2016年06月

2016年06月26日

記憶の海を漂う

あなたの人生を振り返ってみてください、

如何でしたか?


こんな小難しい質問を誰かに投げかけられたら…


うーん、皆さんかなり戸惑うことになるでしょう。

ところが、こうした質問に対する回答は皆、

同じ思考を辿ってこたえるらしい。


それは「記憶の集合体」を語ること。


言い換えれば、覚えている過去の記憶を総合的にまとめ、

それを主観で言い表す、とでもいおうか。




NHKのEテレで毎週「TED」という番組を放映している。

アメリカの番組をそのまま持ってきたものだが、

毎週、その道のプロ・専門家が、広い会場でプレゼンテーションを行う。


別称「スーパープレゼンテーション」と呼ばれる所以は、

登場する方々のプレゼンがとても感動するものばかりだからだろう。


最近では、記憶力の世界チャンピオンという方が登場。

物事の覚え方のコツなどを話しているのだが、

これはめずらしくつまらないなぁと思いながら観ていた。


まず記憶力の素質は皆たいして変わらないということ。

そして記憶しておくポイントは、物事を関連づけて、

物語として、または立体的に覚えてゆくこと等々。


こういうことに一切興味がない私は、

フムフムと寝転がって観ていたのだが、

最後の3分という話の総括の頃だろうか、

彼が目からウロコが落ちるような、

ハッとすることを口にした。


曰く、

「人は人生を振り返るとき、それは記憶しかない。

だから皆さん、忘れずに覚えておきましょう」と。


この言葉がやけに気になった私は、

体を起こしてひととき、うーむと考え込んでしまった。


その人の人生がどうであったか、

それは覚えている事以外は当然のことだが、語れない訳だ。


この至極当たり前の事に私はハッとさせられた。


そして私たちは、それが良い思い出だろろうとなかろうと、

月日が経つうちに記憶は変化し、ときに編集され、

更に記憶は進化しながら積み重なってゆく。


この過程での記憶の変化、編集には、

主観が多いにかかわっているので、

それがどのような記憶であろうと、

その人の心理状態というか性格なども大きく影響している。


よって、例えふたりの人間が同じ経験をしても、

それが良い思い出となるのか否かは、

それぞれのパーソナリティにより、

記憶の形態も掛け離れたものになる可能性がある訳で、

そこに後年、記憶の編集などが加わることにより、

それぞれの歩んできた道が大きく異なるように語られる、

ということとなる。


おおざっぱに言えば、

それがどんな事柄であろうと、

記憶とは本人が良しと記憶していれば、

それは良い思い出となるであろうし、

その逆もまた然り、なのである。


なんでもポジティブに、とかいう人がいるが、

私はこういうのがあまり好きではない。

が、こと人生における記憶に関しては、

この考え方を採り入れたほうが良さそうだと、

「TED」を観て以来思うようになった。


これは、私がいままで見落としていた、

とてもシンプルかつ重大な発見だった。


一度きりの人生だと思うからこそ、

やはり振り返るときくらい肯定したい…


こう考えるのは私だけだろうか。




  • このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
sigeru10161 at 21:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセイ | コラム

2016年06月19日

小説と枕の快楽


枕元にいつも一冊、長編小説が置いてある。


寝る前のひとときに、

現実と全く違う世界を歩く楽しさは、

やはりとびっきりの物語でなければならないと思う。


あるとき、それは藤沢周平の小説から始まった。


彼の小説は、江戸の町が主な舞台で、

それがあるときは市井の下級武士だったり、

或る問題を抱えている町人だったり、

傘張り浪人、職人、嫁入り前の娘とか、

いろいろな江戸の住人が主人公となって、

その人を取り巻く世界がくるくると動きだし、

主人公の息づかいが伝わるほどに、

物語がいきいきと描かれている。


その物語の舞台である江戸の町を、

藤沢周平の小説を元に地図をつくった読者もかなりいると聞く。


それほどに、彼の小説には人を引き込む魅力がある。


いや、で今回の話題は枕なのである。


小説に引き込まれる興奮と相反し、

こちらとしては寝る前のひとときとはいえ、

現実は、明日やらねばならない事もある。


要は寝なければならない訳だ。


そこで、ワクワクさせる物語に負けないほど、

こちらを最高級の眠りに誘う心地良い枕が必要となる。


それがあるときは、

イトーヨーカ堂で買った980円のパイプ枕だった。


その枕は、それ以前に買った通販生活の1万2000円の枕より、

数倍深い眠りを約束してくれたので、

ヘタっても薄汚れても数年使っていたのが、

最近になって、どうも体に異変が起きてしまい、

買い換えを考えていた。


異変は突然訪れた。

朝、洗面所でうがいをしようとガラガラと上を向くと、

とたんに首が痛んで、以来、数日にわたって

上を向くことが苦痛となってしまった。


私はその痛みの原因が分からず奥さんに話したところ、

「枕よ、枕に違いないわ!」と即答した。

思えば、この奥さんは枕にとてもうるさい人で、

ここ2.3年のうちに、なんと枕を5回も換えている。

しかし、理想の枕にはいまだ出会っていないとのことだ。


この頃、私の枕元の小説は村上春樹のものに変わっていて、

「海辺のカフカ」上・下巻を読み終えていた。

とても面白かったのだが、振り返るに、

やはり眠りはさして深くはなかったように思う。


それは、小説の中身が面白すぎで眠りが浅くなったのか、

はたまたその原因が枕によるものだったのか、

そこはよく分からないのだが、

やはり枕の替え時とは思ってはいた。


で、あるとき別の用事で丸井へ行ったとき、

ふとした衝動買いというべきか、

西川の「もっと横楽寝」という枕に手を出す。


横楽寝とは、横を向いて寝る人専用に設計された枕、

とのことで、おおそれは私ですと、

まずネーミングに惚れてしまった訳。


早々に売り場のベッドで試すと、

確かに良さげな感触を得たので購入となったのだが、

以来、以前よりどうも深く寝ているようだと気づいたのは、

数日経ってからで、

朝なかなか起きられない自分に驚いてしまったからだ。


現在、興奮しながら、かつ淡々と読み進めている小説は、

スティーヴン・キングの「シャイニング」下巻。


物語は佳境である。


寝床に入るとワクワクが止まらない。

ストーリーの急展開に、結末がまるで検討がつかなくなってしまい、

これはとんでもない最後を迎えそうであるが、

そこは「横楽寝」が難なく阻止してくれるのでありがたい。


小説で上気した私をおだやかな睡眠へと誘い、

果てはさわやか、かつ満足に充ちた、

けだるい朝を約束してくれる。


恐るべきは、西川の枕「横楽寝」である。

そして、その心地よさに拮抗するS・キングの「シャイニング」も、

なかなかの強敵ではある。


おもうに、幸せだなぁと思える最短の近道が、

私の場合「良い枕と傑作小説」ということに、

ごく最近気がついた訳だ。




  • このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
sigeru10161 at 10:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセイ | 日記

2016年06月14日

時代遅れ


大学時代の友人と20年ぶりに再会した。

奴が私を見て第一声「老けたのう」と言った。

そう言う奴も白髪頭を恥じるように、

相変わらずボソボソと

何か言い訳のようなことをつぶやく。


九州の大分で小さな工場をやっているが、

最近では息子さんを社長にして、

自らは第一線を退いていると言う。



歩き方に元気がない。

聞けば、心臓の手術、糖尿と修羅場をくぐってきたようだ。

しかし、息子さんが後を継ぐというので、

工場の設備費に6000万円位を費やしたとのこと。


「なので、退いたと言ってもまだ仕事はやめられんけん」


なんだか嬉しそうに話す。



「そっちはどうじゃ?」

ああ、そう言えば、この話し方で思いだした。


奴は結局、学生時代から東京で暮らしていても、

九州弁で通していたっけと。


皆が都会に馴染もうと地元の言葉を封じていたのに、

奴は一切お構いなしに方言を貫いた。


なんというか、古い男なのだ。


ムカシ、奴と横浜のキャバレーに行ったことがあるが、

うろ覚えだがロンドンとかそういう、

いまとなっては懐かしい店だったような…


そこでさんざん飲んで騒いで、

帰路、奴の口からはっとするような名言が飛び出した。


「最近のキャバレーには愛がないのう」

「………」


まあ、店の子が金金金と見えたのだろう。

奴曰く、

「ムカシの店はどこも人情も情緒もあってな、

そして気遣いも、愛もあったのに、

もうのうなったわ」


石原裕次郎の名曲「銀座の恋の物語」のような時代は、

その頃でさえとっくになくなっていて、

世の中はほぼ拝金がまかり通っていたことを

奴は痛烈に批判したかったようだ。



あれから30年以上が過ぎたいま、

疲れ老いてしまった中小企業の親爺が二人で、

懐かしの中華街で飯を喰いながら、

もうツベコベ言っても仕方がないのに、

次から次へと世相の話が尽きない。



翌朝、ホテルをチェックアウトし、

お互いの無事・安泰の言葉を掛け合う。

私が横浜みやげを渡すと、

奴もすかさず九州のおみやげを私に手渡した。


「お互い、少しは気が利くようになって、

ようやくオトナらしくなったのう」


奴をみなとならい線の駅に送り、

そのまま山下公園までとぼとぼと歩いて、

ベンチに腰かけ、快晴の海を眺めた。


(ああ、あの頃と何も変わっていないや…)


老いた俺たちだけど、

相変わらず青春の只中にいるんじゃないだろうか?


奴と今度はいつ会えるのか、

それが少々不安になってしまったのだが…




  • このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
sigeru10161 at 20:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年06月07日

NHK朝ドラのテーマ曲に想うこと


NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」の主題歌である

宇多田ヒカルの「花束を君に」が流れると、

なんだか急にしんみりしてしまう習慣が身についてしまった。


朝のぼーっとしているときに困った事だが、

ストーリーが始まるとちょっとづつアタマが切り替わる、

そんな心理状態の流れが固定している。


この歌に秘められたしんみりが一体どこからやって来るのか、

いろいろ想いを巡らすのだが、

行き先、このドラマがそうした方向へ行くのか、

とも考えてみた。

しかし、現時点に於いてこの主題歌は、

ドラマのテイストとは異なるように思う。



本編のとと姉ちゃんだが、

話はかの有名な家庭誌である「暮しの手帖」を創刊した

大橋鎭子(しずこ)のストーリーであるらしい。

私的には同誌の元編集長であった花森安治という人の方が身近であり、

彼の功績ばかりが有名である。

今回は同誌・同社の創業に携わった大橋鎭子さんを中心に、

ストーリーが展開されるようだ。


時代的に考えれば、やはり戦争が絡んでいるし、

今後いろいろな展開が予想されるのだが、

このドラマの底流に流れるテーマは、

「さささやかな気使い」である。


これは数編前にドラマの中で語られていた。


そして暮しの手帖という雑誌も、

確かそうした方針でつくられていたように記憶する。


更に言えば、NHKの朝ドラの主人公はいずれ、

いつでも相変わらず強くて元気で快活。


ととネェチャンもそこは外さず、過去を踏襲しているのだが…


だからよけい、

宇多田ヒカルが歌う詞が気になる訳だ。




過去、この帯のドラマの主題歌は本編を支える、

または、あくまで物語に付随する役目にあったように思う。

が、今回の宇多田ヒカルのこの「花束を君に」は、

ドラマとは違う、他のベクトルを指しているような気がするのだ。


歌がすっと独り立ちしている。

そしてドラマを観ようとするこちらに、

何かまるで違う感情を提示しているのだ。


その妙にもの悲しい彼女の歌は、

スローで流れるようにスムーズで淀みがないメロディー、

それに乗せられ、静かに語りかけるように、

こちら側に詞を届けてくれるのだが、

それがひとつのストーリーとして、

ほぼ完結しているように思えるのだ。




普段からメイクしない君が薄化粧した朝

始まりと終わりの狭間で

忘れぬ約束した

花束を君に贈ろう

愛おしい人 愛おしい人

どんな言葉並べても

真実にはならないから

今日は贈ろう 涙色の花束を君に    




こうした歌詞から始まる意味深、かつもの悲しい歌は、
次にこう展開する。




毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く

  ただ楽しいことばかりだったら

  愛なんて知らずに済んだのにな    





これは、相当悲しい出来事がなかったら

考えつかない詞である。




花束を君に贈ろう

言いたいこと 言いたいこと

きっと山ほどあるけど

神様しか知らないまま

今日は贈ろう 涙色の花束を君に     





上の詞の「神様しか知らない」という箇所。

ここまできてやはり皆気づくのだ。


ああ、宇多田ヒカルは、

やはりお母様のことを歌っているのだな、と。


そこで思うのだが、悲しみを癒やすのは、

励ましでも同調でもなく、

やはり「時間」しかないのだろうなと…



天才宇多田ヒカルが満を持して送り出した新曲は、

何もNHKの朝ドラの為に書き上げた詞でなく、

現在の彼女のあるがままを表現した歌である。


だから感情を引き込む引力がとても強い。

それがいずれの方向だろうと、

彼女のつくる世界観はやはり魅力的である、ということ。



これはもはや、NHKが依頼した朝ドラのテーマ曲ではない、

彼女しかつくり得ない心の世界の提示、なのではあるまいか。



※カバーバージョン







  • このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
sigeru10161 at 12:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
最新コメント
月別アーカイブ