Estacao Central 避難小屋

Yahoo!ブログより移転しました。散策の記録、イベント情報、演劇鑑賞、飲食関係、乗り物関係、日々の思うことなど色々と書いていきます。

    2014年01月

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    関帝廟を見終えた後は昼食にしました。媽祖廟から関帝廟まで歩いている間にも色々な店を見ましたが、関帝廟のそばに他より安い1680円で天心65品食べ放題という店があったので、そこにしました。
    最初は、海鮮春巻きと中華ちまきを食べ、その後に蒸し鶏とチャーシューと桃まんを注文しました(写真1)。その他にも、焼きそばや炒飯など色々食べて、最後は白きくらげのデザート、中華風カステラのマーラカオ、だいたひかる似の不審者の化粧みたいな匂いがするタピオカ入りココナッツミルク(写真2)、仙草ゼリー、レモンゼリー、杏仁豆腐などデザートを色々食べて終わりにしました。
    さて、この食べ放題の店ですが、味は食べ放題だから最初からあまり期待していなかったので、特に文句はありませんが、一番最初に頼んだサンラータンスープが最後まで忘れられたままだったり、呼んでも店員が来なかったり、レモンゼリーがゼラチン入れ過ぎなのか非常に固かったり、厨房からシェフの怒鳴り声が聞こえたり(中国語で怒鳴っているので内容はわからない)と、突っ込みどころ満載な店でした。他の食べ放題の店が1980円くらいのところ300円安いので文句は言えませんが、こういうのはちょっと考え物ですね。
    食べ終えた後は中華街を散策。お土産などの店を色々見て回りましたが、なぜか中華街の中心なのに、韓流グッズの店やブラジル料理の店が入居するビルがありました(写真3)。
    お土産は中華街のはずれのほうにある店で、仙草蜜茶(写真4)、桂円紅棗茶、黒松沙士、サワーソップジュース、小麻花、ライチプリンなどを買いました。これらは一部中国産もありましたが、大部分が台湾産でした。
    中華街を見終えた後は、山下公園に移動。中は見ないで外から眺めただけでしたが氷川丸(写真5)を見たり、海の景色を見たり(写真6)、マリンタワー(写真7)を見たりしました。
    また、爆竹を鳴らしたり色鮮やかな獅子が中華街の各店を回って獅子舞を披露する「採青(ツァイチン)」という行事が15時半から始まるというので、これも見たかったのですが、17時の会社の会議に出席しなければならないという事情から見ることはできず、15時半ちょっと前に横浜を後にしました。

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    今日は旧暦(太陰暦)の元日です。中華圏などでは太陽暦の正月よりもこちらのほうを盛大に祝う習慣があり、横浜中華街でも様々な行事が開催されていたので行ってきました。
    横浜へは、渋谷からみなとみらい線直通の東急東横線を利用します。JRから東横線への乗り換えは、以前は隣のホームで改札を出てすぐでしたが、昨年3月のダイヤ改正で東横線は地下化されてしまい、以前に比べてだいぶ乗り換えが不便になったのは否めません。
    また、乗り換えで一旦駅の外に出たところ、先日の都営バス90周年記念イベントで公開されていた旧塗装を再現したバスを目撃しました(写真1)。
    そして、地下ホームに降りるとちょうど特急が到着したので、これに乗車。今までの地上ホーム発着時代は、全て渋谷始発だったため、待てば必ず座れましたが、今度はごく一部を除いて副都心線(東武東上線、西武池袋線)からの直通電車なので、途中まで座れませんでした。また、到着した車両は西武6050系でしたが、戸袋窓が中途半端に閉鎖されているのに気付きました。中から見ると化粧板と広告枠が設置されて完全に戸袋窓がなくなっているのですが、外から見ると色付きの板で窓が閉鎖されているだけなのが面白いです。写真を撮り忘れてしまったのが悔やまれますが、調べたところ今年になって突然施工されたのだそうです。
    渋谷からは30分ほどで元町・中華街に到着(写真2)。中華街到着後はまず最初に中華街の観光案内所を見て、そこに展示されていた獅子舞(写真3)や正月飾りを見て、それから媽祖廟を見ました(写真4)。媽祖廟では、「厄落しの神輿くぐり」(写真5)が行われているほか、お参りの受け付けもやっていました。お参りは中国式の太いピンクの線香5本1束(500円)を買って、5体の神様にそれぞれ1本づつお供えし、最後は中でもう一度参拝するという方式です(写真6)。
    媽祖廟で参拝を終えた後は、媽祖廟裏の変わった東屋のある公園(写真7)を通過して、関帝廟に行きました(写真8)。こちらでも媽祖廟と同様に参拝が行われていましたが、関帝廟のほうは、参拝待ちの列が長かったので、簡単に見ただけで済ませました。
    (続く)

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    うちではウィンドウズXPのパソコンを8年に渡って使っていたのですが、4月でサポートが終了すること、消費税が上がること、古くなったせいなのか色々不具合が出始めてきたことなどから買い替えることにし、1月初旬に秋葉原のヨドバシカメラに行って、ウィンドウズ8搭載の新しいものを購入し、それが今日ついに到着しました。
    新しいパソコンは、今までのものと操作方法が大きく異なり、慣れるまでは非常に大変そうですが、この日記を試しに書いてみました。スマートフォンばりのタッチパネルなどは新鮮ですが、慣れないので今まで通りキーボードとマウスのみを使って書いています。
    また、写真の掲載などもやってみたいですが、まだデジカメソフトを入れていないのでできません。写真付きの日記は、明後日に横浜に出かける予定があるので、その日記のときに掲載できるかと思います。
    そして、このパソコンが故障などに見舞われることなく、長期にわたって使用できることを祈りたいものです。

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    午後は高田馬場駅の高架下の壁画前に集合し、駅周辺の早稲田通り沿いにあるアトムの菓子等を売っている和菓子の店・青柳、ラーメンのさっぽろ純連東京店、旧手塚プロダクション跡、小賀坂スキー販売、ユーキャン本社などを見て、預言カフェなるものをやっているアライズ東京キリスト教会を見ました。預言カフェというのがどんなものなのかは分かりませんが、何だろうと参加者の間で話題になっていました。
    その後は、つまみかんざし博物館、天祖神社を経て手塚プロダクション(写真1)に来ました。プロダクションは早稲田通り沿いから現在地に移転しましたが、手塚治虫はここに移転してからほどなくして亡くなってしまったため、実際にここで働いていた期間は短いそうです。
    次いで「江戸幕府開府以来当地に鎮座する」と書かれた碑が立つ鉄砲稲荷神社を見てから早稲田通り沿いに戻り、一番飯店、シチズン時計発祥の地の碑、早稲田通り沿いの銅板建築、刀剣無外堂、壁が緑系統の独特の色に塗られた観音寺を見て、小滝橋より神田川沿いに出て、あんみつや求肥餅を売っている和菓子の店・讃岐屋に入り、ここで小休止となりむげんもち(写真2)と求肥を食べました。
    その後は、久保前橋、茶道会館、腰折地蔵(写真3)と進みました。腰折地蔵は、高田馬場の決闘の際に一人の武士がこの地蔵の後ろに隠れ、追手が刀で斬りつけたため地蔵の腰に刀傷がついたことに由来するものだそうですが、刀傷の付いた地蔵は空襲で破壊されてしまい、現在のものは戦後に再建されたものだそうです。
    次いで、馬頭観世音、新堀橋(神田川と高田馬場分水路の分岐点)、高田馬場分水路の暗渠、瀧澤橋と進みました。瀧澤橋の下流には妙正寺川と神田川の旧合流点跡があります。その後は、妙正寺川の辰巳橋、千代久保橋、西ノ橋と進み下落合駅に出ました。下落合駅前にはメロンパンの美味しそうな店がありましたが、ここでは特に買っていません。
    その後は、落合橋を渡って妙正寺川を離れ、久七坂、下落合弁財天を経て薬王院に到着。薬王院の本堂は斜面に建っていますが、清水寺ほどではないものの立派な舞台があるのが印象的でした(写真4)。
    その後は、下落合野鳥の森公園、七曲坂、氷川神社、道端にさり気なく立つ庚申塔、相馬坂、東山藤稲荷神社を経て、おとめ山公園に入り小休止となりました。おとめ山公園の「おとめ」は、「乙女」ではなく、江戸時代に将軍家の狩猟地で立ち入り禁止の意味の「お留め」に由来するそうです。明治以降はおとめ山を東西に分けて東側を近衛家、 西側を相馬家が所有し、戦後にその一部が公園として整備されたそうです。都会にあってオアシスのような公園ですが、猫も多い公園でした(写真5)。
    その後は、目白の高級住宅街に入り、昭和3年(1928年)に近衛公爵邸のあった地に学習院の寄宿舎として建てられ、後に日立の所有となった日立目白クラブ(写真6)、目白ケ丘教会、道路の中央に生えたケヤキの大木、近衛篤麿公記念碑を見ました。この辺りは典型的な高級住宅街で、止まっている車もベンツやBMWやポルシェなどといった高級車ばかりでした。
    その後は、大正時代に活躍した洋画家の中村彝(つね)のアトリエを復元した中村彝アトリエ記念館(写真7)を見学。小さな資料館ですが、なかなか見応えがありました。また、ここでも猫写真を1枚撮りました。
    次いで、聖母病院、子安地蔵尊を経て、洋菓子ワールドカップで準優勝したパティシエが経営するパティスリーエーグルドゥースにて小休止。ケーキは高いし持ち帰りが大変なので買わずに、紅茶クリームサンドクッキーを1枚だけ購入しましたが、世界的なパティシエの店に恥じない味でなかなか美味しかったです。
    街歩きの最後はは、1929年築のロマネスク様式の聖堂が特徴的な目白聖公会(写真8)、作家の舟橋聖一記念館附属文篤館、舟橋聖一旧居跡、豊坂稲荷神社を経て目白駅に出て、駅前に保存されている旧目白橋高欄を見て終了となりました。
    終了後は、目白駅周辺で打ち上げとなり、軽く飲んで帰りました。

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    東京再発見のオフに参加してきました。
    朝9時半に高田馬場駅に集合してスタート。さて、この駅名は少し離れた高田町にあった馬場に由来しており、当初は諏訪町に開設される駅なので諏訪森、上戸塚という駅名が検討されましたが 鉄道院はなぜか高田馬場を駅名として採用したそうです。諏訪や上戸塚の人はなぜ離れた高田町の地名を駅名にするのかと反発したそうですが 鉄道省は高田町は「たかた」駅名は「たかだのばば」だから地名ではなく史跡の名前だとゴリ押ししたという話もあるそうです。
    まず最初は、駅前ロータリーにある高田馬場再開発記念碑&平和の女神像とBIGBOXを見ました。次いで遠目に日拓ビルを見ながら裏道に入り、戸塚第二小学校、太宰治下宿常盤館跡、日本酒の店・酒洛などを見て、K-1で有名な正道会館前に来ました。正道会館は入門者を随時募集中だそうです。
    その後は、同じ道沿いにある日本点字図書館(写真1)に行きました。ここは軒先に多数の鎖が垂れ下がる独特の外観も面白いですが、日本最大の視覚障害者用図書館で、近くには他にも日本盲人会連合、東京都盲人福祉協会など視覚障害者の施設が集中し、そのためかJR高田馬場駅は全国に先駆けて点字ブロックを採用した駅で、視覚障害者のためのモデル駅となったそうです。
    次いで、餃子荘ムロ、志賀直哉旧居跡の碑、コントラバス専門店・弦楽器の山本、田植地蔵のある玄国寺境外墓地、東京製菓学校などを見て、岩倉具視の調度品が保存されている玄国寺(写真2)に行きました。
    その後は、明治天皇射的砲術天覧所阯や塞の神三柱の塔のある鎮座1200年の諏訪神社、昭和11年(1936年)築の下宿の日本館(写真3)、同じく古い下宿の富士見荘などを見て、西早稲田駅、明治通りに出ました。
    その後は明治通りを進み、劇作家の島村抱月旧居跡、居酒屋わっしょい、麺屋宗、看板建築の三賞堂、ホルモン焼きのとんちゃん、エチオピア高田馬場店、ハーレー好きの集うバー・The Herleyを見て、早稲田通りに出ました。
    早稲田通りに出てからは、ラーメンの渡なべ、昨年惜しくも解体されてしまった名曲喫茶らんぶる跡、1951年(昭和26年)創業の映画館・早稲田松竹(写真4)を見ました。早稲田松竹は一時期閉館していたそうですが、早稲田大学の学生を中心とする復活プロジェクトの手によって再開に至ったそうです。
    その後は、フレンチの店ラミティエ、海老そばの店けいすけ、ミャンマー料理のミンガラバー、鳥やす支店、紀伊国屋書店のパロディーみたいな店名のキノコノクニヤ書店を見て、再び明治通り沿いに出て、戸塚警察署の前を通り、高戸橋に出ました。高戸橋は神田川に架かる橋ですが、ここは妙正寺川、高田馬場分水路との合流地点でもあります(写真5)。
    ここからはしばらく神田川沿いを歩き、高田橋、源水橋、戸田平橋、白カレーの店ゆらぎ、自家製中華そばのべんてん、ラーメンの三歩一、白夜書房、高塚橋、神高橋と進みました。神高橋のすぐ上流は、JRと西武の橋がありますが、ここだけ川幅が非常に狭くなっていて、これが原因で洪水が度々発生していたそうです。
    ここで神田川沿いを離れて高田馬場駅のほうに向かい、高架下の手塚治虫作品の壁画(写真6)、ミャンマーレストラン・ノングインレイ、携帯電話店の建物と一体になっている清水川稲荷を見ました。この先では、今回の街歩き最初の猫写真を撮ることもできました(写真7)。その後は、清水川橋、焼鳥の鳥やす本店、エステー本社、田島橋、東京富士大学を見てから高田馬場駅に戻り昼食のため一時解散となりました。
    昼食は、手塚治虫ゆかりの店・一番飯店にて特製上海焼きそば(写真8)を食べました。この焼きそばは、手塚治虫が「焼きそばと八宝菜を一緒の皿にして欲しい」と店にお願いしたのが始まりだそうです。値段は高めですが、ボリュームがあってなかなか美味しかったです。
    (続く)

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