「ねぇ、知ってる?」

「何を?」

「異世界へ行く方法」

「えー、何それ」


 あー、夢か。

 小学校の時のやり取りだろうか。記憶の片隅にあるかないかよくわからないくらいの思い出。

 思い出というほどでもないか。

 末原先輩達と一緒に戦える最後の大会を優勝で締めくくれなかった。

 寂しかった。

 悲しかった。

 悔しかった。

 大阪に帰ってきた夜、涙で枕はぐしょぐしょに濡れた。

 泣き疲れて眠ってしまったのだろうか、多分私は夢を見ていた。


「午前4時44分に4階のトイレの鏡に向かってこう言うの」

「何て?」

「鏡子さん鏡子さん、私を異世界に連れて行ってください、って」

「学校の怪談?」

「実はそうでもないらしいんだ」

「いやいや」


 実にくだらない怪談話。

 よくある話の典型例。

 ただノックすると花子さんが出てくるだとか、二宮金次郎像が動くとかそういうありきたりとは若干違うというだけ。

 どうでもいい話なのは確かなんだけど……。


「あのあと私、それを試したんだっけ?」




 私の朝はソースの匂いで始まる。

 冷房をつけながら毛布を被って寝るのが大好きだが、大抵いつのまにか冷房は消され、お好み焼きのように分厚い布団は拷問のような暑さを提供する。

 代わりに鰹節のように薄いタオルケットがかかっているのだが、夏というのはそれだけでも汗をしみ出させる。

 それもそのはず。私の部屋は二階。一階には熱々の鉄板と、地獄のサウナのような厨房があるのだから。

 熱い空気は上へ、上へと登っていく。

 制服に着替えて下へ降りると、仕込んだソースの味見と昨日の具材の余り物処理を兼ねた朝食が待っている。

 たまに飽きることもあるのだけれど、最近ではこれがないと朝という感じがしなくて気分がのらない。


――インターハイ予選


 そう、今日は大会なのだ。

 だからいつも以上に気持ちが高まっている。

 そのせいもあってか、いつもは端っこのソ^ースが乾いてしまうくらい遅いのに、今日は鰹節が激しいダンスをしているうちにお好み焼きを平らげていく。

 喉に詰まりそうになって、コップに注がれたキンキンに冷えた水を一気に飲み干すと、頭の先を刺すような痛みが襲う。

 アイスクリーム頭痛というらしいが、Ice creamじゃなくてI Screamなんじゃないかと思わせるくらいの急激な痛みに、思わず「うあっ」と声が出る。

 頭を抑えながらも、「いってきまーす」と一言置いて会場へ向かう。

 場所はインテックス大阪。チャリで行けるから楽だ。

 入学してすぐ、入部してすぐ、レギュラーに選ばれた。

 一年生で、レギュラーだ。

 すごい先輩もいるのに、その中で私がレギュラーだ。

 重圧はある。

 三年の先輩なんて、三年間やってきてレギュラーを一年に取られるんだから。

 そんな人たちの想いをのせて試合に出る。

 緊張しないはずがない。

 全力で自転車を漕ぎ、会場へ着く。

 しかしそこに、誰ひとりとして高校生はいなかった。

「あれ? おかしいな」

 そう思い携帯を見る。

 たしか一斉送信されたメールに会場の場所が書いてあるはずだ。

「えーっと、あ、これか」

 開いたメールには『会場:大阪文化会館天保山』と書いてあった。

「え?」

 集合時間まであと三十分。遅れたわけじゃないがなぜか記憶と違う。

 真の会場は今いる場所からそんなに離れているわけでもないし、そこまで焦る必要はないのだが、なぜか胸騒ぎがした。

 自転車を飛ばし、会場へと急ぐ。

 早く行かなきゃいけないのにペダルが重い。

 日差しで暑いのもあるが、それとは違う冷や汗みたいなものが額を伝う。

 会場に着くと、末原先輩が仁王立ちで待っていた。

「一年の癖に、なんや遅いなぁ」

「すんません。レギュラーなのに」

「せやで、私はレギュラーなのに漫ちゃんのお守りもせなアカン」

「へ?」

「なんや、けったいな顔して」

「末原先輩が、レギュラー?」

「昨日のミーティングで決まったやろ? なんや、文句でもあるんかいな」

「いや、ないですけど……」

「そんじゃ、準備頼むで」


 何かがおかしい。

 私は一年生で、末原先輩は二年生。

 それでも、私がレギュラーだったはず。

 どうして末原先輩が?

 確かに、私よりレギュラーにふさわしい。

 だけど。

 何かがおかしい。


「これは、夢?」

 

 そうだ、きっと夢だ。

 現に昨日、インターハイで負けて帰ってきたじゃないか。

 明日は送別会。

 末原先輩たちと最後に、麻雀をするんじゃないか。

 そうだ、夢なんだ。

 覚めればまた、いつもの日常だ。


「覚めろ。夢、覚めろ」



 ほっぺたをつねる。


「覚めろ覚めろ覚めろ」



 ビンタをする。



「覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ」

 
 足を殴る。

 しっぺ。

 地面を蹴る。

 木を殴る。

 頭突きをする。
 

「覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ」


 それでも、目の前は何も変わらない。

 夢から覚めない。

 そればかりか、今までやったすべての自傷行為が痛みとして自分に返ってくる。

「痛ったぁ……」

 日差しは強く、蝉時雨は耳の奥から鳴り響く。


「これって、夢なんだよね……」


 深く息を吸って、体の奥底の方からすべての空気を吐き出す。


「あのとき私、怪談話を実際試したんだっけ?」














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あとがき
 昔自分が書いたプロットを見ていると、文章に個性があって面白いなーって思ったんですけど、今の文章に面白みないなーとか思ってたら、全然ストーリー思いつかなくなるとかありませんか?
 世の中には、物語の冒頭だけを書いた本があるらしいです。
 それ、俺にやらせろ。
 僕は結局無意識に文章を書くとパラレルワールドものを書き出すらしいです。
 一応カテゴリーは作ったけど……
 そんな感じで、また次回。