岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

思想

殺意

画像2 002殺意を持っただけで、告訴するのは困難である。殺意があるだけで、実証できなければ難しい。たとえば何処かに紙に書いて表すなりブログや電子メールで表明しても、訴訟まで持ち込むのはむずかしい。他人に言えば、他者の証言として恐喝とか脅迫とかの容疑として、罪に問えるかもしれないが、人間の内面を立証するのは難しい。なんとなく殺意がありそうな顔で本人も将来の夢は殺人鬼だと言っていて右上にある暗い表情をしてれば、精神鑑定を疑うか、容疑者候補として、なんとなく看ていることしかなく、保護観察とか任意同行とかを求めるのにも、躊躇する。

暗い顔をした岩下俊三君を、もし自殺または殺人の容疑者とする根拠が「顔が陰気である」という主観で、逮捕できるなら、戦前の特高と同じで、「あいつは無政府主義らしい」として、思想信条の自由を拘束し、国家権力が人間の内面に土足で侵入する、いわゆる恐怖政治が横行することになる。これは過去の話ではない。たとえばビルマ(ミャンマー)では日常的に行われている。ではわが国ではないのか、といえば数々の冤罪の発生のみならず、メディアの自主規制が進行し、言葉狩りから思想のおくまで踏み込むような、引き締めが行われている。

極端にいえば、たとえば「明日、天皇を殺す」とはいくら無限の表現の自由が許されていても、憚られる。とくにマスメディアでは絶対無理である。
では、核を持ちもませずと見解をだした政府が、嘘をついても許されるのはいいのか、あらゆる証拠と証言があっても、「ない」「なかった」と強弁すれば、見解の相違であり、人間の内面を裁けないとする建前として、ゆるされるんだろうか。

権力は建前として戦前のタブー「蟹工船」をゆるし、核を持ち込まない平和な国家だと吹聴し、高校野球少年を聖人化する。建前だけで国家が運営され、問題を惹起した三島由紀夫やウサマ・ビンラディンを(いい悪いは別として)気違いやテロリストという官製範疇に閉じ込める。大田竜や竹中労もおなじだ。では深沢七朗はどうだろう。

枠外の気違い、部落をタブー化し、殺人自殺を隠し、皆んな平和なお金持ちですよと嘘をつく、「文学」が死ぬ日もちかい。自殺か他殺か。否すでに死んでいるという説もある。後輩の森達也君が「放送禁止歌」をだしたけど、公職選挙法って、おかまブス目クラつんぼおしビッコ部落片手土方などを表現できる唯一の抜け穴だったが、今それをできる人はいない。

建前民主主義、建前マスコミ、他国の奴隷、拝金主義マイホーム。万歳。

自殺の原因は「うつ」

自殺のひきがねというか、切っ掛けにはいろいろある。病気や借金を苦にしてとか、失恋なんかもあるだろう。仕事のいき詰まりも多いだろう。しかし直接の原因は「うつ」である。一時的にも精神病「うつ」症状があって、自殺する。つまり精神が病的に錯乱しないと、自殺という行為までにはいたらない。ということはいかに生存本能がつよいかということでもある。自殺の原因は「うつ」であるが、「うつ」が必ずしも自殺するとは限らない。これはどうしてかわからないが、臨床的に検証できるし、自分の周りにも「うつ」がおおいけど自分をふくめて、自殺していない。

リストカットやためらい傷もたくさん見たが、睡眠薬や練炭やくるまの一酸化炭素にも失敗例がおおく、自殺を成就した中には意外と事故死で苦悶しながら意にそわない最期をとげたひともいて、なかなか絵に描いたような自殺は少ない。穏やかな病死以外は、おおかれすくなかれ非業の死である。ベッドの上や畳の上(腹上死は実際はない)で死ぬのはいいが、孤独死や戦闘で放置された遺体は、悪臭と腐乱が早く、美しくない。むしろ醜い。

死者を冒涜しようとは思わない。「うつ」の患者を貶めようとも思わない。だって自分が脳梗塞であり統合失調症であり「うつ」だから。でもいつになったら癒されるんだろう。そう簡単に癒されないのは、罹ったひとなら知っているはずだ。絶望。朝のダウンした気分の悪さ。わかります。

でも、厳然たる事実として、自殺の原因は「うつ」である。でもたとえそれが事実であっても、逆は真ならずである。ゆえに岩下君は生きている。まだ。

民主党は現実的?

民主党がにわかに現実を重視して、非核三原則もアフガン沖給油もきわめて曖昧路線となり、年金制度も調整局面にある。安全保障も年金も50年先をみつめて、政治的に決定しないと、政権ごとにかわったら国民生活は不安である。政局としての権力闘争の手段として、政策が持て遊ばれていいのか。基本は頑として動かないのが政治だとおもうんだけど。

憲法があるから、憲法違反はしないという断固たる態度が必要。しかるにアフガン給油もソマリア派遣も違憲である。どうしても現実的でないというなら改正すればいい。しかし僕は断固反対するけど、現実に対応したいというなら、まず法をあらためるべき合意が必要。それとも法治国家をやめるなら、やめると宣言しなさい。そんな度胸もないくせに、現実にすりよるな。

第一、理想が現実を作るのであって、現実が理想を作るのではない。ピテカントロプスが現実だけをみていたら、いまだ人類は、狩猟から進歩していない。進歩自体がいけないというのなら、世界秩序を壊しなさい。それもひとつの見識だから。

もっと言えば現実ってなんだろう。外国から核攻撃をうける現実ってあると思う?あるならアメリカから現実に核攻撃されているよね、また受けるかもよ。だから戦争しないって決めたんだから、それでいいじゃん。それで核攻撃を受けるかもと考えるほうが夢想じゃん。夢想(理想)が現実になったら、死ねばいい。しかし、サドであるマゾであるか選択肢はある。現実的対応とか民主党は考えるべきではない!おまえはもう与党になったの?まだ野党のくせして。理想で突っ走れ!福島みずほを見習え。

脳梗塞3

幸運の女神がもしいるのなら、確かに脳梗塞になるまでは、いたのかもしれない。とくに劣悪な環境もなく、自分自身も健康で、各機能はほぼ優秀であった。幸運の女神は、金銭を除いて、ほとんど微笑みかけていたのかもしれない。しかし脳梗塞になったとたん、運命が暗転した。すべてが不運、これでもかこれでもかと、生き地獄を味あわせるようになった。運命の女神はサディストである。これから逃れる手段は、ただ一つ、自殺である。しかし臆病な岩下俊三君は、それが出来ない。女神はこれでもかと余計いじめる。ざまあみろ脳梗塞やろう!あらゆる屈辱に、生かしていただいているんですからと、耐える。隷属すなはち生きる代償として、女神とやらの奴隷となった。

癌の宣告も、死刑の宣告も、ゴルコサーティーンの標的もあるだろうけど、殺さず生かし続けるのも、残酷だ。脳梗塞はなった奴しかわからない。なっても
長嶋茂雄ように陽気にリハビリする奴もいれば、西條秀樹のように復活する奴もいる。前向きな脳梗塞奴隷というべきか。しかしオシムは多分苦悩しているはずだ。否、長島だってヒデキだってホンとは苦悩してるのかもしれない。三人とも直接取材したことがあるけど、なんとなく苦悩の空気感があった。ような気がする。

病気と闘うなんて勇ましい。でも戦って死ぬより、生きて地獄のほうが、つらい。つらいけど生きる選択をする。死んだら不幸だろうか。いきて不運なほうが不幸のようなきがする。だから運命の女神は僕を殺してくれない。幸運の女神が微笑むことは、もうけっしてないんだろう。脳梗塞までもう十分いきた。見逃してくれ、女神様。でも生きる選択をしたのなら、奴隷になれというんですかい。プライドをすてて、簡単なことですか、、、。

日米安保条約は脳梗塞の死にぞこないとおんなじか。笑え唾をかけろ!卑怯未練。すべては脳梗塞にはじまった。ということは日本は脳梗塞?


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