天地人ゆかりの地めぐり 南魚沼編で外せないのは、こちら『雲洞庵(うんとうあん)』
越後一の寺・日本一の庵寺ともいわれるこの雲洞庵は、曹洞宗の古刹。
赤門より本堂にいたる石畳の下に法華経を一石一字ずつ刻まれていて、これを踏んでいくことでご利益があるといいます。
ありがた〜く、歩きましょう♪
『雲洞庵の土踏んだか』
『関興庵(寺)の味噌なめたか』
という言葉は有名で、この2大禅道場で、曹洞宗(雲洞庵)と、臨済宗(関興寺)で学ばなければ一人前の禅僧とは言えないということからこの言葉が揃って言い伝わったといわれています。
※関興寺は、同じく南魚沼市にあり、天正6年(1578)の御館の乱では、戦火を受けましたが、約600巻の大般若経を味噌樽の中に入れて守ったと言い伝えられています。
さて、天地人をご覧のみなさまには おなじみの雲洞庵ですが、ここは天地人の上杉景勝公と、直江兼続公が幼少時代に北高全祝・通天存達和尚(景勝公養父)に学問を学んだといわれています。
イラストではこのような感じですが・・・。
実際の修行は、本当に厳しかったようです。
大河ドラマでは、雲洞庵住職は十世 北高全祝ということになっておりますが、実際に上杉景勝公と直江兼続公の幼少時代の師は、十三世 通天存達和尚といわれています。
北高全祝和尚の豪傑さを物語る、『妖怪退治』。これは妖怪の頭蓋骨とされています。
さて、この雲洞庵には、直江兼続公直筆の禁制の制札があります。
『こちらをご覧下さ〜いっ。』満面の笑みで制札を指すのは新潟観光カリスマの なぐも友美さん。
直江兼続公手書きの禁制の制札
既に墨は剥がれ落ちているものの、下から見るとなんとなく文字の雰囲気が伝わってきました。
写真では、伝わりにくいかな?
長生きの水を飲んで、天地人ゆかりの地めぐりを元気よく続けましょう。
越後一の寺・日本一の庵寺ともいわれるこの雲洞庵は、曹洞宗の古刹。
赤門より本堂にいたる石畳の下に法華経を一石一字ずつ刻まれていて、これを踏んでいくことでご利益があるといいます。
ありがた〜く、歩きましょう♪
『雲洞庵の土踏んだか』
『関興庵(寺)の味噌なめたか』
という言葉は有名で、この2大禅道場で、曹洞宗(雲洞庵)と、臨済宗(関興寺)で学ばなければ一人前の禅僧とは言えないということからこの言葉が揃って言い伝わったといわれています。
※関興寺は、同じく南魚沼市にあり、天正6年(1578)の御館の乱では、戦火を受けましたが、約600巻の大般若経を味噌樽の中に入れて守ったと言い伝えられています。
さて、天地人をご覧のみなさまには おなじみの雲洞庵ですが、ここは天地人の上杉景勝公と、直江兼続公が幼少時代に北高全祝・通天存達和尚(景勝公養父)に学問を学んだといわれています。
イラストではこのような感じですが・・・。
実際の修行は、本当に厳しかったようです。
大河ドラマでは、雲洞庵住職は十世 北高全祝ということになっておりますが、実際に上杉景勝公と直江兼続公の幼少時代の師は、十三世 通天存達和尚といわれています。
北高全祝和尚の豪傑さを物語る、『妖怪退治』。これは妖怪の頭蓋骨とされています。
さて、この雲洞庵には、直江兼続公直筆の禁制の制札があります。
『こちらをご覧下さ〜いっ。』満面の笑みで制札を指すのは新潟観光カリスマの なぐも友美さん。
直江兼続公手書きの禁制の制札
既に墨は剥がれ落ちているものの、下から見るとなんとなく文字の雰囲気が伝わってきました。
写真では、伝わりにくいかな?
長生きの水を飲んで、天地人ゆかりの地めぐりを元気よく続けましょう。
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