはいたが、いまなんかより余程いい時代だった「ような」気がしてならない。

いわゆる「三丁目の夕日」のように無理にデフォルメしてただ懐かしむというだけではなく、たとえば経済政策にしても、目の前のものが手に取って食えるようにするための方策がそれなりに練られており、それゆえみな必死になって「労働」の歓びをも味わえたのだろう。

それは

時代は現代に設定はされているものの「サザエさん」や「団地ともお」などの昭和テイストのアニメを見てもよくわかる。ストーリイ自体は様々なことに遭遇はするけれど根底に流れる「あの」安定感とはなんであろうか。

もちろん

僕自身は「保守」とは政治的スタンスをことにするけれども、かっての保守は人材が豊富で、そしてなにより、それぞれのこころの奥に敗戦の重荷を黙って背負っており、がゆえに「平和」へのあこがれ方が半端ではなかったようにおもわれる。

その証拠に戦後を生き抜いた大半の政治家はすでに死んでいるものの、まだ生き残っている元祖右寄りの爺たち、たとえば古賀誠や野中広務など、さらにはおそらく学生時代は反権力であった加藤紘一、ついでにYKKの山崎拓や小泉純一郎までが、現在の安倍政権の極端な右傾化を危惧しているのだ。

べつに

人間の嗜好だから右に傾こうが左に傾こうが自由であるが、「戦争」の実態を知らないで(安倍麻生の場合は小学生の漢字すら知らないからおろらく教科書が読めなかったのだろうけれど、、、)安保法制に猛進するのはあきらかに異常であろう。

もとろん

以前民主党が国民の政治離れとか諦めや白けムードをこれでもかと醸成してくれたから、だれも政治に無関心で振り向きもしないこの間隙を縫って、足早に辺野古を埋め立てたり、安保法制とくに集団的自衛権の具体的行使を急ぎたいという気持ちが分からんでもない。

しかしいくら

スマホ片手のバーチャルな時代だからと言って実際「戦(いくさ)」をすれば人が死ぬことだった血が流れることだってあるのだ。具体的に「きつい」とか「痛い」とか「熱い」とかはアナログな「体験」がなければ絶対に理解できない。

まして

学力や想像力が極端に乏しい安倍や麻生において、辛いことなどまったくなかった「お坊ちゃま」くんたちにとって、戦争は自分と無関係なところで行われるべきものと思っていても致し方ないことかもしれない。

だから

おそらくお札をたくさん印刷し、公金で株価さえあげればほんとに「景気」がよくなると思っているのかも知れないのだ。さらには周りには諫言するどころが「裸の王様」をほめそやして、はいはいいうことを聞くだけのもの(たとえば黒田東彦)しかいないから、アベノミックスなどという摩訶不思議な「呪文」を唱えているのであろう。

だが

21世紀になってだんだんくるってきたなと実感してはいたが、現政権は完全に常軌を逸している。

それでも

統一地方選では自民ナンミョウの圧勝なのだから、日本はある種たちの悪い「熱病」におかされているのだろう。この時代は、、、、。

というのも

僕が昭和生まれだから昭和の方がましだっといっているのではなく、平成を高らかに宣言したオジサンの娘が証拠をドリルで削ってもまだのうのうと国会議員を続けられる世の中は、絶対まともじゃないと言いたいのだけである。

それにしても

雑然とした中にも、どこか希望や光を感じることができた昭和の景色に今更ながら感動すら覚える。

それとも

僕の老人ボケが更に進行したのかな?