岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

スポーツ

未だ木鶏足りえず〜白鵬連勝ストップ〜希勢金星!

C1D0CDD5BBB3「未だ木鶏足りえず」あの昭和の大横綱・双葉山ですら「木鶏」足りえなかったのに、朝青龍がいなくなったので連勝をつづけ、神のような感じであった白鵬が破れた。希勢の里の張り手をまともに喰らい冷静さを失った白鵬は、一瞬ムキになり相撲に破れた。彼も人間だったのだ。

木鶏は感情がない。虚勢を張るわけでもなく平然と相手を威圧する。これが格闘技の究極であるが、そうしようと努力した双葉山もやはり木鶏になれなかったのである。

それをこの一年の連勝で白鵬は木鶏たらんとしたが、双葉山の時代は年二場所であるから約三年間負けなしでも木鶏足りえなかったのだ。双葉山の偉大さは言うまでもないが、彼ですら「足りえず」としたのだからやはり人間であったのだ。

大好きだった朝青龍に比べ、万事そつがなく優等生的だった白鵬は相撲をつまらなくする張本人として好きではなかったが、連勝が63でストップした時の虚脱感を見て、すこし好感を持った。負けた瞬間いい表情だった。

イチローにしても白鵬にしても、トップであり続けることの大変さと強靭な精神力は並大抵ではないだろう。でも神ではないのだから、失敗やミスもあるのだ。完璧な人間なんていない。完璧な鶏だっていないから、木でつくった鶏のような不動心に憧れるのだろう。

だから政治も些細なミスを取り上げるべきではないと思う。とくに逮捕はされなかったが流失ビデオも、こちらは起訴された記載ミスも、その本質を忘れてじくじくと攻め立てるのはいかがなものかと、思う。

まことに不完全で欠点だらけが「にんげん」である。自慢じゃないが自分がそうである。だから揚げ足取りばかりやらないで堂々と戦うべきである。だから相撲や柔道でも「足取り」はルールでは許されるが嫌いである。

でももっと嫌いなのは政治家の「揚げ足取り」である。欠点や間違いは忌憚なく指摘すればいいが、些細な欠点をちくちくやるのはどうかとおもう。

白鵬でも負ける日があるのだ。勝ったり負けたり、そして僕みたいに負け続けていても、生きてるんだし、なんとかなる。

生きているから、木鶏になんかなれるわけがないんだ。

でも  「♪人生って不思議なものですね〜」。

負け試合に藤川球児?小沢一郎ついに立候補表明

1248188215小沢一郎の出馬には「止むに止まれぬ」悲壮感があるようだ。できるだけ穏健に民主党融和を図るという意味では、かなりの葛藤もあっただろうが、周りの小沢一郎の意志の「忖度」が、彼を追い詰めた。この件は明治維新を維新政府となるべくなら妥協して進めていきたい西郷隆盛の真の意志に反して、周りの「忖度」に耐えられずついに、西南戦争を起こさざる得なかった「人望」故の悲劇に似ていると感じざるを得ない。引くに引けない状況は、えてして本人ではなく廻りが創るものであり、小沢にしても西郷にしても、もともと石橋を叩いても渡らない慎重な人間であるが、結局状況が決意せざるを得ないように本人を追い込んでいくのだろう。これは小沢個人の意図に反して、必然的に民主党分裂の危機も孕むことになる。

金銭的な意味でのオーナーとして、党に小沢を引き入れた者としての鳩山は、小沢を応援する責任という建前はあるにせよ、本音は親殺しつまりアメリカに対する意趣返しであると見た。

鳩山はもともとマザコン的であるが、それゆえ深層では「母なるもの」に一矢報いたいという欲望があるだろう。しかしギリギリで辺野古移転を呑まざるを得なかった「巨大なるもの」=アメリカという保護者には潜在的コンプレックスすなはち屈辱感と反発があるだろうと思われる。絶対的な保護者を殺すというのはドラマティックであり、よくある犯罪ストーリーでもある。そしてそれが出来なかった己の無力感で総理を辞し、菅に譲ったものの、相変わらず従属し続けアメリカの国益のために円高まで容認し「注意深く見守る」ことしか出来ない政権の在り様に、ついに見切りをつけたとも考えられるのだ。166075_c450

その怨念を自分で晴らすのではなく、小沢一郎に託すというのが、鳩山らしいといえば鳩山らしいが、政局は得意だが本来表にでることの嫌いな小沢本人からすると、たとえ党大会での援助の確約を取ったとしても、たまったものではないと思う。総理になりたいのならそのまま自民党にいれば20年前に、自動的に地位は転がってきていたのに、いまさら総理になりたいとは、本人も思っていない筈である。しかもいわれのない検察やマスコミの「意図的な」攻撃にされされ、折角豪腕をふるって保革逆転してやったのに、参院選で崩れた後を負かせるというのだから、立候補を回避できるものならしたかったんだろう。しかし情況はヒールのまま彼をリングに上がらせることになった。

周囲の忖度と鳩山の意趣返しによって、悪役を背負ったまま小沢は登板することになってしまった。もはや彼に退路はない。これも運命であろう。

九回表10対0で負けているのに、ここで藤川球児はないんじゃない(笑)たとえ「豪腕」でこの回をゼロにねじ伏せても、残りいちイニングでバックが10点返せる見込みもないし、、、。

子悪を排除して巨悪だけを残す社会システム。合言葉は清潔

mituki_sなんども言うが相撲は閉じた世界であり「玄人筋」であるのだ。ところが最近外国人や大卒のインテリが多く、古い慣習のヤクザ渡世との間でストレスが強い。とくに土俵外ではいつもメガネをかけた神経質なインテリ琴光喜はとりわけ気が小さい。これではストレスがたまり、博打にのめりこむのも頷けないことはない。しかも真面目。几帳面に博打の帳尻を合わせようとするから、いいかげんな渡世人とトラブルになり、事件が表に出た。丁髷だけでなく相撲会ほど江戸時代からの理不尽さが残っている世界はない。当のヤクザだって暴力団になり、昔風の義理を重んじる博徒はすくなってきた。いまではシノギ優先つまり実社会と変わらずお金優先、代貸しや若頭から起業舎弟と呼ばれ一介のビジネスマンしてビジネスに励み、海外取引のため英語を話すヤクザ者だっているのだ。

これに比べて昔の「一家」を伝承し相撲部屋は擬似家族として寝食をともにする古い渡世人一家の形骸を残しており、家族内遊戯の延長としてやっている賭け事にプロの博打ビジネスが良いシノギのネタとして狙って来るというのは避けられないことでもある。

実は税金泥棒の頭であるNHKや官僚は、自分はさておき、ことにほか清潔感を前面に出し(それほど不潔である裏返し)子供の教育にために良くないと、相撲取りに犯人を見つけ、ヤクザと関係あったという理由で放送を中止した。

相撲協会も芸能界も「玄人筋」であり、この「玄人」の歌舞音曲、曲芸、裸踊り(相撲など)を餌に電波を使って広めた張本人が反社会的組織と関係があると言うかどで、知らんふり(放映禁止)するというのだから、片腹痛い。

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最初から知っていて中継して稼いでいたのだし、いまさら私は清潔ですからお金(視聴料)だけはくださいというのは白々しい。汚れている者は画面に出さないというのなら国会中継は清潔な人だけしか映っていないのだろうか。麻薬で捕まった芸人は駄目だとでもいうのだろうか。山口組お抱え歌手を締め出し、アトで復帰させる離れ業はどんな意味があるのだろうか。いずれにしても映っている人が明日は監獄という確率は、名古屋場所の砂被りの面々と大して変わりはないのではないか。政治家も芸能人も。

泥棒も助平も大酒も飲みもばくち打ちも、皆良いとはいえない、いえないが、彼らもあわせたごった煮が現実社会というものであり、それはそれで、それなりにバランスが取れていくものである。

今回のNHKは禁酒法時代のシカゴを思わせる。禁止すれば必ず抜け道が出来、ヤクザが繁殖するばかりである。清潔な人間しかいない社会は共産国でも存在しなかった。過度な清潔感は一種の病でもある。

残酷なようだけど技術的にも戦略的にも敗北、負けは負け

8efd8d11-d846-463c-a9f9-783a26628436今回のワールド・カップでもっとも感動したのは敗北後、「駒吉」=駒野を岡田がハグしている映像であった。度重なる怪我にもめげずついに勝ち取った日本代表、しかも地味ではあるが、ピッチを全力で動き回った影の功労者・駒野友一を、たった一回の失敗で誰が責めることができようか。泣きじゃくる駒野を慰めて、おそらく詫びているのは岡田のほうであると見た。しかし責任感の強い駒野には、たとえ一晩中飲み明かしても「心の傷」は一生付きまとうことであろう。

その疵に塩を塗りこむのは鬼畜のしわざとしりつつ、やはり負けは負け、その原因は「運」だけではないといいたい。

04129938f16e8962歌をわすれたカナリヤではないが、守備の完璧さに味をしめた日本は「戦う」という本質を忘れたのではないかと思う。PKこそ全部得点されたけれど、つねに攻撃的であったのは川島ぐらいであって、ほとんど「専守防衛」であったことは残念でならない。たとえ負けてズダボロになっても、リスクを犯しても攻めまくって負けたのなら潔いが、安全を確保しながらカウンターであわよくばという姿勢は「侍ジャパン」らしく、というより、「侍」らしくなかった。

「専守防衛」はいまでこそ国是となっているが、「侍」と名乗る以上、敗戦国専用の独特の「専守防衛」だけではいけないとおもう。政治的にな幻想ならアメリカが守ってくれるかもしれないと思い続けていられるが、スポーツでは誰かが守ってはくれない。それゆえに勝利の女神ですら守ってくれなかったではないか。

勝てば官軍、負けたらぼろくそというわけではない。日本チームの健闘は称えられて余りあるが、敗北の原因は駒野の不運だけではない。なぜ延長までして、一点もとれなかったか、たとえ10対1でまけても100対1でまけても、一点をとらなくてはいけない。責めることより」守る事を優先させているかぎり、けっして勝てないのである。日本サッカーをよみがえらせ、発展させるには、健闘を称えるだけでなくシビアに批判し、反省させなければ日本国同様明日はない。

負けても褒めちぎるマスコミにも問題がある!しかし「敗軍の将」岡田が下手に言い訳しないで自分が力不足だったとしているのは、素晴らしい。それでこそ「侍大将」・武史である。

「これでいいのだ」いまさら相撲協会に目くじら立てても詮無い事

15107007大相撲の賭博問題で日本相撲協会は21日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、名古屋場所(愛知県体育館)開催について、初日1週間前の7月4日に臨時理事会を開いて最終判断する方針を決めた。
 記者会見した武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は「(開く方向で)準備を進めることを決めたが、特別調査委員会の報告を受けて改めて協議する」と語った。
 野球賭博などをしていたと申告した力士らの氏名は、理事会出席者にも明らかにされなかった。
 理事会では外部有識者で構成する特別調査委を正式に設置。直ちに初会合を開いた。(時事)

ヤクザが胴元の見世物小屋が儲かるから、どんなに俗悪な出し物やプレイヤーであっても袖の下が効いている悪代官は認めざるを得ない。これは江戸時代から変わらない日本独自の構図である。この伝統を死守しているから「国技」というのであろう。

40syaraku-1歌舞伎役者ですら今は鬘なのに、相撲取りは断髪令無視すなはち法の埒外であるから、まだ丁髷である。ゆえに法を犯しても許されるのだから、堂々と名古屋場所興行を打っても不思議ではない。仲間内の「掟」さえまもっていれば、公の「法」は無視するというのが本来の渡世人であるのだから、ヤクザ家業を正当に受け継いでいる集団の咎人の名を公表などするはずもない。

これでこそ日本の伝統・文化を守る「国技」大相撲一家の真骨頂であり、八紘一宇我が日本そのものというべきである。

ヤクザ地回りの興行権は絶大であるから、お上なんぞをたらしこむのは造作ないこと、おなじ家業の「NHKの」に高く売りつけるもシノギの常道である。いやめでたい!

この際、本場所開催の間隙を縫って、国技館や各地の体育施設でドバを開いたらいいのではないだろうか。ハレの日には見世物小屋と香具師の店が開き、どこかでかならず盆がたつ。手慰みも含めて日本のハレはヤクザのシノギの日と決めればいい。いっそ国民の祭日に指定してすべて公営のギャンブルにすればいいではないだろうか。いやそれでは裏家業への「民業圧迫」になるから、いままでどおりでいいのだろう。

大相撲的なる日本の体質を常に許し、長いモノには巻かれた農耕民族の伝統・文化はそう崩れそうもない。民はいつも高い年貢を取り上げられ、その上、野盗やヤクザに農作物を掠め取られて泣いていることに耐えてきた。革命もしないマゾ国民としてこれからも生きていくのだろう。

めでたい、めでたい。相撲協会万歳!、、、なのだ。
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