2018年01月15日

シングルベッド


ダブルベッドではなく、シングルベッド。

ツインではなくシングルにこだわる。

私が寝ているのがシングルベッドだから、ではなく、

つんくの古い歌「シングルベッド」がどうにも好きだから、

という訳。


若い頃ってだいたいシングルベッドに寝ているじゃないですか。

安っいやつ。

で、彼女ができる。

遊びにくる。

シングルベッドで遊びます。

当然安いスプリング。

なのでギシギシうるさいんだけど…

それがとてもプアだけど、蒼い感じがいい。



敷き布団?

ダメですね!

イメージが違う。

じめっとしてしまいます。


ダブルベッドじゃ、落ち着きすぎ。

婚姻届けを出しました感が出てしまう。


かといってツインベッドだと、お金は一応あります、余裕もあります、

だけどもう中年だし愛もそろそろ萎んでしまいました感が出てしまって

どうも、遠い日の恋のうたにならない。


で、シングルベッド。


カラオケに行くと、どうしても歌ってしまう。

で、なんだか悲しくなるんだよなぁ。


失恋した男のうたなんだけど、

詞が上手いというか、

ああ、恋も人生もタイミングなんだと

いまさらながらつくづく思うんです。


詞の特にここんとこが肝。


「恋は石ころよりも あふれてると思ってた

なのにダイヤモンドより 見つけられない」


つんくってモーニング娘のプロデュースとかでなく、

純粋に作詞家としての才能に溢れているんじゃないか?

阿久悠さんを尊敬しているという話だし。


モーニング娘。は社会現象になったけれど

私はああいうのが大嫌いなので全く無関心だったが、

シャ乱Q時代の作品はどれも良かったぞ。


いまはつんく、声出なくなっちゃったけど、

古い知り合いのように思っているぞ。

応援している!






シャ乱Q

シングルベッド

作詞:つんく
作曲:はたけ

流行の唄も歌えなくて ダサイはずのこの俺

おまえと離れ 一年が過ぎ いいおとこになったつもりが

それでもこのとしまで俺が 育てた裸の心は

おシャレをしても 車替えても 結局変化もないまま

早く忘れるはずの ありふれた別れを

あの時のメロディーが思い出させる

シングルベッドで夢とお前抱いてた頃

くだらない事だって 二人で笑えたね

今夜の風の香りは あの頃と同じで

次の恋でもしてりゃ 辛くないのに

寄り道みたいな始まりが 二年も続いたあの恋

初めてお前抱いた夜ほら 俺の方が震えてたね

恋は石ころよりも あふれてると思ってた

なのにダイヤモンドより 見つけられない

シングルベッドで二人 涙拭いてた頃

どっちから別れ話するか賭けてた

あの頃にもどれるなら お前を離さない

シングルベッドで夢とお前抱いてた頃

くだらない事だって 二人で笑えたね

今夜の風の香りは あの頃と同じで

次の恋でもしてりゃ ああ 辛くないのに







sigeru10161 at 21:56|PermalinkComments(0)ミュージック | 作詞

2018年01月05日

明けましておめでとうございます!

●初夢


今朝は、大きな鳥に頭を突っつかれる夢で

目覚めてしまいました。

今年初の夢だから、初夢でしょうね。

手足をバタバタしたらしく、枕元のスタンドが

床に落ちてしまいました。

家人にその事を話すと、「どんな鳥だった?」

「いや、分からない。必死で頭を抱えてたから」

「鷲なの、鷹なの?」

「うーん、見てないから。それにしてもどんな鳥なんだろう」

「大きいの、凄く大きな鳥?」

「うるせぇなぁ!」








●池坊保子って、でくのぼう?


個人的な恨みでもあるのでしょうか?

貴乃花に厳しい池坊保子ですが、

一見きれい系であった面影が…

しかし、性格は悪そうです。

若い頃裸になったのですがなぜ? という質問が

ネット上に転がってました。

回答は、きれいだと思ったからではないでしょうか?

↑突き放したような良い回答です。


しかし、大相撲ですが、

本当の事は誰も語らない…

特に、この場合のNHKって偏向も甚だしい。

もうだいぶ前だけど、受信料の事でもめたとき、

よくもまあヌケヌケとこの私ををだましてくれたなぁ。


わろてんかって、笑えるか!







●映画「ラ・ラ・ランド」って泣ける


もう去年の映画ですが、年末に観て感動しました。

ミュージカルということで当初ドン引きしてたんですが、

予想に反し、グイグイと引き込まれる。

女優をめざす主人公とミュージシャンの彼との

ちょっと遠回りなラブストーリーなんだけど、

愛し合っているふたりがおのおの夢を実現させるって、

やはり大切な何かを失ってしまう。

夕焼けの公園でのダンスのシーンが美しく

ジャズミュージックのライブシーンは、

本当に間近で聴いているような錯覚に陥る。


ロスの街で夢を実現させようと必死の二人がけなげで

それなのに、人生のタイミングが合わない。


人は立ち止まり、そして振り返る…

人生ってままならないって、ホントです。








●課税業者


この次期って、私の会社の決算時なのですが、

毎年顔が青ざめます。

自分のいい加減な性格が災いしているのですが、

消費税の支払い分をすっかり忘れていて、

税理士さんにそれを指摘され、

年末にハッとするのが恒例になってしまっている。

弊社は全員O型揃いなので、

だあれも気がつかないところが凄い。

支払い期限は2月末日。

使ってしまったものをひねり出すのは結構大変だ。

他社の対策を聞くと、事前に積み立てをしているらしい。

考えてみれば当たり前の事だし…

それをやらない自分が腹だたしい。








●SEKAI NO OWARI


これ、グループ名の事なんだけど、

「SEKAI NO OWARIの皆さんどうぞ!」

なんて司会者に振られてファンタジックな世界を歌う、

このSEKAI NO OWARIってグループ名ってどうなんだろうと。


最近になって結構恐ろしいグループ名だと気づいた。


平和な時代だと幾分余裕があるし、

語感もどこか現実味がない分、

遠く絵空事のように美しく響くけれど、

ミサイルとか地震とかが

どこかリアリティーをもって認識される昨今、

どうも笑えないグループ名になってしまっている。

(いや、SEKAI NO OWARIって、内面的なものとも解釈できる)

どちらにしろ、彼らの歌はもう夢心地のようには聴けないし、

更にはDJのピエロ君が悪魔にみえてくるのは、

被害妄想か。


彼らが守ろうとしている世界観って、

結構好きなんだけどね!







●アメリカン・ジョーク



核のボタンは私の机上にあると、言ったらしいのだ。

これに対してですね、

まあ、子供の喧嘩じゃないんだからとは思うのですが、

「私の核のボタンの方が大きい」

………とは、呆れる。

質の悪い冗談でしょうか?

マジだとしたらセンスゼロですね!

こういうのをアメリカン・ジョークというのかね?

まあ、確実に品質が落ちているメイド・イン・USA。

私たちには洒落にもなりませんが…




※遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

sigeru10161 at 15:37|PermalinkComments(0)コラム 

2017年12月29日

昭和39年(東京オリンピックの頃)



ウチの父が頼んだのだろう。

不動産屋の車に乗せられて新横浜まで来た。

10台以上のブルドーザーが出来たての駅のまわりを、

急いで必死に整地している。

幼い僕にはそうみえた。


「いまなら何処でも買えますよ」

父は黙ったまま、広大な土地を見てふーっとため息をついてから

「次のところを見せてくれないか」と頼んだ。



漠然としていたので、父には全く現実感がなかったのだろう。

父と母は、横浜の中心地を離れて少し引っ込んだところへ、

家を建てる計画だった。


実際に引っ越したのは、それから数年後だった。


この頃、東京オリンピックを控えて、

日本中がとても騒がしかったように思う。

躁状態だったのだ。

後に振り返って気づいた、当時の空気だ。



横浜駅には東口と西口があって、それらを繋ぐ暗い地下道には、

戦争で傷を負った元軍人がそこを住みかとして、

ずらっとおのおの座ったり横になったりしていた。


腕のない元軍人、両足がなくむしろに横たわっている元軍人。

彼らはアコーディオンを奏でながら物乞いをしていた。

そこを歩くとき、なんとも言えない憂鬱な気分にさせられた。


僕は、以前、日本が戦争で負けたことだけは知っていたが、

眼の前にその戦争で傷ついた生身の人間がいることが、

とても怖かった。

その怖さの正体が何であったのかは、いまでもよく分からない。

ただ、僕は心のどこかですいませんというようなニュアンスの心持があったことも

確かだった。


横浜駅の海側に出るとちょうど鶴見から川崎あたりが見渡せて、

煙突から黒や黄色や灰色の煙がもくもくと出ていた。

岸壁はゴミと洗剤の泡のようなものであふれかえり、

そのなかにネズミや犬の死体がぷかぷかと浮かんでいることもあった。

スモッグとか大気汚染という言葉がひんぱんに言われだしたのも、

この頃からだと思う。


だから今になって、アジアのどこかの国の大気汚染を、

実は僕たちは笑ってばかりいられない。

東京・横浜に連なる京浜工業地帯はかつて、

晴れた日でも空は青空ではなく、

薄くぼんやりとしていたのだから。



年末になると、僕は3.4人の友達と連れだって、

この街の商店街に繰り出していた。

きらきらとしたクリスマスの装飾が灯りに照らされ、

通りは人でごった返している。

ジングルベルの音楽は大音響で、いつまでも止むこともなく、

通りの人混みのなかに響き渡っていた。

福引きのガラガラの音が絶え間なく聞こえる。

そこに長蛇の列がいくつもできる。

誰もが大きな買い物袋を抱えていた。


商店街は夜になると屋台がずらっと並ぶ。

大人たちが酔っぱらって大声で叫んだりしていた。

男と女が抱き合っている影もみえる。


僕はそうしたものを見るたび、

心臓がどきどきして走って家に帰った。

玄関の擦り硝子の向こうに

赤と緑のライトが点滅している。

嫌なことが沢山ある家だけど、

母がつくる質素な夕飯とバタークリームのケーキが

とりあえず食べられる。


僕はこの街で生まれて、

まだ数えるほどしか遠方に出かけたことがなかったので、

世の中はあらかたどこもそんな風であり、

親子とか家庭というものも

だいたいどこも変わらないものだと思っていた。



そして東海道新幹線が開業し、

ウチの近くの国道を、オリンピックの聖火ランナーが走り抜け、

女子バレーボールで日紡貝塚が優勝し、金メダルを獲った。

エチオピアのアベベ選手が東京の街を疾走し、

テレビでみんなを驚かせた。


時代が、世の中が目まぐるしく、

みるみると変わっていったのだ。



横浜の郊外の小学校に転校した僕は、

新しい生活に馴染めず、

原因不明の熱と頭痛に悩まされた。

また、憧れのマイホームに移り住んだのに、

父と母の距離がどんどん離れていくのが、

幼かった僕にもハッキリと分かってしまった。



テレビでビートルズが来日したことを、

どこのテレビも興奮して中継していた。

加山雄三の「君といつまでも」がヒットしていた。

しあわせだなぁってはにかみながら

加山雄三が鼻に手をもっていって、

それをテレビで観た僕は、

それほどはっきり分かるしあわせってあるのかと、

ちょっと驚いた。


中学に進学していた僕は、

ようやく妙な発熱や頭痛も出なくなり、

水泳部に入部し、ギターを手に入れ、

そして何人かの女子を意識し始めた。


フォークソングも流行り出していた。

グループサウンズが隆盛を極めて、

どのグループもヒット曲を連発していた。

僕は好きなグループのレコードを、

なんとか小遣いから捻出して集めた。


そして中学3年のときには大阪万博が盛大に開催され、

日本は本格的に経済大国への道を突き進んだのだ。



2017年の今年の夏、

約50年ぶりに、僕は生まれた街の駅を降りた。

従兄弟(いとこ)に会いにいくためだ。


あの頃のにぎやかだった商店街はどこも閑散として、

なかにはさび付いた屋根やシャッターが崩れ落ちそうなほど、

老朽化している店もあった。


80才をとうに越した従兄弟はペースメーカーを付け、

それでも昔と変わらない笑顔で僕を迎えてくれた。

そして、やはりというべきか、

東京オリンピックの頃の話ばかりしていた。


その帰りにちょっと遠回りをして、

自分の生まれた跡地とでも言える所に立ち寄ったが、

当たり前のように全く別の家が建っていて、

しかしその真向かいと斜向かいの家には、

昔と変わらない表札が出ていた。


そしてその数軒先にいまも暮らしている

僕の幼なじみに会いたいと思ったのだが、

従兄弟の話によると、

彼はずっと独身で親の大工の仕事を引き継ぎ、

いまは酷いアル中とかで会わないほうがいいと、

忠告された。


あれからなんと50余年が過ぎてしまったのだ。

僕の時間が止まってしまっているこの街で、

僕は幼いころの自分に戻ってしまっていた。



もうすぐ、またあのオリンピックがやってくる。

あの頃、流行したものや音楽、ドラマなどが、

テレビなどで頻繁に放送されている。

それが懐かしいことに違いないのだが、

果たして楽しい記憶であるのか、

悲しいときであったのか、

それが判然としない。


ただ、水に溶いた墨のように、

どんよりとして見えるあの街の風景ばかりが、

しばし浮かんでは、消えてゆくのだ。


sigeru10161 at 20:11|PermalinkComments(0)エッセイ 

2017年12月15日

気持ちの良い日が続きますが…

3



寒くて風邪気味ですが、外の空気は澄んで爽快です。

例年と違うのは、景色に邪魔が入ること。



夏に飛蚊症を発症しまして、晴れた日に顕著に出現します。

青空に蚊が飛んでいる…イラッとします。

加齢による眼球の異常らしいのですが、

検査の結果、緊急性はないとのことでほっとしました。



年をとると、ふっとした景色に感動できます。

それが近所の何気ない日常だろうと、

街の雑踏であれ、イルミネーションであれ。



さて、なんでだろうと考えるのですが、

その答えはいまだみつからず、

ただなんていうか、そうすることで

いいなぁって思う訳です。


2



愛おしいといっても過言ではない。

こうして歩いている、独りで動いている。

家に帰ればなんか食える。

そして屋根のある寝床で寝ることもできる。



健康そして基本的文化生活って尊いです。

それすら叶わないひとたちが、世界中にごまんといる。



自ら病気をし、友人知人の死や闘病を聞く度、

いまこうしていることの不思議に、

やはり人生の垣根はできるだけ下げたほうが良い、

というのが私の辿り着いた、理想の価値観です。



いつもその基本を忘れて、つい欲を出しています。

何かを差別しています。

知らぬ間に差別することって、思えば割と怖いことです。

きれいごとをいくら述べたところで、

同じ過ちを幾度となく繰り返しています。

1



こう考えると、人って本来性善なのか性悪なのか、

よく分からない。

聖書もお経もコーランも、

良いことが書いてあるハズなのですがね。

やはり人ってその通りに生きられない。



この広い宇宙には

ブラックホールとホワイトホールがあるそうです。

またある説によると、この世界は必ずふたつあって、

それが対になっている。

パラレルワールドもそんな考え方が元になっているらしい。



太陽と暗黒。

白と黒、右と左。男と女。

そして善と悪。

どうもこの世の成り立ちが、

私たちの歴史にも関係があるのかも知れない。


そう思うと平静を保てます。



sigeru10161 at 19:12|PermalinkComments(0)

2017年12月09日

赤ちゃんが教えてくれた


赤ちゃんが泣いている

手足をひっしに動かして

全身で泣いている


ぎゅっと掌を握っているし

赤くなってるからだでいっしょうけんめいだから

赤ちゃん


ずっと狭いとこにいたから怒ってるのって

だまってきいてみたけれど

こんなに辛い世の中にとび出しちゃったって

怒って泣いているわけでもないよね


なんだか一人っきりで産まれてきたから

悲しくて泣いているの

これから生きてくのは悲しいこともいっぱいだから

とにかくまず泣いちゃおうかって


だけどね

君の全身から溢れ出るエネルギーをみて取ったら

それはワタシが産まれましたよって

なるべくたくさんの誰かに知らせているようでもあるし

「無事に産まれましたよ神様」って

とても遠いところに声を届けているのかな


そのみなぎるほどの生命って

お母さんとお父さんにやっと会えた

やっとだよと

とてもうれしいんだって

全身からほとばしる歓喜だって

そう思えたら

僕はようやくほっとした




sigeru10161 at 11:31|PermalinkComments(0) 
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