Estacao Central 避難小屋

Yahoo!ブログより移転しました。散策の記録、イベント情報、演劇鑑賞、飲食関係、乗り物関係、日々の思うことなど色々と書いていきます。

    2011年04月

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    午後の散歩は新川橋より下流を目指します。
    チューリップ畑を横目に曲田橋~曲田下橋~日下橋~川島橋と歩き進んでいくと、やがて大きな池とトンネルが見えてきました(写真1)。これが大岡川分水路で、大雨で川が増水したときに大岡川の水を横浜港などの市街地に行かないよう根岸方面にバイパスする人工河川との分岐点です。
    次いで、上笹下橋~関之橋歩道橋~武者ヶ谷橋~大橋~曙橋と進み、笹下稲荷や横浜刑務所を見ました。横浜刑務所の近くには囚人への差し入れを売っていると思われる「差入店」があるのが印象的でした(写真2)。
    その後は遊水施設~岡本橋~岡本橋記念碑~笹下橋~松本橋と進み、日野川合流点(笹野橋)へ(写真3)。最大の支流と言われる日野川と合流したことで大岡川の川幅はさらに広くなりました。日野川との合流地点の少し下流にある青木橋、青木神社を見て、上大岡駅前ミオカにて休憩となりました。上大岡といえば(大きな)猫の町ですが幸か不幸か会うことはなく、やたらとビル風が強い中で午後合流組の方々と合流して散歩再スタート。
    上大岡に着くまでは川沿いに道がなく迂回を強いられるところも多くありましたが、ここから先は工事中の箇所を除いてはほぼ川沿いを進み、久保橋~大久保橋~最戸橋~最戸下橋~越戸橋~向田橋~中里橋~与七橋~花見橋~観音橋~さくら橋~弘岡橋~大井橋~鶴巻橋と進みました。この辺りは横浜で一番古い寺と言われる弘明寺が近く、桜の時期は賑わうそうですが、当然今は葉桜。そして、この辺りまで来ると、淡水と海水が混ざる汽水域になるのか、エイがいるなど海水魚やフジツボも目立ってきました(写真4)。
    その後は、蒔田橋~井土ヶ谷橋~Y校(横浜商業)~清水橋~蒔田公園橋と進み、蒔田公園で小休止。今は埋め立てで陸地が大きく広がっていますが、大岡川の本来の河口は蒔田公園のあたりだったそうです。本来の河口だった場所では、山下町方面へと流れる中村川と分岐しています(写真5)。
    その後は、山王橋~山王橋人道橋~一本橋~道慶橋~道慶地蔵尊~白金橋と進み、横浜のディープなスポットである黄金町、日の出町へ。かつては違法風俗営業が蔓延っていたようですが、今では浄化が進み、それらはアトリエやカフェへと姿を変えています。また、この界隈は関東大震災復興で作られた橋が多く、栄橋~太田橋~末吉橋~黄金橋~旭橋と進みましたが、いずれも個性的な橋ばかり。中には太田橋のように「復興局建造」という銘板が付いている橋もあります(写真6)。また、日の出湧水という湧き水が出ている場所もありました。その後は、長谷川伸生誕地~長者橋~宮川橋~都橋と進み、河口付近のランドマークタワーもみるみる近くに見えてきました。川幅も、朝の一番最初に見た源流とは比べ物にならない広さになっていました。
    最後は、桜川橋~根岸線橋~大江橋~住吉橋~弁天橋~北仲橋~汽車道~国際橋を見たり渡ったりして、大観覧車近くにある河口の広場にて散歩終了(写真7)。今回の歩行距離は約22km。ちょろちょろとしか水が流れていない源流をスタートして広大な横浜港に至るという川マニア垂涎の散歩でした。
    散歩終了後は横浜駅付近で飲み会。気がつけば23時頃まで飲んでいました。

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    東京再発見の散歩オフに参加してきました。
    港南台駅に集合し散歩開始。住宅街を抜けて円海山(瀬上・氷取沢市民の森)に向かいました。住宅街の裏山程度のところかと思っていたら、これがまた緑の深い場所で、鳥のさえずりが良く聞こえてくるような場所でした。山菜も取れるようで、たらの芽を道端で配布していました。山の上からは横浜市街地を一望できますが、今回のゴール近くのランドマークタワーは遙か遠くに見え、何だか気が遠くなりそうでした。
    案内標識に従ってハイキングコースの山道を歩いていたら、茂みの中より少量の湧水がある場所が見えてきて、ここが大岡川の源流となります(写真1)。また、大岡川最初の橋は木道のような橋で、名前はありません(写真2)。市民の森のこの一角が大岡川源流域(写真3)で、少量の湧水が幾筋もあり、これらが集まって段々と大きな流れになっていきました。
    市民の森の中はまるで尾瀬のような風景で、本当に自然のままの渓流でしたが、それも束の間。横浜横須賀道路を越えて森を出るとあたりは農地になり、川もコンクリートの護岸になってしまいました。なお、農地の中には牧場があり、横浜市内らしからぬのどかな風景が広がっています(写真4)。
    牧場のある農地を抜けると住宅街に入り、一番最初の橋らしい橋である上之橋を渡りました。このあたりは、名もない個人宅の橋も多いのが印象的でした。
    住宅街に出てしばらくすると幹線道路の笹下釜利谷道路に出て、氷取沢神社、宝勝寺を見ました。今回の散歩コースの山の向こう側に通学していたため、個人的には笹下釜利谷道路や氷取沢は懐かしい名称ですが、実際に氷取沢を歩いたのは今回が初めてです。それだけに色々な新発見がありました。
    この界隈では、氷取沢橋~下ヶ谷橋~中之橋~下ヶ谷暗渠を見ました。ちなみに「下ヶ谷暗渠」ですが、一見すると橋なのですが、実は橋ではなく暗渠というユニークなものでした。
    次いで上中里地区に入り、遠向橋~関ノ向橋~神戸橋~磯子台橋~上中里人道橋~向坂橋~中里橋を通りました。この辺りで印象的だったのは、昭和初期の欄干が低い橋(今でも農村に行くとありそう)に高い柵を付け足したような形状の橋ばかりだったことです。
    次いで栗木地区の栗木橋~塩木戸橋~新大橋~大正橋~松之向橋等を見ました。この界隈で猫写真を1枚(写真5)。この界隈は川に沿って「かねさわ道」という古道があり(写真6)、辿っていくと金沢区町屋にあった幕府の陣屋に行き着くそうです。また、支流の左右手川との合流地点にはモミジが植えてありました(写真7)。モミジというと秋の紅葉がきれいですが、春の新緑のモミジもまた違ったいい雰囲気でいいですね。
    この辺りは田中と言う地名ですが、田中さんと言う家もやたらと多いのが印象的でした。この辺りでは支流との合流がもう1つあり川幅が徐々に広がっていき、その先の新川橋にて午前の散歩は終了となって近くのバーミヤンに入り、歩いて暑くなったので、今シーズン始まったばかりの冷やし中華を食べました。
    (続く)

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    ラーメン店でネギキムチラーメンを頼んだところ、面白いことにラーメンとネギとキムチがそれぞれ別皿で盛られてきました。単にこの店のスタイルで別に意味はないだろうと思い、何も考えずに皿のネギとキムチを一気にラーメンに入れてしまったのですが、入れてから大変なこと(?)に気付いてしまいました。
    ふと目の前のメニュー立てを見ると、小さい字で「スープの味が薄くなるので、トッピングのネギ、ワカメなどは一度に全部入れないでください。お好みの量を少しづつ入れてください。」と注意書きが書いてあったのです。つまり、一度に全部入れてしまう食べ方は、店からしてみれば間違った食べ方だったのです。
    それでラーメンが不味くなったりとかはありませんでしたが、ラーメンとトッピングが別皿で出てきたときは、そんな具合に何か理由があるはずなので、皆さんも気をつけてみましょう。

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    昼食後は京急と地下鉄を乗り継いで御成門に行き、東京タワーと満開の桜を見ながらオランダ大使公邸に移動しました(写真1)。
    オランダ大使公邸は1928年(昭和3年)築の近代建築です。建物の外観もいいですが、オランダといえばチューリップということで、庭のいたるところに植えられたチューリップ(写真5)の花が美しく、それ以外にも色々な花が植えられていました。ここの庭は和洋折衷で、チューリップなどの洋風の植物が植えられている一方で、椿などの和の植物が植えられているのが印象的でした。ただ、石灯籠は地震で倒れてしまったらしく、今回の散歩はいたるところに地震の爪あとを見ることとなってしまったのが残念です。
    オランダ大使公邸見学終了後は増上寺を見て、芝公園にて散歩終了。
    散歩後は浜松町で軽く飲んで帰りました。

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    東京再発見の散歩オフに参加してきました。
    先週の花見の時と同じく新馬場駅に集合してスタート。最初は清徳寺、品川神社(品川富士、板垣退助墓)を見ました。品川神社は龍が絡みついた模様の鳥居(写真1)や富士塚、銭洗い弁天など色々ある神社ですが、登ればレインボーブリッジが見られるという富士塚は先日の地震のせいで立入禁止になっていました。また、神社の中に板垣退助の墓があるというのも変わっていますが、これは元々ここに東海寺の子院があったけど消滅してしまい墓だけが残された名残とのことです。
    次に桜が沢山咲いている権現山の上り口や品川小学校の前を通り、東海寺に向かいました。ここも立派な墓地がありますが、倒れた灯篭などが目立ちました。東海寺の隣には恐竜像などが沢山置かれた子供の森公園があり、ここは東海高等小学校跡、荏原郡役所跡だったとのことです。
    次に向かったのは、沢庵禅師、賀茂真淵、井上勝などの墓がある東海寺大山墓地へ。一見何の変哲もない墓地ですが、東海道本線と東海道新幹線に挟まれた場所にあって、日本の鉄道の父と呼ばれた井上勝の墓があるのにふさわしい場所です(写真2)。
    その後は、マンションと一緒になっている春雨寺や御殿山を通過して桜が沢山咲いた目黒川沿いに出て(写真3)、細川家墓地~本昭寺~子育地蔵と見て周り、聖蹟公園付近より旧東海道を歩き、古い店や成田山一心寺、養願寺などを見ました。そして、この界隈の横丁で猫写真を1枚(写真4)。
    また、この界隈は井戸が多くあるのも印象的で、煉瓦塀と合わせていい雰囲気を醸し出していました(写真5,6)。
    その後は八ツ山橋で小休止の後、銅板建築の居残り連(写真7)、目黒川旧河口の船溜まり、クジラ塚を見て、台場小学校前の台場跡へ(写真8)。砲台が置かれていた台場は東京湾のあちこちに設置されていましたが、陸上に設置されていたものはここだけだそうです。
    散歩の最後は、寄木神社~北浜公園~品川橋~荏原神社~品川図書館~稼穡稲荷社~海徳寺を見ました。一番最後の海徳寺には、王貞治氏と親交のあった心臓病の少年、岩崎和夫君を悼んで建てられたホームラン地蔵なるものがあり(写真9)、王氏が、「ぼくもホームラン王になるように頑張るから、君も病に負けないように頑張れ」と誓った逸話があるそうです。
    散歩終了後は、新馬場駅近くの中華料理店にて昼食となりました。

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