







今回は13時半に上野駅集合と、遅めのスタートです。まずは公園口を出発して、最初に東西自由通路(パンダ橋)建設時に発見された遺跡の碑を見てから、七福神の第1番目・不忍池にある弁財天(写真1)を見ました。また、ここまでの移動中に早速猫写真を撮ることもできました。
その後は不忍池の周りを回ってから、湯島に近い場所にある福成寺、教證寺(江戸時代中期の歌人・柳瀬美仲の墓)、旧岩崎邸庭園前を通過して、岩崎邸横の無縁坂を上がりました。無縁坂を上がっている途中に振り返ると、東京スカイツリーが真正面に見えて、眺めがよかったです。
次いで、蔵造りの外観が特徴的な講安寺に立ち寄りました。蔵造りの外観も特筆ものですが、ここは驚くほど猫が沢山いて、猫好きにはたまらない寺だったのは言うまでもありません(写真2)。次に名称失念しましたが、一般住宅にしか見えない寺、江戸六阿弥陀の第5番常楽院別院、横山大観記念館の裏から見た蔵、境稲荷、弁慶鏡ヶ井戸、英多郎寿司を見て、不忍通りを谷中方面へと渡りました。
次いで、都電の保存車両とその隣にある日本盆栽協会、一円庵、森鴎外の旧居が保存されている水月ホテル鴎外荘、近代建築の旧忍旅館、たがみ、松月庵、六龍鉱泉を見てから、上野高校横の清水坂を上がって、今回2番目の七福神の大黒天がある護国院に立ち寄りました。護国院は梅の蕾が膨らんできていて、春の訪れを感じさせました。
その後は、古民家を改造した雑貨店の「Pop In」(写真3)、三段坂などを見て、儒学者・大田錦城の墓のある一乗寺、旧吉田屋酒店、カヤバ珈琲、幕末の幕臣・高橋泥舟の墓のある大雄寺、銭湯を改造したギャラリーなどを見て、谷中霊園に入りました。
谷中霊園の中には、23区内では数少ない駐在所があり、その後ろには天王寺五重塔跡があります。五重塔は火災で焼失してしまい、再建されることなく現在に至ります。そして、今回の七福神3番目の毘沙門天がある天王寺(写真4)に入りました。
次いで七福神4番目・寿老人のある長安寺に入りました。ここは小規模な寺ですが、画家の狩野芳崖の墓、鎌倉時代のものと思われる板碑があります。また、この辺りの旧町名は谷中初音町と言ったそうです。
その後も谷中界隈を進み、猫グッズの店「NOLA」、薬膳カレーの店、現在は改装工事中の朝倉彫塑館、初音小路、経王寺、ログハウス風の外観が特徴的なスイス料理の店「シャレースイスミニ」(写真5)を見て、富士見坂へと進みました。ここは23区内に多くある富士見坂の中で今も唯一本当に富士山が見える富士見坂ですが、富士山の見える方角にマンションが建設中で、完成するとここからも見えなくなります。この数日が、夕日が富士山の頂に落ちていくダイヤモンド富士を見ることのできる最後のチャンスだそうですが、あいにく曇っていて見えませんでした。
その後は、太平洋美術会、小学校にある高村光太郎の碑、西日暮里公園、開成学園(道灌山遺跡)を見て、ひぐらし坂を通って、田端方面へと進み、今回の七福神5番目の福禄寿のある東覚寺(写真6)に到着しました。東覚寺は、仁王像の自分の体の悪い部分に赤紙を貼る赤紙仁王で知られる寺で、赤紙で埋め尽くされてムックのような姿になった仁王像が印象的でした。
次いで、隣にある田端八幡神社を見ました。ここには暗渠化されて消滅した近くの谷田川の橋が移築され残されています。
その後は田端を後にして、看板犬のいる雑貨店の東京キッチュ(写真7)を見てから、今回の七福神6番目の恵比寿様のいる青雲寺に行きましたが、夕方になったためあいにく閉まっていました。次に今回の七福神7番目の布袋尊のある修性院に行き、再び富士見坂に戻ってきて坂を上がってから、雪見寺こと浄光寺、諏方神社を見て、再び富士見坂を下って谷中銀座方面へと進みました。青雲寺、修性院のある富士見坂の下の通りは、六阿弥陀道と言うそうです。
街歩きのほうは、谷中銀座入口の夕焼けダンダンにて終了となり、ここで小休止の後、打ち上げをやる大木屋に移動しました。
最初は前菜に鰹のたたきが運ばれてきて、これを食べ終えたら、今回の目玉である巨大な肉の塊・通称「エアーズロック」が登場(写真8)。目の前で焼かれる巨大な肉の塊は食欲をそそりますが、この店のルールで焼けて店員がOKを出すまで触ってはいけません。
焼きあがったら、格闘家をやっているという店員が豪快に切り分けた肉を食べ、その後は牡蠣とネギを炒め、最後はもんじゃで〆となりました。
大木屋の後も日暮里駅前で飲んで、気がつけば終電まで飲んでいました。






























