この物語は塞を中心に世界が回っています。お察しください。

















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「一緒に帰ろうか」
「シロのこと待たなくていいの?」
「ちょっと話したいことがあるんだ」
胡桃からそんな言葉が出るとは思わなかったので少し驚いた。
酷暑が過ぎ去った帰り道は、いつもより茜色が強く見えた。
聞こえてくる虫の声も変わる。アブラゼミはスズムシに、クマゼミはマツムシに、ヒグラシはコオロギに。
髪を嬲る風は、触れただけで日焼けするような温度から雪の足音を感じる温度に。
その風に乗ってくる金木犀の香りも鼻の奥をくすぐり、花粉症の始まりを覚えてくる。
シロと豊音は補習、エイちゃんは留学の手続きがなんちゃらってことで、今日は胡桃と二人。
「いつ以来だろうね。二人で帰るのは……」
「いつ以来……だろうね」
少し昔のことを思い返してみる。
「シロと出会う前?」
「かもしれないね」

――シロと出会う前。
胡桃とは幼稚園から一緒で、小学生になってからシロと出会った。
でも幼稚園は親の送り迎えで行ってたから、二人っきりっていうのは……。
「……あった?」
「あったよ」
「え? いつ?」
「うーん」
胡桃は真っ直ぐ前を向いていた顔を下げ、覚えてないかぁ、と呟いた気がした。
声は聞こえなかったが、口の動きがそう言っていた。
ふぅ、と一息吐いた後、手を後ろに組み俯いた顔を上げながら、優しいとも寂しいとも言える声色で。
「十二年前の今日かな」

思い出してみる。
十二年前。
途方もなく昔だ。
幼稚園?
そう、幼稚園生だったあの時。
どっちかというとおばあちゃんと言ったほうが近いような先生と、女子大生のキラキラした感じを少し残した新米の先生。
うさぎ組……だったかな。
何もなかったような……。

「って、覚えてるわけなくない?」
諦めた。
幼稚園の頃の記憶思い出すとか無理!
どれだけ記憶力いいの。
よく覚えてるねそんなこと、と少しの侮蔑と多少の尊敬を含めた。
「そっか……」
「なんでそんな悲しそうなの?」
息を漏らしながら天を見上げた胡桃に対して疑問が生まれたが。
「この公園、覚えてる?」
そう指さされ見た公園には、錆びた滑り台と、辛うじて朽ちずに残っている木の座板が残ったブランコだけがあった。
「もしかして……」
「そうだよ」
なんてことはない公園。
なんてことはないし、深い思い入れがあるかと言われたら無い。
そんな、なんてことない公園には一つだけ思い出があった。
「あの時二人で帰った公園だ」

幼稚園生の時、私たちは二人きりで遊んでいた。
別に他の子に馴染めなかったというわけでもないのだが、二人でいるのが楽しかったのだ。
二人で鬼ごっこ。
二人でかくれんぼ。
二人でおままごと。
ただただ楽しかった。
休日も山を歩き、川を泳ぎ。
すべてが冒険だった。
そんなある日。
確か私が、いや胡桃だったかな。
忘れてしまったけど、幼稚園の自由時間――お外で遊ぶ時間に勝手に帰ろうと言い出した。
やってはいけないこと。
やってもいいこと。
わかっていてもやりたいこと。
わかってるかわかんないけど、思ったことはやりたい。
そういう年頃だった。
今思えば危ないとは思うが、当時はそんなことは知らない。
先生の目を盗み、私たちは勝手に家に帰った。
私たちにとってそれは大のつくほどの冒険で。
でも、幼稚園児の私たちが家に帰るまでずっと歩いていけるほどの体力はない。
だからこの公園で、休憩したんだ――。

「思い出した?」
顔を覗き込んでくる胡桃に一瞬ドキッともしたが、肯定で答えを返す。
「あの時、この場所で……」
「そう……だよ……」

右のブランコに私が座り、左のブランコに胡桃が座って。
「休憩!」
「公園なら水飲めるしね」
そう言いながら、ブランコを漕ぎながら軋む音で耳の奥をざわざわとさせて。
当時は靴飛ばしとかやってたなぁ。
疲れたとか言いながら、遊べたし。
そうだ。
歩き疲れて、遊び疲れたあとに胡桃が言い出した言葉。
なんだっけ。

「懐かしい、ね」
「覚えてないの?」
数秒黙り、謝罪の意を込めて「ごめん」と告げる。
「じゃあ、十二年前に戻って聞いてね」
そう言うと、胡桃はくるりと身を翻し、向き合い、手を広げて語る。昔話を語るように。

「私ね。塞ちゃんのこと好きなんだ。今は結婚できないけど、でも干支が一周した十二年後にまたこの場所でプロポーズするね」

「えっ?」
どういうこと?
確かに言われたような記憶はある。
だけど、え?
「真面目に言ってるの?」
「真面目だよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「ホントのホントに?」
「うん」

……。

「結婚してとは言わない」

…………。

「塞、付き合ってくれない?」

……。

その言葉に工程も否定もできず。ただただ目線を逸らすことしかできなかった。
心がぐちゃぐちゃになっていくのがはっきりとわかった。
付き合う?
友達同士じゃダメなの?
今までの関係じゃダメなの?
そもそも女の子同士じゃん。
そんなのダメだよ。

全力で走った。
走って、走って。
それでも拭えない感覚が、しっかりと胸に残っていた。
秋の空は高く、沈みゆく陽に照らされた空には一番星だけが煌々と光っていた。