今年10月、インドネシアのバリで、APEC総会が開催されます。今回の総会のテーマは、「回復力の強い(resilient)アジア太平洋=世界経済の成長エンジン」というものです。
「resilient」という言葉には、「リーマン・ショックのような経済変動は、今後も避けられない。しかし、そんなものに一々経済成長を頓挫させられるようではいけない。何があっても、欧州のように長期停滞に陥ることなく、すぐに立ち直って成長を続けるしぶとさを持った安定した社会構造がアジア太平洋地域には必要である。」という気持ちが込められているように見えます。
私が、この「resilient」という単語を最初に意識したのは、APECの前身とも補完組織とも言うべきPECCの日本委員会委員長である野上義二氏(日本国際問題研究所理事長)が取りまとめた
Towards
a More Resilient Society:
Lessons
from Economic Crises
Report
of the Social Resilience Project
October
2010
というペーパーです。(http://www2.jiia.or.jp/pecc/2010/SRpdf/101021_0.pdfを参照ください。)
このペーパーは、安定した社会の構築には、年金、医療保険、失業保険といった社会的セーフティ・ネットの整備がきわめて重要であり、これらを整備することによって、貿易や投資の促進に有意義な結果がもたらされる、という視点を提示しています。
つまり、「弱者救済」とか「慈善」とか「格差解消」とかいった手垢のついた視点、言い換えれば市民運動家的視点で社会的セーフティ・ネット整備の重要性を捕らえるのではなく、貿易・投資の促進のための基盤として社会的セーフティ・ネットの重要性を捕らえているところが極めてユニークであり、倫理と経済成長の調和という斬新さが印象的です。
これは私の想像ですが、リーマン・ショックで世界中があたふたしているときに、このペーパーの中で提唱されている「resilient society」という概念が、PECC参加メンバー(これらのメンバーの多くはAPEC参加メンバーでもあります。)の共感を呼び起こし、その共感が今年のAPEC総会のテーマに結びつくまでに成長したのではないでしょうか。
ちなみに、このペーパーを取りまとめた日本国際問題研究所の野上義二理事長は、あの田中真紀子外務大臣と「刺し違えて」外務事務次官を辞任したあの御仁です。
日本のマスコミには報道されていないようですが、日本人にも目立たないところでいい仕事をしている人がいるものです。
(その4に続く)