Estacao Central 避難小屋

Yahoo!ブログより移転しました。散策の記録、イベント情報、演劇鑑賞、飲食関係、乗り物関係、日々の思うことなど色々と書いていきます。

    2011年11月

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    鷲神社と隣の長国寺で行なわれた酉の市を見てきました。今年も大小様々な熊手が並び、沿道には多数の屋台も立ち並び、身動きが取れないくらい賑わっていました。
    そんな中で猫好きにはたまらない猫だらけの熊手を発見。所持金が少なかったので買いませんでしたが、こういうのは見ているだけでも癒されます。ところが、猫の熊手に萌えていたら、すぐそばをオカマバーの人たちと思われる集団が通過。そのうち1人、しかもあまり女装が似合っていない人がなんと猫耳をつけているという光景に遭遇してしまいました。もう少しきれいな女装だったら許せるのですが、個人的にはどうかと思うような人だっただけに遺憾です。
    最後はお口直しに、妙にテンションの高いトルコ人の店でケバブと、スケバン恐子もとい西野カナ系な人が作っていた帆立入り大たこ焼きを食べて、三ノ輪橋まで歩いて都電で帰りました。
    ちなみに帰りの都電は、今まさに「黄色い電車でハッピーに」キャンペーンの渦中にある黄色い車両でした。

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    東京再発見の越谷散歩オフに参加してきました。
    北越谷駅をスタートして、まず最初に駅からすぐの大沢香取神社に立ち寄りました(写真1)。ここは安産の神様として有名だそうですが、彫刻が美しい江戸時代創建の社殿が残っているのも特徴です。その後は旧日光街道を渡って、逆川(葛西用水)沿いを歩いて鷺後香取神社に行きました。その際に、途中では早くも第一猫に遭遇しました。香取神社といえば一般には下総国の神社というイメージが強いですが、なぜか武蔵国だったこの辺りには香取神社が立て続けに2つあります。その理由は、実はここも古代に下総国だった時代があるからだそうで、その名残だそうです。
    次に向かったのは、逆川と新方川の伏越(下流側)と大吉調整池。伏越とは河川の立体交差のことで、ここでは逆川が一旦地下に入り、新方川と立体交差しています。何でそんな面倒くさいことをするのだろうと疑問に思っていたのですが、単純に平面交差させると、高低差の関係で水が逆川にうまく流れないからなのだそうで、そういうところに先人たちの知恵を知ることができました。また、大吉調整池は長年洪水に悩まされてきたこの地域の治水のために作られたもので、新方川が増水した際は水を一時的に貯留できるのだそうです。
    その後はキャンベルタウン野鳥の森公園を横目に大落古利根川から逆川が分岐する松伏溜井・古利根堰に向かい、今度は上流側から逆川と新方川の伏越を見て、久伊豆神社へと向かいました(写真3)。
    久伊豆神社はおそらく越谷では最大であろう神社で、天然記念物の藤の木や、飲める湧水の御霊水がありました(写真4)。パワーが授かるとのことなので御霊水を一口飲んでみましたが、意外にも暖かく硫黄の臭いがするのが印象的でした。また、ここでは神社の人の厚意で色々な解説を聴くことができました。その中でも印象に残ったのが、本殿の裏手に第二次世界大戦中、パラオ共和国コロール島に建立され日本人入植者などの信仰を集めた「南洋神社」をしのぶ「旧官幣大社南洋神社鎮座跡地遥拝殿」が建立されていることで、竣工祭にはパラオ共和国の大統領もここを訪れたのだそうです。
    その後は、隣の天嶽寺、建長元年の碑、越ヶ谷御殿の碑などを見て、午前の散歩の最後は元荒川と逆川の間の中堤防を歩いて、昼食は越谷市役所そばの焼き肉店でポークスタミナ焼きランチを食べました(写真5)。ここの肉は精肉店直営だけになかなか美味しかったです。
    午後の散歩は、再び中土手を歩き、逆川から谷古田用水、東京葛西用水、八条用水が分岐する瓦曽根溜井、瓦曽根堰を見ました(写真6)。葛西用水と八条用水の存在はずっと昔から知っていましたが、ここから分かれるというのは今回の散歩で初めて知っただけに、まさに再発見でした。ちなみにこれらの用水路の中で、八条用水だけは今も農業用水路として現役だそうです。
    次に向かったのは、山門に立派な提灯がぶら下がっている大相模の不動様こと大聖寺(写真7)。今日は天候のせいか我々一行以外は人がいませんでしたが、団子屋もあるだけに賑わう時はかなりの賑わいを見せることでしょう。その後は日枝神社と大相模久伊豆神社を見てレイクタウンへと進み、レイクタウンの中核を成す大相模調整池を見ました(写真8)。こちらの調整池は元荒川の水を引き込んでいるものだそうですが、午前に見た大吉調整池とは規模が全く違って迫力がありました。
    最後はレイクタウンを代表する商業施設であるイオンレイクタウンショッピングセンターにて解散となりました。

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    午後の散歩は根岸森林公園をスタート。植わっている木はほとんどが桜とのことなので、桜の時期はきれいなことでしょう。まず最初は米軍住宅地のフェンスを横目に旧根岸競馬場のスタンドを見ました(写真1)。こちらも特徴的な近代建築で大きい建物だけに迫力がありますが、ガラスがなくてトタンで窓が塞がれているなど、廃墟みたいな保存状態なのが少々残念なところです。
    また、米軍住宅は小高い丘の上にありますが、丘の下にある一般住宅との広さの違いがあまりにもありすぎるのも印象的でした(写真2)。この風景を見て、私が最近はまっている故・柳ジョージの曲で「フェンスの向こうのアメリカ」という曲を連想したのですが、その曲で歌われているフェンスの向こうのアメリカとは、今はなき本牧のベースキャンプ(1982年に返還済み)のことだそうです。
    次に、中華系外国人墓地である地蔵王廟(中華義荘)を見学(写真3)。元町などの西洋系の外国人墓地は有名ですが、中華系の外国人墓地もあるとは今回の散歩で初めて知りました。中華風の建物や提灯などの小物も特徴的でしたが、柱などに書かれた年号が、大正とか昭和ではなく、民国○年となっていたのが印象的でした。
    その後は市営墓地を経由して圓大院、東漸寺、大圓寺、西有寺と4つの寺が並ぶ寺町に入りましたが、ここでは猫写真も撮れました(写真4)。次に、午前の散歩では上を通った打越橋を今度は下から眺めました。オレンジ色のアーチも美しいですが、橋の間から真正面にランドマークタワーが見えるのも印象的でした(写真5)。また、打越橋をくぐって坂を下ったところには湧水もありました。
    最後は中村川沿いに出て、色々な橋を見たり、諏訪神社、濡れ地蔵、松屋デパートの前身の鶴屋呉服店跡を見て石川町駅で散歩終了。
    終了後の打ち上げは、中華街の中の店で行なわれ、色々な中華料理を堪能してきました。

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    東京再発見の横浜山手&根岸散歩オフに行ってきました。
    9時に元町中華街駅に集合し、散歩開始。まず最初はシドモア桜や元町の商店街を見て、その後高田坂を見て代官・石川氏の末裔が住む家の前を通りながら代官坂を上がって、近代建築の一般住宅を見てベーリックホールに行きました(写真1)。
    ベーリックホールはスパニッシュ様式の建築で以前の散歩でも見ましたが、丸と四角を組み合わせた特徴的な形状の小窓などはいつ見ても飽きません(写真2)。
    次に隣のエリスマン邸を見学(写真3)。以前の散歩では夕方遅くなってしまったため閉館してしまいましたが、今回ようやく内部を見ることができました。サンルームなどが広々としていて、こんな家に住んでみたくなります。
    その後は、フェリス女学院6号館~家政科記念館~願西寺~汐汲坂~フェリス1号館(女子教育発祥の地、ブリテン女学校、アメリカンミッションホーム)~カトリック横浜司教館別館などを見て、山手カトリック教会へと向かいました(写真4)。今回はちょうど礼拝が行なわれている最中で、駐車場が満車になり内部も礼拝の最中のため、外部のみを見学。
    次に向かったのは山手イタリア庭園で、ここには旧内田邸外交官の家(写真5)とブラフ18番館(写真6)があります。ともに個性的で美しい内外装の近代建築でした。
    その後は小坂~弁天堂~地蔵坂~蓮光寺~乙女坂(西坂)と進みます。乙女坂の由来は女子校からだそうで、平日の朝は横浜女学院の学生で埋め尽くされるそうです。その後は牛坂に出ましたが、ここで猫写真を1枚。次に猿坂、打越橋と進みましたが、この打越橋はアーチ形状がなかなか美しい橋でした。
    その後は、美会神学校~横浜共立学園本校舎、新約聖書和訳記念之地碑~ブラウン邸~日本メゾシスト発祥の地~桜道橋と進みました。途中には暗渠化された千代崎川の道があったり、市電車庫跡地の碑があったりと、個人的に興味深いものが多かったのもこの界隈です。
    その後は細い道を抜けて、風見鶏のある洋館(写真7)を見て、鉄砲場跡、なぜか馬のぬいぐるみが置かれていた第六天稲荷、変わったオブジェのある銭湯、アイススケート場跡(特に跡地を示す碑などはない)~ふぞく坂と進み、山手駅前のコンビニで昼食を買って、根岸の外人墓地を見ました。こちらは元町の外人墓地が上流階級向けなのに対し、庶民向けの墓地だそうで、比較的地味な雰囲気でした。
    その後は根岸森林公園に向かいましたが、その前に昔の荒井由実の曲に出てきた店や米軍の消防署(写真8)などを見て、それから昼食となりました。

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    東京再発見の五日市散歩&ピザ作り体験オフに行ってきました。
    いつもの出勤時と同じくらいの時間に早起きし、武蔵五日市までは新宿から直通のホリデー快速を利用し、1時間で到着。集合までの待ち時間にバスターミナルを見ていたら、おそらく日本全国ここだけでしか走っていないであろうSL型のトレーラーバスを見たので写真を撮りました(写真1)。
    集合してからは駅北口に出て散歩開始。紅葉が始まったばかりの森林(写真2)やキャンプ場を見ながら最初に立ち寄ったのは穴澤天神。小さな神社ですが、歴史のある神社だそうです。この辺りは川がそばを流れているためか、沢蟹が沢山いて自然に恵まれた場所なのだと実感。また、紫陽花が有名な場所だそうですが、なぜか季節外れの紫陽花も咲いていました。
    その後は、山道を登って大樫の木を見たり、観音像のある真光院、明治時代の自由民権運動の頃に創案された五日市憲法の文書が保管されていた蔵のある深沢家屋敷跡(写真3)を見て、おとぎ話のような建物が特徴で、昔NHKでやっていた人形劇プリンプリン物語の人形や彫刻などが展示されている小さな博物館を見学しました(写真4)。
    そして今回のピザ作り体験の会場となる山小屋の深沢小屋に到着し(写真5)、まず最初は山小屋の離れなどを見学。山の上にあるログハウスはなかなかいい感じで、機会があればぜひ泊まってみたくなる作りでした。
    そしていよいよピザ作り開始。3人づつのグループに分かれて始めましたが、自信がないので第一~二陣が作るのを眺めてから第三陣に加わってピザ作りを始めました。生地のかたまりを円形に伸ばす作業は、予想通り難しく、なかなかきれいな円形になりませんでしたし、厚さを均一にするのもなかなか難しかったです。
    ただし、きちんと指示に従ってやれば上手く焼けて味もよく、こちらは思ったよりも上手くいきました(写真6)。そうしてみんなの作ったピザが次々と焼き上がり、他の人が作ったものをいただいたり、自分の作ったものを食べたり、その他一品料理やワインを口にしているうちに満腹になりました。
    そして15時頃になり、ピザ作り体験が一段落した後は、午後の散歩開始。来た山道を途中まで戻って住宅の間の細道を抜けて愛宕神社、名称不明の稲荷神社を見て、五日市郷土館を見学しました(写真7)。ここは歴史や林業に関する展示のほか、特別展示で五日市線の86年の歴史に関する展示が行われていました。館外には養蚕業を営んでいた茅葺き屋根の家もあって、こちらも見ごたえがありました。
    最後は、玉林無量禅寺、上町地蔵堂など五日市七福神の一部の寺社を見て散歩終了。散歩終了後は立川に移動して飲み会となりました。

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