大きなニュースが飛び込んできました。

【ニュース】ソープランド「角えび」など摘発 東京・吉原(産経新聞)
【ニュース】東京・吉原でソープランドに客をあっせんしていた無届けの案内所摘発(FNN)
【ニュース】「配送センター」実は風俗案内所 東京・吉原で強制捜査(朝日新聞)

明らかに、有名店だから狙い打ちされています。客にとっての優良店が、警察にとっての「悪質店」だという、その典型です。

記事によると、まず「角海老」グループ系列の情報喫茶などが、無届で風俗案内所をやっていたとして、東京都風俗案内所条例違反で摘発されました。

【参考】歓楽的雰囲気を過度に助長する風俗案内の防止に関する条例の制定について(警視庁)

↑これは「風俗案内所の撲滅をめざす条例」です。性風俗店(ソープランドやファッションヘルス等)であることを表示したらダメ、つまり、お水に限る。それも、何の店やらわからないような無味乾燥な表示しか認めない、というもの。そんな情報に何の意味があるでしょうか。

また、「角海老」社長ら男女9人が、売春防止法の場所提供罪で逮捕されています。

【売春防止法11条(場所提供罪)】
(第1項)情を知って、売春を行う場所を提供した者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
(第2項)売春を行う場所を提供することを業とした者は、七年以下の懲役及び三十万円以下の罰金に処する。

ソープランドは、俗に「表フーゾク」と言われていますが、べつに売春することを公認されているわけではありません。黙認されているだけです。タテマエとしては、お店は単なる「お風呂屋さん」であり、「お客様の入浴のお手伝いをする女の子」を雇っています(笑)。そして、お店の知らないところで、女の子が勝手に売春をしているだけ、ということになっています。もちろん、それが単なるタテマエだということを誰でも知っていますし、警察がその気になれば「場所提供罪」で引っ張れるのですが、当局の方針として、「いわゆるデートクラブ等の派遣型売春」のほうが悪質だとして、そっちを重点的に取り締まる方向でやってきたのです。

それにしても、なぜ今、吉原なのか???

おそらく「吉原商店会」の動きと関係があると、僕は睨んでいます。

吉原商店会は、2006年に吉原の若手の経営者(ソープランドを除く)たちを中心に結成され、「ソープランドに頼らない街おこし」を目指しています。その背景として、ソープのお客さんが周辺のお店にあまりお金を落とさなくなったこと、そして何より、ソープそのものの集客力に翳りが見られること、があるようです。そのために、かつての吉原の「伝統文化」にスポットを当てたイベントなどを企画しているのです。

【過去ニュース】 江戸の遊郭「吉原大門」復活 粋な街作り目指す(MSN産経ニュース)
【過去ニュース】 千束・吉原開場350年記念「江戸吉原花魁ふぇすた」(ComSearch プレスリリース)

ところが、この「江戸吉原花魁ふぇすた」というイベントに、当局からストップがかかりました。浅草署から道路使用許可が下りなかったのです。「文化で街おこしといっても結局、ソープランド街への集客につながりかねない。道路使用を認めるための公益性はない」(朝日新聞2007/12/7夕刊より)という理由で。

【過去ニュース】 遊郭開場350年 地元イベント開催危機 吉原ふぇすた 警察『待った』(東京新聞)
【関連サイト】 吉原と花魁 | 浅草伝統文化保存会

これも相当、おかしいでしょ。ソープがイベントをやるというのなら、警察が反対するのも、まあわかりますよ。でも江戸文化のイベントが駄目というのは、まるで筋が通らない、無茶苦茶な話です。

その後の動きは、報道がないので、わかりません。でも、おそらく吉原商店会としては、街おこしをしたいと働きかけてきたんだと思います。そして、よくわかりませんが、何らかの力学のようなものが働いて、今回の「角海老」の摘発につながったのではないか、そんな気がします。

おそらく当局は、吉原からソープを一掃しようとまでは考えていないでしょう。ただ、もっと目立たないようにやれ、ということで、見せしめとして角海老が選ばれたのでしょう。そして、ソープがもっと目立たなくなったら、吉原商店会のイベントを認めてやろうじゃないか、というのが当局の腹づもりではないかと、ま、そのように想像するんですけどね。どうでしょうかね。

フーゾク好きの僕としては悲しいことですが、吉原商店会を恨むのは筋違いというものです。商店会としてはべつにソープを潰そうという意図はなかったはずです。むしろ共存できればと考えていたのかもしれません。ただ、商店会としても、集客力の落ちてきたソープと心中するわけにはいかない。生き残らねばならない。みんな必死なんです。

結局は、時代の流れということなのかもしれません。

【過去ニュース】 「ソープ街のイメージが変わる」雄琴温泉(MSN産経ニュース)

雄琴でも、「雄琴駅」が「雄琴温泉駅」に改名するなど、ソープではなく「ちゃんとした温泉」のイメージを打ち出して、街おこしを図っています。フーゾク好きにとっては寂しい気がしますが、地元の人は決して、きれいごとでやっているのではない。あまり流行らなくなってきたソープと心中するわけにはいかない。死活問題なんですね。



ではなぜ、ソープは下火になってきたのだろう?

僕の考えてる仮説なんですが、「景気が良いときは表風俗が流行り、景気が悪くなると裏風俗が流行る」という法則があるのではないかと。

江戸時代でも、元禄のころ(1700年前後)は「元禄バブル」と評する学者もいるほど景気が良く、そして「お大尽」と呼ばれる豪商たちが、公許遊廓で大盤振る舞いの豪遊をしたものです。遊女の名寄せ(今で言えば風俗嬢名鑑)が盛んに売り出されて。ところがその後、景気が悪くなると、遊廓は勢いがなくなり、岡場所などの私娼地域に押されるようになる。大まかな流れとしては、そう言えるんじゃないかと。

現代でも、「フードル」が人気を集めてたのって、1980年代後半のバブルのころだったと思うんです。たまたまエイズの問題が追い風になって、ヘルスが元気だった時代です。ところが、バブルがはじけると、今度は「裏フーゾクもの」のムックが続々と発売されました。それと平行して、ヘルスでの本番強要も増えていった気がします。

つまり、景気が悪くなると、安いところが流行る。これはわかります。でも、それだけじゃなくて、遊び方がセコくなるというか、ズルして美味しい思いをしようとする輩が増えてくるような…。

「人気フードル」も、「太夫」や「花魁」も、ちょっと偶像というかイメージ先行の部分がありますよね。半分フィクションのような。だけど、景気が良くて、お客さんの心に余裕があるときは、そのフィクションを皆で信じるんです。皆でフードルとか花魁を持ち上げて、その女の子の良い面だけを見て、お祭り気分で楽しむようなところがある。ところが、バブルがはじけると、そういう余裕のある楽しみ方ができなくなるんですよ。



本来、遊廓というのは総合エンターテインメントであって、ただ「抜く」だけでなく、まず酒や料理でもてなし、歌や舞で楽しませ、幇間(たいこ持ち)の話芸で場を盛り上げて、お客さんのストレスをほぐしてくれる。そうしてから、いい気分でベッドインとなるわけです。だからHも素直に楽しめる。

で、お客さんが素直にHを楽しんでくれたら、女の子としても気分が乗るし、仕事のやり甲斐も感じられると思うんですよ。

ところが、今の風俗は、飲んで歌って踊って騒いで、という遊びの要素と切り離されてしまって、ただ抜くだけの場所にされてしまった。当局の規制が、そうさせてるんです。すると、お客さんはストレスを溜めたまま風俗店に来る。そして、女の子が笑顔で接客しようとしてもムスッとしてたり、メニューに無いサービスを強要したりする。それでは、女の子も働き甲斐を感じられませんよね。

現代フーゾクの中では、ソープの泡踊りとか潜望鏡とかの色んなテクニックというのは、「まずお客さんのストレスをほぐす」という、遊廓の「おもてなしの心」みたいなものが、かろうじて残ってる部分なんじゃないでしょうか。心の前戯、みたいな。ところが、僕たち男性客が、そういうものを、ゆったりと楽しめなくなってしまった。「そんなのはいいから、さっさとヤラせろよ」みたいな…。

そういった、ゆとりの無さが、ソープの衰退につながり、そして今回の摘発につながったのではないか、という気がしています。ソープだけの問題じゃなく、社会全体として、ゆとりが無くなってるなあ…と思います。色んな意味で。