Estacao Central 避難小屋

Yahoo!ブログより移転しました。散策の記録、イベント情報、演劇鑑賞、飲食関係、乗り物関係、日々の思うことなど色々と書いていきます。

    2010年05月

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    毎年恒例の期間限定ペプシが出ましたね。
    これまでの限定物というと、アイスキューカンバー、しそ、あずきなど、まずいあまりに個性が強すぎるものばかりで、今度のもバオバブという未知のフレーバーだけに恐る恐る購入。
    某店の罰ゲームで一気飲みできない人続出で戸田恵梨香似の怖いお姉さん系メイドにビンタされるような恐怖の味を期待していたのですが、恐る恐る飲んでみたところ、思ったよりまともというか今度のはあまりにも普通すぎて、期待はずれの感もありました。

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    先日、赤電塗装の3300形に乗っていたら、新三河島にて反対側に青電塗装車がやって来たため、慌てて下車してこの2本の並びを撮りました。慌てて撮っただけに画質はよくないです。

    さて、成田スカイアクセス開業に伴うダイヤ改正の概要がついに発表されましたね。
    http://www.keisei.co.jp/keisei/kouhou/news/22-017.pdf
    従来ルートのスカイライナーは「シティライナー」に改名の上で停車駅に青砥が追加されるそうですが、なぜか所要時間が現行61分から改正後74~76分と、今までより大幅に伸びます。要するに、従来ルートを使いにくくしてスカイアクセス線を使わせましょうという営業上の都合ですね。
    日中のダイヤは、従来の40分間隔から、上野発毎時00分、40分に「スカイライナー」、毎時50分に「シティライナー」というダイヤに変更になるそうですが、「シティライナー」を毎時20分に持ってきて、20分均等間隔にしてほしかったと思うのは私だけでしょうか。
    また、羽田空港とを結ぶ「アクセス特急」(都営・京急線内エアポート快特)も気になります。日中40分間隔で運行ということから、都営線内で通過運転を行なう列車は、ほぼ全てが快速(エアポート快速)からこちらに移行するようですね。
    ちなみに「シティライナー」が青砥~成田空港間58~60分のところ、「アクセス特急」は高砂~成田空港間49分だから、特急料金を取らない列車のほうが速いという逆転現象が起こります。

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    昼食後はまず本願寺へ移動(写真1)。インド風の建物が特徴的で、普段だったらパイプオルガンがあるなど寺らしからぬ内部を見られるのですが、今日は大沢たかおの朗読活劇「義経」が上演されるとのことで、内部には入れず外も見る場所が色々と制限されていました。
    その後は本願寺の裏手に当たる築地6~7丁目、明石町方面を散策し、中央区立郷土天文館を見学しました。中央区の歴史を伝える常設展も面白いですが、ちょうど今日から始まった企画展「水のまちの記憶」が、江戸時代から現在にかけての川や水路に関する展示で、個人的な得意分野だったこともあって面白かったです。中央区には多くの川があったそうで、先ほども築地川など旧流路跡をいくつか歩いてきましたが、震災復興、戦後復興、東京オリンピックに伴う開発などで次々と埋め立てられてしまいました。配られていた資料には地図もついていたので、これを基に個人的に旧河川跡をたどって散歩してみようかと思ったりもしました。
    資料館見学後は聖路加病院周辺を散策(写真2)。一見全体が古い建物に見えますが、十字架のある塔など部分的に旧建物が残されていて、あとは後年に新築されたものだそうです。バラなどが咲く庭も見事でした(写真3)。
    また、聖路加病院の隣にある明石小学校(写真4)は大正14(1925)年築の復興小学校で、丸い窓や柱が特徴的ですが、残念ながら取り壊しが決定していて、校庭には仮設校舎の建設が進められていました。
    そして、この界隈は芥川龍之介生誕の地、浅野内匠頭邸跡、慶応義塾発祥の地(中津藩江戸中屋敷)でもあり、それらを示す記念碑がありました。また、明治初期に外国人居留地だった名残から、首都圏のキリスト教系の学校の多くがこの地発祥で、あちこちに「○○学院創建の地」といった記念碑がありました。ちなみに私の母校かつ大きな猫が在学中の学校の記念碑も明石小学校近くにありました。
    それら一連の記念碑群を見終えた後は、東京で最初のカトリック教会である築地教会(写真5)を見ました。入口に花びらが散らばっていることから、先ほどまで結婚式が行なわれていたようです。
    最後は聖路加タワー47階の展望台を見学(写真6)。同じ階にレストランがあるため、展望台からは築地市場などのある南側だけしか見られないとはいえ、無料なのがいいです。ただし、理由は不明ですが7月15日限りでこの展望室は閉鎖とのことで、都心から極めて近い景色を無料で楽しめるのも今のうちです。
    展望台を見終えた後は新富町駅で解散。解散後は築地市場前の魚料理の店で飲み会となりました。

    飲み会終了後は日比谷線で上野まで出てJR乗り換えだったのですが、ちょうど寝台特急「あけぼの」の出発時間でした(写真7)。今日もそこそこの乗車はあったし、今のところ廃止の話はありませんが、新幹線の新青森延長開業などの不安要素もあるだけに、先行き不透明といえます。
    ホームで乗客を見送る人が多数いたり、杖をついたおじいさんが乗り遅れそうになって、駅員が車掌に待ったをかけ、その人の乗車を待っての出発など、隣のホームでは絶対にないようなドラマがあるのも面白かったです。
    万が一廃止になるようなことがあった場合、直前だとチケットが取れなくなることなどが予想されるだけに、今のうちに乗っておこうかと考えています。

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    東京再発見の散歩オフに参加してきました。
    築地市場駅に集合。まず最初はツツジの咲く小さな庭園のある朝日新聞本社や海上保安庁海洋情報部周囲を散策。それから現在は首都高速になっている築地川沿いと銅板建築が多数残る築地や新富町を歩きました。旧築地川にかかる橋は、現代風に大幅にリニューアルされてしまったものも多いですが、昭和初期のかなり古い橋ばかりです。中には半分地面に埋もれた遺跡のような橋の遺構もありました(写真1)。銅板建築の商店も間近で見るとなかなか迫力があります(写真2)。
    その後は本願寺前を通過して勝鬨橋の資料館を見学。資料館は旧変電所を活用したものらしく、旧字体で書かれた表札が目を引きました(写真3)。資料館の中は橋を動かすのに使用していた機器類がそのまま保存されていたり、往年の様子をリアルに再現した動く模型があって、小さい資料館ながらもなかなか見応えがありました。
    勝鬨橋を見終えた後は、いよいよ築地市場の中に入ります。まず最初に入口にある波除稲荷神社を見ます(写真4)。各地の神社に行くと○○塚というのが色々ありますが、ここは市場の中の神社らしく「玉子塚」「海老塚」「寿司塚」というのがあるのが特徴です(写真5)。また、市場の仕事風景や並んでいる品物ももちろん興味深いですが、市場の中に診療所や歯医者があるというのも興味深いです(写真6)。他にも文房具店や金物店、銀行ATMなどが市場の敷地内にあるし、新橋駅からのバスも中まで乗り入れてくるし、市場全体が一つの町になっていることが印象的でした。
    また、市場内には吉野家1号店がありますが、なぜか「本日の営業は終了しました」となっていました。調べたところ、巷の吉野家みたいに24時間営業は行なっておらず、営業時間は5時~13時で市場の定休日は吉野家も休みになるそうです。吉野家の並びで猫写真を1枚(写真7)。
    市場内には行列の出来る店、美味しそうな店など、気になる店が多数ありましたが、時間の都合でこちらには寄らず。昼食は江戸前寿司の老舗である築地1丁目の玉寿司のランチでした(写真8)。
    (続く)

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    平和島~六郷土手間の上り線高架化後初めて京急に乗りました。
    今回の改正では、エアポート快特が品川~羽田空港でノンストップとなり京急蒲田が通過になったことに対する大田区の抗議集会がニュースでも報じられるなどで大きな話題を呼んでいますが、問題のエアポート快特に品川から乗車してみました。
    その前に出発した三崎口行きの快特は今までどおり京急蒲田停車だし、横浜方面など各地への客もかなり乗っていましたが、問題のエアポート快特は品川を出ると次は終点羽田空港。したがって、羽田空港に行く人しか使えないという列車になってしまい、そのせいか前の列車とは対照的にガラガラなのが印象的でした。
    下りは今のところ高架化されておらず見慣れた風景の中を行き、唯一異なったのが京急蒲田を通過することでしたが、京急蒲田駅といえば箱根駅伝でおなじみの踏切を見れば分かるように、非常にきついカーブのため、今にも止まりそうな速度まで減速します。その前後も工事に伴う速度制限区間があったり、前の電車が詰まって速度制限がかかったりで、ノンストップ運転の速さはあまり実感できませんでしたが、特に遅れはなく羽田空港に到着(写真1)。
    羽田空港をしばらく見た後は、今度は今回の改正のもう一つの目玉といえるエアポート急行に乗車しました(写真2)。
    羽田空港~新逗子間に新設された列車で、横浜方面と羽田空港を直通する列車は、今までは品川方面発着の快特の増結車のため短い4両編成でしたが、これが8両編成の独立した列車に変更され、横浜方面への直通列車はほとんどがエアポート急行になりました。また停車駅は若干異なりますが、かつて快特の合間を縫って京急川崎~新逗子間で運行されていた急行の事実上の復活ともいえます。
    日中唯一の横浜方面と羽田空港を直結する列車だからそれなりの速さなのかと思いきや、京急川崎でいきなり三崎口方面への快特に抜かれました。今までの増結車だった頃は浦賀行きが多かったから、横須賀方面への利便性を損なわないようにした故の措置なのかもしれませんが、「所要時間は今までと変わらない」と宣伝していただけに、乗って「がっかりだよ!」と思った人も多そうですね。京急川崎を出てからは通過駅も多いのでそれなりの速度になりますが、かつての急行が一度抜かれてもその後は終点まで先着していたのに、今度のエアポート急行は上大岡でまた快特の待ち合わせがあり、かつての急行を知る者からしてみれば期待はずれの感もありました。
    その後も新逗子まで乗り通そうかと思ったのですが、結局上大岡で下車。上大岡で降りるのは実に11~12年ぶり。以前に降りたときは京急百貨店の建設とそれに伴う再開発が一段落した頃だったので、あまり変わっていないだろうと思ったのですが、駅から見て大通りを挟んで反対側にまた新たに高層ビルが建ったりなど大きく変わっていて、10数年の時の流れを実感しました(写真3)。
    ちなみに以前ここで帰れなくなって、当時は漫画喫茶みたいなものがなかったため駅近くのかなり古いホテルに泊まったことがあるのですが、ここがまた面白いところでした。レンガの壁に蔦が絡まり見るからにディープな雰囲気で、室内もアンティークというかボロボロというかかなり古く、まるでフランケンやら狼男がいそうな怪物くんの家みたいなホテルでしたが、そのホテルは今も当時の外見のまま健在でした。また上大岡といえば大きな猫の町(理由は略)というイメージがあるのですが、幸か不幸か大きな猫には2匹とも会うことはありませんでした。もし会ったら会ったで面白いかもしれませんが、「何しに来たの~」と冷たく言い放たれたり、ビンタされたり、髪を引っ張られたり、引っ掻かれたりする恐れもあります。
    駅周辺を少しだけ見て、再びエアポート急行で京急蒲田に向かいました。上りのエアポート急行もやはり神奈川新町で快特の通過待ちがありましたが、これも京急川崎で、横須賀方面から快特で来た客の便宜を図るためでしょう。

    帰路の上り電車は、六郷土手を出るといよいよ新しい高架上に出ました。この区間の線路周囲は木造住宅密集地で高い建物が少ないため、高架上からはかなり遠くまで見渡せるくらい眺めがいいのが印象的でした。
    そして、新しくなった京急蒲田駅を見るために一旦下車(写真4)。2層構造になり、高架化された上りホームのまた上に今度は下りホームが設置されます。また、完成後には普通電車が快特などの待ち合わせが出来るようになる待避線が設置されますが、こちらはホームがある程度出来上がってはいるもののまだ閉鎖中でした。
    また、新しい駅名標を見ると何やらシールで隠された部分があり(写真5)、何だろうと思ってよく見ると、「KQ11」と書かれているのが透けて見えて、隣の梅屋敷は「KQ10」、糀谷は「KQ12」と書かれていました。駅に記号や番号を振るナンバリングは地下鉄ではおなじみですが、京急でも(空港線限定で?)近いうちに導入されるようです。

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