岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

原口一博

癌になる確率、児童の将来を潰すのか!

本来であれば、オサマ・ビンラディン殺害に言及すべきであるが、まだ情報が錯綜していているので集まってから改めて分析、発表しようと思う。
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国内問題は山積しているが、原発問題の不手際がこれ以上続くと、日本民族は消滅するか永遠に路頭に迷うことになるであろう。政治本来の目的が国民の生命と財産を守ることであるのだから、明確に将来健康被害を及ぼさせる政策を採っている現政府が犯罪としてジェノサイドを行っていることを容認してはいけない。容認することは犯罪に加担していることである。

stt11022000340002-s3国民の大量虐殺および棄民政策は、残念ながら意図的ではなく、無能がもたらす混乱ゆえである。このことはそもそも政府の一員であった者(たとえば原口一博)をしても、「(こんなことになるなら)政権交代そのものがまちがっていたかも」と言わせしめるのである。与党の一員でありながら、政治家であること自体に責任を感じるような事態が現実に起り、進行しつつあるからこのような発言になるのである。

政府に諫言すべき叡智が泣きながら、聞き入れてくれない宰相に抗議して職を辞したことは重大である。また、すでにベントで大気中に放射能を放出し、いまも海中に垂れ流しつづけている事実が、誰がどういう理由でおこなっているのかが明確ではないことも問題である。誰が発した命令か曖昧なままで間違った重大な決定が、ずるずるとされていてこうした事態に政治はただ唖然としているだけである。そうしている間にも事態は悪化していく。

PN2011042901000852_-_-_CI0003いうまでもなく小佐古内閣参与の辞任は大変なことであるが、マスコミは言を左右にして問題をみえにくくしている。だから脳梗塞(小生)がマスコミに代わって分かり易く言おう。

いろんな放射線障害はまだ十分検証されていないが、癌になる確率だけを単純にいうと、20ミリシーベルト浴びると百人に20人の割合で、1ミリで百人に一人、100ミリだと全員癌になる、とされている。なせこんな分かり易い医学的見解を報道しないのか。報道しないということはマスコミも政府のジェノサイトに加担していると言わざるをえない。

さらにこの目安は成人の目安であって、子供に対する影響は計り知れないのである。これを誰の命令か分からぬまま基準として、高レベル放射能のなか児童を校庭に放置している政府は、単に無知だったでは済まされないのである。たとえ「未必の故意」であっても犯罪は犯罪なのだ。

そして今日もそうした犯罪を行っている菅直人を夫々の既得権保持と、リスクを負いたくない一心で、誰も打倒できないでいる。しかし批判しても免罪符にはならない。日々事態の悪化を放置している政治家は、いくら反政府を標榜しても実際に引き摺り降ろさない限り犯罪の共同正犯とみなされるであろう。

また成人で健康でありながら、子供の将来を危険に晒す菅内閣を倒せない成人国民は卑怯なだけでなく、自分もまた犯罪者であると自覚するべきである。それでも漫然と新聞とテレビを信じ菅直人大明神を奉っている人は
自ら進んで被爆希望者であろうから好きにするがいいけれど、判断能力のない児童に自殺を強いる権利は無い筈である。

国民全員の猛省を促したい。

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ただし、小生は非国民扱いされているからその任に非ず。自業自得ザマアミロ!

日和見主義者を弾劾する!

改めて申すまでもなく僕は自他ともに認める馬鹿である。それを承知である日本語の意味をそれなりに考える。

「日和見」というのは、空を見て今日の天気はどうだろう、この先の日和をみて、外で農作業するか、種はいつごろまくか、考えよう、、、というのである。もし降りそうで低温が続くようならやっぱ止めよかな、「見定める」まで旗色鮮明にしない、、、と日本語では使われると思う。

で近頃「維新の会」が旗揚げした。とりあえず反対ではあるが、予算はとおす、菅政権は原点に戻れととはいうが、倒閣ではないという。

地方と連帯したいという希望はあるが、民主党執行部と対立はしない。

なんだかわからない。じっとチャンスをうかがっているようだ。こういうことを日本語で「日和見」という。

覚悟のないものが何人集まったって烏合の衆である。

話は古いが、大石が最初に呼びかけたときは大勢あつまったが、ほんとうに「覚悟」のある奴は47人しかいなかったと伝え聞く。

政治家とは日和見主義者「だけ」の集まりにすぎないとは、いいたくないがラクビーボールのニタニタと、かっての友人のJIN、JINと真面目ぶってる顔などをみていると、どうもそんな気がしてきた。

明確な意思を示さないかぎり、今権力を持っているものを延命させるだけである。意外としぶとい菅は実は「日和見」に助けられているのである。
なぜ気がつかないのだろうか。

それとも自分を高く売るために気がつかないフリをしているのであれば、けっかアメリカの走狗と成り下がっていくのである。

確信犯より日和見の卑怯さのほうがもっと醜い。

A'の揺らぎ。原口ラクビーボールの行方

stt11022000340002-s3どちらに飛ぶか分からないラクビーボール・原口一博への信頼をしている人間は殆どいない。本人は旗色鮮明でないため一体どっちなんだとつめられると、「A’」だと答えた。

もちろん国民の生活第一のマニュフェスト原点回帰が「民主党A」でマニュフェスト見直し増税路線が「民主党B」であると本人が定義している。

ところが昨夜の16人の会派離脱宣言組と松木親小沢血盟団との懇親会(つまりAの分派闘争)には現れず、会場からは原口の信用に疑いの声が漏れていた。

実は分派闘争打倒菅を表明しながら昨夜は菅直人と長時間一緒に歓談し、一方でお笑い芸人TVタレント・東国原と会っている。ここと思えば又あちら、名古屋の河村や大阪の橋本に秋波をおくりつつ、では「民主党A」を旗揚げするかといえば「A’」であるといって逃げている。

その河村と松木は民主党時代からの親友であり、共に原口に強い不信感をもっている。

いくら時代劇の似合うパフォーマンスが信条とはいえ、折角AとBに区分けした張本人なのだから、一応政治家としての信念も貫くべきだろう。

もちろん柔軟性はみとめる、なにもフランケン原理主義者になれと言ってはいない、強引な党員資格停止が出た以上「A」のリーダー候補が民主党内いないから原口に国民は一縷の望みを抱いているのだ。

頑固になる必要はないが「筋」だけは通して欲しいもんである。でないと
親方の悪い癖(とんでもないところから神輿だけもってくる)がでかねない
ことになるかも。

一寸先は闇、期待されているうちが華、はやくどっちかハッキリしないと千載一遇のチャンスを逃がすことになりかねない。

もうどちらにしても菅は長くない。ぼやぼやしていると仙谷使命の危ない目差し・前原や財務省の小間使いのただのデブ・野田のポスト菅亡国内閣が続くことになりかねない。
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以上民主党内でのマスコミにでない意見を集約してみました。尚ブログ更新が遅れたのは自力でpcを修復していたからです。けっか今新しいPCで発信しています。

差し違え?トロイカ時代の終焉それとも又も猿芝居?

215403_c450俺の首を差し出すから、あんたも引いてくれ。

どっかで聞いたような台詞であるが、今、永田町を飛び回ってる流言蜚語に、「またか」という溜息こそあれ、だれも驚かない。

八方塞の菅の一手はこれしかないのか?

総理のすげ替えを何回やろうというのだろうか?

漂流する日本はいつまで持つのかだれにも分からない、分からないなりに死ぬまで既得権を死守し、「幻想」を後生大事に抱き続けている茹で蛙たち。破滅は一歩いっぽ確実に訪れているというのに。

そう、仙谷、馬渕ていどの内閣改造では到底「一兵卆」の首の重さには及ばないとみた菅は己との差し違えまで行くらしい。異様な昂揚とはそういうことだったのか。

小さい小さい。でも彼は思いつめて、いくところまでいったようだ。自分を含めた内閣改造?石井一のアドバイスも強烈だなー。

しかし、だれもそんなことは望んでいない。一人相撲っていうか、自傷行為にちかい。中坊じゃあるましし、還暦過ぎた老人の「閉じこもり、リストカット」なんて誰も関心がない。ほっとけばどうせお迎えがすぐなんだから、急いでも同じことである。

閉じこもりでついでにいえば、夕飯は残りわずかな日々を美食三昧で気を紛らわしているらしいが、昼食は官邸執務室に閉じこもり、一人で食べることが多いようだ。

普通忙しく仕事をしていると昼ぐらいは「飯でも食おうぜ」ときのおけない同僚や部下に声を掛けるものだが、周りを誰も信用できないのであろう、一人寂しく昼食をとることが最近増えてきた。

だからどうというこはないが、自分が裏切った覚えがあると、他人に裏切られるかもしれないという妄想に付き纏われるようである。もちろん一般論としてなのだけど。

いずれにしても、ころころ変わればいいってものじゃない。国家そのものが転げ落ちていることが、まだ認識できないのだろうか?

不幸な歴代首相と不幸な国民。で、次にくるのは菊人形?鉄ちゃん?それとも別な党の兵器オタク?どっちにしても不幸に変りない、嗚呼。

あっぱれ!あのラクビーボール、一心太助、菊人形が久々の「正論」

haraguchi-kazuhiro民主党内のコップの中の嵐は国民生活をないがしろにしたまま暴走している。なのに経済危機に対して何の手もうてない菅直人続行か、強制起訴を煽られている小沢一郎か、でセコイ多数派工作に奔走している議員を選ばざるをえなかった国民の失望は大きい。

そんな中、、、。

オーナーシップや電波権で中途半端にしか喧嘩できず、結局記者クラブの軍門に下りそうになっていた原口一博だが、ここにきてすこしマスコミに抵抗しせいを見せてきた。この正論がそのまま腰砕けせずいければ、ラクビーボール(どっちに転ぶか分からない)という蔑称を取り下げてもいいくらいだ。

その正論とは166075_c450言うまでもなく、小沢一郎をさして「推定無罪」であるとこや、
検察審査会が民主主義を制限できるのかを真正面から問うまさに彼の「正論」発言である。

これに早速反応した岡田克也などは、政治は法律論ではないなどと意味不明の「迷言」を吐いてあくまで菅政権下での外相の甘い汁を死守しようとしている。見苦しい。

ラクビーボールそのものはまだ信用できかねるが、その真の意図に関わらず、彼が言ったことは正鵠をえている。まだ裁判にもなっておらず、マスコミにリークしまくりの「あの」検察ですら起訴できない人間を犯罪者扱いするマスコミおよび反小沢勢力には、基本的な人権意識すらないのであろう。しかもその「推定無罪」者を検察審査会が強引に強制起訴という言葉でブラフにかけるというのなら、審査会にすくなくとも民主主義国家の代議員制度を制限できるほど力があると言うことになる。

すくなくとも公党の党首の立候補予定をやめさせる権力が、素人集団の検察審査会にあるとはだれも信じていないだろう。検察が起訴することも諦めた「小沢放逐」陰謀を、検察審査会制度を利用して追い詰め、マスコミの協力を得て、どうせ法的に立件できないからせめて「風評」で政治家生命を奪おうとするのであろう。はたしてこんなことが許されるのか。

もし「検察審査会が自由に操れる政治」が可能なら、日本は民主主義を放棄したと内外に宣言すべきである。

個人的には小沢も原口も虫の好かない輩であるが、「正論」は正論。一法学徒としてマスコミのあやしげな「世論調査」に法律が左右されることには憤りすら覚える。

「小さく生んで大きく育てる」。この間歴代首相がご祝儀相場で一時あがった支持率が政策実行過程ですぐダウンする傾向が続いた。この際悪相宰相が最低支持率から始まって実行段階で徐々に上向いてくるかもという「夢」を持ちたいものである。あまりにも絶望的な政治状況に於いて、国民がそれぐらいの夢をもったっていいだろう。

今回、ラクビーボール君あっぱれ!(お前は張本か)

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