岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

岡田克也

生き残り作戦の失敗談

自称「野党」が参考人承知で妥協し、それまで審議拒否してきた理由をひとつも満足させることなく国会に復帰することとなる。

そして

「野党」分裂だけでは満足できず霧散するまでやってしまおうというこの「小物」のたくらみがまんまと成功しているようにも一瞬思われたのであった。

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つまりこの男の深慮遠謀が成功したかとみえたのだ。

案の定

新生「国民民主党」には旧民主(民進)からも希望からも思ったほど集まらず、残った大物?たちはそれぞれ新希望その他の政党にさらに分裂していったのである。

まさに

「小物」を絵に描いたような大塚耕平がその顔に似合わぬ大博打をうって自民党と安倍政権の危機を「結果」救ってやったのである。(野党自滅作戦)

そして

野党の際限なき分裂を加速していずれは保守の末席でもいいから拾ってくださいとこれ見よがしに手柄を見せ付けているようにもおもえたのであった。

ところが

別に大塚君が野党分裂の起爆剤とならなくても「いずれ」野党が雲散霧消する運命であることにまだ旧民主の議員たちは気がついていないばかりか、胴元の自民がそのような小ざかしいことをしなくても今総選挙をやっても多数を占められることがすでに独自調査で「すでに」明らかになっていたのである。

そこで

大塚は自民にもそして国民にも見捨てられたのである、、、「国民」民主党という党名のなんと皮肉なネーミングであることよ!

にもかかわらず

何を勘違いしたのか再び大同団結を目指すという掛け声で帰って分裂を助長させる動きを意識的にいまだにしているのは驚くべきことである。

そして、それは

大塚のようなチンピラではなく自民予備将校・鉄ちゃん誠司の再びの仕掛けではあったのだけれど、口だけ番長をほしがっている保守政党(自民ナンミョウ)には「もう」いないのである。

ゆえに

前原およびその手下(大塚)らの失敗、表の工作も裏工作もすべて灰燼に帰したのである。

かばかりか

この泥舟集団から早く抜け出そうとチャンスを図っていたフランケン、野豚たちはこの機に乗じて独立し、(旧民主を見捨て)またまた新しい政党を作るべく画策し始めたのだ。

いずれも

どこか地方の信用金庫の「係長」クラスの風貌の大塚や玉木にかかる「保守回帰」の茫漠たる陰謀を背負わせたのが失敗の原因ではあるが、もう終わっている旧民主の残党が狙った起死回生は絶対に無理だということをなぜ仕掛ける前にわからなかったのだろうか?

だから

ゾンビたちは早く往生し、背後霊にでもなって「無念」とうめき続けてさまようしか途はないのだ。

ばか者どもめ!!!早いとこ逝ってしまえ!

モナ男に関する政治論、恋愛論?

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いわゆる度し難いと言う人物はこうゆう男のことをいうのだろうか。

かっては

ひょっとして「あの」前原誠司をもしのぐ逸材ではないかと期待され、めぼしい政治家の中ではすぐにでも彼の時代がやってくるのではないかと囁かれており、左右両陣営からずっと注目されていたのである。

しかし

同じ京大出の最も尊敬する青年将校然と「していた」先輩・前原がつまらないことで足をすくわれ、いまだにその後遺症から立ち直れないでいるのと同様、イケメン?長身で飛ぶ鳥を落とす勢いであり将来を嘱望された若き政治家の星がテレビのキャスターとの不倫で評判を落とし、彼もまた先輩・前原同様「若いまま老けていき」一部では早くも「若年寄」(歴史上の意味と違う)とまで言われ始めているのである。

というのは

彼がいまだに「モナ男」くんと呼ばれているからでなく、かって、何時かは党首それどころか総理大臣の器だと言われて久しかったにも関わらずその芽がほぼ絶望的になったからである。

というのは

一つはいくら泥船といいえども一度は政権党であった民進党の代表代行を降りたことであり、いくら気に喰わないことがあっても女性(蓮舫)には山本モナにだけでなくすべて優しく支えるべきだったと思うから?であり、今一つは一時、地元の静岡県知事になろうとして相手が強いと見るや、しっぽを巻いて断念したことである。

この

一見関係ないような細野豪志にまつわる最近の二つの現象を見ていると、もう天下を取る気がなくなったのかと感じてしまうのである。あの青雲の志はどこへ行ってしまった?(」“Where have all the flowers gone? ... )

もちろん

今の民進党の現状からすると萎えてしまう(モナ男の部分の方はお盛んかも知れないが)のは理解できる。まして代表代行辞任に際して野豚幹事長から「党内融和、再建」を言われた日には「お前にだけは言われたくなくない」と思うのは当然であろう。

もとより

野田自身が旧民主党を破壊した本人なんだから「お前(泥鰌豚)が去るのが党再建のただ一つの途」であるとは細野のみならず党内のほとんどが思っているであろうからである。

しかも

共産党とか連合にいまだに秋波を送って結果的に自らの支持基盤を減らすことになっている戦略の誤謬は幹事長並びにお飾り党首の責任によるところが確かに大きいのである。

なぜならば

かれら(野田、蓮舫)たちは民進党(旧民主)の真の基盤が「市民」いわゆる昔は分厚かった「中間層」に支えられていたことが理解できていないように思えるからである。

たしかに

陰謀論や一部ブロガーたちの深慮遠謀論を完全否定するわけではないが、民進党自体が民進党の支持をなるべく減らして相対的に安倍政権を支えようと「ホントに」思っているのではないのだから、野豚「さえ」退陣すれば「ひょっとしたら」間違えて流れている小池百合子への票も上手く取り込めるようにも思われてくる。

そのように

淡い脆弱な「期待」もあるのだから、ペンギン男やフランケンや鉄道ヲタクたちの「悪臭?」を断ち、もういちど党を立て直し(新党樹立も可)安倍一強に立ち向かっていくシンボルは細野豪志しかいないと「僕は」ひそかに考えている。

それとも

問題は無きにしも非ずだが山尾志桜里をジャンヌダルクにでもしようというのであろうか?すでに時代は蓮舫や小池百合子の時代ではないけれどだからといって「アニー」の時代だとは到底思えない。

だから

細野豪志君にはつらいだろうが「モナ男」を早く払しょくして「政治信念」を貫いてより精進を重ねてほしいと願っている。もし「愛」を貫くというのならそれもよし、「政治」よりもっと素晴らしいことだ僕は思うけれど、それなら二股は絶対あってはならない。口幅ったいがそれでは相手の女性双方に失礼であろう。

屁理屈?

かもしれないが、恋をするならいつも「本気で愛して」ほしい。映画の「寅さん」のようにである。

、、、とまた支離滅裂ブログで自ら混乱している俊三であった(笑)。

遅ればせながら野党に「喝」!

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既に選挙戦は始まっているが、まったく個人的な雑事の理由で「政治」ブログの更新、またそのもととなる取材すらもしばらくできなかったことをまず謝罪したい。

しかし

べつに開き直るわけではないが、無報酬の上、趣味でも快楽でもまして義務でもないこの作業をなぜ延々と行っているのか?たまには疑問を感じることだって正直言ってあることは否定できない。いくら僕が「正義」の旗を高く掲げているからにも「関わらず」である。

なぜならば

やはり好むと好まざるとに「かかわらず」、国民の生殺与奪の権を持つ(かのような)某晋三将軍様が「新しい方針」であるとさえ言えば、すべての約束を反故にすることもできるし、前言を直ちに翻すことだって可能であることを自ら範をしめされたからに他ならない。

そのうえ

「憲法改正」という「可能性」を裏テーマにした選挙戦はすでに始まっており、圧倒的な与党勢力のパワーがトロイの木馬的要素を含む弱小「野党?」連合を押し切ってしまいそうな勢いがあるからで「も」あろう。

さらに

その与党勢力に一段と力を与えているのがフランケン岡田を中心とした聞きなれない新党(♪昔の名前は?)「民進党」の面々であって、彼らが「憲法改正」という裏テーマ隠しのため、わざわざ消費税増税延期で生じる「財源」を一時的に国債に求めるなどと言い出している「せい」でもある。

これすなはち

「国債発行やむなし」という公約を掲げ、「税収UPで補てんする」という与党と対峙しているように見せかけて、一方で明らかな「論点ずらし」に協力している「行為」としか思えないのだ。

したがって

安倍の「見せかけの(めくらまし)」経済政策の論点に相乗りし、非本質的でかつ一時的な消費税分補てんの技術論で民進党は「意識的に」与党に花を持たせようとしているのである。

だって

とくに社会保障の財源はすべての「税」の再配分の仕方という「根本的な」問題なのであって、「一時的な」偶然の税収UPとか「一時敵な」国債発行などで補てんすべき「筋合い」ものではないはずだ。

にもかかわららず

大衆受けしない(であろう)「憲法論議」をさけ、わざわざ「消費税延期」の極めて技術的な大同小異の議論を吹きかけている民進党の「真意」が疑わしい。そのことの「陰の」論功行賞が岡田らにいかほどのものかは残念ながら僕は寡聞にしてしらないけれども、、、。

ま、かのような

「邪推?」はさておいても、肝心な憲法論議でもまったく核心を避けていきなり「改悪ハンタイ」だの「九条死守」だの言いだして与党側の「真の狙いを」巧妙にずらしているとしか「僕には」感じられないのだ。

たとえば

自民党がいくら安倍独裁でも「いきなり」九条を改正して「直ちに」武力攻撃を可能にし「直ちに」徴兵令を敷くなどということは考えられないのであるが、少なくとも衆参両院で三分の二を獲って「いつでも」「やろうと思えば」憲法改正発議が可能であることを野党や反対勢力に示しておくことが重要なのである。

つまり

国防とは別な意味での「抑止力」を「党」として持つことが隠然たる「安倍独裁政権」を担保するものであると安倍自信が確信しているのだ。

そのことは

いうまでもなく、かの金正恩が「核」を持つことでしか自己の政権は担保されないと思っているのと同様明らかな「思い違い」に過ぎないのだが、誰も批判するものがいない「馬鹿殿」とか「裸の王様」にあってはそれが「ありうる」ことは歴史が証明している。

しかも

問題はそのことだけではなく、「野党?」や反対勢力と思しきものがその「安倍流抑止力」の真の狙いを識りながら相変わらず百年一日のようなサヨク用語である「憲法改悪阻止」とか「戦争法案反対」とか「軍靴の足音が、、、」とか正確でない日本語のスローガンを言い続け上手に「論点」をずらし続けていることである。

もとより

優秀であるかどうかは別として、少なくとも東大出の弁護士であるみずほちゃんや同じく東大出の官僚だったフランケンが、憲法「改悪」ではなく「悪い改正」であるとか「戦争」法案阻止ではなく「安保法案阻止」であるとか「軍靴の音が」国会に聞こえる筈もないこととか、、、を知っているのにわざとしらけるような言辞を「何故」述べるのか。

考えられる理由は多くない

もし

国民有権者を無知文盲の民としてバカにしているので「ない」のなら、それは選挙「戦」の最中に敵権力に「塩」を贈る行為であるとしか考えられないのである。

それとも

永久に「だらしない野党」のままでいたいのだろうか????

今週末の永田町風景異聞

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今の日本で大衆の期待を鮮やかに裏切る双璧といえば、角界の稀勢の里と政界の民進党(旧民主党)が挙げられる。

しかし

稀勢の里の場合は単に弱いと言うだけの理由だから致し方ないが、民進党の場合はせっかくまとまりそうな野党勢力のガラス細工を次から次へと壊すことに血道を上げており、もはや仕方がないというより自民ナンミョウ政権の「二軍」の地位を確保するためのれっきとした裏切り行為であるのだから仕方がない等とはいってられない。

それゆえ

「反安倍」の市民レベルの集団や共産党、小林節新党などの弱小連合が自然にできつつあるのを何とか分断するためには二つの方法しかなかったと考えられ、その一つが自民が放った「草」の代表フランケンが消費増税延期の誘い水をかけることであり、もう一つは言うまでもなくすでに一部自民党議員間では既定路線となって「いた」衆参ダブル選挙を実行することに「あった」のだ。

しかるに

何故「」内を過去形したかといえば、以前から自民・民進間で打ち合わせていた「らしい」互いの領地安堵の約束を覆しかねない「想定外」の事態が起きたので彼らのもくろみが極めて流動的になってきたからである。

とはいうものの

健忘症で一過性の国民大衆がいつまで元米海兵隊員の強姦・殺人事件への怒りを保ち続けるかということもあり、これが約二か月先の「同日選」にどこまで影響するのか諮りかねており、いまだに衆参W選挙への「未練」は永田町にはくすぶっているようだ。

しかし

伊勢志摩サミットとオバマの広島訪問+α(消費増税延期)による以前予定していた必勝パターンがこの事件のために予定通りの効果を挙げられるのかという疑問を持つ「自民幹部」の意見も顕われてきたのである。

そのためか

「つい」(暴行)事件の「タイミングが悪い」とかの「談話」が流れてしまい、一気にW選論がしぼんでしまった感がこの週末顕著になっている。

では、もし

単独で参院選だけとなると、どうしても野党共闘の機運を分断させなければならず、いよいよフランケンをはじめとする自民の「草」の活躍に期待するしかなくなってくる。

そして

その期待に応えるべく、とりあえず「共産党」との引き離しへの「奮闘努力」が民進幹部でさらに熱を帯びてきたのである。(寅さんじゃあるまいし)

ただ

そんな民進党ではあるが「幸いなことに?」常に強いモノの味方で風を読むことでは人後に落ちない執行部の中には「いつまでも自民の”影”だけだと泥船に乗って沈みかねない」と危惧するものを「わずかに」いると聞く。

それも

その筈、もとはといえば「保守系」と「革新系」の寄せ集め集団でしかないのだから、まとまれと言ってもまとまるはずもなく、かといってこれ以上分裂すると「党」に対する「政党助成金」の分け前もとりっぱぐれる恐れから「なんとなく」行動を共にしている「だけ」というのが実情だ。

つまり

和戦両様の構えと言いうことになるのだが、これがもともと呉越同舟なのだから必ずしもうまくいっているとは言えずかえって「再分裂」の波乱を呼び起す結果ともなっている。

まあ

政治的理念より己の生き残り(領地安堵)しか考えないある程度の「地盤」を持つものはそれでもいいだろうが、丁度6年前旧民主の「風」に乗ってきただけのいわゆる「雨後の竹の子議員」は早くも路頭に迷ってしまうという不安ににさらされているようだ。

とまれ

いづれにしても選挙は目前であるがまったく用意していない衆院抜き打ち解散の恐れは一時遠のいたとはいえ、参院選単独であっても野党は一枚岩とはいえず、我々の乗っている安倍内閣の「暴走特急」は当分続くものと思われる。

だって

経済だけは意識しなくてもブレーキが罹りっぱなしだけれど、安全保障・国防に関しての「暴走」は、オキナワでの事件が起きたにもかかわらず。、「現実は」ますます加速していると思われるからである。

閑話休題*風邪が治って上機嫌?

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一年中で熱くも寒くもなく本当に爽快な日は数えるほどしかない。

しかも

そんな日がない年だってあったような気がする。

つまり

「全き」快適というのは己の体調や社会環境にも左右されるだろうから、そう滅多にあるものではない。

ところが

67歳と10ヶ月の僕にとって「そんな日が」突然今日訪れたのである。

なにも

ラッキーな事件が起きたわけでもなく脳内ドーパミンがいきなり噴出したわけでもない。ただ単に、咲き誇る花々と低い湿度と降り注ぐ太陽そして青い空、、、、を見て「ふと」今日は快適な日であると感じただけなのだ。

やはり

何もない「月並み」が一番。吹き渡る風の匂いなんて、、、久しぶりに感じてしまった。特別なことなんかあってはならないのであろう。「嗚呼、ちょう気持ちい〜〜い」(お前は北島康介かっ!)

そりゃあ

人間言い出せばきりがないほどの不平不満はだれにでもあるだろうし、どんな幸福な人生を送った奴だってわが身の不幸を嘆かないが一日もなかった奴などいないし、照る日曇る日、泣きたい雨に濡れた日など「私に限っては」絶対になかったとは言わせない。

なぜなら

人類の一員でもある僕自身がそうであるからだし、またそうであったからである。

ところが

中には人類の一員とも思えぬモンスターが「現実に」存在しているから嫌になってくる。

だから

そんな忌わしいことなどすべて忘れてほのかな夏の気配「だけ」を感じながら腹が減るまで昼寝でもしようかと思っている。

とくに

今日はたくさんプールで泳いだから睡魔だかスイマーだか分からなくなってきた、、、というような低級なオヤジギャグでも飛ばしながら寝るとするか、、、、どうせ死ぬまで永遠に暇だし。

ところで

人類とは思えぬモンスターはだれかって?それは言わぬが花、永田町に行けばほとんどがそうだったし、今もそうであると「確信」している!(確信してドーする、「朝生」じゃあるまいしぃ。)
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