2017年12月15日

気持ちの良い日が続きますが…

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寒くて風邪気味ですが、外の空気は澄んで爽快です。

例年と違うのは、景色に邪魔が入ること。



夏に飛蚊症を発症しまして、晴れた日に顕著に出現します。

青空に蚊が飛んでいる…イラッとします。

加齢による眼球の異常らしいのですが、

検査の結果、緊急性はないとのことでほっとしました。



年をとると、ふっとした景色に感動できます。

それが近所の何気ない日常だろうと、

街の雑踏であれ、イルミネーションであれ。



さて、なんでだろうと考えるのですが、

その答えはいまだみつからず、

ただなんていうか、そうすることで

いいなぁって思う訳です。


2



愛おしいといっても過言ではない。

こうして歩いている、独りで動いている。

家に帰ればなんか食える。

そして屋根のある寝床で寝ることもできる。



健康そして基本的文化生活って尊いです。

それすら叶わないひとたちが、世界中にごまんといる。



自ら病気をし、友人知人の死や闘病を聞く度、

いまこうしていることの不思議に、

やはり人生の垣根はできるだけ下げたほうが良い、

というのが私の辿り着いた、理想の価値観です。



いつもその基本を忘れて、つい欲を出しています。

何かを差別しています。

知らぬ間に差別することって、思えば割と怖いことです。

きれいごとをいくら述べたところで、

同じ過ちを幾度となく繰り返しています。

1



こう考えると、人って本来性善なのか性悪なのか、

よく分からない。

聖書もお経もコーランも、

良いことが書いてあるハズなのですがね。

やはり人ってその通りに生きられない。



この広い宇宙には

ブラックホールとホワイトホールがあるそうです。

またある説によると、この世界は必ずふたつあって、

それが対になっている。

パラレルワールドもそんな考え方が元になっているらしい。



太陽と暗黒。

白と黒、右と左。男と女。

そして善と悪。

どうもこの世の成り立ちが、

私たちの歴史にも関係があるのかも知れない。


そう思うと平静を保てます。



sigeru10161 at 19:12|PermalinkComments(0)

2017年12月09日

赤ちゃんが教えてくれた


赤ちゃんが泣いている

手足をひっしに動かして

全身で泣いている


ぎゅっと掌を握っているし

赤くなってるからだでいっしょうけんめいだから

赤ちゃん


ずっと狭いとこにいたから怒ってるのって

だまってきいてみたけれど

こんなに辛い世の中にとび出しちゃったって

怒って泣いているわけでもないよね


なんだか一人っきりで産まれてきたから

悲しくて泣いているの

これから生きてくのは悲しいこともいっぱいだから

とにかくまず泣いちゃおうかって


だけどね

君の全身から溢れ出るエネルギーをみて取ったら

それはワタシが産まれましたよって

なるべくたくさんの誰かに知らせているようでもあるし

「無事に産まれましたよ神様」って

とても遠いところに声を届けているのかな


そのみなぎるほどの生命って

お母さんとお父さんにやっと会えた

やっとだよと

とてもうれしいんだって

全身からほとばしる歓喜だって

そう思えたら

僕はようやくほっとした




sigeru10161 at 11:31|PermalinkComments(0) 

2017年12月05日

誰も信じちゃいない

前の記事は、ホントの話です。

誇張なしのつもりだが、

何人かにブログ記事の真偽について聞かれた。

「ホントですよ」とキッパリ断言すると、

なんだか余計に嘘くさくなってしまった。



まあ、書き方が胡散臭いという反省もあるが、

これはどうしようもない。

こんな書き方しかできない訳だから。


で、この事件があった直後も数人に熱く話したが、

一様に「へーッ」って返答するんですね、みんな。


しかし表情は結構冷静。


或る方は「まぼろしでも見たんじゃないの?」

「………」

これが本音でしょう。


日が経つに連れ、

こちらも「まぼろしだったのかなぁ」と。


こうした話って本人が熱く語るほどに、

聞き手は落ち着きはらう傾向があることは分かっていた。


僕は中学時代にも「鬼火」というものを目撃したことがあるが、

(ほら、もうあなたは疑っているでしょ)

そのときは夜中にひとりで見たこともあり、

結果、やはり誰にも信じてもらえなかった。

翌朝、母に興奮気味に話したのだが、

母は笑顔で「そうなの」と言ってから、

くるりと向きを変え、表情も変えずに、

テレビのなんとかモーニングショーに見入っていたし。


サンプル例はまだある。


大学のとき、朝方に友人3人でいたときのこと。

横浜のとある開発分譲地のてっぺんあたりの草むらに

車を止めていた。

車中で、話は盛り上がっていた。

新潟から船でウラジオストックへ行き、

旧ソ連(ロシア・東ヨーロッパ)を横断、そして南下して…という

世界ヒッチハイクのプランを練っていたところだった。

ふと、徐々に近づいてくる空からの光の異様さに気づき、

3人で一目散に逃げ出したことがある。


逃げ出すほど驚いた訳は、

朝方の4時頃、夜明け前なのに、

音もなく空から私たちに近づいてきたかと思うと、

至近で強烈な光を浴びせられたからである。

この正体不明のオレンジ色の光は、

いま思い返しても、私たちを狙っていたとしか思えないのだ。

逃げながら振り返ると、それはブルーへと色を変化させ、

あっという間に相模原方向へと去っていったのだった。


翌日3人で、大学で他の友人たちに

興奮気味に語ったのだが、

やはりなんとなくしらーっとした空気になった。


余談だが、

後に、この「世界に飛び出せヒッチハイク計画」はやむなく頓挫した。

理由は3人が次々に病を発症したからだ。

僕が急性肝炎、他は十二指腸潰瘍、結核…


後にこのときの3人が顔を合わせると、

まずは挨拶代わりに、

「あれってホントだよな。だれーも信じないけどな」

であった。



ちなみに冒頭の或る方から、

「もっと凄いのがいるよ。レオタードおじさんって知ってる?」

「いや、知りません。初めて聞きました」

帰って早速ネットで検索すると確かにいました。

画像付きですげぇ変なおっさん。

そして原宿にはセーラー服おじさんがいる。

大阪にはブルマおじさんが…


うーん、これはなんというか、分析が難しいなぁと考えるも、

どうも僕の話とは種類が違うなと思い始める。

全く別の話題に擦り替わっている。

摩訶不思議な事って、

体験した本人でないとなかなか人には信じてもらえない。


そう語りたかったんだけど。


やっぱりレオタード…のあたりから、

この話はねじ曲がっている。


だから僕の話はやはり、

薄々あやしいんです。




sigeru10161 at 18:36|PermalinkComments(1)エッセイ | 日記

2017年11月26日

黒づくめババアの恐怖


そろそろ話してもいいだろう。

今年の夏。

蒸し暑い或る夜のこと。

私は奥さんと小田急線某駅から10分ほどのところにある、

格安のイタリアンレストランで、

ピザとかスパゲティとかサラダとかをたらふく食い、

幸福な気分で車を止めておいたコインパーキングまでを

だらだらと歩いていた。


赤信号の交差点に立っていると、

いつの間にか後ろに人の気配を感じた。

まあ、交差点なので当たり前なのだが、

異様に至近距離にいる気配を感じた。


イヤーな感じがしたので、奥さんにひと声かけて、

速足で歩くことにした。

安心するのもつかの間、

後ろの気配も速足でついてくるではないか。


まだ、私たちは後ろを振り向いてはいない。

何者が後ろにいるのか振り向くほどでもなかったからだ。

しかし、ずっと至近距離でピタリとついてくるので、

いい加減に私たちは足を止め、

とぼけて脇にあった自動車展示場の車を眺めることにした。


と、驚くことにそのイヤーな気配もピタッと足を止め、

私たちの後ろにくっ付いて立っているではないか。

振り向くと、背の低い老婆とおぼしき影。


「何かご用でしょうか?」

私が話しかけると、その影が言うには、

「私は足が悪いんですよ。それでね、

誰かの後について歩こうと思ってね」

「うん?」

どうも理解しかねる返答だった。


この影をよくよく観察すると、

真夏だというのに、黒い頭巾を被り、

長袖の黒い衣服を身にまとい、

引きずるような丈のスカートに、

黒い手袋をはめている。

口をマスクで隠している。

そして雨も降っていないのに、黒い傘をさしていた。

夜だというのに大きなサングラスをかけたその奥に、

得体の知れない不気味なものを感じた。


先ほどからの事を振り返えってみた。

この人は途中から、相当の速足で私たちについてきたのだ。


話しながら老女らしき人は膝をさすっている。

上目づかいで、こちらの様子を伺っているのが分かった。

(この人って本当に老婆なのか?)


得体が知れないと思った。


はっきりしているのは、この人は多分女性で、

背が低い、ということ。

それしか認識できない。


日曜の夜の10時過ぎ。

繁華街の一本裏通りである。

人通りはまばらだった。

この至近距離でついてくること自体、

最初から不自然とは思ってはいたが。


私はとっさに手を振って、

「なんだかよく分からないけど、

どうぞお先に!」とジェスチャーをする。


「そうですか?」

この黒づくめ、不満そうなのだ。

少し間があく。

重い空気が張り詰めている。


黒づくめはようやく諦めたらしく、

しぶしぶと歩き出した。

歩く後ろ姿をみると、普通に歩いているではないか。


この場合、目が悪いのであれば、

私も少しは納得したのかも知れない。

いやしかし、いろいろと首をかしげるような印象から、

やはり不気味なことに変わりはない。




黒づくめの後ろ姿が徐々に遠くなり、

ようやくその姿が小さくなるまで、

私たちはなにかよく分からない恐怖感にさいなまれた。


あの人は一体何が目的で私たちの後ろについてきたのか、

歩きながら考えを巡らすも、全く分からない。

もし、あの老婆が、万一何か悪いことを企んでいたと考えると、

私たちは二人でいるので、相手も分が悪い。

それなら一人で歩いている人間を狙うのではないか。


やはりあの老婆の目的が分からない。

たださみしいのではないかとも考えたのだが、

であれば、人の嫌がるような行動をとるだろうか。


幸福な満腹感が、息苦しさに変わっていた。


車が止めてあるコインパーキングは、

鉄道の高架下のかなりの暗がりにあった。

あたりは人家はなく、田園が広がるのどかな一帯だ。

丸1日止めてもたいした料金ではないので、

そこにしたのだが…



汗を拭きながらパーキングに入ろうとすると、

高架下のずっと遠くから

小さな影が小走りでこちらに近づいてくるのがみえた。

目を凝らすと、なんとあの黒づくめババアではないか。


とっさの事で頭が混乱する。

私たちはコインを入れる余裕もなく、

低くしゃがんで車に滑り込んだ。

心臓がひどく鼓動しているのが自分でも分かるほど、

私たちは気が動転していた。


その恐怖の正体は、

相手の目的が不明だからなのか、

いや、あの姿なのかは、

いまでもよく分からない。


シートに深く沈み込んで、

恐る恐る外をちらっとみると、

あの背の低い黒ずくめが

私たちの車のすぐ横の道をゆっくりと歩いている。

まわりを伺うように用心深く歩いているのが

その姿からすぐ分かった。


一体あいつはなんなんだ。

本当に人間か?


ひどい汗をかいている。

息づかいが荒くなる。


時間がどのくらい経過したのか、

それさえよく把握できなくなっていた。


勇気を振り絞って上体を起こし、

ガラス超しに恐る恐る外の様子を伺う。

黒づくめは高架下に沿って続く道を

きょろきょろしながら歩いている。


「いまだ!」


外に飛び出した私は精算機まで走り、

なんとかコインを投入した。

もう高架下の不気味な姿はあえて確認しなかった。


車のストッパーが下がると同時にキーを回し、

エンジンをかけ、窓を閉める。

冷房を最強にする。

車内がむせるように暑いのを、

このときやっと認識する。


黒づくめは、私の車のライトに照らされ、

遠くからちらっとこちらを振り向いた。

わずかながら、あのサングラスが一瞬反射した。


その映像を、いまでも私は忘れることができない。



sigeru10161 at 13:42|PermalinkComments(3)エッセイ | 日記

2017年11月17日

夢でみる情景


初めてその夢をみたのは、

確か20代の頃だったように思う。

その後、幾度となく同じ夢をみる。

その風景に何の意味、教え、警告とかがあるのだろうかと

その都度、考え込んでしまうのだ。


30代のあるとき、友人と箱根に出かけ、

あちこちをGTカーで走り回っていた。

心地のいい陽ざしの降り注ぐ日。

季節は春だった。


ワインディングロードを走り抜ける。

とても爽快だった。

が、カーブに差し掛かったとき、

私はこころのなかで「あっ」と叫んだ。

そのカーブの先にみえる風景が、

私が夢でみるものと酷似していたからだ。


夢で、

私はアスファルトの道をてくてくと歩いている。

どこかの山の中腹あたりの道路らしい。

それがどこの山なのか、そんなことは考えてもいない。

行く先に何があるのかも分からない。

陽ざしがとても強くて、暑い。

しかし不思議なことに、全く汗をかいていない。

疲れているという風にも感じない。


カーブの先の道の両脇には、

或る一定間隔で木が植えてある。

その木はどれも幹が白く乾いている。

背はどれも低い。

太い枝を付けているのだが、

葉はいずれ一枚もない。


そのアスファルトの道が、

どこまでも延々と続いていることを、

どうやら私は知っているようなのだ。


夢でみた風景が箱根の道ではないことは、

その暑さやとても乾いた空気からも判断できた。

現に箱根のその風景は、

あっという間に旺盛な緑の風景に変わっていた。


夢のなかのその風景は、

メキシコの高地の道路のような気もするし、

南米大陸のどこかの道なのかも知れないと、

あれやこれやと想像をめぐらすのだが、

私が知った風景ではないことは確かだった。


つい最近も、仕事の合間のうたた寝の際、

夢の中にその風景が現れた。


立ち枯れた木がずっと続くその道の先は、

きっとその山の頂上に続いているのだろうと、

ようやくこのとき私は想像したのだった。


なんの怖さも辛さも感じない。

ただ、暑さと乾燥した空気が心地いい。

相変わらず強い日差し。

それが身体にエネルギーを与えるようにも感じられた。

あたりに風は一切吹いていない。

とても穏やかで静かだった。


覚醒した私は思うのだ。


頂上にたどり着いた私は、

やがて、空へと続く一本の階段を発見する。

そして、誘われるように、

その階段をてくてくと昇ってゆくのだろうと。


もちろん、その階段は天まで続いている。







sigeru10161 at 11:28|PermalinkComments(0) | ミュージック
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