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ミサイルの話しで僕がつまらないと思えるのは如何にもB映画にありがちな映像に北もアメリカも過激な喋りを重ねて動画を構成し、ありもしない危機感を無理やりにでも醸成しようとしているところである。

それゆえ

僕も映像作家の端くれとして、もう少しましなディレクターはいないのだろうかといつも首をかしげたくなる。

もちろん

まことしやかに、金正恩の側近の内通者が彼の居場所を特定しているのだからいかに彼が地下深く移動を繰り返そうとあのウサマを殺害した米軍の「特殊チーム」の手にかかればひとたまりもないとある一部の軍事評論家などは言っていることも知っている。

ならば

すでにさっさとやっていればいいものを、下らないシナリオに限って無理やりエンディングを伸ばそうとしている映画のようにわざと危機一髪をだらだらと長く持たせているように僕には見える。

また

思い切って斬首や空爆に踏み切らないのは近隣諸国の被害を最小限にするための躊躇であるかのような分かりきった言い訳をなぜ何十年も特段の工夫もなく言い続けているのだろうか?僕には解せない。

そして

得意の穿った見方をする者たちは(彼らに限って「裏」もなく「証拠」もないが)決まってこれは軍産複合体の陰謀であるとか、多極主義者の策略であるとかを「断定的」に言い放っている。

たしかに

様々な陰謀が国際社会に渦巻いてはいるが、実は思っているほど複雑ではなく単に頭が悪いだけということもしばしば現実的にはありうるのである。

したがって

根拠のない憶測はかえって物事を複雑にし。その憶測の異常または膨張が、ありもしない新たな恐怖を生みだすが為に取り返しのつかないことに(第三次世界大戦)なってしまうこともあるだろう。

しかし

だからどうしたというのだ!

そんなことは、、、

其れこそが杞憂というもので、それを言ったら北のミサイルなどよりも突然の大地震、火山の大噴火そして原発事故なんかの方が蓋然性は高いというものだ。

人間の恣意?

などたかが知れているのであって、あったとしてもせいぜい戦争か自殺ぐらいのもので地球の破壊とか全宇宙の崩壊などは考えられないしまたそのような究極的な破壊など人為的には「できないのである」。

というより

そのようなことを躊躇せずにしかも物理的に(つまり射手だけがたがいに生き残って核を打ち続ける)ことなどが現実的には考え辛いのだ。

またよしんば

そうなったとしてもそれは馬鹿な政治家を選んだ(又は倒せなかった)己への当然の報いとしてそれぞれの国民あえて享受するしかないのである。

さらに

運悪く自分自身が被害に遭うこともあるだろうが、どうせ人生150年以上生きることなどは不可能なんだから「ほんの少し」死期が早まろうが遅くなろうが大した問題ではない。

それを

ヒトは「運命」というのである。

だから

運命には抗えないことだって大いにあり得て、運命に抗っているような幻想をを持つことを「努力」と言うこともあるが。「努力する」というコメントは「しない」ということに等しいということでもある。

しかし

「運命」だってすべて悪い訳じゃなく事故で死ぬこともあれば、運命的な出会いで恋おちることだってあるのだ。

ゆえに

暫くはいくらオプチミストの蔑称を浴びても「日々是好日」と決め込むしか途はないと思われる。(笑)