2011年08月07日
「腸管出血性大腸菌〜すこぶる危険な新参者」
2011年は「焼肉酒家ゑびす」のユッケ(死者4名)、「佐藤だんご屋」の団子等(死者1名)、三重県の寿司?(死者1名)、と腸管出血性大腸菌を原因とする食中毒事件が相次いでいます。欧州でもドイツを震源とする大流行をはじめとしてフランスやスウェーデンでも独立してアウトブレイクが発生しています(死者50名!)。
21世紀の先進国においても、「生食」は大きな感染リスクがある食習慣だということが改めて周知された形です。生肉だけでなく、団子のような加工食品や、有機栽培のスプラウト(豆や野菜を発芽させたもの)など一見食中毒を起こしにくいと思われているような食品にもリスクがあるということは初めて知った方も多いのではないでしょうか。
「有機栽培」を謳うような生産者は衛生観念に乏しいところが多いでしょうし、「有機」を好む消費者も「消毒」を嫌う困った人の割合が多いでしょうから、その意味で有機農産物のリスクは高くなります。欧米メディアでは「もう有機食品なんていらない!」という独住民の談話とともに報道されているのですが何故か日本のマスコミでは見かけませんね。
食中毒統計によると、近年は腸管出血性大腸菌が原因となった事例は年間20件程度・患者数百人程度で推移しています。2000年以降の死者は、2000年に1名・02年に9名・03年に1名で04年〜2010年までゼロでした。この数字だけを見るとリスクはあまり高くないように見えます。しかしこれはあくまでも食中毒と確定した事例に過ぎません。
腸管出血性大腸菌が引き起こす出血性腸炎の潜伏期間は5日程度(3日〜14日)。感染者の約1〜10%がHUS(溶血性尿毒症症候群)を引き起こし(特に5歳未満に多い)、その死亡率は約2〜5%と言われます。潜伏期間が長いため、飲食店でも家庭でも食材が残っていないことが多いですから、原因を突き止めるのは難しいのです。
感染症統計の方を見てみますと、毎年2000〜3000件程度の有症報告例があります(三類感染症として届け出義務あり)。また、人口動態統計によると2000年〜2008年の9年間で死者は48名に上ります。二次感染もありますので全て食べ物が原因とは限りませんが、こちらの数字がより食中毒の実態に近いと言えるでしょう。
保菌率が高い家畜は牛と羊ですので、日本では牛が問題になります。国内肉牛農場の O157株保菌率は約25%(04〜06全国調査)、屠畜場搬入牛では約10%(04年以降)、枝肉では約1.2%(05〜06年調査)という報告があります(輸入枝肉の検出率も05〜07年調査で約1.5%です)。特に内臓からは、ハツ約17%・レバー約7%・センマイ約44%(10〜11年調査)という高率で検出されています。
必ず発症するとは限らず(しかし他人に感染させることはできる)、下痢をしても医者にかかるとは限らず、かかっても検査するとは限らないため、毎年数千人しか「把握されていない」と考えた方が良いことが分かります。無論、肉牛からは腸管出血性大腸菌以外にもサルモネラ、カンピロバクター、リステリアなどの食中毒原因菌が検出されることも忘れてはいけませんね。
「生食はしない」という人にも無縁ではありません。汚染食品を食べた人の体内では大増殖してから排泄されます。感染者とトイレを共有すれば十分に感染する可能性があります(したがって乳幼児・妊婦・老人のいる家庭では、健康な成人も生食を控えるべきです)。また、保菌牛由来の糞便を堆肥として利用することで、農作物も汚染される可能性があります。
市販品の堆肥からも腸管出血性大腸菌が検出される例があります。堆肥には衛生基準がありませんし、堆肥は完熟させただけでは大腸菌等を無くせないのですが、堆肥の無害化処理はされていないことが多いのです(「ウチの堆肥は大丈夫」という農家や業者には「BODは? 水分量は? 発芽抑制は?」と聞いてみましょう)。
ちなみに迂闊にも放射性Csに汚染された稲藁を与えたことが原因とみられる牛肉が流通して問題になっていますが、総Cs3000Bq/kgの牛肉を1kg全て食べたとすると、Cs134が1635Bq、Cs137が1365Bq、Sr90が137Bq、Sr89が861Bqあるとして計算しますので約54.8μSvの被曝です。約0.00025%の生涯がん死亡リスク増大が見込まれる程度です(検出不可能ということです)。
ここで暫定規制値の算出根拠をおさらいしておきますと、
・成人は500g/日、幼児は100g/日の肉・魚・卵等を食べる。
・汚染食品の割合は50%(大部分の日本人は50%より少ないでしょう)。
・半減期に従って放射性物質の濃度は下がっていく。
という条件のもとで、
「総Cs500Bq/kg(総Sr166Bqも別途含まれる)の食材を1年間摂取しても1mSv未満の被曝」ということです。
もちろん「500」というキリの良い数字はより安全に丸めたもの。元データ(リンク先資料6)は「成人664、幼児4010、乳児3234Bq/kg」です。Csは若くても影響はあまり大きくならないので(線量係数は乳児でも成人の1.5倍程度)、たくさん食べる成人の値が厳しくなります。そこで全年齢に対しても成人の664を採用し、更に500Bq/kgまで厳しくしたものです。
※「日本の規制値は他国より甘い!」というデマが飛び交っているようですが事実は異なります。コーデックス(WHO/FAO共同)は1000、EUは1250(乳幼児は400、ただし日本からの輸入品は日本の規制値を採用)、アメリカ1200Bq/kgといった数字です。消費量が多い欧米の数字が甘いのは、汚染食品の割合を10%と見込むなどの前提条件の差です。
※ついでに「チェルノブイリ事故当事国より甘い!」というのも嘘です。例えばベラルーシの現在の値は「被曝限度1mSv/年」「肉は500Bq/kg」「乳児用食品は37Bq/kg」ですが、事故当初(86・87年)はそれぞれ「100mSv/年(!)」「3700Bq/kg」「1850Bq/kg(88年)」でした。規制値は段階的に厳しくなりました。過去の被曝量が積み上がっているために現在の値が厳しいのです。
全頭検査などという無茶をするなら、腸管出血性大腸菌をはじめとする病原性微生物の汚染も調べて、その結果を優先させて出荷を規制する方が救われる命が増えるのですが…。個人的には子供に食べさせる場合でも「大腸菌フリーで3000Bq/kgのセシウム牛肉」と「大腸菌汚染有りでセシウムフリーの牛肉」なら、躊躇せずに前者を選びます。
ところで、腸管出血性大腸菌が現れたのはいつ頃のことでしょうか。細菌のような単純な生物は、つい何億年も前から変わらず存在するのかと思ってしまいますが、「単純な生物」と「原始的な生物」とは異なります。大腸菌は、当たり前のことですが大腸を持つ哺乳類や鳥類が登場して初めて現れた比較的新しい一族です(カール・ジンマー著「大腸菌」参照)。
哺乳類は大腸菌と共生していますが、ヒトの腸内細菌の中では大腸菌は実は少数派で約0.1%を占めるに過ぎません。ゲノム解析によれば、大腸菌が病原性を持ち始めたのは約55000年前からで、代表格であるO157H7株が登場したのは、なんと1000年以内だそうです。羊や牛などの家畜が自然宿主で、自然宿主に対してはもちろん無害です。
それどころか、O157H7株は宿主である羊を白血病ウイルスの感染から守っているということが明らかになりました。家畜にとっては共生するメリットがあるので撲滅は難しいということです。そして、たくさんの人を養うために家畜の糞便まで積極的に利用する近現代社会では人間にも感染するようになり、人間に対して牙を剥くことになったのです。
地球上では、放射性物質と同様に腸管出血性大腸菌とも無縁な暮らしは不可能です。せめて放射性物質と同じ程度には、食中毒を始めとする感染症にも注意を向けていただきたいものです。放射性物質は時間とともに必ず減りますが、生物である病原体は逆にどんどん増えることが出来るのですから。
21世紀の先進国においても、「生食」は大きな感染リスクがある食習慣だということが改めて周知された形です。生肉だけでなく、団子のような加工食品や、有機栽培のスプラウト(豆や野菜を発芽させたもの)など一見食中毒を起こしにくいと思われているような食品にもリスクがあるということは初めて知った方も多いのではないでしょうか。
「有機栽培」を謳うような生産者は衛生観念に乏しいところが多いでしょうし、「有機」を好む消費者も「消毒」を嫌う困った人の割合が多いでしょうから、その意味で有機農産物のリスクは高くなります。欧米メディアでは「もう有機食品なんていらない!」という独住民の談話とともに報道されているのですが何故か日本のマスコミでは見かけませんね。
食中毒統計によると、近年は腸管出血性大腸菌が原因となった事例は年間20件程度・患者数百人程度で推移しています。2000年以降の死者は、2000年に1名・02年に9名・03年に1名で04年〜2010年までゼロでした。この数字だけを見るとリスクはあまり高くないように見えます。しかしこれはあくまでも食中毒と確定した事例に過ぎません。
腸管出血性大腸菌が引き起こす出血性腸炎の潜伏期間は5日程度(3日〜14日)。感染者の約1〜10%がHUS(溶血性尿毒症症候群)を引き起こし(特に5歳未満に多い)、その死亡率は約2〜5%と言われます。潜伏期間が長いため、飲食店でも家庭でも食材が残っていないことが多いですから、原因を突き止めるのは難しいのです。
感染症統計の方を見てみますと、毎年2000〜3000件程度の有症報告例があります(三類感染症として届け出義務あり)。また、人口動態統計によると2000年〜2008年の9年間で死者は48名に上ります。二次感染もありますので全て食べ物が原因とは限りませんが、こちらの数字がより食中毒の実態に近いと言えるでしょう。
保菌率が高い家畜は牛と羊ですので、日本では牛が問題になります。国内肉牛農場の O157株保菌率は約25%(04〜06全国調査)、屠畜場搬入牛では約10%(04年以降)、枝肉では約1.2%(05〜06年調査)という報告があります(輸入枝肉の検出率も05〜07年調査で約1.5%です)。特に内臓からは、ハツ約17%・レバー約7%・センマイ約44%(10〜11年調査)という高率で検出されています。
必ず発症するとは限らず(しかし他人に感染させることはできる)、下痢をしても医者にかかるとは限らず、かかっても検査するとは限らないため、毎年数千人しか「把握されていない」と考えた方が良いことが分かります。無論、肉牛からは腸管出血性大腸菌以外にもサルモネラ、カンピロバクター、リステリアなどの食中毒原因菌が検出されることも忘れてはいけませんね。
「生食はしない」という人にも無縁ではありません。汚染食品を食べた人の体内では大増殖してから排泄されます。感染者とトイレを共有すれば十分に感染する可能性があります(したがって乳幼児・妊婦・老人のいる家庭では、健康な成人も生食を控えるべきです)。また、保菌牛由来の糞便を堆肥として利用することで、農作物も汚染される可能性があります。
市販品の堆肥からも腸管出血性大腸菌が検出される例があります。堆肥には衛生基準がありませんし、堆肥は完熟させただけでは大腸菌等を無くせないのですが、堆肥の無害化処理はされていないことが多いのです(「ウチの堆肥は大丈夫」という農家や業者には「BODは? 水分量は? 発芽抑制は?」と聞いてみましょう)。
ちなみに迂闊にも放射性Csに汚染された稲藁を与えたことが原因とみられる牛肉が流通して問題になっていますが、総Cs3000Bq/kgの牛肉を1kg全て食べたとすると、Cs134が1635Bq、Cs137が1365Bq、Sr90が137Bq、Sr89が861Bqあるとして計算しますので約54.8μSvの被曝です。約0.00025%の生涯がん死亡リスク増大が見込まれる程度です(検出不可能ということです)。
ここで暫定規制値の算出根拠をおさらいしておきますと、
・成人は500g/日、幼児は100g/日の肉・魚・卵等を食べる。
・汚染食品の割合は50%(大部分の日本人は50%より少ないでしょう)。
・半減期に従って放射性物質の濃度は下がっていく。
という条件のもとで、
「総Cs500Bq/kg(総Sr166Bqも別途含まれる)の食材を1年間摂取しても1mSv未満の被曝」ということです。
もちろん「500」というキリの良い数字はより安全に丸めたもの。元データ(リンク先資料6)は「成人664、幼児4010、乳児3234Bq/kg」です。Csは若くても影響はあまり大きくならないので(線量係数は乳児でも成人の1.5倍程度)、たくさん食べる成人の値が厳しくなります。そこで全年齢に対しても成人の664を採用し、更に500Bq/kgまで厳しくしたものです。
※「日本の規制値は他国より甘い!」というデマが飛び交っているようですが事実は異なります。コーデックス(WHO/FAO共同)は1000、EUは1250(乳幼児は400、ただし日本からの輸入品は日本の規制値を採用)、アメリカ1200Bq/kgといった数字です。消費量が多い欧米の数字が甘いのは、汚染食品の割合を10%と見込むなどの前提条件の差です。
※ついでに「チェルノブイリ事故当事国より甘い!」というのも嘘です。例えばベラルーシの現在の値は「被曝限度1mSv/年」「肉は500Bq/kg」「乳児用食品は37Bq/kg」ですが、事故当初(86・87年)はそれぞれ「100mSv/年(!)」「3700Bq/kg」「1850Bq/kg(88年)」でした。規制値は段階的に厳しくなりました。過去の被曝量が積み上がっているために現在の値が厳しいのです。
全頭検査などという無茶をするなら、腸管出血性大腸菌をはじめとする病原性微生物の汚染も調べて、その結果を優先させて出荷を規制する方が救われる命が増えるのですが…。個人的には子供に食べさせる場合でも「大腸菌フリーで3000Bq/kgのセシウム牛肉」と「大腸菌汚染有りでセシウムフリーの牛肉」なら、躊躇せずに前者を選びます。
ところで、腸管出血性大腸菌が現れたのはいつ頃のことでしょうか。細菌のような単純な生物は、つい何億年も前から変わらず存在するのかと思ってしまいますが、「単純な生物」と「原始的な生物」とは異なります。大腸菌は、当たり前のことですが大腸を持つ哺乳類や鳥類が登場して初めて現れた比較的新しい一族です(カール・ジンマー著「大腸菌」参照)。
哺乳類は大腸菌と共生していますが、ヒトの腸内細菌の中では大腸菌は実は少数派で約0.1%を占めるに過ぎません。ゲノム解析によれば、大腸菌が病原性を持ち始めたのは約55000年前からで、代表格であるO157H7株が登場したのは、なんと1000年以内だそうです。羊や牛などの家畜が自然宿主で、自然宿主に対してはもちろん無害です。
それどころか、O157H7株は宿主である羊を白血病ウイルスの感染から守っているということが明らかになりました。家畜にとっては共生するメリットがあるので撲滅は難しいということです。そして、たくさんの人を養うために家畜の糞便まで積極的に利用する近現代社会では人間にも感染するようになり、人間に対して牙を剥くことになったのです。
地球上では、放射性物質と同様に腸管出血性大腸菌とも無縁な暮らしは不可能です。せめて放射性物質と同じ程度には、食中毒を始めとする感染症にも注意を向けていただきたいものです。放射性物質は時間とともに必ず減りますが、生物である病原体は逆にどんどん増えることが出来るのですから。
silflay at 08:07│
│「食の安全」