岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

ジャーナリズム

2%の消費税の「お目こぼし」を有難く頂戴する者

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これを「せこい」と言わずしてなんという!

イギリスやフランスでも約20%の商品にかかる税はあるのだが新聞は駅売りで極めて安く、イギリスに至っては0%である。しかも同じく課税0%には他にも食料品、居住用建物、家庭用上下水道、交通費、書籍などがあったように覚えている。

かててくわえて

たしか医療や社会福祉、教育、郵便そして映画演劇鑑賞にも税金がかからなかったと思う。こういったものはそもそもが非課税という考え方なんだから。

なのに

我が国では

消費税がかかるのは「当然」のように根拠のない財政危機を盛んに煽っていたくせに、個別自分たちのことになると各新聞社は政府に「うちらも軽減税率にしてくれ」とずっと「せこく」懇願していたのである。

そして

軽減税率を政権与党がそれを正式に容認した。新聞社はうちうちで喜んでいるらしい。

馬鹿じゃなかろか!

ブンヤがやくざだとは昔から知っていたが、じつは「おもらい」さん=乞食だったとは寡聞にして僕は知らなかった。

というのは

これは取引なんだろうから、選挙対策として与党は何らかの要求をしてきてしかるべきだろうし、もしまったく具体的な介入がなかったとしても、新聞側が勝手に権力の意図を「斟酌」するとか自主規制するだろうという「期待度」が背後に見え隠れしている。

まさに

与党の恩着せがましく醜いこと、この上ない。でも、、、

それより

もっと醜く「せこい」のが新聞各社である。

今まで

口を酸っぱく言ってきた社の意見=財政危機だと心から思うなら、わすか2%払うのをケチる必要がないし、ひるがえって方便としてつかってきた「文化に課税はけしからん」という論調をあくまで貫くのなら断固「0%に下げろ」というべきであろう。

いったい

君たちは何を言っているのだ。君たちにはもう「へなちょこ」しかのこっていないのかっ!

こうした

まやかしを口する人を一般的には「うそつき」と言っている。

すると

そくざに子供でも知っているこの諺を思い浮かべる。

「うそつきは泥棒の始まり」

つまり

天下のNHKが強制的に家庭におとすれ脅してゼニをかすめる「強盗」だとすれば、新聞社は嘘つきの「どろぼう」か「詐欺師」ということになるのだろう。

なるほど

これで口車稼業が政治家だけでなく、マスコミ全体に広がっていることがよくわかった。これはエボラ出血熱どころじゃなくて「せこい症候群」の感染爆発だったのだ。

社会部記者にも一言「苦言」があるのだ!

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少年犯罪とくに猟奇的な犯罪は大人がそれを理解できないのでひたすら被害者をさらし者にして加害者を徹底的に隠そうとする。権力の走狗と化したマスコミは犯人の詳細を知っていながらひたすらそれを隠すことで権力の覚えめでたきを得ようとして「高校名」までモザイクを入れている。

醜男、醜女のくせにそんなにお小姓になりたいのか、森蘭丸じゃあるまし!!

ふつう、記者は事件遭遇とともにさっそく非合法であっても「雁首」顔写真)をとりプロフィールをとるのが原則だからそれはすでに出回っているはずである。

知っているけど世間には出しません、といって権力(暴力装置=警察)に恩着せて媚を売るのが最近の記者の流行らしい。

そんなこと

いくら落ちぶれたとはいえ、俺は嫌だ!!

そんなジャーナリストなら死んでしまえ。無頼こそが文屋の矜持なのだ。


そういうわけで、

「僕は」勝徳弁護士の娘にして殺人犯になった「もなみ」さんが佐世保北高の生徒であったぐらいは誰でも知っているのだからマスコミで公表してもいいと思う。そして被害者には同情するが、加害者のスポーツ万能にして東大志望で、かつさばさばして自分を「ぼく」とよび、世の中を軽蔑しておりような目線の鋭い頬骨が若干張った「像」を公表したくてたまらない衝動の駆られている。


東大卒にして某組織の役員だった母(宏子)の急死、父の再婚まではマスコミで喧宣されてはいるだろうが加害者本人の顔はさすがに公表されていないだろう。、、、と思う。


サカキバラ事件でもそうだが、彼は今もう娑婆で普通に暮らしており、だからと言って建前の更生教育が功を奏しているとは全く「僕は」思っていない。

つまり、「狂気」もしくは「狂気とされるもの」が常識人の善導によってなくなるとしている現行少年法の根本理念に「僕は」疑いを持っているのだ。

もっと本質的なところにある「狂気」を同じく「狂気」の愛をもっていけいれることなくて、この種の少年犯罪はなくならないと思う。

変な話だが僕が同じ屋根で暮らした女性はなぜかすべてに「狂気」があった。「狂気」があったけれどしかし二人の「愛」の阻害要因とはならなかったし、むしろ「愛」こそが狂気の「抑止力」になったと「経験上」思っている。


ところで

佐世保北高では全校集会を開き(これも経験的にだが進学校にはお盆以外夏休みなんかないはず)生徒に「命の大切さ」を教えたというが、この建前の儀式こそが生徒の大人への不信感を増長させ、刹那的な衝動をより促すことになっているのだ。「命が大切」とは小学生でも知っており、老人でも知らないで自殺している人がいる。まったくナンセンスな学校行事である。

しかも

15歳といえば男子は元服、女性はすでに月を刻んでいるはずだから立派な大人である。

ただバランスが不安定なだけで(バランスが取れている大人は「嘘」を許容できるが)各能力は愚鈍な大人を超えている場合が多い。

たとえば高一でメタボ親父よりはるかに速い球をなげる高校球児や大人を交えたオリンピックでも水泳なんか優勝する者だっているのだ。

したがって

未成年の犯罪には特に二種類があって、いわゆる何も考えていない浅薄極まりない愚犯と、本人は
社会を理解していながら「それでも」踏み込んでしまおうとする「確信犯」があり、おそらく後者であろう彼女は淡々ときわめて「理知的に」尋問に答えているだろうと思われる。

もちろん本人でなければ「理由」など分かるわけがない。

であるから、

多分ロカンタン(嘔吐の主人公)のように殺人理由など「太陽がまぶしかった」などとしかと答られないだろうが、それでも犯罪の「動機」を必要とする「大人」と適当に口裏を合わせてまうことも「五月蠅い」からありうるだろう。

しかし

そうやって犯罪を落着させ、更生させていく形式的な作業プロセスはまったく彼女自身の問題解決ならないと思う。

ただし

優れているとはいえまだ幼い15歳で愛を喪失したものは、父のように同じスケート仲間とすぐに「愛」を得るほど
「器用」に人生を渡ることが出来ないのである。


「いやな、、、渡世だなぁ〜」


戦前回帰大成功、夜な夜なつづく「ご接待」

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日本のマスコミは夜な夜な権力の「お食事会」に「およばれ」されることが「恥」でなく「名誉」だと感じているらしい。

したがって、

そんな「不都合な真実」など、はなっから報道するわけがないのだ。


だから福島で起こっていることは美談にこそすれ、単純な事実すら報道しないことが彼らの「掟」になっているらしい。21世紀になっても「爆弾三勇士」まがいに、爆発したフクイチに残って作業する(勇敢なる)所員をマスコミは盛んにほめそやしたけれど、その実態は当時の原発所員のほとんどが「敵前逃亡」を図っていたのだ。

それに朝日のやり方もあいかわらずせこい。

戦いの真っ最中は「爆弾三勇士」を煽り、三年後にははやくも免罪符ってか?何がスクープだみんな知ってて言わなかっただけではないのか?


それはともかく

今の日本のマスコミは第二次大戦中と「まったく」同じ構図であって、歴史的悲惨な大敗北であったミッドウエー海戦ですら「わが軍の大勝利、損害は軽微なり」といい続けているのである。

だから当時から日本のマスコミを外国のマスコミはいぶかしがり、真逆に近い独自のFUKUSIMAの報道をしてきた。しかし単一民族単一言語しかもNHKという国営の政府広報機関が「唯一神」であるからドイツ語や英語は分からないし分かっても「聞こえない」のである。冒頭の単純な見出しがそれを如実に物語っているのだ。

だからといって、

諸外国のメディアが優れているというわけではない。取材が十分というわけではないし、大半が日本の記者クラブにしか取材機会、つまり記者会見やフォトオポチュニティ(えらいさんが並んで撮影のようなもの)すら与えられてはいないのだ。

にもかかわらず、

誰でも知っている当たり前のことを外国メディアは報道するが、日本のマスコミでは絶対に報道しないのである。



ちなみに安倍晋三は連日息を吐くように嘘を言っているけれど、一つだけ約束が実現されていることがある。

それは「日本を取り戻す」である。

まさに日本の報道は70年前に完全に戻ったのだ。「福島の敗北を認めてはならない」ということはかって「帝国の敗北」を認めなかったようにである。「原発神話」は「常勝帝国軍」の「神話」と同様になったのだ。

このことだけは安倍君の有言実行を認めよう。

ほかはみな嘘で詐欺的な手法だが「(戦前の)日本を取り戻す」ことに「見事」成功していることを認めざるをえない。結果、日本のマスコミの体たらく、、、嗚呼。


その結果各国が鼻白むのは仕方がない。

だってその安倍君を支持しているのは国民なんだから、、、、。

お上に消される覚悟のブログ:「暴動のススメ」

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いわゆる暴動がなぜ起きないかという問題である。今や世界中で起き、まさに起きんとしているにもかかわらず日本ではその気配すらない。たとえばシリアやエジプトのようにほぼ内乱状態だと認知されている国のほかロシアでのウクライナ問題、中国ではウイグル族問題だけでなく何万件何十万件単位で起きている。

潜在的にはアメリカでも今暴動の危機が高まっている。建前としての「オバマケア」も実際の運用ではさまざまな事情でかえって非保険者が増えており、フードスタンプに対する予算も削減傾向にある。つまり貧乏人の絶望がピークに達しているという意味では中国もアメリカもロシアも同様であり、些細な問題が発端となって国家が揺らぐほどの暴動になる可能性を秘めている。そして、それらの原因はそれぞれ複雑な問題を抱えているようにみえて実は明確なのである。


要するに貧富の格差が臨界点に達しているからであろう。


たった1%足らずの一部の富裕層にのみ富が蓄積され99%の国民が貧困化するというのは、もともと資本主義が持つ欠陥であるがこれを社民主義的な、また共産的主義な経済政策で乗り切ろうとしてきた「幻想」がおよそ一世紀ほどで終わったというか、綻びの修復が不可能になってきたのである。

僕は決してペシミストではない。しかし「幻想」というものが永久に続くとは思っていないだけである。だからといって
リバタリアンでは絶対ない。なぜなら勝者ではないし、なろうとも思わないからである。


アメリカの政府は実は露骨な新自由主義者であるが、弱肉強食、小さな政府、軽税冷酷主義批判に「それは共和党」の「せい」にして福祉の増大がかなわないと弁解し、結果、貧富の差を拡大している。日本は財政危機を煽って福祉を下げ消費税増税を正当化しているが基本的な流れはアメリカに追従してだけである。巧妙な詐欺であるというしかない。

つまり貨幣経済こそが金科玉条であるから札束の輪転機を回すことで、かの「幻想」を長引かせているだけなのだ。それによりインフレになって格差が拡大して貧乏人が塗炭の苦しみを味あおうと絶対に暴動が起きない日本は例外としても世界はじつは爆発寸前なのである。

これは経済先進国だけでなくブリックスでも同様で名ばかりの「共産党」独裁の「資本主義国家」中国やワールドカップ&オリンピックを控えたブラジルでも暴動の多発化に打つ手がないのが実情だ。

日本はこの危機の中にあってもう一つの臨界点すなはち原発事故をかかえているが、貧民の怒りが全く聞こえてこない。ブルジョワ左翼ジャーナリストたち富裕層であるから秘密保護法に「免罪符」を打って置こうとして建前反対のアピールをしているがこれを茶番と言わず何と言おう。

本当の非正規労働者たちは今も貧窮と放射能被害に怯えながら黙して語らず、たとえ語ろうとしても秘密保護法で一網打尽というわけだ。語れるのは日常的に「ごち」になって機密費で懐の暖かい者たちだけで、彼らは「言論の自由を守れ」とか言って貧困層のガス抜きを企んでいるようだ。

ところがそんなことをしなくても、すでに経済的敗者達はもう日光の三猿状態にあり飢えとゼニで「完全」に権力の手の内にあるのだ。たまに僕のような「経済的敗者、知的強者」が犬の遠吠えを繰り返しても届かず、圧倒的多数を与党に与えあらゆるメディアがこれに追従している以上、「暴動のススメ」などと言おうものならテロリストという一言で封じ込められてしまうのだ。

しかし考えてみよう。あらゆる手段がなくなり「嘘」と「虚構」が罷り通る世の中で果たして「暴動」以外に手なぞある訳がない。既成サヨク「お花畑」の住民は実は「お金持ち」であるという事実を皆さん知らないのでしょうか?報道の大義に隠れ「みなさまのNHK」から「あべさまのNHK」になっている実態をご存知ないのか?

「歌を忘れたカナリヤ」は聞いたことがあるが「怒りを忘れた民族」を寡聞にして聞いたことがない。権力は明らかに暴力装置を使って「お縄にするぞ」と恫喝しているのに、我々は「知識人」と言われる富裕層の懐柔策としての反対「表明」だけで我慢しろというのか。躰を張ってる奴なんかいやしない。

指をくわえて「おもらい」を待っているだけじゃなく「暴動」だって出来るんだぞと「倍返し」の恫喝をなぜ加えようとしないのだ。

俺には分からねー。日本人の99%もマゾヒストがいるなんて、、、。

しつこくVATされどTAVしかるにVATしかし「消費税」にあらず。

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もう決定したことだからぐだぐだいっても始まらないが安倍の決断した「消費税」なるものと欧米の付加価値税VATは「似て非なる」ものであり、一律にかける消費税導入など先進国ではあり得ないことを肝に銘じて欲しい。

先日も消費税の酷さを強調するあまり誤解を与えた感のあるVATであるが、たしかに重税である。しかし具体的には高福祉でありかつ「軽減税率」がほとんどの先進国では常識となっている。日本も検討する「姿勢」だけはあると言い始めたが「煩雑」を理由に実行は難しいと思われる。

具体的な例としてフランスの物品には平均19.6%が課税されるが「知」の象徴である新聞には2.1%しかかからない。
「ゆりかごから墓場まで」の高福祉であったイギリスに至っては標準課税が20%であるにもかかわらず「知」には0%と明確である。

もちろん現代の新聞の一部には問題もあろう。しかし、時の権力へのチェックがいかに重要であるかそれが、民主主義に基礎をなしていることを国民も為政者も共通した認識を持っているからである。さらに高額の税金をかけると低所得者は新聞を買えなくなり、情報の格差が生まれるという指摘もある。

欧米では伝統的に「知識に課税せず」というのが政治家であるとされている。

これには貴族社会の驕りだという反発もあるが、戦前の日本にもあった「ノーブレス」な者の当然の義務としてあって当たり前のことであろう。

ネタバレになるけど、例の「風立ちぬ」の主人公の献身的な人助けは紳士として「かっては」当然のことであったし、そうしつけられてきたのだ。

政治家に矜持がなくなって久しいがマスコミにも意気地がなくなってきた。これでは「消費税」のような「卑しい」発想が生まれるのも致し方ない。

鶏が先か卵が先か。

僕としてはまず、マスコミが襟を糾し、政府の間違いを堂々と批判することから始めないといけないと思っている。
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