今日は、10日から研修のため来日しているCILカトマンズのメンバーを紹介します。
CILカトマンズは、第6期ダスキン研修生クリシュナさん(2004年来日)が作った、ネパールの自立生活センターです。CILカトマンズのメンバーの中で、日本に来たことがあるのは、クリシュナさんと、同じくダスキン研修生だったディパック、ジャムナさんの3人だけでした。他のメンバーも実際に日本の自立生活センターや自立生活を送っている障害者をみてみたい!!ということで、今回のグループ研修が実現しました。
CILカトマンズのメンバーは全員で14人です。今回は選りすぐりの6人が来ております。今回は初登場の5人を紹介したいと思います。
〇ガネシュさん(35歳)。
CILカトマンズ代表。25歳の可愛い奥さんと2人の子どもがいます。
障害はポリオで、1歳半の時にポリオになりました。ポリオになるまでは山の中の村「ロルパ」に住んでいたのですが、学校に通うために、「ダン」という街に引っ越してきました。昔は5kmほどの道のりを歩いて学校に通っていたのですが、今は体が大きくなってしまったので200mほどしか歩けません。
クリシュナが来日する前に、DPIネパールで働いていて出会いました。とても仲が良く「帰ってきたら何か始めよう」と二人で話していて、2005年、クリシュナが帰国してホテルで一晩話し合い、DPIを辞めてCILを始めることを決めました。
ネパールのDPIは、政治的な活動が多くて、自分で考えて障害者の活動をすることができませんでした。自分も障害者の権利のことを考えて活動したいと思っていた時に、クリシュナが帰国して日本で学んだ自立生活運動を聞き、「自分がやりたかったのはこれだ!」と思い活動を始めました。
〇ボーズラーズさん(43歳)。アドボカシー部門を担当しています。
障害はポリオで、生後10カ月の時にポリオになりました。シンドパールソックという山村に住んでいたのですが、2005年にクリシュナがCILを立ち上げるための仲間集めをしている時に出会い、一緒にCILをやるためにカトマンズに出てきました。
地元でも、障害者の活動をしていて、2000年には聴覚障害を持つ子どものための学校(ネパール初!)を作りました。今はその学校がネパール中に広がっています。
今はCILカトマンズで、自分よりも重度の障害者の生活がどうやったら良くなるのかを考えて活動しており、とても楽しいです。政府の機関でも委員として活動していて、その中で自立生活の考え方を広めています。
ここだけの話。実は、今、恋人がいて結婚も考えています。その時は皆さん、お祝いして下さいね。
〇ウダイさん(46歳)。21歳の時に地震があり、怖くて窓から飛び降りた衝撃で足を失いました。左の脇腹も20cmくらい縫う大怪我でした。事故後は義足もなく、1本足で長い棒を持って歩く生活を2006年まで続けていました。その間には、高級絨毯屋の倉庫の警備員をしていたのですが、泥棒が入っても、長い棒で追いかけて頑張っていました。
私たち世代の障害者の生活は大変で、とても苦労してきました。これからの若い世代の障害者が苦労することなく幸せに暮らすことができる社会にしたいと思って活動しています。
私のファッションポイントは、いつも被っているネパール帽子。家には17枚のコレクションがあります。コレクションを見にネパールに遊びに来てください。
〇デビさん(33歳)。日本にいる間に誕生日(5/19)を迎えます。
障害は脊椎損傷で、24歳の時に車の事故にあいました。その頃はアメリカに行く予定で準備をしていて、インターネット会社で働きながら勉強していました。事故で全てを失って、その後3年間引きこもり、毎日酒浸りで死にたいと思っていました。
そんなときに、お父さんに連れられてCILカトマンズに行きました。いろいろと相談をしながら、2010年からは一人暮らしを始め、スタッフとして働いています。私の経験を活かして、ピアカウンセリングやアドボカシー部門を担当しています。
最近は恋愛していないし、少し臆病になっていたけど、日本に来てみんなが楽しそうに恋愛しているのをみて自信がつきました。帰ったらいい恋愛が出来るといいな?
でも、女性リーダーになれるまでは恋愛はおあずけです。
〇ギタさん(26歳)。2歳の時、ウダイさんが怪我をしたのと同じ地震で脊椎損傷になりました。その時に、家族もみんな亡くなってしまって孤児院で育ちました。前に日本に来ていたディパックと同じ孤児院で、彼は私のお兄さんのような人です。
奨学金で大学まで通いました。高校生の時に留学したいと思っていたのだけど、お金のことなどいろいろと障壁が多くて、その夢は諦めてCILカトマンズで活動することにしました。日本に来て、多くの障害者が1人で暮らしていて、バリアもなく自分がやりたい生活をしているのを見て、たくさんのアイディアが浮かびました。ネパールに帰ったら、この経験を活かして特に女性障害者のために活動したいです。その夢のために、恋人もいらないし結婚もまだまだ先でいいかなと思っています。
それと、私はベジタリアンだったんだけど、1月にメインストリームのメンバーが来た時に食べ物を選ばないといけないことを不便に思い、みんなで共有することが大事だと実感してベジタリアンを辞めて日本に来ました。いろんな物を食べられるようになった私といろんな物を食べましょう。
CILカトマンズは、第6期ダスキン研修生クリシュナさん(2004年来日)が作った、ネパールの自立生活センターです。CILカトマンズのメンバーの中で、日本に来たことがあるのは、クリシュナさんと、同じくダスキン研修生だったディパック、ジャムナさんの3人だけでした。他のメンバーも実際に日本の自立生活センターや自立生活を送っている障害者をみてみたい!!ということで、今回のグループ研修が実現しました。
CILカトマンズのメンバーは全員で14人です。今回は選りすぐりの6人が来ております。今回は初登場の5人を紹介したいと思います。
〇ガネシュさん(35歳)。
CILカトマンズ代表。25歳の可愛い奥さんと2人の子どもがいます。
障害はポリオで、1歳半の時にポリオになりました。ポリオになるまでは山の中の村「ロルパ」に住んでいたのですが、学校に通うために、「ダン」という街に引っ越してきました。昔は5kmほどの道のりを歩いて学校に通っていたのですが、今は体が大きくなってしまったので200mほどしか歩けません。
クリシュナが来日する前に、DPIネパールで働いていて出会いました。とても仲が良く「帰ってきたら何か始めよう」と二人で話していて、2005年、クリシュナが帰国してホテルで一晩話し合い、DPIを辞めてCILを始めることを決めました。
ネパールのDPIは、政治的な活動が多くて、自分で考えて障害者の活動をすることができませんでした。自分も障害者の権利のことを考えて活動したいと思っていた時に、クリシュナが帰国して日本で学んだ自立生活運動を聞き、「自分がやりたかったのはこれだ!」と思い活動を始めました。
〇ボーズラーズさん(43歳)。アドボカシー部門を担当しています。
障害はポリオで、生後10カ月の時にポリオになりました。シンドパールソックという山村に住んでいたのですが、2005年にクリシュナがCILを立ち上げるための仲間集めをしている時に出会い、一緒にCILをやるためにカトマンズに出てきました。
地元でも、障害者の活動をしていて、2000年には聴覚障害を持つ子どものための学校(ネパール初!)を作りました。今はその学校がネパール中に広がっています。
今はCILカトマンズで、自分よりも重度の障害者の生活がどうやったら良くなるのかを考えて活動しており、とても楽しいです。政府の機関でも委員として活動していて、その中で自立生活の考え方を広めています。
ここだけの話。実は、今、恋人がいて結婚も考えています。その時は皆さん、お祝いして下さいね。
〇ウダイさん(46歳)。21歳の時に地震があり、怖くて窓から飛び降りた衝撃で足を失いました。左の脇腹も20cmくらい縫う大怪我でした。事故後は義足もなく、1本足で長い棒を持って歩く生活を2006年まで続けていました。その間には、高級絨毯屋の倉庫の警備員をしていたのですが、泥棒が入っても、長い棒で追いかけて頑張っていました。
私たち世代の障害者の生活は大変で、とても苦労してきました。これからの若い世代の障害者が苦労することなく幸せに暮らすことができる社会にしたいと思って活動しています。
私のファッションポイントは、いつも被っているネパール帽子。家には17枚のコレクションがあります。コレクションを見にネパールに遊びに来てください。
〇デビさん(33歳)。日本にいる間に誕生日(5/19)を迎えます。
障害は脊椎損傷で、24歳の時に車の事故にあいました。その頃はアメリカに行く予定で準備をしていて、インターネット会社で働きながら勉強していました。事故で全てを失って、その後3年間引きこもり、毎日酒浸りで死にたいと思っていました。
そんなときに、お父さんに連れられてCILカトマンズに行きました。いろいろと相談をしながら、2010年からは一人暮らしを始め、スタッフとして働いています。私の経験を活かして、ピアカウンセリングやアドボカシー部門を担当しています。
最近は恋愛していないし、少し臆病になっていたけど、日本に来てみんなが楽しそうに恋愛しているのをみて自信がつきました。帰ったらいい恋愛が出来るといいな?
でも、女性リーダーになれるまでは恋愛はおあずけです。
〇ギタさん(26歳)。2歳の時、ウダイさんが怪我をしたのと同じ地震で脊椎損傷になりました。その時に、家族もみんな亡くなってしまって孤児院で育ちました。前に日本に来ていたディパックと同じ孤児院で、彼は私のお兄さんのような人です。
奨学金で大学まで通いました。高校生の時に留学したいと思っていたのだけど、お金のことなどいろいろと障壁が多くて、その夢は諦めてCILカトマンズで活動することにしました。日本に来て、多くの障害者が1人で暮らしていて、バリアもなく自分がやりたい生活をしているのを見て、たくさんのアイディアが浮かびました。ネパールに帰ったら、この経験を活かして特に女性障害者のために活動したいです。その夢のために、恋人もいらないし結婚もまだまだ先でいいかなと思っています。
それと、私はベジタリアンだったんだけど、1月にメインストリームのメンバーが来た時に食べ物を選ばないといけないことを不便に思い、みんなで共有することが大事だと実感してベジタリアンを辞めて日本に来ました。いろんな物を食べられるようになった私といろんな物を食べましょう。