田村哲太郎のインドネシア経済・株ブログ

データの記載には人並みの注意を払っているつもりですが、一人で書いておりますし、人間のすることですから、間違いが全くないというわけはないと思います。間違いにお気づきになられた方は、 tamuratetsutaro@gmail.com にご一報いただければ幸甚に存じます。 なお、投資は自己責任でお願いします。当方では、当ブログの記載に基づくいかなる責任も負うことができません。

2013年06月

今年10月、インドネシアのバリで、APEC総会が開催されます。今回の総会のテーマは、「回復力の強い(resilient)アジア太平洋=世界経済の成長エンジン」というものです。

 

resilient」という言葉には、「リーマン・ショックのような経済変動は、今後も避けられない。しかし、そんなものに一々経済成長を頓挫させられるようではいけない。何があっても、欧州のように長期停滞に陥ることなく、すぐに立ち直って成長を続けるしぶとさを持った安定した社会構造がアジア太平洋地域には必要である。」という気持ちが込められているように見えます。

 

私が、この「resilient」という単語を最初に意識したのは、APECの前身とも補完組織とも言うべきPECCの日本委員会委員長である野上義二氏(日本国際問題研究所理事長)が取りまとめた

Towards a More Resilient Society:

Lessons from Economic Crises

Report of the Social Resilience Project

October 2010

というペーパーです。(http://www2.jiia.or.jp/pecc/2010/SRpdf/101021_0.pdfを参照ください。

 

このペーパーは、安定した社会の構築には、年金、医療保険、失業保険といった社会的セーフティ・ネットの整備がきわめて重要であり、これらを整備することによって、貿易や投資の促進に有意義な結果がもたらされる、という視点を提示しています。

 

つまり、「弱者救済」とか「慈善」とか「格差解消」とかいった手垢のついた視点、言い換えれば市民運動家的視点で社会的セーフティ・ネット整備の重要性を捕らえるのではなく、貿易・投資の促進のための基盤として社会的セーフティ・ネットの重要性を捕らえているところが極めてユニークであり、倫理と経済成長の調和という斬新さが印象的です。

 

これは私の想像ですが、リーマン・ショックで世界中があたふたしているときに、このペーパーの中で提唱されている「resilient society」という概念が、PECC参加メンバー(これらのメンバーの多くはAPEC参加メンバーでもあります。)の共感を呼び起こし、その共感が今年のAPEC総会のテーマに結びつくまでに成長したのではないでしょうか。

 

ちなみに、このペーパーを取りまとめた日本国際問題研究所の野上義二理事長は、あの田中真紀子外務大臣と「刺し違えて」外務事務次官を辞任したあの御仁です。

 

日本のマスコミには報道されていないようですが、日本人にも目立たないところでいい仕事をしている人がいるものです。

(その4に続く)
 

 

 

日本では、現在、TPPTrans-Pacific Partnership、環太平洋パートナーシップ)に賛成かどうか議論が紛糾しており、農業団体などは「TPP参加絶対反対」と示威行動に余念がありません。

 

では、PECCAPECに日本が参加するときはどうだったかというと、言うまでもなく、何の反対運動も起きませんでしたし、おそらくは、農業団体首脳たちは、かつても、そして現在も、PECCAPECに関して、ほとんど関心がなかろうと思います。

 

PECCAPECも、環太平洋諸国の貿易自由化には熱心に取り組んできた経緯がありますが、TPPとのこの違いはどこから来るのでしょうか。

 

PECCAPECの最後のCは、Council(会議、評議会)のCです。つまり、「環太平洋諸国の経済的連携と発展のために、みんなで集まってお話しましょう」というフォーラムを意味しています。そのフォーラムで話し合って取り決めたことは、直ちに法的拘束力を持つわけではありません。その合意に基づいて、加盟各国が国内法を制定または改定したり、国際的協定を締結しない限り、実効性はありません。

 

ところが、TPPは、2005年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国が貿易自由化のために締結したTrans-Pacific Economic Partnership AgreementTPSEP(環太平洋戦略的経済連携協定)がもとになり、この協定を大幅に発展拡大させた新たな協定(=TPP)を締結するために、2010年から米国、オーストラリア、カナダ、マレーシア、メキシコ、ペルーが前記4カ国に加わる形で交渉を開始しているわけです。

 

TPSEPは、国際法としての効力を有するAgreement(協定)であって、Councilとは全く異なります。締約国のひとつとして当該協定に参加した場合には、国際法上の権利義務関係に組み込まれることになります。

 

中国や韓国はAPECには参加していますが、TPPには参加しない方針です。その理由は、「TPPに参加することは国益に反する」との判断です。

 

APECなら、みんなで話し合って、何かを取り決めようとしても、嫌なら嫌ですみますし、気に入ったことだけ賛成していれば良いので、いわば美味しいとこだけつまみ食いできます。

 

しかし、TPPとなると、それに参加することが、そのまま包括的な貿易自由化の枠組みに組み込まれることを意味します。権利も手に入りますが、義務も負うので、美味しいとこだけつまみ食いする、というわけには行きません。

 

(その3に続く)

 

626日のジャカルタ・グローブ紙は、インドネシアが、APECその他の国際的地域協力機構を政策的にどのように位置づけるかについて、政府主要人の考えをレポートしています。

 

http://www.thejakartaglobe.com/news/indonesia-needs-to-help-keep-apec-relevant-expert-says-2/

 

太平洋周辺諸国には、ヨーロッパ諸国のような文化的同質性がなく、経済の発展段階も国によって相当に異なりますから、EUのような地域的統合が容易に進められる環境にないのは誰にでも分かることです。

猪瀬都知事は、「アラブ諸国はケンカばかりしている」と言ったそうですが、アジア諸国だって、ご近所同士でケンカすることが多いのは、今に始まったことではありません。
 

とはいえ、国際的に自国の主張を通そうとすれば、1国だけで主張するよりも、同じような考えを共有する他の諸国と共に声を合わせて主張するほうが、影響力を行使しやすいのは当然ですし、ご近所同士でケンカするよりも仲良くしたほうが国益にかなうことが多いのも道理ですから、冷戦時代の1967年には、東南アジアの非共産主義諸国の間でASEAN(Association of South-East Asian Nations、東南アジア諸国連合)という枠組みが出来てきました。

 

しかし、ASEANは、かつては発展途上国と呼ばれ、今は新興国と呼ばれる国々の集まりですから、ASEANだけにとどまっていたのでは、新興国が先進国と協議し、国際的に影響力のある仕組みを作る場が不足します。

 

そこで、先進国と新興国とを問わず、環太平洋諸国の実業人たちが集まって、主として経済的問題を協議するために1967年にPBECPacific Basin Economic Council、太平洋経済委員会)という組織を立ち上げました。

 

1978年には、日本の大平首相が、太平洋周辺の諸国が協調するための枠組みを構築すべきであるとする環太平洋連帯構想を提唱し、これをうけて、太平洋地域の先進国と新興国が共に経済協力について話し合うPECCPacific Economic Cooperation Council、太平洋経済協力会議)が設立されました。


PBECは実業家だけの集まりですし、PECCは産業界、学会、官界の代表が個人の資格で参加する、という非政治的組織です。その理由は、政治が絡むと話がややこしくなって、実りある協議が出来にくいからだと思います。

早い話が、PECCには台湾の代表と中国の代表が共に参加していますが、政治が絡めば、台湾の代表と中国の代表の立場の明確化が必要となります。そのようなことに関して台湾と中国の意見が一致する可能性は絶望的ですから、そのことだけで、つまり入り口の段階で、話が終わってしまいます。

1989年には、PECCを土台にする形でAPEC(Asia-Pacific Economic Cooperation、アジア太平洋経済協力)が結成され、参加国の政府首脳が毎年のように直接話し合う場が発展してきました。

これは、政治家抜きで進めてきたPBECやPECCから見ると、実に大きな進歩ですが、かといって、正面から政治問題を持ち込むとケンカが絶えなくなるのは初めからわかっていますので、政治家たちの話し合いは、全て「非公式」の話し合いである、という前提で開催されており、組織の名前に「Economic」という単語が取り入れられているように、経済について協議はするが政治は扱わない、という大前提があるようです。
 

欧州におけるEU(European Union)も、はじめのうちはEEC(European Economic Community)と、政治色抜きを明示した名称で出発しましたから、事情は同じようなものだったのでしょう。

経済の世界では、貿易に典型的に見られるように、理論的にも実際にも、当事者双方が利益を得るwin-winの枠組みを容易に構築できますが、政治の世界では、領土問題に典型的に現れるように、当事者のどちらかが得をすると他方はその分だけ損をする関係になりがちなので、このような発展のプロセスは自然なことだと思われます。

 

(以下、その2に続きます。)

625日のジャカルタ・グローブ紙によると、インドネシア産業省のアンシャリ・ブクハリ事務局長は、2020年までにインドネシア製造業の成長速度を年率10%以上に高め、それ以降も二桁の伸びを維持することを政策課題として進めていると述べたそうです。

 

同事務局長によると、インドネシア製造業の成長率は、2005年5.86%、20092.56%、20116.74%と変遷してきました。2013年の第1四半期は、年率換算で6.69%でした。

 

製造業の中を個別産業ごとに見てみると、ベース・メタル、石油化学、ゴム、機械器具のように、すでに年率10%以上の速度で成長している業種もあるそうです。

 

この目標を実現するために、インドネシア政府としては、税制面や企業金融の面で種々の促進措置を検討しているようですが、インドネシア商工会議所の幹部は、人材育成の重要さを指摘しています。

 

http://www.thejakartaglobe.com/business/govt-forecasts-manufacturing-sectors-annual-growth-at-10-by-2020/

 

このような記事を読むと、政府主導の産業政策で経済が発展していくような気がしてきますが、実際には、経済発展のために政府に出来ることは、「企業の邪魔をしない」ということだけであるのは、日本の経済史を見ても明らかです。

 

インドネシア政府は、つい最近まで、燃料補助金制度を継続して、いわば健全な経済発展の邪魔をし続けてきました。しかし、その大きな問題も、先週、山を越えました。これは、任期満了間際のユドヨノ大統領が、祖国のために残した大きな成果だと思います。

 

燃料補助金削減による資源配分の適正化だけで、製造業の成長率が向上するかどうかは分かりませんが、少なくともこれまでより健全な経済環境が実現することになると思います。

 

624日のジャカルタ・グローブ紙によると、インドネシア証券取引所(IDX)は、現在、500株単位の取り引きが行われているIDXのルールを見直し、100株単位での売買が可能となるように検討を進めているとのことです。

 

http://www.thejakartaglobe.com/business/idx-tests-new-lot-rules-2/

 

 

この見直しの目的は、いうまでもなく、株式の流通を促進し、投資家のインドネシア株式市場への参加を増大させるためです。

 

IDXは、国内の株取引を活性化するために、200万人の個人投資家を市場に参加させるという目標を持っていますが、2012年の段階で登録されていた個人投資家は、わずか30万人にとどまっているそうです。

 

株式の取引単位が5分の1に引き下げられれば、確かに市場に参加することは容易になるでしょうが、個人投資家が大切な自己資金を株式市場に投じるには、株価の上昇に対する確信をどの程度持つことが出来るのかが最も重要な目安になるでしょう。

 

2006年から2007年にかけて、中国では個人投資家が激増し、株価は高騰を続けましたが、リーマン・ショック以降は投資家が市場に愛想を尽かし、株価は低迷を続けています。日本の民主党のように、期待をあおった分だけ幻滅も激しかったようです。

 

株式投資は、まともな資本主義国においては、長期的に見れば最も有利な投資先であるというのは歴史が証明しています。インドネシアにおいては、単に小口投資を可能にするだけでなく、たとえば、3年以上の保有期間の株式投資に関しては、売却益に対する課税を軽減するなどして、博打のような短期売買よりも中長期の投資を優遇すれば、中国の二の舞を避けることが可能になる気がします。

↑このページのトップヘ