岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

谷垣貞一

国会の景色。時代は繰り返す

国会議~1大相撲や歌舞伎とともに様式どおりのセレモニーをやる場所で、久しぶりの党首討論が我々の金(税金)を使って執り行われた。

谷垣貞一はまず国民に信を問うてからでないと、税金の審議に応じられないというし、菅直人はまずは成案を得てからのちに信をとえばいいという。この平行線を35分かけておこなった。

皇室の行事にしても、国会の行事にしても、膨大な税金が投入される儀式である。様式美というがはたして「美」が存在するのかはなはだ疑問である。

重々しく予算委員会がひらかれ、なんとなく「増税」が刷り込まれていく。財政危機という「まぼろしの」恐怖をじんわりと民衆にしみこませるための儀式。なんの根拠もない財務省の僕(政治家)達の演劇をただ見せられいる。

減税と融和をモットーとして名古屋から小沢事務所を訪ねた塊と、増税と裏切りを旨とする現執行部。一体どちらが民主党なんだろう。

政党政治崩壊のあとに待ち受けている「いつか来た道」。65年もすればまた繰り返しても65歳以下にとっては初体験だもの、そうなるのかなー。

♪今日も挑発、明日も挑発、これじゃ年から年中、挑発ブログ

215403_c450250px-Tanigaki_Sadakazu








二日の国会は菅VS谷垣は融和的な谷垣と低姿勢の菅での、つまらないテレビ向けのパフォーマンスに終始して、まるで迫力がなかった。とりわけ菅の財政規律と成長戦略の二律背反嘆き節は、一国の総理として情けなく、聞くに耐えなかった。、、、そこで真夏の暴論第三弾、経済戦略について「ゴーマンかましてよかですか」。

国家財政破綻の予兆もホントかどうか信じられないが、もっと不思議なのはいまだに「経済成長」を目的に掲げていることである。できもしないことを言うなといっているのではない。できもしないけど「経済成長」する必要がそもそもなぜあるのかが分からないのだ。ワシはそんなものはいらないと思う。そんなものは「♪夢まぼしのごとくなり〜」。

この日本を経済成長させる理由が一体あるのだろうか。高齢化による福祉予算の自然増をまかなうため?まだマスコミの嘘と財務官僚の企みを信じているとは、、、。なんと従順で馬鹿な国民であることか。

そうではない。分かっているがなんとなくそういう流れになっているから、そういっているだけで、経済学的根拠などなにもないけど、そういうポーズをとらないと村八分になるからだ。

実際、官邸の「まともな」一部のブレーンは(誰とはいわないが)たとえ経済成長しても、国民の「幸福度」は上がらないのであるから、経済戦略などという意味不明のメッセージは無駄であるとしている。「最小不幸社会の実現」しかないと。しかしこうした「異論」は財務省包囲網と菅の経済音痴のため掻き消されようとしているのである。

第一、何をもって経済成長というのか。人間の幸福感に政治が関与できることは限られている。むしろ政治は重税や戦争などの「不幸感」では
多く国民に関与できるが、経済指標や経済統計などの数値でひとが幸せになる筈がない。そんなでたらめな数値が完璧なら江戸300年の平和な市民はいまよりとんでもなく不幸だったということになる。

長屋のご隠居やはっつあん、熊さんは、経済的には平成の人間にくらべると経済的富の数値は限りなく低い。いま、宵越しの金も味噌も醤油も米もないひとは生きられないだろう。でも長屋の共同生活は合い見たがい、死ぬことはなかった。すなはち相互扶助共同体で与太郎でも幸せに生きられたのである。

弱肉強食社会でカツマーとなって経済的数値をあげている諸君、そんなに幸せですか?ならどうして自殺者が毎年増えるんでしょうね。みんなきっとタリーズ・コーヒーとなって成功しているんでしょう。だからどうぞ「みんなの党」が目指してしる成長戦略で「幸せ」になってください。

ただしワシは御免こうむる。なにが成長戦略じゃ!糞食らえ!

菅内閣の国内闘争宣言、内弁慶内閣、外国には萎えきったままなのに、、、

plc1006181122006-p2もう一回「お遍路」して来いと、同盟を組んでいる国民新党にすら揶揄された菅首相の「消費税10%」発言は波紋を呼んでいる。ある意味で菅直人は思い切った戦略にでたようである。

根底には小沢とは違った権力闘争形、はっきり言えば政界再編を狙った「踏み絵」を菅なりに仕掛けてきたといってよい。闘い方は違うが、二人とも闘争心は人一倍つよいのである。菅は、この場で一気に小沢的なもの(彼は当然消費税に反対している)を一掃しようとしているように見えなくもない。

細川政権(実質小沢政権)の時、突然ぶちあげた「福祉目的税」構想が当時の政権を消滅させたことも、承知の上で「消費税」引き上げに舵をきった菅の新しい戦略が見えてきた。政策的には、これを福祉目的に限定せず、あたらしい産業(介護、環境など)の成長に結び付けようというのである。富の再分配のひとつである公共事業を、従来型(土建屋)=小沢流から新しい分野(介護等)=菅流に変えようというのである。財政規律健全化のためという大目標とは別に、どうも従来の公共事業の形を変えることに重点がおかれているように、思えてならない。

166075_c450このことは、すなはち小沢一郎の「力」の源泉を絶とうということであるだろう。許可、認可、発注などの権限を一手に持っていたいわゆる「権力」の恫喝によって金と票を得てきた「数は力、力は数」の選挙の神様=小沢の神通力を、これで徹底的に削ごうというのである。

また小沢の心に中に描いている「大連立」とはちがう新たな「保・保連立」も、菅は模索しているようだ。

それは菅の、自民党・谷垣のいう10%に相乗りし、舛添、与謝野を引き込んだ新しい「超党派での税制合意」連立構想でもあるだろう。

もっといえば小沢を含む旧自民党的なるモノ、さらに具体的にいえば、経世会、清和会の権力温存、政権たらいまわしを、ここで止めようというのである。

問題は「消費税UP」で菅の闘う姿勢ははっきりみえたが、本来闘うべきアメリカへのファイティング・ポーズが全く見えないことである。

国内での闘争は過激だが、なぜ沖縄同胞を切り捨ててまで外国に従うのかが理解できない。やはり戦後日本は国家の独立を放棄したのか。

唯一外国と戦うことを許されたはスポーツだけなのだろう。今は侍ブルーの活躍を祈るしかない。どうりでワールド・カップやWBCのときだけ「日本人」になれる理由が理解できた。なるほどね〜。

ルーピー鳩山からスリーピー菅へ、、、これを補強する?谷垣

250px-Tanigaki_Sadakazu続けて谷垣という興味の薄い話題。今日も夕刊紙なみ(夕刊紙に失礼か?)の政治ブログしかかけない。べつにワールド・カップのせいにするつもりはないが、このところ読者が激減しているのは、読者がPCのまえに座る時間がすくなくなったのか、駄文、拙文にさすがに飽きがきたかのいずれかであろう。

国会では会期延長もせず、代表質問だけ粛々(野次が多いけど、、、)おこなわれ、月曜日、もっとも地味な谷垣が質問に立った。例によって誰も関心のもてないありきたりの無難な質問に終始した。一般的には谷垣の特徴をいささかも脱しない国会論戦で、凡庸というしかなかった。が、すこし気になったのは谷垣が言ったWise Spendingという言葉である。

これは、いうまでもなく与謝野馨がよく使う言葉で、将来の成長を見込んだ、あるいは景気の底割れを防ぐ為の、財政の「賢い支出」という意味に使われているようだ。

215403_c450谷垣は否定的に使ったつもりだろうが、ある意味、民主党の別働隊であるかのように、菅の政策を丁寧に説明しているようにも思える。財政規律健全化、税制の見直し、と成長戦略、福祉充実という本来矛盾する菅の政策方針を、一言で統合してしまうマジック・ワードそれがワイズ・スペンディングである。表面的には谷垣の質問内容は、「そううまくはいきませんよ」という論調なのだが、菅の言いたいことを上手く解説して逆に菅の所信表明を際立たせているようにも見えてしまう。谷垣の表情、立ち居振る舞い、どこかインテリ左翼風のたたずまいがそうさせるのだ。自民党本来の泥臭さと強引さとは違う、むしろ民主党か社民党のほうが似つかわしい谷垣が、あらぬ深読みをさせてしまうのだ。

菅はワイズ・スペンディングというよりワイルド?・スペンディングつまり「ばらまき」でしかないのに、わざわざ野党の総裁がばら撒きでなく「賢いお金の使い方」をすれば、財政規律と経済成長は矛盾しませんよと、教えているようなものである。

基本的に財政への取り組みという点では、自民党に「超党派」という秋波を送っている菅、批難しているようで経済政策を分かりやすく解説している谷垣。もともと参院選後の辞任を公言している(ようなものとみられている)谷垣はもとの「大将」加藤紘一などとともに、自民党内リベラルでは住み心地がよくないので、再編の目玉になるつもりなのかもしれない。

考えてみると、これは大きな意味で保守のなかでの、政局先読み合戦取材に甘んじるしかないマスコミの悪癖に、どっぷりつかってしまった己を反省する機会かもしれない。もうこれ以上谷垣の詮索はやめよう。あまりにも下らない。自民党の消滅は近い。

日本人の谷垣化現象。すべて茹で上がるまでじっと待ち続ける「ゆで蛙」

250px-Tanigaki_Sadakazu自民党の谷垣禎一総裁は13日午前、参院選について「政治生命を懸けると言えば、総裁としての資格がなくなったということだ」と述べ、敗北すれば総裁を辞任する考えを明言した。ただ、具体的な勝敗ラインについては「全く考えてない。野党は与党を追い込んでいくのが仕事だ」と述べるにとどめた。都内で記者団に語った。 
(時事)

すなはち、与党過半数割れに追い込めなかった場合は辞任するということである。先日40議席獲得という低い(これすら無理か?)獲得目標を定めて、党内からも批難を浴びていたが、これで谷垣はますます追い詰められた。もう参院選を戦うまえから総裁辞任は決まったようなものだ。

photo167348谷垣は無理をして、「ガッキー」とよんでくれとか「みんなでやろうぜ」とか似つかわしくないことをやっている。もともとそういうタイプではない。真面目でおとなしく、インテリで腰が低く、なにより紳士で丁寧な言葉づかいをする人である。隣人としては最高だけど、そもそも自民党というより政治家に向いていない。地方の信用金庫か地銀の支店長代理とか万年課長といったところが相応しく、歴代あくの強い自民党総裁にこれほどキャラが合わない政治家も珍しい。

結局毒にも薬にもならないが、従順で教養のある谷垣を総裁にしておこうという自民党重鎮(森や青木)の考え方自体が、もう時代遅れであり、このことを放置している自民党の長期低落傾向には歯止めがかからないだろう。河野太郎ぐらいの極端な人事をしない限り、消滅するのは確実である。御愁傷さまというしかない。

ただこのどろ舟から脱出した小政党も選挙基盤は弱い。唯一マスコミうけがしていそうな「みんなの党」も内情は火の車のようである。また所詮「小泉改革」路線をもっと進めようとする新自由主義を、また押そうとする選挙民もほとんどいないのが実情だ。もはや一時的狂乱の小泉・竹中路線にうんざりであって、その象徴のような木村も刑事訴追されそうだ。もうおしまいである。政治権力を具体的に失っているということは、そういうことだ。放逐された小沢にもう権力がないように、、、。

というわけで結局、権力をもっている民主党、やや社民的菅ばらまき路線は、善悪は別として、当分続きそうだ。具体的にはいずれ破綻するまで、国債は発行され続けるだろうし、茹で上がるまで湯に浸かっている国民は、そのうち茹で上がることだろう。

どうやら個人的生存が早いか、国家破綻が早いか、どっちにしても死期は近い。諦めるか闘うか、いずれかしかないが、どうも谷垣の顔をみていると前者のような気がしてならない。
記事検索
最新トラックバック
livedoor プロフィール

shunzo

最新トラックバック
  • ライブドアブログ