コインランドリー

 2016・05・28

 ≪BERLIN≫

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 ドイツ語でコインランドリーはWaschsalonという。

 ホステルの近くには2か所あって凄く助かっている。今回のベルリン滞在時には2回洗濯に行きました。

 前回はドイツ人のお兄さんを捕まえて使い方をレクチャーしてもらいましたが、今回はキレイなお姉さんを捕まえてレクチャーを頼んでみました。

 「英語はしゃべれないの!」

 困惑した表情で言われたけれど強引に洗濯物を洗濯機に入れて次は?と哀願するような表情と簡単なドイツ語で質問するとお姉さんは最後まできちんと教えてくれました。

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 それによれば洗濯機についているナンバーを自動販売機(?)で推してお金を入れてスタート。数字は洗濯機、アルファベットのボタンは乾燥機。

 自分の洗剤や柔軟剤がない人は右の白いマスの上に洗剤、柔軟剤のボタンがあるので購入。

 そうしたら写真には写ってないけど自動販売機の下にコップが設置してあってそこに洗剤や柔軟剤が入るというシロモノ。自分の洗濯機に洗剤や柔軟剤を入れたら元の場所にコップは返す。

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 私の洗濯機は11番。

 グルグル回っていま~す!

 これも親切なお姉さんのお陰。

 ちなみに洗濯機から乾燥機に洗濯物を抱えて移動する時にポロポロ落として気が付かなかったのは、他の若い女性二人がひろって持ってきてくれました。

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 みんな洗濯、乾燥が終わるまでどこかに行っているんだけど、特に行くところのない私は新聞や雑誌を読んで待っていました。

 ここに来る途中に乗ったU-Bahnの車内テレビのトップニュースはオバマさんのヒロシマ訪問でした。

 ベルリンのU-Bahnの中で知ったニュースに感慨を覚えました。

中国料理 東華園

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 酢豚が食べたくて富山市清水町≪中国料理 東華園≫へ行ってきました。相変わらず店内はイッパイで私以外全員メンズだったわ。

 カウンターに座って熱く店主の熟練の技をずっとじーっと見ていたわ。

 70代の御夫婦がやっておられるんだけど店主のお父さんが手際良く華麗に調理をこなす姿はステキだったわ。

 この道一本のいぶし銀。背中がカッコイイのよ。愚直なまでの一本気さって素晴らしいと思う。

 勿論料理も美味しいのよ。

 定食はご飯がお代わり出来るようでついお代わりしちゃいました。

 お客のメンズ達はだーれもお代わりしないのに。

 という訳で苦しい。。。。。
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 いつまでもお元気で美味しい中華料理を作ってくださいね!

 

コリーニ事件

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 フェルディナント・フォン・シーラッハ著≪コリーニ事件≫(東京創元社)を読む。

 私、シーラッハ好き!≪犯罪≫≪罪悪≫に続いてこの本を読んだけど期待を裏切らない。

 シーラッハの簡潔でシャープな文体、才気とにじみ出る温かさ、行間から香る色気。そして現役の弁護士ならではの物語の展開が魅力。無駄がない。

 この本はコリーニという67歳のイタリア人が大金持ちの実業家を殺し自首する。新米弁護士ライネンが国選弁護士として弁護を引き受けるもののコリーニは一切動機を語らない。定年まで真面目に働いてきたコリーニと実業家との接点が全く見つからない上、その殺された実業家は親友の祖父だった。

 ネタばれになるのが嫌なので詳しく書きたくないけれど、これはある意味シーラッハが自分自身に向けて書いた本ではないかと思うのです。逃れられないシーラッハという名前を背負い続けるという。

 「きみはきみらしく生きればいいのさ」

 そうライネンは実業家の孫娘であり親友の姉に語らせますが、そう言わさしめるシーラッハの歴史とこのコリーニの歴史のリンクを思うにつけて涙が溢れました。

 過去を背負う覚悟を決めた人間の語る言葉はなんと静謐なものなのか。

 そして翻弄される人生を背負ってしまった人の慟哭は哀しみの深さゆえに静かなものなのか。

 一気に読んでしまった秀作。

 シーラッハに夢中!

 しかし、ここまで書いておきながらなんでワルサーP38で解決の糸口をつかんだのかわからないの。。。。

 こんな本も読みました。

 井上ユリ著≪姉・米原万里≫(文藝春秋)

こまお

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 富山市呉羽にある回転焼きのお店≪こまお≫へ行ってきました。

 富山市稲荷町にある鯛焼き店≪藤乃家≫から独立した方のお店かと思っていましたら、実はオーナーでお子さんに代替わりし自宅でゆっくり回転焼きのお店をオープンされたみたい。

 あら!

 私は≪藤乃家≫の鯛焼きが県内で一番好き。ここのあんこはちょっと甘めなのですよね。私は甘いあんこが大好きなのです!

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 お店の奥には喫茶コーナーもあって回転焼き以外に葛切りや一年中やっているというかき氷もあります。

 回転焼きは注文してから焼くということで待っていたらサービスのお茶とおやつまで出てきました。

 
 アッツアツで甘くて生地がふんわりしてて美味しいー!!!

 帰り道、あんまり美味しくて待ちきれなくて食べ食べ帰ったよ。
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富山歩兵連隊跡地

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 最近戦争へ行った伯父達の歴史を調べているうちに、お国のために心ならずも召集に従いまず最初に赴いた富山歩兵連隊の跡地へ行ってみたくなりました。どうも記念碑が二つあるようなのです。

 場所は富山市五福。

 富山市中心部から神通川にかかる富山大橋は近年、橋の強度の問題もあって近代的な橋に生まれ変わりましたが、もともとは1945年8月1日の富山の空襲にも耐えた橋で通称≪連隊橋≫と言われていたんだとか。

 中心部から橋を渡るとすぐに連隊がありましたから、この橋は覚悟のいる橋だったろうと思います。

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 五福公園(その中に県営富山球場と隣りの富大が連隊のあった場所で富大の正門が連隊の衛門だったらしいので、だだっ広い公園内のどこに記念碑があるか知らないのでどう動くか考えた時に取り敢えず富大目指して歩いて行こうと決定。

 ヘルニアで寝たきり生活後、初の長距離歩行計画始動!

 300メートルほど歩いたところで記念碑発見!

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 背後に見えるのは富大。五福公園と富大の境に記念碑はありました。

 まず一つ目≪本土決戦 機動兵団歩兵 第514連隊動員編成跡地≫。
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 下にはめ込まれた由来のプレート。

 終戦間際に本土決戦に備え、それも中央から離れた富山で決死の想いで決戦に備えた若者達がいたということ。

 時を経て戦争の記憶の風化著しく、戦争の大局ではなく、それぞれの地域の歴史、戦争に赴いた者の歴史、向き合った者の歴史が忘れ去られ埋没していく危機感と悲壮感、同じ歴史を刻んだ仲間への想いがこのような記念碑建立の動機ではないかと思うのです。

 究極の非日常の戦争で死んでいった者達を忘れていいのだろうかとこの頃私も感じるところがあります。

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 この碑の裏に回ると建立のために尽力し協力した方々の名前の一覧がありましたが、そこで友人Aのダディの名前を発見!思わずメールをしてしまいました。

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 さて、もう一つの捜していた碑は≪本土決戦≫の碑、向かって左にありました。

 ≪富山歩兵連隊跡≫の碑です。

 題字は瀬島龍三です。
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 地元富山のみならず、岐阜の飛騨地方や長野からの青年もここへ入隊していたというのが驚きでした。

 家族や国のため多くの今の私よりもずっと若い人たちが命を散らしたことを思うと切なく悲しい気持ちになります。

 もう鬼門に入った伯父達もはるか昔の若い頃、ここへどんな緊張の面持ちで来たのかと思うと流れゆく時間の記憶の埋没に私の中で息詰まる思いがします。

ひよどり亭

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 友人Tと本当に久しぶりのランチ。

 「何が食べたい?」と聞くと「トンカツ」と言うので、富山市鵯島の≪ひよどり亭≫へ行ってきました。

 私もTもロースカツ定食(880円税込)。食後のコーヒーも付くわよ。

 水もコーヒーもセルフサービス。お片づけもね。

 周りを見渡すと近所で働く労働者諸君が多く社食のようだったわ。

 トンカツは大きめ。味は洋食屋さんのような学食のような懐かしい味。こういう味も好きだわ。是非トンカツの隣にコロッケやメンチカツを付けてほしいくらいよ。

 しかし、最近私もやたらトンカツが食べたいんだけど春の息吹はトンカツ心を呼び起こすのかしらね。

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 同じ敷地内に手前から≪ひよどり中華料理≫≪ひよどり亭≫、そして謎のカラオケ屋≪アリババ≫。

 系列店みたいのに同じひよどりと店名が続いて何故か突然アリババ。

 何でアリババ?

変身

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 フランツ・カフカ著≪変身/掟の前で≫(光文社)を読みました。≪判決≫≪アカデミーで報告する≫の4編収録。

 高校生の時に読んだ変身をもう一度読み返してみたく。あの頃面白いと思った記憶が残っていたのですが、あれ?こんな≪変身≫ってせつない話だったっけ?

 主人公のグレゴールは朝起きると巨大なクモになっていたという話なのです。セールスマンのグレゴールは仕事にも勿論行けず、迎えに来たマネージャーはグレゴールの姿を見て恐れ慄き、勿論家族も恐れ慄きます。

 一生懸命働いたグレゴールは高給取りでそれで両親、妹を養い、家政婦に女中まで雇って何不自由ない暮らしをさせている。その上、ヴァイオリンが好きな妹に音楽学校まで進学させようとまで考えているのですが、巨大なクモになってからは一変します。

 
 取り敢えず最初は世話をしてくれた愛しい妹は店員になり、身体を動かすのがやっとだった老齢の父親はシャキシャキ銀行の用務員として働き、母親は高級ランジェリーを縫う内職を始めます。気概を持って支えていた家族はグレゴールの心配をよそに生活のためバリバリ働きだし、それに比例してグレゴールのことはどうでもよくなるのです。

 部屋に閉じ込め食事も適当、掃除もされず埃にまみれるグレゴール。挙句父親から投げつけられたリンゴが背中に食い込み瀕死の重傷を負います。結局グレゴールは巨大なクモのまま死んでしまいます。そして家族はこれからの明るい未来を信じる何ともせつない話です。

 でもこれって普遍的で決して珍しい話ではないですよね。

 巨大なクモじゃなくても病気になったり寝たきりになったり認知症になったり、状況が変わるとそれまでの家族の関係性が変わる。

 巨大なクモに変身してコミカルな感じに見せているけれど、何ともせつない家族も愛情も信頼もへったくれなお話。

 
 こんな本も読みました。

 エイミー・ブルーム著≪リリアン≫(新潮社)
 フランツ・シュミット著≪ある首切り役人の日記≫(白水社)
 ベルンハルト・シュリンク著≪朗読者≫(再読)(新潮社)
 菅原有悠著≪エトロフの青いトマト≫(山と渓谷社)

ホステルへの道すがら

 2016・05・28

 ≪BERLIN≫
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 Mybachuferからホステルへ一度帰ることにしましたが、Kottbusser Tor駅からU8に乗ってAlexander Platz駅で途中下車。

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 Kaufhofでお土産を物色。隣のdmやC&Aものぞいていたら突然凄い雨が。

 雷も頻繁にともなってのゲリラ豪雨。

 おおむねこの時期にドイツへ遊びに行くけれど、こんなゲリラ豪雨は初めて。みんなお店の軒先へ避難していました。

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 一瞬の嵐の後再び天気は晴れ出しました。

 地球温暖化のせいかしらね。そういえば来るたびにドイツは暑くなっているような気がするわ。

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 素直にU8に乗らずS-Bahnに乗ってHackescher Markt駅へ。

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 Hackescher Markt駅の市場をのぞきに。

 ここは野菜や果物中心でいつも横目で見ながらトラムに乗っていました。取り敢えず小腹が好いたので焼きソーセージを注文。

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 今回ベルリンに行って感じたことはスイカをこんな形状で売っているの。これだと簡単にスイカを食べれちゃうんだよね。

 果物ではスイカが一番好きな私は見かけるとついつい買って食べていました。

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 閉店間際の市。

 お陰でスイカを安く売ってくれました。

 あぁ、太いシュパーゲルが美味しそう!日本で買うと本当に高いシュパーゲルですが(それもドイツで見かけるような極太サイズなんて売ってない!)、安いんですよねえ。。。。

軍歴証明書・2

 ≪二男B≫について。

 昭和16年2月10日現役兵として歩兵第69連隊第6中隊に入営。18日屯営出発。19日七尾港出発。23日羅津港上陸。24日鮮漢国境通過。同日歩兵第35連隊第5中隊に編入。同日牡丹江省 懸樺林著。同日より同地駐屯。6月27日第一期教育検閲終了。

 7月20日臨時編下令。24日樺林出発。25日東寧縣著境通過。26日東寧縣石門子著。28日第二機関銃中隊に編入。

 8月1日同地出発。3日東寧縣老里●山著。同日より同地附近の警備。同日編入完了。

 昭和17年3月27日興隆第9師団病馬●行李要員として分遣を命す。

 この後約2年ほど記述がありません。

 昭和19年4月12日軍陸甲第41号により独立混成第8連隊臨時編成第272次復帰下令。5月5日花咲港出発。6日千島国後島白糠泊上陸。独立混成第8連隊第一機関銃連隊に編入。10日編成完了。

 7月29日軍令陸甲第101号に依り独立混成第69旅団臨時編成 第295次復帰下令。8月27日独立歩兵第422大隊機関銃中隊に編入。31日編入完了。

 ここで軍歴の記録は終わっています。

 二男Bは最初は中国とソ連の国境警備に召集され、この後千島列島の国後島に派遣されている訳です。千島列島に関してはその先のアリューシャン列島のアッツ島が1943年5月に玉砕しており対アメリカを意識した国防配備だったと思われます。

 一度だけ二男Bに戦争の話を振ったことがあります。何を質問したのか忘れたのですが、「国後島では蟹がとにかくたくさん取れて、あの頃が一番肥っていた」とのこと。

 恐らく中ソ国境警備時代も国後島時代も長男Aのように戦闘はなかったものだと思われます。

 最後に一度だけ戦闘があったんだと思います。

 この後、ご多分にもれず二男Bはシベリア抑留になります。

 でも、軍歴証明書は昭和19年に国後島配置で記録は終わっています。

糸庄

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 午前11時ちょい前に富山市≪糸庄≫へ到着してビックリ。

 既に列が出来ている。。。。。

 驚きつつ車を停めて写真をノンキに撮っているそばから次々人が列についている。

 焦ったわ!

 私もさっさと列に並ぶわよ!写真なんか撮ってる場合じゃないよ!

 糸庄、こんなに人気だとは!初めての糸庄で緊張するわ!
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 午前11時に店内入店。食券を購入。いざ!モツ煮込みうどん!

 店主の無駄のない鍋焼きうどん作りの職人技に見とれちゃったわよ。

 一度に12個火にかけてその間に次々予備軍を作り出すのよ。
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 お陰さまで先発のモツうどん隊に入れたわ。

 このグツグツっぷりを見よ!テンションあがるわ〜。

 しかし、なんでしょうね、コレ。

 美味しい!!!!!

 うどんもさることながらこの出汁によく煮込み味付けられたモツの旨み。強火で煮込んだうどんの口当たり。

 うまーい!!!!!

 人々が並ぶ気持ちわかるわ。

 私もヤミツキになりそう!

 目から鱗だったわ。

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 帰り道の大阪屋の入り口で≪小幡のどんどん焼き≫を発見。

 子どもの時に食べた以来だよなぁーと一枚だけ買って帰ったけど、さすが祭礼の一等地に出店するだけあって美味しいのね〜。

 ソースが好み。昔懐かしい味。

 人々に長く根強く支持されるお店って一味違うんだなーと改めて基本的な原理を理解した今日。

 しっかし、どっちも美味しかったわぁ♡

Mybachuferのファブリック市

 2016・05・28

 ≪BERLIN≫

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 ベルリンに行くたびに訪れるMybachufer。火曜金曜はココの通りはトルコ人の市場になる。いつも凄い人手で押し合いへしあいアジアのカオスを感じるところが土曜日にはファブリック市を開いているなんて知らなかった!

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 手芸なんてとーんとご縁のない私だけどつい行ってみました。

 トルコ人市場の日と違ってゆっくりと見れ歩くことができるのがステキだわ!

 写真を見て気が付いたのだけどこのワインレッドのTシャツの彼!どこかトム・シリングに似ているような気がするわ〜。

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 手芸なんて大嫌い!果てはミシンで自分の手を縫ったことのあるアウトレイジな私だけど、小さなファブリックボードを作りたいなと思い、他の女子達に交じって布を物色。

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 ファブリックボードの材料には分厚いけれど、このキリム調の機械織りがとてもステキだったわ!

 値段もお手ごろ。

 凄く悩んだんだけどメートルで買うと本当にかさばるので断念。でも買ってこればよかったと帰国後激しく後悔。

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 いつもの市ほどじゃないけど飲食店の屋台も出ていました。

 これトルコの食べ物みたいだけどなんって言うんだろ?

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 いい匂いにつられて私も注文。

 薄っぺらいのだけど結構ズッシリして中のチーズと青菜のペースト状のものがぎっしり詰まっていてボリューミーだったわ。

 これで一つでお腹イッパイよ!
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 ハンドメイドなものもあったり何故かスパイス屋が混じっていたり見てて楽しい。

 何より人に押されてないでゆっくり見れるっていうのがいいわね。

軍歴証明書・1

 太平洋戦争中に出征していた人の軍歴を追跡できると知ったのは去年の12月始めに地元紙にて。

 NHKの≪ファミリーヒストリー≫や≪永遠の0≫の影響もあって身内の軍歴を調べる人が増えているそうです。

 うちの父は他の兄弟と親子ほど年齢が離れているので戦争には行っていないのですが他の兄弟は全員徴兵にとられていて、常々そんな出征した伯父達の話を父から聞いて育ったせいか興味がありました。でも戦争の話に触れるもんじゃないと父が言うもので聞くに聞けずに伯父達は全員鬼籍に入ってしまいました。

 この軍歴証明書は3等身内なら取ることができます。

 それを聞いて狂喜!早速調べてみることにしました。

 ちなみに近い将来軍歴証明書は取れなくなるそうです。これは個人情報に鑑み3等身内という近い身内がいなくなるためでしょうね。

 陸軍の軍歴証明書は都道府県庁、海軍のは厚生労働省が管轄です。

 早速富山県庁(恩給援護・保護係)に問い合わせました。取り敢えず申請書と私と伯父の関係を証明する戸籍謄本や私個人の証明書が必要になります。事前に電話で誰のことを調べているのか名前とその当時の本籍地を述べると電話ですぐに該当者がいるかわかります。そのせいか必要書類を県庁に送ると4~5日で軍歴証明書が送られてきました。経費はありがたいことに無料です。

 富山県はスムーズでしたが都道府県(例えば長野県)では軍歴証明書の請求者があまりに多く制限(一時停止)しているところもあるようです。

 私が富山県庁に問い合わせたのは陸軍に歩兵で徴兵された伯父二人。


 ≪長男A≫について。

 昭和12年12月1日臨時招集のため歩兵第35連隊補充兵にて召集。翌年4月20日軍令により歩兵第83連隊に転属。同日中隊に編入。同年7月17日に編成完了。9月3日支那派遣のため大阪港より出発。7日上陸(地名も書いてありますが中国漢字なので略)。13日江蘇省傷山着(傷という字じゃないかもしれません)。

 この後は江蘇省で昭和15年3月まで戦闘・討伐・作戦・粛清討伐で江蘇省内を転戦しています(日付地名あり)。戦闘に明け暮れる日々のようです。

 戦闘・討伐・作戦・粛清討伐といろいろと名称が変わるのですがそれぞれの意味がわかりません。

 昭和15年5月からは山東省内での粛清討伐に変わりますが、これ一件のみの記入。

 昭和15年6月10日昭和14年陸支機密第223号により内地帰還のため除州出発。

 6月15日青島港出発。同月同年歩兵第32連隊留守隊に転属。20日宇品港到着。22日山形●(漢字不明)。27日召集解除。

 軍歴証明書には昭和15年までしか書かれていませんが、この後再度召集されています。

 希望者のみですが出征していた本人の賞罰、病歴も履歴があれば開示請求できます。私は希望しました。そこでわかったのですがこの長男Aは昭和19年6月2日に湖南省(地名あり。中国漢字のため略)でマラリアを発症し中隊長の証明書が出されています。

 内地出港3月22日、事変地到着が3月24日。

 戦争末期に中国にいたようなのですが軍歴は一切書かれていません。日本軍の敗色が濃くなってきているためか不明。よって敗戦時まで軍にいたのか、どこでいつ除隊になったのか不明。 

統制陶器

 1960~70年代の北欧の陶器って古さの中に新しさ、それに加え温もりがあっていいなぁと思うのだけど、最近日本の古い陶器もいいなぁって思っています。

 そんなに高い陶器は買えないけれど、明治、大正、昭和初期のもののレトロ感にこの頃ひかれています。

 特に九谷や伊万里の華やかさが好き。

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 そんな正当派(?)な焼き物に加え、一枚くらいはいいかなとこんなお皿も買ってみました。

 この如何にもな古臭さとチープ感はなんぞや?と思っていたら、このお皿は統制陶器っていうんですって。

 昭和15年8月から昭和21年まで国が全国の窯元に対して制約を加えた焼き物。なんと言っても戦時中ですからね。

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 皿の裏には丸に許と数字。

 丸に許はそのまんま許可って意味で数字は窯元を表しているようですが、どこの窯かわからないようです。

 丸に許ばかりでなく岐(岐阜)に数字、名(名古屋)に数字とか地名に製造者番号というのが多いのかもしれません。それだとどこの焼き物か一目瞭然なんですけどね。

 戦時中の制限を受けただけあってかこの陶器、凄くチープ。

 軍に収めたらしき陶器はやはり軍事色が前面に出ていたり、私の購入したのと打って変わってオシャレな陶器もある。

 若い男性は兵隊にとられても生活はある訳で、そんなことをこの陶器を見ていると改めて考えさせられる次第です。



丸忠

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 最近ムショーにカツ丼が食べたくて(と言いながら食べに行っても違うものを食べてしまう軟弱者の私)、今日こそはと富山市呉羽の≪丸忠≫へ意を決し友人Mを引き連れ行ってきました。

 お店の若女将さんに「あれ〜久しぶりだねえ!!!」と言われるほど久しぶり。

 私が死んだら墓前に丸忠のカツ丼を備えてね!と言うほど、ここのカツ丼のファンなのだけどしばらく行けなかったのはヘルニアのせい。。。。

 今日も美味しくいただきました!!

 カツを一枚一枚味わって食べたわ。

 また行くわ〜。
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私の愛する男たち

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 やっぱり好きなデヴィッド・シューリス(1963年生まれ・53歳)。

 年取ったなーって思うけどこの小奇麗にしている顔つきはやっぱり好き。

 ただ残念なのは彼の出演する映画のジャンルのほとんどが興味がないってことかしら。

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 最近デヴィッドへの愛をしのぐ勢いのトム・シリング(1982年生まれ 35歳)。

 本当に美しい!

 トム・シリングの出演映画は結構観ていると思うし、彼の出演する映画は大抵が観たいと思うジャンルなのが勝手にご縁を感じているわ〜。

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 しかし、ドイツ映画の受賞者はプレゼンターとキスをするのが決まりなんですかね。

 下の写真の方が近年なのですが様になってて美しい。年齢を重ねたのがなせるワザだわね、きっと。

 背伸びしているところがミョーにそそるわ♡

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 童顔のトム・シリング。この写真は≪ジェネレーションウォー≫(2013)の頃のもの。30歳くらいの時の顔。映画では20歳くらいの青年を演じている。

 ということは、≪愛を読む人≫(2008)のミヒャエル役だって出来たんじゃないかと思うの!!!

 あれは15歳の少年の初々しさを出すために新人のダフィット・クロスが抜擢されたんだと思うんだけど、トム・シリングがミヒャエル役をやったら個人的に≪タイタニック≫のレオとケイトを越えたと思うわ!!!

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 ちなみに≪NAPOLA≫(2004)の頃の彼。

 絶対ミヒャエル役が出来たと思う!!

 返す返すも悔やまれます。

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 3人目はヴァイオリニストのマキシム・ヴェンゲーロフ(1974年 42歳)。

 彼は容姿よりも先に去年CDで聴いた≪Carmen Fantasy≫にノックアウト。以来毎日ヴェンゲーロフ。最近はAntonio Bazziniの≪La Ronde des Lutins≫にシビレまくっています。

 ピチカートが最高!

 あ、ちなみに上のヴェンゲーロフは一番美しかった頃ね。

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 比較的最近のヴェンゲーロフ。

 すっかりおっさんです。

 近影はもっとおっさんで一瞬パールマンかと思ったほど。

 しかし、はじけるような演奏と笑顔は健在。

 コンサートヴァイオリニストじゃなくなったのが非常に悔やまれます。

無添 くら寿司

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 雪マークだったのに思いもがけずピーカンの今日。

 同僚Aと富山市≪無添 くら寿司≫へランチに行ってきました。相変わらず人がイッパイだったわ〜。

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 今日もまぐろばっかり食べていたわ。

 Aと最近の諸事情を考察しながら寿司を食い散らかす。

 有意義なランチだったわね。

 恥じるということは生きる上において非常に大事なことだと思っている。

 でもこれが案外難しい。

 自分の欠点や行い失敗を恥じる心が人を育てると思う。だから恥を知らない人は嫌いだ。

 とはいえ自分が恥を知っているかと問うと甚だ疑問に感じる。

 恥について考えることがよくあるが心に残る言葉に出会った。

 ≪成熟するというのは、相手への尊厳に見合う恥じらいを生むものなのに違いない≫

 成熟がないところには恥じらいもないということなのだろうか。成熟が相手への思いやりを生む。

 背筋が伸びるような、身の引き締まる思いがする。

富山豚食堂 かつたま

 同僚T(♂)が同僚M(♀)をランチデートに誘って玉砕した。カワイソー。

 どこへ連れて行こうとしたの?とみんなの前で臆面もなくズケズケと聞いたところ、ミシュランガイド富山・石川版に掲載された富山市≪富山豚食堂 かつたま≫だったんだとか。

 という訳でだーれも誘ってくれないので寂しく一人ランチしてきたわ!

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 私が食べたのはロースカツ定食(900円+税)。

 ロースカツとご飯、豚汁、漬け物。食後にお茶かコーヒーが付きます。

 ご飯とキャベツは大盛りも可。

 ふふん。

 勿論どっちも大盛りよ!!ランチデートじゃ大盛りに出来ないけどねっ!!

 豚肉は富山ポークなんだとか。ちょっと小さめのロースカツだけどしっかりと豚肉の味が口の中に広がって行ったわ。

 ミシュラン掲載店という凄い肩書きの並びに≪とんかつ かつ兵衛≫があるのよ。

 ということはよ。

 ≪とんかつ かつ兵衛≫も張り合っている可能性大なんじゃないかしら。

 切磋琢磨しているってことよね?

 あらー。

 ≪とんかつ かつ兵衛≫にもリサーチに行ってこなくちゃいけないわね!

 新たな課題が出来たわ!!
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 ちなみに同僚Tのランチデートを笑顔でスルーした同僚Mのあだ名は

 魔性の女。ひょー。

 どいつもこいつもMに惑っているわ〜。

 断っておくけど一人ランチなんて全然寂しくなんかないわよ。

 「花は自分からミツバチを探しに行きますか?」って感じよ♡

さいとう食堂

 私にとって幻の食堂がある。

 いつ通っても開いている気配がない。

 廃業したお店だと長らく思っていた。

 が!

 あら、ビックリよ!!!

 日中に通りすがったらのれんが下がっていたわ。

 間髪いれずに突入したわよ。

 どうも近所の工場労働者を相手にしている食堂みたい。それと近所民ね。

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 私にとっての最後のフロンティア。

 立山町の利田地区にある≪さいとう食堂≫。

 80前後の老夫婦がやっている高度経済成長期で時間が止まってしまったかのようなお店。

 突入してみたら近所民一人と後は全て近所のプロレタリアートの皆さんだったわ。

 みーんなラーメンを食べていたので私もチャーシュー麺を注文。

 チャーシュー麺で520円!!!

 大盛りで570円!!!

 ビックリしたわ。

 値段も昭和で止まったままだったわ。

 味は昔ながらの中華そば。懐かしい味よ。

 あぁ、こういうの母が作ってくれたなって思い出しちゃったわ。

 忘れた頃にまた食べたくなる味でした。

 私は好きよ。美味しかったわ。

 いろいろ他にもメニューがあるのよね。

 今度はカツ丼を食べてみたいな。
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キエフの黒パン

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 友人Mが京都で会合。それも会合の場所はキエフだっていうから黒パンを買ってきて!!ってお願いしたわよ。

 キエフで会合だなんて羨ましいわ。

 スメタナを塗って堪能しているわよ。

 スメタナが合うわ〜。

 おそロシ庵さんに寄れば日本在住のロシア人に言わせると本場のスメタナの味に一番近いのがパルテノなんだって!

 確かにパルテノのあのコクは本気度高くて美味しい。ヨーグルトで一番好きだわ!

 キエフの黒パンはキャラウェイシードが入ってて食べるとキャラウェイの香りが鼻に抜ける。

 個人的にはもうちょっと酸味が欲しいところ。

 このテのパンってボロジンスキーっていうのかな?

 やはり本場のボロジンスキーが食べたいよ。

 プーチャンのロシアに行きたい!!
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