2005年07月24日

イスラエル、パレスチナА。鰻遑尭 今思うこと−緒方貞子

ユダヤ人歴史博物館に難民キャンプのwark campでボランティアをしてたカズさんとみきちゃん、中東で一緒にいたじゃがさんと行った。
パレスチナまでボランティアにきてるし、みきちゃんの方はイギリスで平和学を勉強してるのでいろいろ知っていた。
帰り道話しているうちにJICA(国際協力機構、青年海外協力隊なども運営)のこと、またそのトップの緒方貞子さんのことを教えてもらった。

彼女のことは優秀な国連職員だったということくらいしか知らなかった。
だが調べていくとすばらしい人だとわかってきた。
外務大臣に小泉さんから推されていたが他の仕事を理由に断ったという。
しかし本当の理由と言われているのが、日本の政治家との利益のない時間を過ごすよりもっと世界のためにできることがあるって理由。
かっこええ。この人だ。
JICAのモットーは現場主義、効率性。JICAは現在も改革が行われている。
この人の下で働きたいと思った。

JICAは修士をもってないとなかなか採らないのだそう。
まあ人生は長い。とればいい。
とりあえず次は国費留学に向けがんばろう。
その後就職してからでもいい。
おれはおれのできること、他にはできないことをしよう。
また新たなスタートラインを見つけた気がした。




P.S
その後シリアという国でJICAのすごさをあらためて知った。
シリアの新聞にJICAの文字。
知り合ったやつがJICAのプランで日本に来たことがあって、それはおれのゴールドな思い出だって言ってた。
サッカー北澤のシリアでのサッカー教育協力。

この日から数ヶ月間、緒方貞子さんはおれの中で神のような存在になる。  

Posted by shusei840227 at 19:58Comments(4)TrackBack(0)

イスラエル、パレスチナΑ―

アイダキャンプ(一つのパレスチナ難民キャンプ)から帰りのタクシーを待っていたときだった。

銃をもった子供がこっちに向かって歩いてきた。

兵が持っているマシンガンみたいなやつじゃなくて小型の銃。
おもちゃだろう。
わかってはいても怖かった。こんな状況の土地だ。
なにが落ちていても不思議ではない。

子供は僕らをからかっていた。
だがこっちは必死だ。
これがもし本物だったら・・・
‘銃をおろせ、こっちにくるな!’みたいなことを言っていた。
僕らがあわてるがおもしろいのだろう。
銃を構え、笑いながらさらに向かって歩いてくる。

そこら中にいる兵も銃を持っているがあいつらはよほどな理由がなければ撃つことはない。
しかし子供は違う。
この土地ではこういうことを普通にしてしまう子供が育つのだろうか。

このときは幸いにも大人が助けてくれた。
助けたとはいうより注意した程度だったが。
大げさだが助けられたと思った。

本物の‘恐怖’を感じる機会は少ないと思う。
このときはそうだった。
‘恐怖’を感じた瞬間だった。  
Posted by shusei840227 at 19:38Comments(0)TrackBack(0)

イスラエル、パレスチナァ.献磧璽淵螢好函▲メラマン

アイダキャンプ(一つのパレスチナ難民キャンプ)に行った。
アパルトヘイトウォールの近くの街だと聞いたのでそこの人々の暮らしを見たかった。

壁の近くをうろうろしていると子供たちが寄ってきた。
’早くこっちに来い、撃たれるぞ!!’
ふざけているのか本気なのかはわからない。
だが確かに子供たちの指のさす方向をみると監視台があり銃をもった兵がいた。
壁の向こう側に行こうとすると撃たれるのだとか。最近来たカメラマンも撃たれて死んだと子供たちは言っていた。

しばらく適当に話していると子供たちは壁に向かって石を投げながら写真を撮れ、と言ってきた。
驚いた。
インティファーダ(イスラエルへの抵抗運動)でパレスチナの若者が壁やイスラエル兵に石を投げている写真を見たことがあった。この子供たちはおれに雑誌で見たあの写真を撮らせようとしているのだ。
しまいには家に来いと言われついていった。
壊れたドアの前に立ち、このドアはイスラエル兵が侵入してきて壊したんだって叫ぶ。

6c176439.jpg子供と壁









子供がこんなことをする目的はお金だ。
シャッターを押すと必ずお金を要求してくる。
おれは最後にお礼と適当な金額のお金をあげ、みんなで分けることを約束しバイバイを言った。


世界で注目されている問題だけにこのキャンプにはいままでに世界中からカメラマンが来ていろいろな写真をとっている。
これらを通じて子供たちはカメラマンや旅行者がどんな写真を撮りたいか知っているのだ。おれがお金をあげればどんな行動でも、どんな表情でもするだろう。
自分がいままで見てた写真はどのように撮られたんだろうと考えた。

ホテルで知り合ったジャーナリストの人に聞いた。
’本当の現場に行かずに記事を書いてしまうジャーナリストがどれほどいることか’

一つの真実はいくつも存在してしまうのかもしれない。  
Posted by shusei840227 at 18:08Comments(0)TrackBack(0)

イスラエル、パレスチナぁ.ぅ好薀┘詈


イスラエル兵だって普通の人間だ。
銃をもって警備をしていたイスラエル兵と仲良くなった。こいつらデジカメを持ってておれらの写真を撮ろうとするんだ。日本人の旅行者が珍しいんだろう。こっちが撮ろうとすると’No picture!!’って言って怒るのに。(軍に関係する写真は一切とれない)
おれらもふざけて’No pictureだ!!’って言ってやった。

イスラエルには兵役制があり一定の期間に三年の兵役を務めなければならない。たいていの兵役中の若者は自分と同じような年だ。

’三年の兵役とか嫌じゃないのか?’
聞いてみた。
’おれたちの国は大変だ。自分たちの国を守るため兵役は必要なことだ’
んー、しっかりした考えです。

イスラエル人にもいろんな人がいる。
兵役につくことは戦争を肯定していることなので兵役を拒否する、と主張し刑に処されるものもいる。
自分と同じ年の兵で虐待や人権を無視した行動をとるものもいる。
またイスラエル兵のそうした行動を監視し、注意している団体もある。

イスラエル人。イスラエル兵。
この一つのカテゴリーの中にはあまりに多くの個が存在する。  
Posted by shusei840227 at 17:38Comments(0)TrackBack(0)

イスラエル、パレスチナ 葛藤


途上国を歩くと必ずものごいにある。
お菓子など食べ物を持っているときはまだいい。それをあげる。食べ物を持っていないときはお金をあげたりあげなかったり。お金をあげるのには抵抗がある。

今日ここエルサレムでまた一人違うタイプの物乞いにあった。
パレスチナ人で片腕がなくイスラエルにやられたという。
自分の身分証明書を見せどこに住んでいるか教えてくれた。
そして自分には家族がいてその子供には十分な食料をあげられないのだと。

アラブの物乞いはやっかいだ。エジプトが一番ひどい。どうにかして信じさせ、騙そうとする。騙されていやな思いをしたこともあった。
こういうことが続くともちろん疑い深くなる。このときもこいつが本当にイスラエルにやられて腕をなくしたのかもわからないと思っていた。
そこまで疑う自分も嫌だが実際ありえることだ。

お金をわたすのは簡単だ。数百円程度のお金で葛藤から逃げられるのなら安い。だがそれが正しいのかはわからない。  
Posted by shusei840227 at 17:20Comments(0)TrackBack(0)

2005年07月18日

イスラエル、パレスチナ

パレスチナ自治区に行ってきた。ベツレヘムとヘブロン。
両方の街の中心部は普通の街という印象だった。

しかしすぐに見れた。一番見たかったもの。隔離壁。
現実世界で行われていることとは信じがたかった。
冷たくでかい。一緒に行ったイスラエル在住のアメリカ人に教えてもらった。

壁とボーダーとの間に残された家がある。そこに住んでる子供はすぐ近くの学校まで行くのに毎日壁を迂回しチェックを受けないといけない。今後あの家はどうなっちゃうんだろうね、苦笑いとともに問いかけてきた。
別の壁の外側には果物の木たち。盗られちゃったのかな。




ヘブロン。パレスチナの街中に直接入植地を作った唯一の街。
廃墟だった。街にほとんど人はいない。すべてのゲートには軍。
過剰な荷物検査に激怒し、軍人に反抗する老人。
ユダヤ人の豊かな暮らしぶりがフェンス越しに見える。
どんな子供が育つのだろうか。

だびでの干し

(これはイスラエルの国旗にもなっているダビデの星。街のいたるところにダビデの星がある。自分の街に星条旗があったらどう思う?)


銃弾跡



(銃弾跡がそこらじゅうにある。人も死んだんだろうか。ある友達はこれは心霊写真だって言う。よく見るとわかるオレンジの線。)




廃墟名感じ






壁の向こう側

(これはパレスチナ側から撮った写真。フェンスの向こう側がイスラエルの入植地だ)




帰り道にも見る、ブロック、壁。
これらのせいでバスやタクシーなどいくつか乗り換えなければならなかった。
たぶんチェックポイントを避けるため壁の向こう側まで歩いたんだろう。
日が暮れた中、舗装されてない裏道を通り、フェンスを飛び越えたり、破れてできた穴をくぐった。
パレスチナ人は皆なれていて‘こっちだぞ’とか言って誘導してくれた。



パレスチナ人と同じ立場に立ち自分の実生活に関わったとき。
壁はやはりでかかった。
暗闇にあまりにも堂々と建っていた。
そのときなぜか最近読んだ本を思い出したんだ。
無実の罪で牢屋に入れられる話。
そんなときの気持ち。

How does it feel like?  
Posted by shusei840227 at 00:30Comments(5)TrackBack(1)

2005年07月17日

イスラエル、パレスチナ

この国は難しく、危なく、おもしろい。
それがヨルダンからイスラエルに入ったときの率直な印象。



ヨルダンとのボーダーでの警備の厳しさはたびたび聞いていた。
10時間調べられたとか、写真の中身、日記まで見られたなど。

おれはそのときボーダーの建物に入るため荷物を預けて皆とともに並んでたんだ。すると銃を持ってサングラスかけたゴルゴ13みたいな軍人がやってきて‘take off your clothes!’(服を脱げ)って言うんだ。
季節は冬。おれも皆もダウンとか着てるなかおれは服を脱いだ。軍人は遠くから見てるし、後から来た人はなんでおれが寒いのに服脱いでるのかわからず変人のように見るし。遠くにいるかわいい女の子軍人にも笑われてた。
困っちゃうよね。




その後エルサレム(イスラエルはエルサレムを首都だといっているが国連は認めてない、事実上の首都はテルアビブ)に向かうため乗り合いバスに乗った。
はじめに窓から見えたのはぼろぼろのパレスチナの難民キャンプ。
しばらくして見えてくるのは洗練されたヨーロッパ風の町並み。
エルサレムに入るとそれらが地域ごとに分かれており、パレスチナ人とイスラエル人が共に暮らす。

一言で言って不思議な感じだ。



ホテルにチェックインした後は嘆きの壁に行った。

その昔、ユダヤのヘロデ大王が神殿の周りに広大な外壁を構築した。しかし現在に至る歴史の中でユダヤの建築物は他民族に破壊されていき西の外壁だけが残った。それが嘆きの壁である。
ユダヤ人は自分たちの国の建国を夢みてここで長年祈った。願いを書いた白い紙を壁の間にはさむ。その白い紙がぽろぽろ落ちていく様子は壁が泣いているようにも見えるという。
ここはユダヤ人にとって2000年をかけて自分たちの土地を取り戻した証なのだ。

前までは巡礼しなければならなかったが最近はe-mailでも願いを受け付けてるみたい(^^;

じじい

(エルサレムではこのじじいのように正装しているユダヤ人が多い)



嘆きの壁









安息日(金曜日)と年越しが重なっていたのでかなりの人がいた。
みんなともに祝ってた。建国を。
いろんな犠牲のもとで成りえた建国を。

壁の向こう側には‘岩のドーム’と呼ばれるイスラムの聖地がある。
アラブ民族がもとはユダヤの土地に建てた聖地だ。
いまはイスラエル人(ユダヤ)がパレスチナ人(アラブ)の土地に壁を作っている。



一度ホテルに戻り夜になった。
ヨーロピアンが多く泊まっていたので新年を迎えるときは騒がしかった。
皆で新年の嘆きの壁を見に行くことになった。
夜のエルサレムの街は怖い。テロへの不安をかきたてるのに十分だ。
銃をもった兵士がそこらじゅうにいる。
なげきの壁の警備もすごいものだ。

中ではイスラエル人が祭りのように騒いでいた。
輪をつくり歌いながら踊っていた。
泊まってるホテルにはパレスチナ側でボランティア等いろいろな活動をしている人が多い。
なのでパレスチナへの気持ちが強い人が大半だった。

彼らは壮大に祝っていた。建国を。
僕らはただ黙って見ていた。
(read in english→)  続きを読む
Posted by shusei840227 at 10:07Comments(14)TrackBack(0)

2005年07月07日

イスラエルとパレスチナ(歴史と隔離壁)

422dfe5f.jpg旅してた順番とは少し違ってくるけど今の気分なのでイスラエルとパレスチナについて書きます。旅日記を書く前に少し歴史と事実を書きます。

中東情勢って関心はあるけどなんか難しくてよくわかんない。おれもそんな感じでした。NHKのこどもニュースとか見ててもよくわかりませんでした。

そこでわかりやすく近代史をまとめて現在につなげてみようと思います。





まず話は第一次世界大戦にさかのぼります。世界史をやってた人は聞いたことがあるかもしれません。パレスチナ問題とはイギリスによってつくられたと言っても過言ではありません。

当時オスマントルコと戦っていたイギリスは戦いを有利にするため、パレスチナエリアを自分のものにしたい三つの国とそれぞれことなる三つの条約を交わしました。

1916、フセイン・マクマホン協定により、イギリスはアラブ民族を戦争に協力されるためパレスチナを含むアラブ地域独立の約束をしました。

同じ年、サイクス・ピコ条約により、イギリスはフランスとロシアとパレスチナを含むアラブ地域の分割を決めました。

次の年にはユダヤ人の協力を得るため、ユダヤ人のパレスチナの地での建国を認める約束をしました。バルフォア宣言です。

そして戦争が終わりイギリスはパレスチナを占領しユダヤ人の入植を許可し、後にイスラエルが建国されました。その後の四回の中東戦争を通じパレスチナは領土を失っていきました。





そして現在。パレスチナはさらに領土を失っています。現在進行形です。

イスラエルはパレスチナとの国境を隔てるために現在建設中であるコンクリの壁を作ってます。この壁はベルリンの壁の約二倍の高さにあたる8m、またベルリンの壁の約30倍の長さの300km以上にあたります。愛知県の陸側の県境を囲む長さです。
イスラエルは壁の建設にあたり1kmあたり一億円の予算を設けています。
イスラエルの軍事費は莫大なものです。

イスラエル政府はこれをセキュリティフェンスと呼びます。パレスチナのテロリストからイスラエルの住民を守るという目的だと言っているからです。
しかし多くのNGO団体や多くの人々はこれをアパルトヘイトウォール(隔離壁)と呼びます。それはこの壁が実際どのように作られているかを考えるとその呼び方が適切だからです。

実際に行われているのは隔離です。
人々は仕事、学校に行くために200mごとにあるチェックポイントを通らなければなりません。こうした物理的隔離は直接的に経済的隔離を生み出します。
商業、農業は廃れていきます。

はじめの計画ではグリーンラインと呼ばれるボーダーにそって建設が予定されていました。
しかしいますでに作られた100km以上の壁はボーダーに大きく食い込んで作られています。
搾取された多くの土地がオリーブ畑や、みかん畑といった肥沃な土地や生活用水をまかなう水源です。





ある地域では壁のすぐ向こう側に入植地があります。
食べ物が十分与えられているとも言えないパレスチナの子供たちは壁の向こう側できれいな家に住み、きれいな服を着てあそんでいるイスラエルの子供たちを見て育つのです。壁の反対に生まれたことで生活が180%違うのです。どんなことを思い成長するのでしょう。

ボーダーと壁の間にある家は破壊されています。あるISMと呼ばれる組織の活動家の人は破壊に反対し、家と前で立ちはだかっているとブルトーザーでひき殺されたと聞きました。





こういったことは日本のメディアでは取り上げられません。
情報操作とは非常に楽なものです。





このアパルトヘイトウォールはかつて南アフリカで行われていたアパルトヘイト政策にたびたび例えられます。

黒人と白人とのアパルトヘイトです。

南アフリカでのアパルトヘイト政策は当時の国際意識でも国際的に大きく批判を浴びていました。政策を終わらせようと多くの国は南アフリカとの貿易を中止しました。しかし最後の最後まで貿易を続けた国がありました。日本です。日本は間接的にアパルトヘイトに協力していたのです。

当時、南アフリカで白人の席に黄色人種である日本人は一緒には座れませんでした。しかし最大の貿易相手であった日本は名誉白人と呼ばれ白人を座ることを許されました。歴史を振り返るとひどく不名誉なことです。

高度成長期の日本は今の中国みたいなポジションだっただろう、と勝手に思ってます。




そして今。
第二のアパルトヘイト。
パレスチナでの同じようなシチュエーション。

日本はどう動く、いや動いているのでしょう。
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Posted by shusei840227 at 23:48Comments(5)TrackBack(2)

2005年07月01日

パレスチナ

世論的にパレスチナという国は正式に存在しない。
国連はイスラエルを国として認めている。
アラブのある国の公式文書にocupited palestina(占領下のパレスチナ)書いているのを見た。
大体の人は、まとめてイスラエルと呼ぶ。


のぶさん(パレスチナに一年近く住んでてジャーナリスト的なことをしてた)はパレスチナと呼んでた。長く住んでこの不条理わかったらちゃんと分けて呼ぶんだろう。パレスチナの新聞の切り抜きを見せてもらった。パレスチナ以外では報道されない生の現状。


のぶさんはいう。NHKでさえ視点が偏っている。うそばっかりだ。
多くの日本人はあまり関心がないうえ、その情報は正確でない。


パレスチナ問題への答え・・・
どういったものになるんだろう。


f21a1610.jpg

    NO WALL WILL STOP US
(こんな壁でテロを止めることはできない)


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Posted by shusei840227 at 02:03Comments(7)TrackBack(1)