315supression
いまさら非知性を売り物にしている「政治家」や知性を意識的に歪曲して従属している宦官に法律論議をしても詮無いことであろう。

だって

憲法を無視して独断を数で押し通す政治がすでに蔓延している我が国において、今更司法も行政もへったくれもないのであって、右向け右の宦官たちと下手に法律論議をすれば余計彼らの術中に嵌ることは疑いようもない。

それとも

それが分かっていながらわざと法律論の屁理屈を並べ例によって八百長の闘いで再び安倍政権を盛り上げようと野党はしているのだろうか?、、、と疑わしくなる。

しかるに

要は何度も国会に提出し何度も廃案になった列記とした「共謀罪」(実態は戦前の治安維持法)をメッキで塗装して再度、数の力で成立させようと諮っているのだから、思想信条の自由そのものの憲法の基本を揺るがす暴挙であり「狂気」であるとハッキリなぜいわないのだろうか。(野党はなにをしている?)

そもそも

ヒトは自由である。どんなことを考えても頭の中は自由であるし、心はどこへでも飛んで行ける。だからこそ、詞が生まれ物語が生まれ、、、そして「愛」することが可能なのである!!それがヒトというもんだ。

だから

それが個人であろうと集団であろうと関係はない。ヒトはヒトの心を縛ることなど絶対にできないし、またしてはならないのである。

それが

なんらかのことを事前に相談すると見なされただけでも処罰するとしているこんな「法律」は近代国家にはありえない筈である。

だいいち

ヒトの人の心の中に手を突っ込み、憲法で絶対的に保障されている「内心の自由(思想信条の自由)」を侵害するシロモノを堂々と国会にあげるべき閣議決定までしているのである。なかには弁護士上がりも居るだろうに知らんふりして賛同している卑劣さが情けない。

いったい

彼らは何のために法律を勉強してきたのか?

いうまでもなく

この「共謀罪」が成立すれば結果として、表現の自由、集会・結社の自由など自分の意思を表明する、あるいは表明しない自由が根本から奪われてしまうことぐらい大学一年生でも法学徒ならば分かっている筈なのだ。

にもかかわらず

他の現行法で、十分なテロ対策が可能であるのを認識しているのに、共謀罪を新設しなければ東京オリンピックを開催できないというのは、オリンピックを人質にとった詭弁というほかはない。

なかんずく

「テロ」と云う名に替えれば誤魔化せるだろうという国民をばかにしたこの法案はまさに安倍政権の奢りそのものであると断言できる。

ゆえに

何がどうあれ多数でどさくさに紛れて「共謀罪」=治安維持法が復活することには断固反対する。

念のために繰り返しいうが、

僕はサヨクでも右翼でもない。市井のいち自由人として反対しているのである!