Estacao Central 避難小屋

Yahoo!ブログより移転しました。散策の記録、イベント情報、演劇鑑賞、飲食関係、乗り物関係、日々の思うことなど色々と書いていきます。

    2014年04月

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    昨日は仕事帰りに赤羽に寄って、毎年恒例の赤羽馬鹿祭りを見てきました。
    夕方だったので、駅前のバンド演奏をやっているステージと一部の屋台を残して既に終わってしまっているものが多かったですが、西野カナ系な人も買っていた屋台のおでん5個セット(写真1)は、もう終わりが近いからと1個サービスしてくれたりと色々といいこともありました。
    また、以前に非常に話題になったDJポリスが交通整理に来て、今回も大活躍していたようなのですが、残念ながら夕方にはいませんでした。
    ステージの音楽演奏は、高齢者が多い客層に合わせてかベンチャーズなど古い洋楽や昭和歌謡が中心ですが、時々今どきの音楽も演奏されたりしました。ステージは最後のほうになるにつれて盛り上がりを増し、前方では踊っている人もいたりしました。私も踊りはしなかったものの後ろのほうで手拍子を入れながら眺めていて、クライマックス近くでは、隣にレインボーカラーの服装でレインボーカラーのカバンを持った大きな猫みたいな人が来て、一緒に手拍子を入れて楽しんできました。

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    先日の東京再発見のオフで前を歩いた横浜のミニシアター「ジャック&ベティ」で、ドキュメンタリー映画「台湾アイデンティティー」(http://www.u-picc.com/taiwanidentity/ )が今日まで上映されていることを知ったので、見に行ってきました。
    早めにうちを出たのですが、埼京線南与野駅でホームから乗客が転落したという納得のいかない理由で直接無関係な湘南新宿ラインまで大幅に遅れたり、最寄り駅の黄金町に向かう京急との接続が悪かったりで、到着が危ぶまれましたが、上映開始の10:10には何とか間に合いました。
    映画は、日本統治時代に生まれて戦後の国民党政権下を生き抜いた台湾人の老人たちの話をテーマにしています。台湾の戦後史は、日本ではあまり語られることはありませんし、私も今の民主主義政治が定着している台湾のことしか知りませんでしたが、日本が撤退して大陸からやってきた中華民国(国民党政権)が支配するようになってすぐの1947年に起きた民衆暴動と国民党によるそれの弾圧「二・二八事件」と、1987年まで続いた戒厳令で言論の自由が弾圧されていたなど、非常に過酷な歴史があったようです。
    出演者たちも、日本兵としてインドネシアでオランダ軍と戦ったけど二・二八事件で帰る機会を逃し、そのままインドネシアに残る道を選んだ人、国民党による弾圧で父を殺され自身も長年にわたって監視下におかれていた少数民族の人、政治犯として離島に収容されていた人、シベリア抑留で台湾に帰れなかったため一命を取り留め、その後日本で生活する道を選んだ人など、色々な運命を辿っています。
    また、彼らは日本人として生まれたため日本語を普通に話せたりもしますが、日本に対する印象は総じて悪くありません。その一方で台湾人としての誇りはきちんと持っているのが印象的でした。台湾に対するイメージは、メディアを通じて伝わってくるイメージしかありませんでしたが、日本統治下も戦後しばらく続いた戒厳令下も知る台湾人の生の声を聞くことで、台湾をより詳しく知ることができたと思います。
    映画終了後には、横浜在住の出演者の1人が突然挨拶に現れるというサプライズもあり、この方の生の話を聞いてサインも頂いてきました。
    終了後は、映画館内にある色々なパンフレットを見ましたが、上映開始前の予告編を見て、非常に気になる作品があったので、近日中にまた行くかもしれません。
    また、映画館の建物の1階には、ブラジル料理の店があり、これも気になったのですが、店主の体調不良のためしばらくお休みだそうです。
    昼食は、映画館の近くにあるサンマーメン発祥の店・玉泉亭に入り、サンマーメンを食べました。
    食後はイセザキモールを歩きながら関内駅に向かいましたが、途中のエクセル伊勢佐木(旧・横浜松坂屋西館)でミニコンサートをやっていたので、これも見てきました。

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    今日、明日と連休ですが、今日はここ最近週1回ペースで通っている形成外科への通院の日だったので、まずは病院に行き、終了後に日暮里・舎人ライナーで日暮里に移動しました。
    日暮里到着時には昼頃になっていたので、駅前の有名なラーメン店・馬賊に入りました。馬賊は麺と餃子の皮が手打ちであることを売りにしていて、自慢の手打ち餃子と担々麺(写真1)を食べました。ここの餃子は、値段は高めですが一般的な餃子よりも大きく、手打ちの皮も厚めで歯ごたえがあります。普通にラーメンと餃子を頼む感覚で食べたら、結構量が多くて苦しくなるくらいでした。
    食べ終えた後は、亀戸駅行きのバスで移動。亀戸駅の一つ手前のバス停で降りると、そこには観光案内所などを備えた亀戸梅屋敷がありました。亀戸梅屋敷の前には、東京スカイツリー前などを経由して周遊する水陸両用バス「スカイダック」(写真2)が止まっていて、調べたところここが始発地であることが分かりました。まだ乗ったことはありませんが、機会があればそのうち乗ってみたいです。
    ここを見終えてからは、香取神社参道入口の看板建築群(写真3)を撮って、亀戸天神(写真4)に移動しました。ここの名物である藤の花はほぼ満開で、平日にもかかわらず見物客で賑わっていました。スカイツリーとの組み合わせの写真も撮ることができました(写真6、7)。
    藤を見終えた後は、葛餅で有名な船橋屋に移動して、葛餅入りのクリーム白玉あんみつ(写真8)を食べました。これもなかなか美味しかったです。
    食べ終えた後は秋葉原に移動して、某店に入りました。西野カナ系メイドと篠田麻里子みたいなメイドは不在でしたが、ステージショーを見たりとそれなりに楽しんできました。

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    日曜は東京再発見のオフで、横浜の伊勢佐木町近辺を歩いてきました。
    今回は午後のみの街歩きということで、13時に関内駅集合。最初は駅近くにあるガス灯発祥の地や近代街路樹発祥の地の記念碑を見て、それからブラントンと横浜の記念碑、日本最初のトラス鉄橋である旧・吉田橋の記念碑、吉田橋関門跡の碑を見ました。「鉄(かね)の橋」と呼ばれた旧・吉田橋は、現在は架け替えられて現存しませんが、現在の吉田橋の欄干形状は、かつてのトラス鉄橋のものをイメージしているのだそうです(写真1)。
    その後は、イセザキモール入口にある昭和2年(1927年)築のイセビル(写真2)を見てからイセザキモールに入り、古くから続く名店を色々見ました。ここでは、昭和6年(1931年)に越前屋百貨店としてオープン後、松屋横浜店、横浜松坂屋西館を経て、現在は場外馬券売り場のエクセル伊勢佐木になった建物(写真3)も見ました。なお、以前にここを歩いた時は存在していた横浜松坂屋本館は、既になくなってしまい新しい建物が建っていましたが、松坂屋本館の建物があったことを伝える記念碑だけは残されていました。
    次いで、文明堂でかすてら巻きを食べてから、天ぷらの登良屋、野毛おでん、お茶の田中屋を見て、吉田町第一名店ビル(写真4)に進みました。この建物は昭和30年代の建築の雑居ビルですが、レトロ感があってなかなか味のある建物でした。ビルの前の通りでは大道芸フェスティバルも行われて賑わっていました。またこの界隈では、大道芸フェスティバル参加車両と貼り紙が貼られた非常に古いフォルクスワーゲンのスポーツカー(写真5)も見ました。
    その後は大岡川の都橋に出て、スナックなどが多数入居し川に張り付くように建っている野毛都橋商店街ビルを見ながら福富町に入りました。福富町は、タイだったり韓国だったり、外国人の店が多数立ち並ぶ地区で、異国情緒がありました。ここにはオーシャンバー総本店クライスラーがあり、またホットドッグの店がありましたが、小さな個人商店ながらメニューに手書きのハングル文字が書かれているのも印象的でした。
    次いで、横浜村の鎮守である厳島神社に寄り、大通公園を抜け、旧・横浜中央電話局長者町分局(写真6)、横浜シネマリン、旧オデオン座、清正公ストリートなどを見てから、吉田勘兵衛が吉田新田を開いた時に作った大井戸や清正公堂を見ました。
    その後は、日活会館、釜飯のお可免などを見てから、青江三奈の伊勢佐木町ブルースの歌碑(写真7)を見ました。伊勢佐木町ブルースがヒットしたのは、私が生まれる前ですが、昔は下ネタ系コントなどでよくこの曲のイントロの「ア~ン」という声がよく使われていただけに懐かしいです。この歌碑のそばには、サンマーメン発祥の店・玉泉亭があります。
    次いで、アラビア料理レストラン・アルアイン、すき焼きの店・じゃのめや、映画館のシネマ・ジャック&ベティなどを見ました。ジャック&ベティでは、個人的に気になる作品があったので、近日中に再び見に行ってみたいところです。
    その後は、風俗街を抜けてから、そばの出嶋屋本店、子育て地蔵尊、現在は埋め立てられて公園となっている旧・富士見川を見て、イセザキモールの末端まで来て街歩き終了となりました。
    終了後は、ラーメン二郎関内店に行ってみようという話になったのですが、開店前から列ができていて入りにくい状況だったので、近くにある札幌ラーメンの店に入って味噌ラーメンを食べました(写真8)。その後も場所を変えて飲んで、帰路につきました。

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    明日まで上野松坂屋で開催中の「相棒展プレミアム3」に行ってきました。
    毎度のことながら単なる展示にはとどまらず、「捜査用直通電話」という名称がついた音声ガイダンス機を持ちながら謎を解いていくという参加型のアトラクションで、今回も色々と楽しんできました。ネタバレになるといけないので詳しい内容についての公表は避けますが、なかなか笑えるオチがあったりもします。
    また、こんなところを見ているのは私くらいかと思いますが、架空の地名などの架空ものに興味のある者としては、劇中に登場する新聞や書物などに出てくる架空の地名や社名などがつい気になってしまいます。今回も「京浜電鉄 天王洲⇔芝浦」と書かれた架空の定期券(おそらく事件の遺留品か何かかと思われる)が展示されているのを発見しました。
    相棒展を一通り見終えた後は、最後に物販コーナーに行きました。ここでは角田課長愛用のパンダマグカップだったり、神戸尊愛用のシャツ、杉下警部愛飲の紅茶、書籍やクリアファイルなどグッズ類が色々売られていますが、今回は特に買いたいものがなかったので、何も買っていません。神戸尊のシャツは自分も着てみたいと個人的に非常に気になったのですが、なんと10080円もしました。
    見終えた後は昼食にし、松坂屋隣にある下町焼きそば銀ちゃんにて、バリポテ焼きそば(写真5)を食べました。焼きそばの上にジャガイモの千切りを焼いたものが乗っていて、独特の食感がなかなかよかったです。
    帰り道は、不忍池にて猫を撮ったり(写真6)、八重桜を撮りました(写真7)。

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