岩下俊三のブログ

黄泉の国へは何時でもいける。生きてる限りは、やはり「反帝反スタ」のままなのだ。

輿石東

もう我慢ならん、詐欺集団「民主党」を死んでも許さんぞ!

589675_c450参院選の公示中なのであえて「確信犯」となるだろう。公党を「揶揄抽象」していると馬鹿選管が判断するだろうから。

しかし自分としては単なる事実に基づく発言をしているにすぎないのだが、、、ま、いいや。

とにかく民主党は「もっとも嘘つきでございます、そしてまたそうします」というのを海江田の顔で表現しているようだと私はどうしてもいいたい


とうぜんこの民主党は全滅崩壊を前提としてなるべく国民にダメだと思われるように最大の工夫をしているというべきなのだろう。

民主党にとってあらゆる公約やマニフェストの類を掲げれば掲げるほど自分の党の票を減らすのだ。またそうであることを自分たちが一番よく知っている。だから党内でいちばん情けない顔を前面に出し、敗北、全滅をめざして奮闘努力しているとしか考えられない。つまり民主壊滅の戦犯として最後の粛清候補が海江田と細野と輿石なのだ。彼らに全責任を負わせて次の粛清の対象にしたいのだ。そして、一つでも票を減らして自公圧勝に貢献したという証拠を残したいというのが幹部の本音であろう。そういえばこの三人はかってかぎりなく剛腕氏に近い存在だったからな。

しかも民主党は自ら掲げたマニフェストや公約を破ったという輝かしき実績の元でまたあらたな「公約のようなもの」を掲げれば誰だって「うそ」だと思えるから「やっぱり政権が欲しかったから嘘ついた」のだと、あらためて国民に再認識させ、自公の集票に陰ながら尽くしているといえよう。さらには野党分裂を促進させる効果も狙っているとしか思えない。

あえて言うまでもないが、民主党はマニフェストという約束で消費税は上げないといっていたのに、集票して政権についたら自公民同意のうえ上げるという輝かしき嘘の実績だけでは飽き足らず、TPP参加や辺野古移転、大飯原発再稼働など次々と嘘という嘘をつきまくり、国民に政治家の有言不実行を印象付けたのである。

嘘をついて、そのうえ不平分子を粛清しておきながら、のうのうと参院選を戦っているのは他に目的があるとしか思えない。


その、ほかの目的とは一つに集約される。

有権者に投票行為を諦めさせること。



結果、組織票の自公与党の圧勝を約束し、その貢献度をもって自民と宗主国に「自分」を高く買ってもらいたいのだろう。(売れないと思うけど)

自分とは?言うまでもなく民主二枚舌残党連の枝野、仙谷、野田、玄葉、前原、岡田(管は外されたから遠慮なく安倍を訴訟している)たちである。

彼らのことを一般的にはうそつき売国奴という。また他人を裏切って強者に歓心を得ようとしたものはいくら忠義づらしても強者にいつか見捨てられることが彼らにはまだ分かっていないのだろう。

一度 人を裏切ったり騙したりしたものは誰も信用しないのだ。

全ての有権者は好きにすればいいけれど、裏切りうそつき民主だけは絶対許してはなりません。

輿石東を再点検すると、逆に「荒んだ」娑婆が見えてくる

0622aいま骸骨先生こと輿石東ほどウヨクの標的になっている者は
おるまい。ウヨクにとって、もと小学校の先生でありバリバリの日教組である彼を責める材料には事欠かず、彼をよく知らなくても罵詈雑言を言い易いのであろう。できの悪い暴走族が暇つぶしに「先公」の悪口を言っていることと全く同じで笑ってしまう。

「干からびたスルメ」とか「くたびれた渋うちわ」とか、とにかく妖怪仕立てのワルのあだ名付けや落書きになり易い人物である。

しかしその漫画のような容姿とサヨクの亡霊のような過去に似合わず、彼は永田町では「義理人情に厚い男」として有名であり、しかも尊重されている。

入院した「あの小沢一郎」が一番信頼しており、真っ先に輿石には自分の病状を連絡し報告したのである。またその対極に位置すると思われる「あの前原誠司」の一番尊敬する人物でもあるのだ。だからといって決して優柔不断ではなく
頑固に思想は一貫している。不思議といえば不思議な人物である。

彼に一貫しているのは旧・日本社会党の空気をたっぷり吸い込んだままで、スマートフォンの時代を生き抜いているシーラカンスであるところだ。今にも手を腰にあて、鉢巻をしてインターナショナルを歌いだしそうな雰囲気であるが、これが所謂サヨクだけでなく自民党の重鎮にも慕われているのである。

おなじ選挙区で敵である金丸信の墓参りを欠かさないとか、先日引退した青木幹郎の親友であるとかはよく知られているが、小沢一郎との親密な関係は想像以上である。

なぜ想像以上かというと、小沢は始めから怪物であり、始めから豪腕であったから自民党にあっても民主党にあっても
一目置かれこそすれ、なんでもされけだしていう相談相手が居なかったのである。そこにいくと死んでも口を割らないと思えて心から信頼できる男は今、輿石しかいないのである。

輿石は何の才能も能力もないし、干からびたスルメ爺である。しかも彼の思想は日教組であり、古い55年体制のマッチポンプ・サヨクの典型である。しかしなぜ海千山千の小沢も才気煥発の前原も信頼を寄せているのであろうか。

それは彼の唯一の長所「人に嘘をつかない」ことである。これは単純そうにみえて実はとても深い意味がある。

ぼんくら先生、大学もろくに出ていない骸骨男の長所は「人に」「嘘をつかない」と言ったけれど、政治家である以上嘘をつかないという言葉自体が嘘に等しい。ところが輿石の場合個別情況に応じてキャンペーンとしての「大嘘」(たとえば福祉の充実とか子供手当てとか)は平気でつくが、特定の個人との約束は絶対に守るのである。たとえそれが敵であろうが味方であろうが関係なく、「君に言ったことだけは本当だ」と言い切れる人格を持っているのである。

これは簡単そうに見えて簡単ではない。しかし彼には赤提灯での約束ですら、絶対に守るといったところがあるのだ。
どんな秘密でも彼には言えるし、絶対他に明かされることがない。この輿石神話は政界だけでなく多くの友人を創る源泉となっている。

当たり前のことだが「人は」本来寂しいものである。それは子供であろうと大人であろうと老人であろうと変わらない。
どんなに才能がありどんなに豪腕無双でも、孤独であり続けることは至難の技である。ところが生き馬の目を抜く娑婆にあっては、そんな弱音を吐いたが最後それで足をすくわれるのがおちである。それが悲しいかな現実というものである。政界は特にそうである。

だから輿石東は得意な才能を持っているのである。

政治家としても三流であり、人間としてもアナログのぼけ爺さんである。しかしながら、田舎の小学校の先生としては
最高の人物であるのだ。

だれだって、身の上話を聞いてくれる先生が必要なのだ。話を聞いてくれたからといってなにをしてくれるわけでもないし、その力もないだろう。しかし何でも話せる先生は必要とされるのである。たとえ21世紀であろうとも。

政権与党の幹事長として彼ほど似つかわしくないものはいない。しかし二十四の瞳の「おなご先生」のような「男・骸骨先生」はいま時代が求めているのかもしれない。

、、、というと輿石東をちょっと褒めすぎかな?

いずれにしてもロシアでは「イエティ」がまじに議論されているぐらいであるから、輿石骸骨先生という前世紀の遺物が存在してもいいのではないかと思う。

枝野投入、ついに政経塾が本性を顕してきた

stt1006102200018-p1枝野は弁護士です。このブログでなんども都都逸を紹介したがもう一度、、、
「♪貴方弁護士、私は芸者、おなじ稼業の口車」。

枝野ほどこれにピッタリの弁護士はいない。「直ちに健康に影響はない」と繰り返した「口車」はあってもぜったに「失言」や「舌禍」はないのである。つまり「いつかは健康に影響を及ぼすかもしれない」と同時に暗に言っているのだが、いかにも自分は責任を取らないという(カネだけは取るが)典型的な弁護士の喋りかたである。

野田の姑息な派閥均衡人事すなわち自民党の物まねは早くもほころび始めたので、やはり同じ釜の飯を喰った信用の置けるの「政経塾」の布陣に早く戻したいのであろう。

自分の意を汲んだ前原を突撃隊長にして、「嘘」だけはいうけど決して「失言」の恐れのない弁護士・枝野を投入したことで、野田の手法が次第に明るみに出でてきたようである。

当然同じ弁護士である彼の後ろ盾である〜タヌキもさぞやご満悦であろう。

明らかにヘゲモニーを奪われたひからびたスルメ=輿石は「総理の専権事項」だといいつつも、枝野人事を皮肉ってはいるが、それが精一杯である。手も足も出ない。

豚の前に思わず落ちてきた”天下餅”であったが、ただ楽々と喰えるわけではない。家康に擬されることもある野田佳彦だが、もうすこしビビリはじめたようである。やはり豚か上島竜平に擬される程度が丁度いいと思われる。

農協のオジサンが「反原発」に舵をきったように見えたのが、そんなに恐ろしいのだろうか?
農協のオジサンがTPPに反対「しそうに」見えたのが、そんなにおそろしいのだろうか?

辞任劇と補填人事の手際のよさには感心する。そんな手際を政治の停滞にいかせば、ただの豚から家康に一歩近づけるというのに、、、である。

経産デージンって、それほど重要ポストだとアメリカが思っていなかったと勘違いしてたようでは、やはり豚からは抜け出せないようである。人事はたんなる派閥均衡じゃダメだと政経塾では教わらなかったようだ。

だからまず雑巾がけから始めなさい!と言っているではないか。

永田町「梅雨の陣」も形だけの芝居で終わる?

鳩山由起夫がいくら切れてみせても、仙谷と平野と北沢の派閥が違うだけの「だんご三兄弟」の策略はすでに決まっており、「身内だから」というだけのただの紙切れ一枚で鳩山が騙されたと気付いた時はもう遅かった。はやくも打ち方や止めの小沢はそれでも鳩山より早く亀井にいかせたが、こちらも時既に遅く、自民山崎拓への根回しもすべて無駄になった。舞い上がった鳩山は菅の延命のための大演説を打ち、完璧に小沢陣営は敗北した。これで道化・鳩山は死んだし、宿敵・小沢はアトは司法の罠に任せればいいのである。

菅の勝利の美酒「卑怯栄」はさぞ旨かろう。

鳩山切りも見事術中に嵌り、トロイカにおける反発はこれで完璧に終了するだった。輿石は小沢に義理立てし、議員バッジを投げるとまで言って党員除名を止めたものの、アトは司法に任せるしかないのだから菅執行部としては痛くも痒くもない。逆に輿石に譲歩して参議院を押さえ込めば、もう反発する者はいないはずである。これですべては上手くいき党も政府も俺もモノと菅はさぞほくそえんでいることだろう。

ところが手下中の手下安住や枝野からも、完全掌握している筈の閣僚からも婉曲に「居直るようなひとではない」と言われやや目が泳ぎ始めたが、よ〜く考えると自分を降ろせる手立てがないのだ。震災を盾に国会をいくらでも延長すれば「不信任案」は一国会で一回しか出せないから、その間総理の椅子は変えられない。参院でいくら「問責」をだそうともなんの効力もない。ただ居直ればいいのだ。

そういうわけで世論に阿り「菅降ろし」パフォーマンスは今後も続くだろうが、馬耳東風「俺が、俺が」の根拠のない自信は相変わらず続くことだろう。しかも福島原発は悪化することはあっても「一定のメド」は当分つかないことはかねて承知しており、悪は栄える正義は滅ぶ世の習い、いまのところ何の問題もないようである。

この間被災地は益々貧窮の度を高め、福島原発は益々放射能濃度を高めている。これほと明確な裏切りはないのに国民は「全く」革命をする気もないから菅を好きにさせているのである。金正日と並ぶほどのこの独裁者は今度は彼に習って馬鹿息子を後継にするとでも言うのだろうか。

そういえば八百長だろうがなんだろうが、人の噂も75日大相撲中継も復活することだし、永田町の騒ぎも梅雨を越してクーラーなしの猛暑になれば皆わすれるに違いない。じつにめでたい!こんど愚民祭でもやろう。日本国民はよほど滅びたいらしいから。

民主党はアマチュアではなくなったのか?

1248188215結党時、民主党にはさまざまな欠点がありながらも、「プロの政治家」ではないアマチュアらしさが、あった。そのプロのしたたかさがないために、前原や岡田は支えきれず、結局プロ中のプロの政治家、つまり小沢に主導権を委ねなければ、政権はムリだった。はっきりいって、自民党経世会の政治手法しかこの国では、通用しないことを、物語っている。しかし、経世会的な手法についてまわる金銭スキャンダルは、いつかは自滅への道を進むことになることは、歴史が教えている。そしてその次に現れるであろう政治的シニシズムは、せっかく根付こうとしている民主主義そのものを腐らせてしまうであろう。どんな政策も「また政治と金か、、、」というため息で、色あせてしまうのだ。そうして新政権への期待を半年足らずで、萎ませてしまうのは、けっして国民の飽きっぽさだけに起因しているのではない。マスコミの扇動と官僚=既得権保有集団との絶妙なコラボレーション、すなはち、政治的プロパガンダの悪質さによるところが、大きいというだけだ。
だれも信じてはいない。

photo167334では政治的プロとはなにか。それは選挙で得票を得て、当選することである。ポピュリズムと分かっていても、マスコミを味方につけ、業界団体を固め、宗教とも手を結ぶことでしかない。数は力であり、力が数であることは、冷徹な事実であり、選挙に当選しなければ、政策を論じても意味がない。これは幾多辛酸を舐めた政治のプロでしか、身にしみて感じられない政治家家業の真実である。民主党は政府に入っていない議員には、今これが徹底されている。

具体的には「政調」というものがなく、したがって政策論議もなく、議員立法も基本的には禁止されている。政府に入っていない議員の仕事は、直接役立たない政策論議するより、自分の選挙区の草取り、つまり票をかためることである。政府は何のためにあるかといえば、予算付けにある。
票を出してくれれば、予算もだす、票をださなければ、予算もでない。生殺与奪の権は政権与党にあるのだから、もし自民党に少しでもなびく可能性をのこすのであれば、干されてもよいという覚悟なんだな、と念をおす。いままでおなじことをやっていた自民党=敵陣営を再起させない焦土作戦は戦の常道である。

政治家のプロとはざっとそんなものである。小沢や古い体質の議員に主導権がある限り、プロ化していく民主党は、果たしてかっての民主党でありうるのだろうか。国民は民主党に清冽なアマチュア政治を、期待したのであって、老練な政治のプロを期待してはいなかったはずだが、、、。

完全に読み違えている。自民党はまだ派閥が有効、無効で揉めており、しかも輿石にいわせれば「野党慣れしていない」から、恐れるに足りない。選挙に勝つプロ的手法より、アマチュア的青臭いオープンな議論こそが、民主党でなければならないのだ。国民は、それを支持したのであって、どぶ板プロ政治家を支持してはいないのだ。
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