岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

マスコミ

私たちにできること。地震災害をみんなで克服しよう

福島第一原発事故について、虚実さまざまな情報が乱れ飛んでいますが、まだ整理できていません。だから今日はつまらない業界の話ぐらいしかできません。お許しください。

また地震から一週間、私にできることをずっと考えてきましたが、もともと無芸大食の私個人としては、リュックを背負ってボランティアに飛び出すことも出来ず、節電と買い控えをしないことしかできず、悔しく情けなく、被災地のかたに申し訳なく思っています。

元気な方やモノや金で何らかの貢献をしたいかたは、特定のルートをお持ちの方以外は、お近くの役所の窓口を訪ねるのが一番安全で確実な方法ですから、そこでどうすればいいか聞いてください。

災害は誰がどうだというより、まず助け合う気持ちを優先させてください。お願いします。

私たちにできることを出来る範囲でまず出来ることをやってから、責任の所在を明確にしたいと思います。ゆえに私個人は少々自省しています。

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さて震災後テレビは一時CMなしで報道し、改心したのかと思わせましたがさにあらず、体質は全く変わっていません。

震災直後はまず自分たちの力の源泉である記者クラブ護持に専念し、認可事業による独占権を維持する為、政府向けに自主規制し、総務省の電波担当の心理を「忖度」したにすぎません。

NHKにあっては当初はより政府よりでありましたが、東電には何の義理もないので比較的シビアに原発事故を報道していました。しかし政治のリーダーシップが経済産業省官僚のヘゲモニー下にあることに気が付き、ほぼ東電の「活躍」と枝野答弁を金科玉条とするような学者を集めるようになってしまいました。

一方民放は、しばらくすると背に腹は変えられず現金収入の元になる「CM枠」を入れました。しかし枠はつくったものの、まさか大手スポンサー東電の原発推進CMやオール電化のCMは入れられず、かといってガソリン不足にラグジュアリーな車のCMも、死亡者が増え続けるなかで保険CMもなく、三大お得意様がどうしてもつかめないのです。

仕方がないので日本広告機構という全く「稼ぎ」にならないCMで埋めるしかないのです。これが実情であり、今までの荒稼ぎした分を吐き出すしか方法がないのです。でも免許独占維持のため放送を止めるわけにもいかず、延々「比較的安全な」被災地でもリポートをやり続けるしかないのです。もっと悲惨な現場には入れないのです。これこそジャーナルの死なんです。


僕も含めてですが、これは自業自得だと思います。いままで酒池肉林金城湯池に使っていたマスコミが滅んでいく姿です。そうしてこそはじめて日本の再生があると考えます。

「奢れるものひさしからず」お天道様は見ているのです。慎太郎のいう「天罰」とはまさにマスコミのためにあると思います。

泣くな真央ちゃん!!君は全然わるくない。悪いのは、、、

OSK201002260103石原慎太郎は、バンクーバーの結果について
 「もうかわいそうで見てられないよ。あれが日本の実力なんだよ」 
注目の浅田真央銀メダルについてコメント。 「ない。残念だから」

彼の悔しさの本音の発露だろう。また前日の都知事の会見でも
「わたしね、やっぱり選手たちがね、思ったより高く飛べない、思ったほど速く走れないのはね、重いものを背負ってないからなんだよ。国家ってものを背負ってないからね、結局高く飛べない、速く走れないと私は思いますね」
また、高橋の銅メダルに関して
「いいんじゃないんですか、それは。一歩一歩。金メダルじゃないんだろ?」 「まあ、銅から始めようだな、まさに。別にそれは、わたし否定もしませんよ。しかし快挙かね、それは。それほど」

lcl0712211846000-p1慎太郎の問題発言といえば、問題だろうが、マスコミが一日中オリンピック放送をして、メダル、メダルと大騒ぎしていることへの皮肉でもあろう。毎日ほとんど全局で、低調な冬季オリンピックを空騒ぎするのは、高い放映権を買っている割りに盛り上がらなくて、コストわれしないように、視聴率稼ぎに血眼になっているからだ。東京や札幌でのオリンピックの時のように、いまさら高度成長期でもなく、国威発揚でもないから、テレビの収益はそれほど上がらない。しかしオリンピック放送権料はとてつもなく跳ね上がっている。だからテレビだけの空騒ぎとなって、見ているひとがしらけているのは事実だ。苦戦といわれるけれど、これが日本のオリンピックの平均的実力である。たんにマスコミが騒いでるだけなのだ。

サッカーもそうだけど、韓国にはもう勝てない。というより、これから発展していこうという国にスポーツで勝とうとするのが、ムリなのだ。国技である大相撲ですらモンゴルはじめ外国人に上位をしめられており、覆すエネルギーはもうない。大鵬も玉子焼きも飽食の時代には不要なのだ。根性も克己心も空腹からしか生まれない。慎太郎の人権無視発言は毎度おなじみ右翼的で、いけすかないが、だれもいわない一面の事実をいいあてている。マスコミがスポーツをだめにしているのだ。

一番の被害者はアスリートである。低開発国では国威発揚の道具とされ、日本のような先進国ではマスコミの宣伝財に使われる。浅田真央なんてまだ19のいたいけな少女である。そんな可憐な少女を泣かせているのは、彼女に金メダルを強要し、煽ってきた強欲なマスコミでしかない。堂々2位にも関わらず、ミスした自分を責めて泣いている。己の欲望のために、年端もいかない少女を泣せる大人達は許せない。

時代劇なら、こどもに曲芸をさせて金をかせぐ悪い親方でであり、鞍馬天狗に斬られて当然の役どころであるが、現代ではその悪い親方をプロデューサーとよび、いくら呼んでも、天狗の叔父さんはやってこない。

ヨナちゃんも真央ちゃんも、真面目に努力してきた純粋な「いい子」である。しかしメダルの重圧を彼女達に背負わせてきた大人達の、どろどろとした欲望は醜い。

石原慎太郎のナショナリズムはオリンピック精神とは、まるでかけ離れている。しかしスポーツをビジネスにしていることへの彼の嫌悪感には、つい頷いてしまう。マスコミはオリンピックしか伝えることがないのか!

原口一博の秘めたる野望

haraguchi-kazuhiro原口一博は典型的な松下政経塾あがりのかくれ権威主義者である。とくに総務大臣に着任してからは、小沢に気に入られ次の総理を目指しているようだ。25日には、その小沢の事務所にライフルの銃弾が封筒にいれて送られてきたことが明かにされた。これでローマ法王が襲われたりしていることもあり、保安警備は厳重になる。これも原口には「追い風」となることだろう。その理由は後述するが、彼自身はただの権威主義者である。もっと偉くなって、夢は外国に行って軍隊の栄誉礼をうけたいというだけの佐賀の田舎者でしかない。また「ある組織の手先(スーパーハッカー)に自分のPCをハッキングされ、ハードディスク上にあった国会答弁の内容が入ったファイルを消去されるなど、日本政府も逆らえないような恐ろしい「闇の組織」と現在闘っている。」という過去の発言にみられるような誇大妄想癖もある。最近、放送通信のタスクフォースを結成して、先日のフォーラムなどに気に入った連中を呼んだりしている。これはマスコミを牛耳るのが、もっとも権力を操るのによい、手段だと思っているからだ。テレビタレントとしてもスターでありたいのだろう。

GHQの時代の放送委員会みたいなものを狙っているのではないか。もしそうだとすれば、表向きマスコミ規制で一番いいのはいきなり新聞の発行停止だとか、放送禁止ではなく、警備、保安の都合上、氏素性の明らか
photo162221なものだけを政府に引き入れることである。つまり現在の記者クラブ制度を死守し、大手マスコミからなる記者クラブの要請として、たとえばネット系記者とかフリーな言論人を排除するやり方である。マスコミの取材源と発信手段(たとえば電波法)を独占させる飴を与えて、マスコミを単なる政府の発表機関と変えることは、権力意識の強い政治家の特徴である。ゆえに暴力は2・26の例を挙げるまでもなく原口には「追い風」である。記者クラブ批判する(写真右上)人たちを避け、まがりなりにもBPOがあるのに新制度を作ろうとしている意図が見え隠れする。電波料の値下げやテレビ局への公的資金導入のぶら下げているにんじんである。大金持ち(テレビ局員)をこれ以上金持ちにしたいのか。自分の野心の為に手段を選ばずか、なるほど。

師・小沢の訓戒(田中派の怨念でもあるが)で放送を牛耳るのが、一番権力に近いので、政官財癒着ぷらすマスコミの体制をあらたに創ろうとしている。もっとも政治的権力からはなれた組織をつくるといえば、聞こえはいいが、その実、記者クラブを温存して、そこに閉じ込めようとしている。この構図は朝日や旧社会党がもっとも市民に近いフリをして、じつは既得権をまもり市民と一番遠い実態であったことを連想させる。

大本営発表を忠実に守った朝日やNHKが、戦後はGHQの奴隷となり、いまや原口の野望の走狗となっている。自己保身のために誰にでも体を売るのが電波芸者の習慣だから、いまさらやめられないといえば、しゃあないけど、矜持という言葉はもうなくなったんだろうか。走狗=マスコミと乞食は3日たったら辞められないという。そういえば「乞食」が放送禁止用語なのは、だからだったんですか。

「合意に留意する」って何?COP15

cop15延々とコペンハーゲンで開かれていたCOP15は、各国首脳が集まってほとんど徹夜してつくった「コペンハーゲン協定」が提案されたが、結局各国の賛成にいたらず、「合意に留意する」という曖昧さで幕を閉じた。はっきりいって、これほど訳の分からんニュースはない。新聞もテレビもなにも伝えず、現象だけを「伝えている」つもりになっている。たぶん自分でもわからず、喋っている「現地リポーター」のアホ顔だけが、印象的だ。というより明言して、自分の責任やミスになるのが、怖いから、ただ現象面だけを間違えないで、喋っている。これが「報道」なら馬鹿でも既得権をもってますよ、とアピールする集団のあほ踊りみたいなものを「報道」とおもっているようだ。不愉快だ。自分たちだけで勝手に騒げば〜(クレヨンしんちゃんのまね)

記者クラブで死守している国内「報道」が権力のスピーカー(日本語で”走狗”という)であるように、外国までいって浪費しても、やってることはおんなじ「大本営発表」に過ぎない。したがって大本営のコメントが意味不明ならそのまま意味不明で伝えることを、「報道」だと勘違いしている。まあそれで飯が食えるいい時代だから、老人が怒っても、詮無いことではあるが。でもすくなくとも、言葉の意味ぐらい考えてもいいのではないか。でも、考えないでも金がもらえるから、否考えると排除やいじめにあうから、考えない習慣がついたのだろう。だからネットで「マスごみ」といわれるのだ。でもゴミといったら塵が怒られる「そこまで腐っちゃいない」と。

しかし、そもそもマスコミを批判するより目先のセコイ利害で20091126-00000326-reu-int-view-000、環境になんの手もうてない人類に問題があるのだろう。自分の利益だけしが考えない世界の首脳、そして先送りでしたと、ただ伝えるマスコミ。欲望とその代弁者=政治家、そしてその走狗=マスコミ、との連係プレーをずっとやってればいいのだろう。どうしても煙突からもくもくCO2を排出して、「坂の上の雲」にしたいのだろう。低開発国は高度成長し、先進国は既得権をまもりたいのだろう。来年までは大丈夫だろうと先延ばししてるうちに、人類が滅ぶことを、想像できないのだろう。それより目の前の金さえあればいいのだろう。何億何兆あっても、国家そのもの、地球そのもの、命そのものが消滅すれば、使えないのが、分かってるのに、それでも裕福になりたいのだろう。

金持ちの考えてることは、貧乏人には分からない。きっと自分たちだけで極秘に「ノアの箱舟」でも作るんでしょう。そういえば、「2012」という映画をみた。アメリカの楽天的さには、あきれた。

上杉隆の瀬戸際取材

uesugi_sp02上杉隆は正論を吐いている。それは認めるがジャーナリストとしてはつねに瀬戸際をあるいている。フリーという立場ではそういう生き方しかないのかもしれない。でもそれでマスコミの寵児になれるなら、だめもとで危険な賭けをしなくてはならない。もともと学歴もなく(都留文科大学?)経歴もあやしい(もとNHK)のだが、鳩山邦夫の秘書になった(これも何の資格も要らずだが保障もない)ことで政界とマスコミ界に顔をうったことが大きい。週刊誌に実名で記事を書き、出版社に著作を売り込むのも資格は要らない、とにかく売れれば買ってくれて売れなければ捨てられるだけだ。だから噂レベルや飲み屋での与太話でも記事にするしかない。そうして取り上げられた安倍普三とか平沢勝英なんかから抗議をうけている。根拠に乏しいのだから仕方ないのだ。でもそうして話題になれば週刊誌も単行本もとりあげてくれる、テレビ出演の機会も増える。そうしてなんとなくジャーナリストとして名が売れれば食えるようになる。検証報道しようにも取材源は記者クラブがガードしているから、小杉のようなフリーには取材する機会もあたえられていない。ただ鳩山邦夫の秘書だったから、政界やマスコミ界の知り合いは多いので、瀬戸際取材の危ないネタでも信憑性がないとはいえない。大手マスコミと政界の談合体質や不文律(たとえば懇談は公表しないとか)をかいくぐり、センセーションなネタで勝負するしかフリーの発言権がないのが実情だ。

だから小杉は悪くない、悪いのはフリーを締め出して既得権と独占権に胡坐をかいている記者クラブであろう。今回の政変で政治家自身がメディアを開放したいといっているが、記者クラブはこれに反対している。しかも大手メディアはその閉鎖性を報道しないから、小杉がひとりで戦っているのは認める。鳩山由起夫自信が「あつ!小杉さん」と話かけているのに、記者会見の主催者は記者クラブなので、小杉のようなフリーは締め出されるという珍現象が起きている。亀井はしかたなく記者クラブの記者会見とフリーの記者会見を一日二回やっている。もとろん同じことを喋っている。非効率的でもそうするしかないのだ。

岡田も開放したいと思いつつ「同行取材していいか」とフリーに問われれば「そうしたいけど人数が無限に増えるので、、、」などと曖昧にしている。
大手メディアに悪く書かれたら政治生命が終わる(中川のように)から記者クラブは廃止できないし、でも情報はクラブ以外にも開放しなければという悩みに、岡田だけでなく殆どの大臣が葛藤している。小杉はその間隙をぬって躍り出た。たしかに妖しい。でも大手マスコミの社員が年俸1500万が一生保障され既得権でのうのうと暮らしているのに比べれば、ヤクザでも香具師でもまだ小杉のほうがジャーナリストと言えるのではないだろうか。

小杉みたいな生き方をしてきた人間の代表が田原総一朗である。危ない橋を渡りながらマスコミで生き抜いてきた人物である。僕は小杉はしらないが、田原とはともに仕事をしてきたから、フリーの壮絶な生き方をよく知っている。でも小杉や田原を正当な言論人とは思っていない。
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