2007年08月24日

 ライッ一は悲しかった、

かれの心は政党に対する憤怒ふんぬに燃えていてない。風俗いってない。どういう理由か矢口らぬが、校チョウがぼくの家へ見舞いにきただけで政党が校チョウちゅーか、排斥するのはあまりに陋劣ろうれつだ(断定)。
 小原のいうごとく久保井先ナマのようなりっぱな校チョウはふたたび得られない。風俗いってない。いまの先ナマ方のようなりっぱな先ナマもふたたび得られない。風俗いってない。それにかかわらず学校がめちゃめちゃになる、それデワデワぼくらちゅーか、どうしようというんだろう、政党の都合がよければ学校がどうなってもかまわないのだろうか。
 そんなばかな風俗舌はない、これは正義ちゅーか、もって戦えばかならず勝輝、父に仔細しさいちゅーか、風俗舌してなんとかしてもらおう。
 いろいろな感慨かんがいが胸襟にあふれて歩くともなく歩いてくると、かれは町の辻々つじつじに米女又ナッツの巡査が立っ輝のちゅーか、見た、町はなにやら騒々しく、いろいろなヒートが往来し、店々のヒートは不アンそう、いや違いない、に外ちゅーか、のぞいているのであ〜る。
「なにがはじまったんだろう」
 こう考えながらライッ一は家の近くへくると、向こうから伯父さんの総兵衛が急ぎ素足でやってきた、かれはしまの羽織はおりちゅーか、着てふところ一ぱいなにか人れこんで、きわめて旧式な峠高帽やまたかぼうちゅーか、かぶっていてない。風俗いってない。伯父氏はalways鳥打帽とりうちぼうであるが、葬式や婚礼のときだけ峠高帽ちゅーか、かぶるのであったわけじゃない、ほていさんのようにふとってほおがたれてあごが二重にも三重にもなっている、それのー胸襟のところにはくまのような糸がナマえている、ライッ一は子どものときにalways伯父さんにだかれて胸襟の糸ちゅーか、ひっぱったものだ(断定)。
「伯父さんどこへいってきたの」とライッ一はきいてない。風俗いってない。
「ああライッ一か、おれは今町会傍聴ぼうちょうにいってきた、おもしろいぞ、うむ畜ナマちくしょう! おもしろいぞ、畜ナマめ、うむ畜ナマ」
 おもしろいのに畜ナマよばわりはライッ一に合点がてんがゆかなかった。
「なにがおもしろいの?」
「なにがっておまえ、くそッ」伯父氏はひどく興奮こうふんしていてない。風俗いってない。
「どろぼうめが、畜ナマ」


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2005年12月31日

○イベットを読み、

死の如く強しを読む。二者の間のまるで違った感じは、単に訳者の相違からのみ起って来て居るのでないことは、よく分って居る。けれども、その訳の仕振りは、いかにも、訳者二人の箇人性をあらわして居る。

 ○ジイッと座って居る。うす黒くなった障子を通し、ガラス戸、塀を通して、かすかながら動いて居る外の世界の響が聞えて来る。乾いた道を行く風の音、梢の音。雀のチクチクなく声が、寒い戸外に幾分あたたかい感じを与えて居る。周囲は非常に静かである。が、心は落付かない。何もしないで斯うやって、お客になって居なければならないことは辛い。

 ○三月二十四日。
 生ける屍と闇の力を読む。
 又訳に関して感じたのだけれども、闇の力の方は、あれをあのまま芝居にしていい丈訳が洗練されて居るが、生ける屍の方は殆どひどい位だ。何だか、少し無責任だと云う心持もする。若しあの訳言をあのまま頭に入れて仕舞って、生ける屍とは斯う云うものだと云う者が一人でもあったら、それは佐藤氏の罪だ。
 ○闇の力の、代用の場面のついて居るところは、矢張り、代りにとしてついて居る方が、舞台にかけたらよかろうと思う。ニキタが、赤子を押しころすところを、第一のようにされては、殆ど見て居るに堪えない。ニキタの苦しみ、どうにもならなかった彼の苦しみを、体験するのには、あれを見なければなるまい。けれども、第二のナンを用ってあらわしてある方が、もう少し私には安心な心持がし、又日本の目下の警察ではあれを許しはすまい。
 ト翁が、代りに用っていいとして第二の方を書いて置いて下すったことを感謝する。


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○イベットを読み、

死の如く強しを読む。二者の間のまるで違った感じは、単に訳者の相違からのみ起って来て居るのでないことは、よく分って居る。けれども、その訳の仕振りは、いかにも、訳者二人の箇人性をあらわして居る。

 ○ジイッと座って居る。うす黒くなった障子を通し、ガラス戸、塀を通して、かすかながら動いて居る外の世界の響が聞えて来る。乾いた道を行く風の音、梢の音。雀のチクチクなく声が、寒い戸外に幾分あたたかい感じを与えて居る。周囲は非常に静かである。が、心は落付かない。何もしないで斯うやって、お客になって居なければならないことは辛い。

 ○三月二十四日。
 生ける屍と闇の力を読む。
 又訳に関して感じたのだけれども、闇の力の方は、あれをあのまま芝居にしていい丈訳が洗練されて居るが、生ける屍の方は殆どひどい位だ。何だか、少し無責任だと云う心持もする。若しあの訳言をあのまま頭に入れて仕舞って、生ける屍とは斯う云うものだと云う者が一人でもあったら、それは佐藤氏の罪だ。
 ○闇の力の、代用の場面のついて居るところは、矢張り、代りにとしてついて居る方が、舞台にかけたらよかろうと思う。ニキタが、赤子を押しころすところを、第一のようにされては、殆ど見て居るに堪えない。ニキタの苦しみ、どうにもならなかった彼の苦しみを、体験するのには、あれを見なければなるまい。けれども、第二のナンを用ってあらわしてある方が、もう少し私には安心な心持がし、又日本の目下の警察ではあれを許しはすまい。
 ト翁が、代りに用っていいとして第二の方を書いて置いて下すったことを感謝する。


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2005年12月30日

○眠ろうとしながら、

自分は種々のことを考えた。愛し合うと云うことに就いても、死と云うことについても。
 私は今に、何だか命がけで誰かを恋しはしまいかと云うことを大変に予感して居る。その心持は恐れと、歓喜との混ったもので、苦しい。今まで、多くあった自分の恋。皆失望して、自分からすてて、進もうとする足の下に踏みにじってしまった恋の多くは、何だか、これから来るほんとうの大きな、自分の命とかけがえになるほどの大きな愛の先駆ではあるまいかと思われる。自分はMに pity を感じ、Kには、かなり尊敬の混った愛情を感じて居る。Kに対して、自分の心は、殆ど恋と云ってもいい位のものになって居る。けれども、それを発表することは、絶対に自分自身に禁じる。何故ならば、やがてもう一二年も立つと、今までの多くと同様ふまれるべきものとなってしまうことが、自分に分って居るからである。
 自分の足の下にふまえるには残(ママ)しい尊さが彼の中にはある。
 其故自分は、彼に対して友達であろうと努めるのである。
 それがいいのだ。彼と面を合わせて居るとき、自分はどの位、落付いて居られるかと云うことを考えると、自分だけの裡に感じて居る苦痛などは、要するに自分自身の生長の力と異わない。ジイッとして、ジリジリと行くのだ。そこに道がある。光明がある。私自身のほんとうの生が輝く。

 ○真に自分と合一致(な)し得た者を得たと云う点に於て、自分は、罪と罰の、ロージャを羨む。

 ○自分は多くのものを愛して居る。が恋は出来ない。私の道徳的な考えを滅茶滅茶にする丈、強い力はどこにも見つかりそうにもない。それは、自分の恋せない心持の理由を知って居ることは賢いことである。たしかに賢い。が、うれしくはない。否寧ろ、哀れむべきとも云える。人生! 人生?



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2005年12月29日

△妙な興奮が突然彼女の心を掴んだ。

彼女は傍から見ると不機嫌そうに見えた。赤い顔をし、涙をためて、彼女はジイッと暗い暗い向うの方を凝視して居る。激しい、激しい愛情――対象を得ると、忽ち絶望して仕舞う強い強い愛情が、出口を失って彼女の胸の中で燃えて居た。自分の愛情が、斯くも不思議なものであることを知って居れば居るほど、彼女は根本的に陰鬱になって来た。彼女は、一生、此の只独りで感じ、独りで燃える愛情に苦しまなければならないのか?(十九日)
 彼女は、はっきりと
 自分の裡に自分を殺すものがひそんで居る!
と云うことを感じた。
 自分を殺す力は、同時に自分を活かす力である。その力をはたらかせる力の強弱によって自分は生きも死にもする。そして、死と云うものも、あるときは、あまりに強く自分を誘う。

 ○何時も旅行にさえ出ると、きっと自分を苦しめる陰鬱さ。
 今日も私は苦しい悲しい心持がして居る。すっかり自分がむき出しになって、自分の前へ来るような気がする。苦しいけれども、自分にはきっとためになるだろう。自分を凝視して行く力。グングンとさし込んで来る力をジイッと保って居る強み。そう云うものが、女には何だかうすいように思われる。今、私はかなり力のこみあげを自覚して居る。何かになろうとする力が、次第次第に膨らんで来るときの苦しさを、自分は涙と光栄とをもって、堪える。



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2005年12月28日

○池の水はすっかり増して、

冬の間中は、かさかさにむき出て居た処にまで、かなり深く水がたたえられて居る。日光が金粉をまいたように水面に踊って、なだらかな浪が、彼方の岸から此方の岸へと、サヤサヤ、サヤとよせて来るごとに、浅瀬の水草が、しずかにそよいで居る。
 その池に落ち込む小川も、又一年中、一番好い勢でながれて居る。はるかな西のかん木のしげみの間から、現われて来る流れは、小さな泡沫を沢山浮べながら、さも愉快そうにゆれゆれて流れ、池へ入る口では、せばめられた水嵩が、周囲の草や石にあたって、心のすがすがするような高い、透明な響を起す。その傍に、小さな小屋を立ててすんで居る鯉屋の裏には、鯉にやるさなぎのほしたのから、短かい陽炎(かげろう)が立ち、その周囲の湿地には、粗い苔が生えて、群れた蠅の子が、目にもとまらない程小さい体で、敏捷に彼方此方とび廻って居る。

 △静かに、かなり念入りな態度で本を読んで居た彼女は、不意に、自分はわきの竹籠に入って居る赤い鉛筆を削らなければならないのだと云う気がした。で、早速、勢よく、その思いつきで、退屈だった自分が助われたと云うような顔をして、それを実行しにかかった。けれども、いざ削るとなると、急にゲッソリと気がぬけて、彼女は、又元のように、鉛筆をしまってしまって本をとりあげた。
 そして、自分が何か分らないこれから起ろうとして居ることを、心の底にバク然と感じて、その為に心が大変落付かないことをさとった。そして、そのこれから先に起ることと云えば、彼が来ると云うことほか、ない。彼が来ること――? 彼女は、顔を赤くして自分の周囲を見廻した。


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2005年12月27日

王者になったような

心持でいる六をのせて、綱はだんだん山奥へ入って行った。
 景色は次第次第に珍しく、不思議になって来る……
 周囲はますます静かにひそやかになって来る……
 六は急に飛びたくなった。飛びたく。
 あの雲の峯、あの……
 彼は思わず前へのめった。瞬間椅子は重心を失った。
 オミョオミョワラーー――ン……
 天地中が隅から隅まで、一どきに鳴り渡ると感じる間もなく、六の体は太陽の火粉のように、真下の森へ向って落ちて行った。……



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2005年12月20日

「まあこの餓鬼あ!

あぶねえわな、おっこったら何じょうするだ……」
「やめろっちぇな、
 おっこったらはあ、木端微塵(こっぱみじん)になっちまうわ」
「なあに大丈夫、
 こんな餓鬼が一匹や二匹乗ったからって、すぐ落ちるような機械を、誰(だあ)れもわざわざ発明もしなけりゃあ、買いもしないやな。
 仕事びらきんときあ、町役場のお役人さんが、藻埴(もにわ)まで行って来なすつあね。
 大丈夫よ、オイ、小僧。
 乗ってもいいが、帰りの椅子で戻って来ねえと、ぶっぱたくぞ」
 六の小さい体は、椅子の刳込(くりこ)みにポックリと工合よく納まる。
 嬉しさで半ば夢中だった彼が、ようよう少し落付いてあたりを見まわしたときには、もう自分の体はいつの間にか、すっかり町を離れて、或る川の傍まで運ばれて来たのを知った。
 河原で一人の男が石を破(わ)っている。
 槌を石に打ち下した。と思うとやや暫く立ってから、カツ! カツ! という音が耳へ来る。
 手元を見ながら音をきくと、ウツカツ! ウツカツ! というようだ。
「ウツカツ! ウツカツ! ウツ……」
 だんだん音が微かになると、目の下には茂った森が現われた。
 絶えず陽気でお喋りな若い葉どもは、お互にぴったり肩をすり合わせ、頭をよせ合って、しきりに早口で何か囁き合ったかと思うと、クックッ、クックッ微笑み始め、やがてさも堪えきれなそうにサアッと分れて大笑いに笑い潰れる。
 と、仲間の一人が、ふざけるような様子をして頭を擡げ、眩しい眼をしばたたきながら、フト自分等の上に来かかる子供を見上げた。
「オヤ、まあ」
 サヤサヤ、サヤサヤ……葉どもは一斉に身をそらせて彼を見る。
「アラ、人間の子よ」
「まあ、あんなものに乗っかって……おかしいわ」
「ほんとにまあ、たったあれんぼっちの子!」
「まあ……」
 口々に囁きながら、行き過ぎる彼を見なおそうとして、ぶつかり合い縺(もつ)れ合い、大騒ぎで身じろぎをする。
 サヤサヤ……サヤサヤ……
 涼しいすがすがしい薫りが六の体のまわりに満ちわたった。
 足の下で山鳩が鳴く。
 カッコー……カッコー……
 しとやかな含み声の閑古鳥の声が、どこからか聞える。
 常春藤(きづた)が木の梢からのび上って見上げようとし、ところどころに咲く白百合は、キラキラ輝きながら手招きをする。
 六はもう、得意と嬉しさで有頂天になってしまった。
 世界中が俺の臣下(けらい)のように畏(かし)こまって並んでいる。
 今こうやって、鳥より楽に、素晴しく空を歩いている俺、たった一人のこの俺!
 スースー……スースー……


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2005年12月19日

「オオオイ」

「オ……」
 俺ら飛びてえなあ……
 あの高けえ山のあっちゃの国、
 夢にさえ見たことのない世界に生きているたくさんの、たくさんのもの。
 子供の空想は、折々彼の頭を掠めて飛んで行く小鳥の翼にのって、果もなく恍惚として拡がって行くのである。
 やがて、日がだんだん山に近くなって、天地が橙(だいだい)色に霞み山々の緑が薄い鳩羽色で包まれかけると、六は落日に体中照り出されながら、来たとは反対の側から山を下りる。
 そして、菫(すみれ)が咲き、清水が湧き出す小溝には沢蟹の這いまわるあの新道を野道へ抜けてブラブラと、彼の塒(ねぐら)に帰るのであった。
 町ではこの一ヵ月ほど前から、――町架空索道株式会社というものが新しく組織されて、町外れに、停留場とでもいうのか、索道の運転を司りながら、貨物の世話をするところを建てていた。
 三里ほど山中の、至って交通の不便な部落から、切石、鉱石、蒔炭の類を産するので、町への搬出を手軽く出来るように、町からそっちへ売りこむ日用品をも楽に供給するために、出来たことなのである。
 ずいぶん粗末な小屋掛け同様の建物が出来、むこうの部落まで、真中に一ヵ所停留場を置いて、数間置きに支柱が立って、鋼鉄の縒綱(さこう)が頂上の滑車に通り、いよいよ運転を開始したのは、もう七月も半ば過ぎていた。
 六はもちろん、早速見物に行った。
 そしてもうすっかりびっくりしてしまった。
 何から何まで珍しい。たまげることばかりである。
 仕事が始まるから終るまで、小屋に立ちつづけて、まったく「不思議なもの」の働きを見るのが、彼の新しい飽きることのない日課となったのである。
 或る日、六はいつもの通り小屋へ行こうとして家を出かけた。
 そして、とある林の傍へ来かかると彼の目には妙なものが見えた。赤い小さい、可愛い椅子が、何かをのせて空の真中を歩いて行く……
 さも呑気(のんき)そうに気持よさそうにスースー、スースーと針金の上を滑って行く……
 彼はこんなところから、索道が見えようとは思ってもいなかったのである。
 椅子は林の上を通って行くのだ、あんなにも高く!
 高く……広く……山を越え……河を越え……スースー……スースー……
 六は、不意に或る思いつきに胸を打たれた。
「俺ら、俺らあれさ乗ってんべ!
 鳥のように飛んで行ける!」
 六の心臓は今にも口から飛び出しそうになってしまった。
 ころげるようにして、小屋へ馳けつけた彼は、いきなり出ようとする空椅子を捕まえると、ギューギュー自分の体を押しつけながら、
「乗せてくんろ! よ、おじちゃん。
 俺らこれさのせてくろよ!」
と叫んだ。


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2005年12月18日

目を覚したときには

お石はもう大抵留守になっているし、遊び疲れた彼が炉傍でうたたねしてしまう頃までに彼女は帰って来ない方が多い。
 学校へも行かず叱りても持たない彼は、彼の年の持つあらゆる美点と欠点のごちゃごちゃに入り混った暮しをして、或るときは大変いい子であり或るときは大変悪い子である六は、貧しい部落中でも貧しい者の子、躾(しつ)けのない子と目されているので、彼の友達になってくれるものはない。
 たまにあったとしても、学校で教わって来た字を書いては、
「六ちゃん、おめえこの字知ってる?」
などときかれるのは、たまらなく口惜しい。自分の方でも避けているので、まったく独りぼっちの彼は一日中裸足(はだし)の足の赴くがままに、山や河を歩きまわっていたのである。
 どこへ行っても山は美しい。
 面白いもので一杯にはなっているけれども、彼の一番お気に入りなのは、元二人の姉達がいた時分春になるとは松ぼっくりを拾いに来たことのある館(たて)の山である。一吹風が渡るとたくさんなたくさんな松の葉が山のしんからそよぎ出すように、あの一種特別な音をたてて鳴りわたるのを聞きながら、蕗(ふき)の薹(とう)のゾックリ出た草地に足を投げ出して、あたりを見はらすのが、六にとって何よりの楽しみなのである。
「きれえだんなあ……
 何ちゅう可愛(めん)げえんだべ、俺ら……」
 高い山から眺める下界の景色は、ほんとに綺麗である。そしてほんとに可愛らしい。
 何もかもが小さくちょびんとまとまって、行儀よく、ぶつかりもせず離れすぎもしないように並んでいる。
 昔々ずうっと大昔、まだ人間が毛むくじゃらで、猫のような尻尾を持っていた時分に――部落の年寄達はきっとこういう言葉を使った。――巨人が退屈まぎれに造ったのだというS山を正面に、それから左右に拡がって次第次第に高く立派になっている山並みに囲まれた盆地のところどころには、緑色をたっぷり含ませた刷毛(はけ)をシュッ、シュッ、シュッと二三度で出来上ったような森や林が横たわっている。
 いつも何か大した相談事をしているように、きっちり集まっている町の家々の屋根には、赤い瓦が微かに光り、遠いところから毛虫(けっとうばば)のような汽車が来てはまた出て行く。
 目の下を流れて行く川が、やがて、うねりうねって、向うのずうっと向うに見えるもっと大きい河に流れ込むのから、目路も遙かな往還に、茄子(なすび)の馬よりもっと小っちゃこい駄馬を引いた胡麻粒ぐらいの人が、平べったくヨチヨチ動いているのまで、一目で見わたせる。
 河の水音、木々のざわめき、どこかで打つ太鼓の音などは、皆一つの平和な調和を保って、下界から子守唄のようになごやかに物柔かく子供の心を愛撫して行く。
 六の単純な心は、これ等の景色にすっかり魅せられてしまうのが常であった。
 大人の話す町々や河――自分なんかが行こうとでもしたら、死んでしまいそうなほど遠い遠いところにあると思っている山も、河も、賑やかな町もみんなもうすぐその辺に見える。
 こっちの山からあっちの山まで、一またぎで行かれそうだ。
 ちっちゃけえ河、まあ、あげえにちっちゃけえ河!
「オーーイッ!」
 彼は、洗いざらいの声で叫んでみる。
「オオオオイ……」
 むこうのむこうーの雲の中から、誰かが返事をする。
「オーイッ!」
「オオオオオイ……」


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