2017年05月27日

ホルター心電図、初体験

先のGWは、なんだか楽しくなかった。

というのも、不整脈の疑いで5月1日〜2日にかけ、

ホルター心電図を付けるハメになったから。


ホルター心電図って、簡単にいうと携帯の心電図で

24時間身体に付けその記録がとれる、というところか。



そもそも、事の始まりは、古い友人と競っていた、

血管年齢計測器でどちらが若い年齢が出るかという

いわば遊びからだった。


この年ともなると、健康と若さがとても気になる。

それは私だけではないだろう。

テレビの健康番組の数の多さからも歴然だ。

誰も実年齢より老けているのは嫌だろうし。



最近では公民館や自然公園の管理事務所などで、

血管年齢計測器をよくみかける。

私も一時、ちょっとしたマニアだった。


それがあるとき、実年齢より若く計測されるのに、

不整脈の疑いがあるので医者への受診をすすめる旨の

メッセージが出るようになった。


再度チャレンジしたが、結果は同様だった。



かくして医者へ。

そこでの心電図検査では異常は認められなかったが、

私の年齢や、近頃は疲れているといった発言をした私の

万が一を考慮し、ホルター心電図をすすめられた。



「これで異常が出た場合は、大学病院を紹介しますから」

「最悪の場合は、どんなことが想定されるのでしょう?」

「うーん、ま、いまはなんとも言えませんが、

検査の結果次第ではペースメーカーとかが考えられますね」



親戚の年の離れた従兄がペースメーカーを付けているが、

いままで全く他人事だったので、

この医者の話に私はかなり驚いた。


が、反面「しょうがないな」と思っている自分がいた。


あきらめ半分というか、

逃げようにも逃げられない現実があることも

承知しなければならないのだから。


結果がもし最悪なら、そこから最良を考えるしかない。


いまのペースメーカーはかなり良くできていて、

風呂もシャワーもOK。運動も問題ないとのこと。

これを聞いて、少し安堵した。



さて、ホルター心電図だが、これは装着が簡単だ。

胸3カ所にペタッとシールみたいなものを貼り、

そこから出ている線が、

腰ベルトに装着した小型の機器に繋がっている。

が、この小型機器がクセモノで、

服の着脱時はかなり邪魔だし、

寝るときも気になる。



あとは心理的違和感だ。

24時間に渡って計測器を装着しています、

と意識した途端、ストレスとなる。


私は最初、意識過剰になっていたが、

ちょうどこの頃、仕事が忙しくなってしまい、

意識するどころではなかったのが、

結果良かったようだ。



翌日、ホルター心電図を外しに医者へ。


電極をはがすと、肌は真っ赤になっている。

トクホンとかサロンパスと同じ状況。


で、ここからが長ーい日々が続く。


検査結果は連休明けと言われていたので、

休み明けの5月8日に問い合わせたところ、

結果はまだ、とのこと。

「明日、また連絡くださいね」

と病院の女性の明るくハツラツとした返答。


結局、検査結果が出たのは5月12日。

連休中のストレスはソコソコだったが、

連休明けからのストレスは、

かなりキツかった。



当日、医者は開口一番私にこう告げた。


「ああ○○さん、やはり不整脈ありましたよ」

「!!!???」

やはり出たか、不整脈…


続けて医者がこう告げる。

「でもね、うーんこのくらいの不整脈は、

えーとえーと…」


(早く言えよ、このウスラ医者め!)

「許容の範囲内の不整脈だから、

うーん、大丈夫かな」

「かなって…」

「そういうもんですか?」


「そういうもん、うん大丈夫だよ」


医者のこの回答に私たち夫婦は

大きく安堵した。

長期にわたった緊張感がどっと解け、

ちょっと不可解かつ妙な脱力に襲われた。


またこの前々日、

私の友人が胃がんの手術を受けていたので、

私も彼の奥さんを励ましつつも、

ちょっと自分の気持ちの不安定さが

制御できないでいた。


検査結果の出た翌日、

新横浜の彼の病院を訪ねた。


奴の元気な顔をみて、

私はさらに脱力してしまっていた。





思うに、

年を取ってゆくリスクは相当なものであるなぁ、

というのが私の実感。


予期しない脅威が

次々に現れては襲ってくるような不安。

これはもう、未知の領域を探検するのと、

なんら変わりないではないか。


年を取るって、実は冒険なんだ。

そしての先には確実に「死」がある。


さて楽しくイキイキ、

元気な老後ってホントにあるのでしょうか?


これは現在の私にとっては、かなりの難問である。


青汁飲んで平気平気と思っているそこのご同輩よ、

地獄はいつだって大きな口を開けて、

あなたが落ちるのを待っているのですよ!




2017年05月16日

短編「猿番長殺し」(タイトルパクリ)


あまり大きな声ではいえないが、

先日私は衝撃的な話を小耳に挟んでしまった。

ああ、いまでも悪夢のような光景が頭に浮かぶ。


先日ご近所のAさん宅に上がり込んで、

と言っても頼まれごとで立ち寄っただけだったのだが、

新茶が入ったので一杯飲んでいったらということで、

お邪魔したのだが…


あれやこれやとよもやま話が高じ、

はあとか、そうですかとか私の返答も、

かなり平坦かつ不自然なものになってきた。


ここは山あいの静かな住宅街で、

東京・横浜方面への通勤もなんとか大丈夫という、

一応首都圏の一角ではあるが、

そうは言っても住宅街を一歩離れれば

うっそうとした山々が背後に鎮座する田舎である。


要するにここはトカイナカと呼ばれる地域で、

夜も6時ともなれば人通りも途絶え、

商店も皆無で、最寄りの駅からのバスは、

1時間に2本という不便さである。


という訳で、この住宅街も夕方ともなれば、

黒い山々が覆いかぶさってくるように、

その影を長く伸ばすのだった。


話もそろそろ尽きてきたし、昼も過ぎた。

腹も減ってきたので、

そろそろおいとましようと座敷を立ち上がり、

玄関でスニーカーに足を突っ込んでやれやれと

立ち上がろうとしたときである。


「そういえばさぁ」とAさんの奥さんが、

突然目を見開き、苦虫を潰したような表情で、

前のめりに私の肩を叩くのだ。


(ああ、また始まったなぁ)と

私は胸の内でつぶやく。


「ウチの対面の3軒先の空き家があるじゃない、

Bさんよ、Bさんとこの空き家ね、

あれ、まだ売っていないんだって。

でね、先日あそこの娘さんがあの空き家の掃除に来たんだって。

また住むらしいのよ。娘さん夫婦が。

でね、庭の木の枝や葉も伸びっぱなしだということで、

鎌を持ってきたらしいのよ。

でね、玄関を開けて中に入ったら、あんた、

猿がね、いたんだって。

もうビックリよね。

エライ大きいのがいたんだって。

そしたら向こうも驚いてキィッて歯剥いて」


Aさんの奥さんが金歯だらけの歯を剥いてみせた。

それは普段私が見たこともないおぞましい表情だった。

Aさんの奥さんの顔が上気してきた。


「えっ、それでどうしたんですか?」と私。


「でね、そりゃあもうお互いに驚いちゃってね。

そしたらさ、びっくりした娘さんがね、

無我夢中で手に持っていた、あんた!

その鎌をね、怖いねー、

猿に投げつけたらね、あんた、

その鎌の先が猿に当たったらしいのよ、

でね、それも怖いねー、

猿の頭にグサッてね、

刺さっちゃったんだってよ!」


Aさんの奥さんの顔が、

口いっぱいに梅干を含んだような表情に変化した。


「でさぁ、ぎぃえーとかぎょうえーとか

凄い声がして、あの娘さん、放心状態で

なにがなんだか分からないまま、

一目散に空き家を飛び出して、あんた、

あの家、それっきりなんだってさー」



私の脳裏に、

あの古いプレハブの家の台所が映し出される。

土地の広さは約40坪くらいだろうか。

建物の築年数は約40年くらいの、

当時はカッコよかったであろう、

しかしいまは、肌色の少し傾いた外観には所々に錆が目立ち、

門扉や柵はやはり錆で少し崩れはじめ、

古いブロックの階段の先にガタついた玄関ドアが、

たいした役目も果たさずに立てかけてある、

そんな記憶だ。


更に、私の脳が勝手に台所の様子を描く。


なにもないガランとした薄汚れた台所に薄日が差し、

流し台の下あたりだろうか、

その猿は額から血を流し、

薄い茶色の毛は血で黒ずんで束になって固まり、

両手両足をダランとさせ、

それでいてまだ半目を開け

こちらを見据えているのである。


「うーん、なんだか怖い話ですね。で、

その後あの空き家へは誰か入って、

室内の様子を確認したのですか?」


突然に覆いかぶせられた風呂敷を避けるように、

私の片手が平静を装おうとして勝手に動いている。

これが止まらない。


「冗談じゃないわよ、怖い怖いってね、

あれっきり誰もあの空き家へは行っていないんだって。

嫌だねぇ」

とAさんの奥さんは、もう笑っているではないか。


(この人のメンタルは一体どうなっているんだろう)



立ち直りの早いAさんの奥さん宅を後にし、

私はトボトボと歩きながら考えた。


そして確かこのあたりの猿には、

GPSが付いていることを思い出した。



数年前から急増した猿害により、

農家の畑が荒らされるだけでなく、

猿は住宅街にもしばしば出没していた。


これを問題視した地元の有志と

自治体が結束してつくったのが

「とっとと猿帰りなさい隊」だった。



そのとっとと猿帰りなさい隊は、

主な猿グループのボスを捕獲し、

GPSを付けて、再び放したとのこと。

これにより、山の猿たちが現在どこにいるのかが

一目瞭然となり、その傾向と対策によって、

猿害は激減したはずだったのだが…


しかし、猿社会にもやはりはぐれ者がいて、

こいつらはGPS通りに行動することはない。


単独行動でふらついているので、

どこで人が遭遇するか皆目分からないのである。

更に、これは私の経験と農業を営んでいる方から

聞いた話から導き出したはぐれ猿の印象だが、

奴らは人を避けるどころか威嚇するのである。

そして、はぐれ猿ほど、人を翌々観察している。


相手が子供であるとか小柄の女性だったりすると、

容赦なく近寄ってきて歯を剥く。


その被害は、ちょくちょく自治会報でも報告されていた。


私が遭遇したのはとある日の早朝だったが、

ちょうどAさんの奥さんが話していた

例の空き家付近だった。


最初は大きな猫か犬かと思ったのだが、

どうも朝日を浴びたその形容、姿は

まぎれもない大柄な猿だった。


私がその方角へ近づくと、

猿は大きな手を勢いよく上げたかと思うと、

今度は威嚇のためか、胸を膨らませて、

「それ以上俺に近づくなよ」と

警告しているようでもあった。


当然、この姿を見て

私は足早に今きた道を引き返したのだが、

朝日で逆光に映された姿は筋骨隆々で、

体毛がキラキラと光っている。

若き日のアントニオ猪木もかなわないであろう、

という印象だった。


ご近所の隠居しているおじいさんの話によると、

こいつは普段から民家の庭になっている木の実や、

家庭菜園の野菜なんかを食い荒らし、

どうやらその味を覚えたようである。


この大柄の猿が他のはぐれた猿を取りまとめて、

いわば番町のような地位に君臨し、

その縄張りを徐々に

住宅街の中に広げているということであった。


Aさんの奥さんの話を手繰り寄せる。


先のBさんの空き家で娘さんが遭遇した猿も、

相当大柄だったというから、これはひょっとすると、

Bさんの娘さんは、はぐれ猿の番長を

仕留めたのかも知れないとの結論に

私は達した。



今日は夜明け前から雨がしとしとと降っている。


昨日までの5月晴れはどこへやら、

どんよりとした厚く重たい雲が

この山あいの住宅街に垂れこめている。


私は、この季節にしてはめずらしく

厚手のジャンパーを羽織り、

いつもの散歩道を歩く。


散歩のコースは、

途中でBさんの空き家の前を通るのだが、

この朝は、ふとあの猿の死骸が頭に浮かんでしまった。

しかし朝の散歩3000歩をノルマにしている私の足が、

怖気づいて止まることはない。


なんといっても世の中は朝なのである。


これが薄暗い夜であれば当然コースを変えたであろうが、

私は頭に浮かんだ猿を必死で強制的に脳裏から削除し、

あたたかい日差しのなか、美しいバラが咲き乱れる

横浜の山下公園の情景を頭に浮かべた。


足取りは軽い。


ジャンパーに雨がはじく音がして、

グイグイと歩幅が広くなってゆく。


Bさん宅の空き家の横を通り過ぎるとき、

ふと気になってBさん宅の空き家に顔を向ける。


すると、少し開かれた朽ち果てた風呂場の小窓から、

包丁を額に差したままの猿が、

じっと恨めしそうにこちらを

見ていたのである。


これが現実の出来事なのか、

私が勝手に作り上げた妄想なのか、だが、

そうした事柄には一切触れたくないというのが、

現在の私の心境である。







2017年05月09日

贅沢な時間

最近、自分で贅沢だなと感じるのは、

たとえば夜、風呂から出て寝るまでのわずかな時間に

古いポップスを聴きながらぼおっーとすること。


聴く曲は、そのほとんどが洋楽。

最近はなぜかカーリー・サイモンが多い。

他は、ジョージ・ハリスンのマイスィートロードとか

ジャニス・イアンの17才の頃とか

パティ・ペイジのテネシーワルツとか。


聴くのはYouTubeだから、音にはこだわっていないし、

曲の頭にPRが入っても仕方がないと思っている。


一体、これらの曲にどんな記憶が刷り込まれているのか、

自分でもホントのところはよく分かっていないのだが…


きっと10代の後半に何かがあって、

そのなかの忘れてしまったエピソードみたいなものと

リンクしているのかも知れない。


そのくらい鷹揚で、のんびりとした時間が過ぎてゆく。

そうすることで、とてもハッピーでいられる。


こうして聴くともなく流れる時間があるということは、

要するに緊急の問題とか心配事がないということ。

いや、あったとしても、必要不可欠な時間だ。


ふと、自分の若い頃の映像がよみがえる。

いま思い返すと幸せな時だったように思えるが、

現実的にその頃なにがあったのか、

冷静に振り返ればロクな事はなかった。

いまは穏やかな気持ちにさせられるから、

夜は、とりわけ遠い過去の記憶は、

私のアタマに巧妙な細工が施されるのだろう。


時間の流れというものは、とてもやさしい。


そして、やれやれとベッドに入って、

昨晩の小説の続きを読む。


ここでも最近のものは読まない。

ジャンルはアクションでも推理でもなく、

主に80年代のある種かったるいものが最近の傾向。


なぜか以前は全く見向きもしなかった片岡義男が、

現在の私の愛読書である。


近々では、「彼らがまだ幸福だった頃」が良かった。

この小説は、時間の流れが丹念に描かれていて、

その空気感のようなものに気づかないと、

この人の小説は結構辛いものとなる。


そしてもうひとつ。

彼の実験的な文が、

実はとても興味をそそるのだ。


「彼らがまだ幸福だった頃」という小説は、

或る男と女がバイクのツーリングで出会い、

夏から秋にかけてを過ごすストーリーなのだが、

主人公の青年が相当なカメラマニアで、

相手の女性が圧倒的に容姿が美しい。


小説全体は、心理的表現というより視覚的な描写が、

ほぼそのすべてを占める。


青年は、知り合ったこの美しい容姿の女性を

被写体として、夏の高原のホテルから

秋までを執拗にカメラに収める。


ストーリーの進み具合はとても細密で、

ひょっとして時間が

このまま止まるんじゃないかと思うくらい、

ある種執拗なまでの情景が描写されている。


最初の読み始めの頃に感じたのは、

この主人公はひょっとして変態なんじゃないかと。


しかし、これがやがて

主人公の絵づくりに対する探究心に変化する。


確信犯的な書き方もこの作家の才能であろうし、

なにより小説による視覚化、映像化に賭けた

片岡義男の挑戦ともいえる書き方には驚かされる。


とここまで書いてきて思うのだが

こうした作品は、或る人にとっては

時間の無駄になるのかも知れない。

冒険ものみたいなワクワクもドキドキもない。


だけど、彼の作品は、

とてもたおやかで贅沢な時間が流れている。

言い換えれば、創造力が作り上げた贅沢、

とでも言おうか。


深夜、疲れた心身をベッドにもぐりこませ、

さてと、こうした贅沢な物語りを読み進めるとき、

こちらも貴重な時間を消費する訳で、

これほどの相性の良さは他にないと、

最近になって心底思うのだ。


テレビもネットも、

ザラザラしたものばかり。

みんなとても窮屈している。

そしてキナ臭い。


やはり時として、

現実逃避的な時間って必要だ。

なにより救われる。


贅沢って素敵だ!




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著者プロフィール
東京の出版社、広告会社を経て、
フリーのコピーライターとして
独立。主に、新聞・雑誌広告、
ラジオコマーシャルを手がける。
法人プロダクションとしてスタ
ートしてから早ん十年の月日が
流れる。
現在はコピーライターの他、企
画、webマーケティング、各種
プロモーション、プロデュース、
コンサルタントの仕事等を
こなす。

一男一女の父。
少林寺拳法、書道の他、
アウト・ドアとカヌーが趣味。
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